シャルテエンド そのⅠ(全6部)
メインのお話は完結しました。あれはあれで完結です。
これはもしもこうなったら…そういうイメージでの続きです。
※この小説はシャルテがメインです。そして語り部はシャルテです。
シャルテの気持ちになって、読者の皆様には読んで頂けると幸いです。
この小説は一話が短めです。
今日はクリスマスだ。
街は煌びやかに輝き、そして人々は楽しそうに過ごす日。
そして、今日であの日からちょうど一年が経過した。
そう、あの日からもう一年も経ったんだな。
そして…僕は今年の2月14日に振られた。
僕は2月14日から行幸には逢っていない。
天界に戻り、そして恋愛担当としての天使の仕事をしていた。
なんて嘘だ。
ごめん。天使の仕事をしているなんて嘘だ。
僕は行幸と今でも逢っている。
6月から僕は行幸と再び一緒に働いている。
でも…シャルテとしてでは無く、別の人として…
「高坂さん。おはようございます」
「あ、おはよう。聖崎さん」
僕はまったく別の人間になった。
天使の時の姿でもなく、前に人間になった時に姿でもなく、まったく別の人間。
そして、僕は聖崎ゆりかという別の女性に成りすまして行幸と一緒にパソコンショップでバイトをしている。性格も口調もすべてを演技して。
「今日はクリスマスだな」
「ええ、そうですね…あっ、高坂さんは彼女さんと予定とか無いんですか?」
「ああ、彼女か? そうだな…幸桜とは今日は何をする予定はないなぁ…」
そう彼女。行幸の彼女。
幸桜と行幸は相思相愛になり、そして一連の恋愛劇は2月14日に終わりを告げた。
はずだった。
はずだったのに…
しかし、世の中とはなんとも不思議なものだ。
未だに幸桜と行幸は一線を越える事がない。
ようするに性的関係をまったく持っていないのだ。
健全な付き合いを続けている。
行幸はアパートから自宅に戻り、そして普通に生活している。
二人はいまさら世間体を気にしてつきあっているのかもしれない。
両親の了解も結局は取れていないようだったし。
僕から見れば、いや、誰が見ても今の二人は仲良しの兄妹にしか見えない状態になっていた。
こういう結果になるとは予想外だった。
あの時、僕は菫を応援しつつも、行幸の出した答えを尊重した。
そして、二人が相思相愛になり、そして菫が行幸を諦めたのを確認して、僕は行幸を男に戻した。
僕の気持ちは…もちろん無視してだ。
僕は天使だ。
人間と恋愛なんて…やっぱり出来ない。
そんな事を思い、このままずっと幸桜と行幸が幸せになるのならと僕は我慢した。
でも、今は違う。
今の僕には、とてもじゃないがこのまま行幸と幸桜が幸せになれるようには思えない。
そう、行幸はこのままじゃ幸せにはなれない。
これじゃあ、僕の目指したハッピーエンドはまったく達成出来るはずもなく、恋愛の天使としての役目を果たした事にはならない。
まぁ…実は今の僕はまた堕天してたりするんだけどな。
そう。僕は目の前でニヤニヤしているこの馬鹿の事が諦めきらないで堕天したんだよ。
で…僕は決断した。
今日はちょうど一年。そして区切りの日。
僕は実行を決めた…
「どうしたんだ? 考え込んじゃって」
「あ、うん。何でも無いです」
「そうなのか? ならいいけどさ。心配ごとでもあれば相談には乗るよ?」
「あ、うん…でも、私の事を心配してくれるのですか?」
「当たり前だろ? 俺の大事な後輩だぞ?」
「後輩…だからですか?」
「えっ?」
「いえ…」
「まぁ、元気出せよ! 俺はいつでもお前の味方だ」
そう言うと、行幸がわしゃわしゃと僕の頭をなでてくれた。
こういう躊躇の無い無意識の行動がこいつの悪い癖であり、良い癖なんだ…
そして、髪が乱れるよりも嬉しいと思う僕がいる。
まったく…僕も駄目な奴だ。
「ありがとうございます…」
「よし、そろそろ開店だな。今日は店長が留守らしいから朝は二人なんだよな。しかし、菫がまさか辞めるなんて思ってなかったな…」
行幸はそう言うと、菫の名札の張ってあるロッカーを見た。
でも、もうここを菫が使う事は無い。
そう、菫はもうここのパソコンショップのバイトを辞めた。
11月末に、私用だと言ってこのパソコンショップを辞めたのだから。
僕は辞めた理由を直接聞いた訳ではないが、だいたい想像はついた。
菫が辞めた理由。それは12月がやってくるから。
きっと菫にもあの日々の思い出が頭に巡っていたのだろう。そんな12月がやってくる。
だから、菫は辞めたんだ。
まだ…菫も行幸が好きだから。
僕は駄目な天使だ。
色々と駄目な天使だ。
担当の人間を幸せに出来なかったし、自分が堕天するし…
でも今は後悔はしていない。
僕はこうなる運命だったんだって思ってる。
そう思う事にしている。
「ねぇ…高坂さん」
「なんだ?」
「今日…お暇…ありますか?」
「今日? 何で? 何か用事なのか?」
「はい。用事です」
行幸は腕を組んで考えた。
僕の顔をちらちらと見ながら唇を噛んでいる。
たぶんだが、行幸は気がついているのだろう。僕が行幸に好意があるという事を。
シャルテではなく、この聖崎ゆりかが行幸に好意を抱いているという事を。
そう、僕はこのパソコンショップで再び働き始めてからずっと行幸にそういう態度を取っていた。わざとそうしていた。
菫には行幸が好きなのって聞かれた事もある。
そして、その時に僕は言った。
『はい。好きです』っと。
菫は笑顔で「なかなか難しいかもだけど、頑張って」と言ってくれた。
まったく…菫も馬鹿だ。正直じゃない。
「今日…じゃないと駄目なのか?」
やはり避けそうとしている。
まぁ、当たり前か。
クリスマスに女性から誘いを受けるという事は、どういう事になるのか察しはつくだろうからな。
いや、別にそういう気持ちがなくっても、そういう風な気持ちがあるんじゃないのかって勘違いするだろう。普通の男子ならな。
それがクリスマスというものだ。
「駄目です。今日じゃないと駄目です。付き合ってくれないのなら私は自殺しますからね!」
僕は笑顔でそう言ってみた。
しかし、これまた酷い脅しだ。
僕は天使の癖に酷い脅し文句を言っているとかやっぱり駄目だろう。
まぁ、いまさら駄目だって言われても肯定しかしないけど。
行幸は見る見る困った表情になった。思ったとおりだ。
しかし、ここで逃げる僕じゃない。
「可愛い後輩のお願いを聞けないのですか?」
ちょっと悲しそうに言ってみた。
行幸の眉間のしわがピクピクと動いている。見たらわかる。困っている。
でも僕はやめない。ここで逃げたら負けだから。
実は、今日は僕が行幸の側にいられる最終リミットの日なのだ。
明日になれば僕はまた見習い天使として天界に戻る。
だから今日、どんな事があっても実行しなければいけないんだ。
ちなみに、僕は天界に戻るけど、でもまたきっと堕天する。
だって僕は行幸が好きなのだからな。
半年間の反省の期間も僕はまったく反省なんてしていない。
反省期間中のルールである、直接的なアクション。そう、告白する。デートをする。キスをするなんて事はしていない。
でも、好きという事はまったく心から消えていない。
「少しだけで構いません。お願いします」
僕がここまで言うと、さすがの行幸も折れてくれた。
しかし、バイトが終わってから1時間だけというタイムリミット付だ。
でもそれで十分だ。
僕はそれだけ時間があれば十分に気持ちを使えられるから。実行に移せるから。
そしてバイトが終わった。