第十話 【俺に訪れた悪夢④】・
ドンドンドン!と店長が激しく扉を叩く音が室内に響く。
店長は菫に無理矢理事務室から追い出されてかなり怒っているのだろう。
しかし、そんな事なんて一切気にしていない様子の菫は、扉の前で勝ち誇った表情で腕を組んでいた。
「ふう…これで邪魔者は居なくなったわね」
「いや…お前が追い出したんだろ…」
「別にいいじゃないのよ。邪魔だったのは本当だし」
「いや、流石に邪魔とか言い過ぎじゃないか?」
流石にちょっと店長が可愛そうになった行幸。
その時、「おい!開けろ!話はまだ終わってないぞ」と扉の外から店長の怒鳴り声が聞こえた。
そしてドン!ドン!ドン!と再び扉を叩く音が室内に響く。
「おい菫、マジでこんな事してもいいのか? 店長はかなりお怒りモードだぞ? 菫は本当にバイト代がカットされても平気なのか? いや、バイト代ならまだいい、もしバイトを辞めされられたらどうする気なんだよ」
行幸がそう言うと菫はドン!ドン!と叩かれて今も振動している扉を見ながら言った。
「別にいいよ。私はお金に困ってる訳じゃないし、辞めろって言われればこんな店なんて辞めて…」
菫の話が途中で突然途切れた。そして菫は行幸の顔をじっと見る。
ん?何だよ、俺にここまでの話しで察しろって事なのか?
「なんだよ? 金に困ってないから辞めてもいいって言いたいのか?」
行幸がそう言うと菫が不満そうな顔に変化した。そしていきなりシュンと肩を落とす。
なんだよこいつ…何が言いたいんだ? さっきまでの威勢はどこに消えた?
「辞めてもいいわよ…いいけど…でも…」
「何だよ…結局は辞めたくないんだろ?」
「違う! でも…こんな事で辞めるのって馬鹿じゃん。なんか私の負けみたいじゃん…」
「だから何だかんだ言っても結局は辞めたくないんだろ? じゃあ店長にお前が嫌でも謝った方がいいんじゃないか?」
「…それはやだ」
「おいおい…何が「やだ」だ…子供じゃあるまいし」
「いいじゃないのよ! どうせ私は子供よ! 別にみゆきには関係ないでしょ!」
菫は顔を真っ赤にして行幸に怒鳴った。
何だ? 逆切れか?
「ああ、別に俺には関係ねーよ。だけどな? 色々と事情があったにせよ、俺に関わったせいでお前がこの店を辞めた! そういうのは俺は嫌なんだよ…」
菫は何も言い返さず、不満そうな顔で行幸の顔を見た。
「何だよ? 言いたい事があれば言えよ」
行幸がそう言うと菫は何か悔しいのか唇を噛んで俯むく。そしていきなり「…ごめん」と小さな声で謝った。
何だこいつ? 喜怒哀楽が激しいというか…マジで今日はおかしいだろ。でもあれか…逆に考えればこいつは自分の考えに対して素直なんだろうな。でもまぁ感情のコントロールが出来ないって事はまだまだ子供だよな。特に今日は酷い。
「行幸、ごめんね…そうだよね…行幸には迷惑かけれないよね…でも大丈夫だよ! きっと店長は私に辞めろなって言わないから。それに私も辞めるとも言わない。だから今日はこれで終わりにしよ。もう着替えて帰ろうよ?」
しかし結局こういう結論になるらしい。
前言撤回だ、こいつは素直じゃなくって自分勝手で我侭なだけなんだな。
まぁもういいか…これ以上俺が何か言うのも面倒すぎる。
確かに店長はああは見えても結構へたれだから菫に辞めろとか言わないだろうしな。
「わかったよ。それにしても今日の菫は店長に対して超強気だったな」
行幸がそう言うと菫は赤渕の眼鏡を右手でクイククイとあげる。
「私はいつもは我慢してただけなの。今日は我慢しきれなくって思ってる事をハッキリ言っただけよ。違う、何故かハッキリと言えたの」
「何だそれは?」
「ほら、今日の店長って何かおかしかったってでしょ? 変な事ばかり言ってたし、怪しい趣味も発覚したでしょ? そのせいでかな?」
「まぁ…確かに店長はおかしかった」
「私ね、まさか店長があそこまで変人だとは今までずっと思って無かった」
「確かに…って、まて! あそこまでって…菫は前から店長が変人だと思ってたのか?」
驚きの表情の菫。おいおい…マジか?
「何それ? 当たり前でしょ? 行幸こそ店長が普通の人だと思ってたの? ただのパソコンショップだったらまだしもこのお店は同人系や十八禁のソフト、少しだけどコスプレグッズまでまで取り扱ってるお店よ? こんなお店の店長が常人に務まるはずないでしょ。何かあるって思わない普通?」
う…確かに言われれば…俺はそんな事をまったく思った事のなかった…気にした事も無かった…
という事は、このショップの店員である俺も菫に怪しい奴とか思われていたのか? 店長が常人で務まらないと言うのであれば、店員も常人では務まらないて考えるだろ。
そうなると菫自身はどうなんだ? 人の事を言えるのか? だいたいコスプレグッズはお前がこのお店でバイトを始めた時に店長をそそのかして取り扱う様にしたんだろうが!
パソコンショップにコスプレグッズとか無いだろ?
しかし、ここでハッキリしておく。俺がこのお店が働く事になった切欠はこの店の前に張ってあった『バイト募集!』の求人ポスターだ。
別に細かい事なんて考えて働きだした訳じゃない。ましてや変人だからでもない。
しかし、よく考えれば何で菫はこの店で働く事にしたんだ? 金には困ってないし、パソコン自作が好きな訳でもないし、18禁ゲームに興味ある訳でもないし、同人系ゲームソフトまで扱ってるこのお店に何でだ?
「ねえ…行幸ってさ…」
「えっ!?」
「えっ!? な、何を驚いてるのよ? 私までびっくりしちゃったでしょ」
俺もびっくりしたじゃないか。ちょっと考え込みすぎてただけだけど…
「何でもない。で、何だよ?」
「あのね、行幸って自分の事しか見えてないでしょ?」
「はいぃ?」
何だそれは? というか、お前が人の事を言えるのか?
「それってどういう意味だよ」
「え?……えっと、店長が普通だと思っていたとか…そういう事よ」
「俺は他人の事なんてあまり気にしない性格なんだよ」
「そういう性格だから行幸は鈍…」
菫は自分で話を止めた。
「何だよ? 俺がどうしたんだよ? 丼? 吉野屋か?」
「………」
菫は何も答えずただ呆れた表情で行幸を見ている。
「おい、だから何だって聞いてるんだろ? いきなり黙るなよ」
「別に…もういいよ…」
「言いかけて止めるな、気になるじゃないか」
「気にしなくてもいいよ。今はそんな事よりも今は男に戻る方法を見つけるのが先決でしょ? さっきの事はまた今度話すからいいよ」
「確かに、今は男に戻る方が先決だ。だけどな、気になるものは気になるんだよ」
「だからもういいって、気にしないで」
菫は行幸から視線を外した。
「おい!」
行幸の呼び声を無視して自分の鞄をごそごそと弄り始める菫。まさに自分勝手。
くそ…無視かよ…しかし結局なんだったんだ?
菫の奴は何が言いたかったんだ? 俺にもっと他人の事を観察しろか?
俺は菫が思ってる以上に人には気をつかってるはずだぞ? 行動もちゃんと見ているし、最低限は近くにいる人の事を優先に考えてる。現にさっきは菫の事だって心配してやってるだろ。
ましてや俺は菫に迷惑をかけた記憶もない。だから菫にあんな事を言われる筋合いなんか…
と考えていたら突然『ぐにゅ!』っと胸を鷲掴みにされたような感触が。
行幸は慌てて自分の胸を見た。すると菫が両手で胸を鷲掴みにしてるジャマイカ!
「お、おい! 何してんだよ! 胸はもう揉むなって言っただろ!」
「まだ揉んでない! 掴んだだけよ!」
「同じだ同じ! 触った時点でアウト! 早くその手を離せ!」
そう言って菫の両手を振りほどく行幸。
「まったく!何するんだ!」
「何って? 私が何度も行幸って呼んでも返事しかったのが悪いんでしょ? 私は自分の世界に入り込んでた行幸をこっちの世界に連れ戻してあげたんだからね」
へけ? しまった…なるほど、そういう事か…
ちなみにこれが俺の悪癖だ。考えすぎを越えて自分の世界に入り込んでしまう。
「だからと言って俺の胸を掴んでいいとは言ってない!」
行幸は両胸を両手で隠した。
「何でって、胸を掴むのが一番効果的だと思っただけでしょ。別に揉みたいとか思った訳じゃないわ」
「どんな理由だろうがもう触るなって言ったじゃないか! もう二度と触るなよ! わかったか?」
「はいはい、わかったわかった、触らない触らない」
こいつ絶対わかってね-!
「よーし、行幸が我に戻った所で変態店長をほっておいて帰ろうよ。扉を叩くも聞こえなくなったからきっと諦めてお店に戻ったんだと思うし」
「確かに扉を叩く音が聞こえなくなったな…マジで諦めたのか?」
「多分お客さんが来たんじゃないの?」
菫は扉の鍵を外すと躊躇なく扉を開いて外を覗いた。
「うん、やっぱり店長は居ないわ」
菫は再び扉を閉めて鍵をかけた。そして振り返えると何故か行幸の方をじっと見る。
「何だよ?」
とっても寂しそうな表情で菫は言った。
「本当に女の子になっちゃったんだ…」
「おいおい、今更何を言ってるんだよ」
菫は行幸の横まで歩み寄り、突然周りを廻りながらジロジロと全身を見はじめた。
そして菫は行幸の目の前で立ち止まり瞳をじっと見ながら言った。
「ねえ…貴方って本当は行幸じゃないんじゃないの?」
それも真剣な目つきで。
「えっ? ちょっと待て! 何でそうなるんだ? 俺は本物の行幸だ」
「本当に?」
「本当だ! 今朝、俺が本当の行幸だって検証したじゃないか!」
今度は疑うような怪訝な表情で行幸を見詰める菫。
「実は無線機が耳に仕掛けてあって、それで貴方は本当の行幸からの指示で動いているとか?」
「無い! 見ろ! 無線機なんて何処にもないだろうが!」
そう言って耳を見せる行幸。
「じゃあ、実は本物の行幸を拉致監禁して、そこで私達の情報を聞き出した上で準備万端にしてここに乗り込んできたとか?」
「無い! 大体そんな事をしても何のメリットがあるんだ!」
「シャンプー?」
「ここで変なボケをかますな!」
「じゃあ、やっぱり本当にみゆきなの?」
「だから本物の行幸だって言ってるだろ? 何で俺が嘘をつく必要があるんだ?」
菫がいきなり肩を落とした。それはそれはガッカリと。
「そっか…やっぱり本当に行幸なんだね…」
「俺だって信じたくないんだ…こんな事になったのを…」
俺はそう言って事務所の奥に視線をやった。するとそこにある姿見に映るメイド姿が目に入る。
「やっぱり…俺は女になったんだ」
菫に言われたからという訳じゃないが、今更ながら女になった事はかなりショックだ。
そしてこのメイド姿…情けなくて涙が出そうだ。マジでどうしてこうなったんだ。
「行幸、そんなに落ち込まないでよ」
「これが落ち込まずにいられるか…女になった事もだが、俺はこの先ずっと店長にこんな変なメイドの格好とかを強要されるかもしれないんだぞ? それを考えると…最悪だ…考えたくない…」
「大丈夫だよ」
「おい…そんな簡単に大丈夫なんて言うなよ…お前はもう解ってると思うが、このバイトに俺の生活がかかってるんだよ! 生命線なんだ! だから店長にまたメイドの格好をしろって言われても断れないんだよ…」
行幸は「ふぅ」と大きな溜息をついた。
すると菫は今度はいきなり行幸の両肩を両手で掴んで真面目な表情になる。
「大丈夫! 私が行幸をメイドの格好なんかさせないから! 断固として拒んであげる! それでももし店長が無理矢理にさせたらセクハラで訴えればいいのよ!」
何だ? 何なんだ!?
「え? セ、セクハラ? 俺が店長を訴える?」
「うん! そう! 訴えてやるの!」
「待て、俺は男だぞ? 男でも訴えられるのか?」
「大丈夫よ、セクハラに男も女も関係ない! それに今のみゆきは女の子なんだからOKよ!」
こいつ…凄く真面目に言ってるが、もし俺が店長を訴えたりしたらこのお店を辞める事になるじゃないか…俺はこのバイトを続けたいって言ってるんだぞ…別に店長をどうにかしたいんじゃないんだ。
「だけど…あれだ…ま、まあ…一つの手法として参考にしておく…」
だからそういう理由で俺は店長を訴える何て出来ないんだよ。
「何でそんなに弱気なの? もしみゆきが訴えれないのなら、私が店長を訴えるわ!」
「え!? 菫が? 待て、何でお前が俺の代わりとか、別にセクハラとかされてないだろ?」
「されてない。だから私の場合は婦女暴行で訴えるの」
フンッと鼻息を荒くして自信満々な菫。って何でそんなに自信まんまん!?
「ちょ、ちょっと待て! いつお前が店長に暴行されたんだよ」
「されてない!」
「セクハラも暴行もどっちもされてないんだろ? ダメだろ? そんなのダメだろ!」
「大丈夫よ。私と店長の話を警察官が聞いた場合は、高確率で警官は私の話の方を信じるはず。それにセクハラよりも婦女暴行の方が効果発動が早いわ。どうせやるなら即効性がある方がいいでしょ? ほら、MMOでも効果が高くて即効性がある魔法や薬が一番使い勝手がいいじゃない」
「待て! 確かにMMOでは菫の言う通りかもしれない。しかしここは現実社会だ。お前のやろうとしているそれは犯罪だぞ! いくら何でも無実の罪を店長に被せるのはよくないだろ?」
「じゃあ、今から本当に暴行されてくる」
「そういう事じゃないし、駄目だってそういう事をしちゃ!」
「じゃあ…セクハラされてくる!」
「おい、もしかして俺を馬鹿にしてる?」
「何よ…行幸って結局は店長の味方なの?」
ぷんぷんとまるで子供の様に怒る菫。
「馬鹿か! そういう問題じゃないだろ!」
「じゃあ、やっぱり行幸を守るには…私が鬼になるしかないじゃないのよ!」
「おい待て、お前の提案を実行すると、鬼になるどころかお前は犯罪者になるぞ?」
顎に手を当てて不満そうな顔で首を傾げて考える菫。
「でも、未成年ならきっと…」
どうやっても店長を犯罪者にしたいのか!
「だかあ、大丈夫だから! 俺はちゃんと店長に断るから! よーし断るぞー! 絶対断るぞ!」
「本当に? 別に無理しなくてもいいよ?」
「大丈夫だ! 俺も男だ! やる時はやる! それにお前にそんな事をやらせて警察に捕まったなんてなったら洒落にもならないだろうが」
行幸がそう言うと菫が右手で口を押さえて頬を赤くした。
「そ…それってもしかして私の事を心配してくれてるって事なのかな?」
何でここで急に乙女チックになるんだ!
「違う! お前の無謀な行動計画を心配してるって事だ」
今度はハッキリわかるくらいの大きな溜息をつく。なんて露骨に残念をアピールするんだこいつは…
「そっか…でもそうよね…多少のリスクはあるよね…」
「いや、多少どころかリスクしかないだろ」
「わかった、行幸がちゃんと断われるのなら…私は諦めるよ…」
こいつマジ危ないな…マジで言ってるのか冗談なのかわかんねーけど…
しかしさっきの表情、菫らしくないというかすごく真面目だったり残念そうだったり…
でも言えるのは、今日の菫なら本気で店長を訴えたり平気そうだし、犯罪に加担しかねない。
ここは俺がメイドの格好をされられる事より、こいつが変な行動を起こさない様に俺は大丈夫だってもう一回言っておかないとな…
「菫、もう一回言っておくが、俺は自分の事は自分でなんとかするから、お前は俺が男に戻る方法だけを探してくれ」
「うん、わかった」
菫はニコリと微笑んで行幸の両肩からやっと手を外した。そして自分のロッカーの前へ移動した。
ふう…危なかったな…ここは何とか収まったか?
「今日は上がるね? 私は家に戻ったら早速ググッて男に戻る方法を探してみるから」
「えググるだと? 女になった俺が男に戻る方法なんてググッても出ないだろ?」
「えっ? 出ないかな? やってみないとわかんないじゃん?」
「いや…それはやらなくても…」
「大丈夫、ヤフーもあるから」
いやいや、そういう事じゃない。ネット検索なんてやってみなくても解るだろ…
普通そんなのググッても出ない…もちろんヤフーでも出るはずもない。
精々出たとしても今の俺には関係ない事ばっかだと思うが…
例えば…女装して女になる方法とか性転換手術で女になる方法とか…そっち系しか出ないと思うんだよな…
でもまぁ俺の為にやってくれるんだし…文句は言えないよな…
「心配なら他の検索サイトもやってみようか?」
「いや、いい…多分結果は見えてるから」
「そうかな? 結構すぐ見つかったりして!」
菫のそんなポジティブさが羨ましすぎる…
「よし、私は着替えるね?」
「あ、ああ、そうだな…よし…着替えるか…って! お、おい! お前はどこで着替えるんだよ」
「もちろんここよ」
「こ、ここだと!?」
菫は思わず数歩後ろに下がった。
ふと菫を見ると、菫はニヤリと不気味な笑みを浮かべながら行幸を見ていたのだった。
続く
人物の性格①永井菫の性格
本文を読んでわかるとおもいますが、菫はかなり喜怒哀楽の激しい性格の子です。友達として付き合うと面白いかもしれませんが、親友として付き合うのはちょっと大変かもしれません。あと、彼女にするにはちょっと性格上の問題も大きいかもしれません。あと、悪い性格として、自分の事は棚にあげますw
やってる事は悪い事ではないと勝手に思い込みます。後でもちろん悪かった場合は悪いと気が付くのですが…
強情の性格なのでわかっていても曲げるのが苦手です。これから先の成長に期待したい所ですね。