第九十九話【俺の最後の聖戦Ⅴ】
『シャルテは…七百…』
な、七百だと!?
行幸の心臓は一気に鼓動を高めた。
周囲を見れば、菫も幸桜も驚き、そして焦った表情になっている。
ずっと前から俺が好きだった菫と同じ桁だと?
予想じゃ二百とかくらいかと思ってたのに…この数字の基準は何なんだ?
好きだった期間で上がってゆく数値じゃないのか?
マジでシャルテが最高数値だったら俺はどうなるんだよ?
緊張の走る中でリリアはそのままシャルテの恋愛度を発表した。
『七百三十です』
結果、シャルテはの恋愛度は730だった。
結果を聞いてシャルテは両手で顔を覆った。背中が震えている。
『べ…別に悔しくなんて…ないんだから…な…』
そう言って強がるシャルテ。しかし、憶える子猫の様に背中を丸め、そして震えているその姿と声。まったく説得力ない。
ふと見れば、菫と幸桜は胸を撫で下ろしている。
そしてシャルテには申し訳無いが俺も胸をなで下ろした。
美人でスタイルも良くって、それで口調のギャップがすごいシャルテ。
彼氏なんて見つけなくても寄ってくるレベルの天使。
しかし、俺の恋人としての選択肢にはシャルテはいないんだ。
『最後に幸桜さんです』
ついに幸桜の番がやって来た。
これでこの恋愛バトルにも決着がつく。
結局は俺のこの一週間の葛藤は無駄だったけど…仕方ないな。
あいつらがこれで決着をつけるって決めたんだからな。
『幸桜さんは…』
最初の桁が七百以上だったら幸桜の勝利は確定だ。
何だろう…すごくドキドキするぞ。
亀甲縛りでドキドキするのも情けないんだが…というか、マジでこの縛りの意味って無いだろ? いつまで俺は縛られてるんだ?
『七百…』
「ひゃっ!」
幸桜が声を漏らした。行幸も脈拍を上げる。
うおうおおお! 同じ桁がキタ!?
すげー緊張感がぁぁ! なんだか心臓が痛いっ! 変な汗が出る…
幸桜の顔が青いじゃないか…大丈夫か?
菫は真っ赤だぞ。大丈夫か?
シャルテは…立ち直ってないな。
『…七十六です』
リリアの言った数字を聞いて行幸が、幸桜が、菫が固まった。
……へ?
「リ、リリア。もう一回…いいか?」
『七百七十六です』
776だと? 嘘だろ? 菫と同じ?
幸桜の表情が固まったままだ。菫も固まったままだ。
シャルテは相変わらず聞いてない。そして、天使長は苦笑している。
「わ…」
「す…」
「わ、私と同じ?」
「す、菫さんと同じ?」
ほぼ同時に二人が顔を見合わせる。
「「同じ?」」
二人はどうすればいいのか解らないらしく、焦りまくっているのが見ていて解る。
駄目だな、あいつらパニックしてる。仕方無い、俺が確認してやるよ。
「リリア、こういう場合はどうなるんだよ。同点の場合なんて考えてあるのか?」
リリアは行幸の問いには答えず、困った表情で天使長を見る。
天使長を見たって事はリリアじゃ判断が出来ないのか?
『うーむ…これは困ったのじゃ…これまた想定外じゃな。しかし、これだから行幸は楽しい。まったくやらかしてくれるわ』
天使長は緊張の走るこの空間で一人声をあげて笑った。
「待て! 何で俺のせいなんだ? そして俺は楽しくない!」
『そうか? うむ…さて…しかしどうするかの?』
天使長は腕組みをして考え始めた。
うーんと唸りながら天井を見上げる天使長。
瞼を閉じて眉間にしわを寄せて首を傾げる天使長。
そして五分が経過した…
『仕方無いの…とりあえずこのままの状態を継続するか』
天使長は笑顔で言い切った。
はい? 今なんと言いましたか?
『て、天使長様? そんな結論でよろしいのですか?』
リリアは天使長の予想外の答えに驚いている。
『仕方ないであろう? 恋愛度で決めると言った結果がこれじゃぞ?』
『しかし、恋愛対象者を一人に絞らなければ駄目なのではないのですか?』
『まぁ…そうじゃが…しかし、結果は結果じゃ。同点という事は絞れないという事じゃろ? リリアよ、これはこれで実験と割り切ろうではないか。こういうレアケースを見守るのも面白いぞ?』
いや待て、マジでそんな判断でいいのか?
その判断はすっごく天使長の独断と偏見じゃないのか?
くそっ! 言ってやる! 文句を言ってやる!
「おい! その実験って何だよ? 割り切るって何だよ? すぐにでも恋愛対象者を選べ! とか言っておいて結果がそれか? それでいまさら見守る? なんだよそれ!」
リリアは俺の意見に耳を傾けると、困った表情で再び天使長を見た。
『行幸よ、興奮するでない』
「興奮してるんじゃねー! 怒ってるんだ!」
『それも興奮の一種じゃろ?』
ああ言えばこう言う!
『今から今後の事を説明します。黙って私の話を聞いて下さい』
天使長は腕を組むと全員の中心へと進んだ。
そして口調が変わった。
天使長が真面目モードに移項? いや、これが本当の姿なのか?
『今回の結果は同点という事です。よって恋愛対象者をここでは決定しない事にします。そして…』
「待ってくれ、ここで決定しなかった場合は、菫と幸桜はどうなるんだよ? 見守るとかどうするんだよ? 記憶とか操作とか…」
『行幸。私の話に途中で割り込まないでもらえますか? 人の話は最後までちゃんと聞くものですよ?』
「あっ…」
天使長は咳払いをすると話を再び始めた。
『我々はここにいる人間の記憶操作をします。ですが、行幸達の恋愛はここで決着をつけずに再び見守ることにします』
それでも記憶操作はするのか!?
『行幸、幸桜、菫には私達の事を忘れて頂きます。私達とは私とリリアの事です』
天使長とリリアの事を忘れるのか?
っていうかシャルテは忘れなくっていいのか?
『そして、恋愛対象者だったという記憶も操作をさせて頂きます。要するに、幸桜と菫は自分が恋愛対象者だという事を忘れて貰うという事です。しかし、記憶操作は基本的にはやってはならぬ事です。今回もお二人の承諾が無いと出来きませんが、ここは了承して貰えませんでしょうか?』
すると菫が手を上げた。
「ええと、質問をしても良いですか?」
『なんでしょう?』
「ええと、私達の記憶が操作されても、行幸を好きだという気持ちは忘れないという事なのでしょうか?」
天使長はこくりと頷いた。
『今の行幸に対する感情は忘れません。そして、菫も幸桜も互いが行幸を好きだという事も忘れません。二人は恋のライバルのままです』
なんという事でしょう…
まるで、すごい欠陥があったゲームに強制パッチをあてて、強制的になかったルートを作るようなイメージなんだが…
しかし、こいつら自己中心的すぎだろ!?
天使の癖に都合が良いようにやりすぎじゃないのか?
行幸が天使長を睨んでいると、天使長も行幸を見た。
『その通りです。私達は自分達の都合で考えています』
また読まれた…チート能力め。
『しかし、悪い話ではないですよね? ここで無理やり結果を出す必要が無くなったのですよ? それに菫と幸桜は行幸に恋をしたままで居られるのですよ?』
幸桜と菫は考え込んだ。
そして幸桜が行幸をちらりと見てハッとする。
幸桜は「質問です!」っと手を上げた。
『なんでしょうか?』
「あの、お兄ちゃんは男に戻れるの?」
天使長の眉がぴくんと動いた。
『行幸が男性に戻れすかですか?』
「はい」
そうだ! それがあった! それはかなり重要だ!
いいぞ幸桜! 流石、俺の妹だ!
そうだよ。これで俺が男に戻れるなら悪い話じゃない。
『いや、女性のままです』
って、やっぱりそうだよな…
「えっ? 戻らないんですか?」
幸桜がショックを受けた表情で行幸の方を見た。
「待って下さい! 私達が行幸を好きだという気持ちを忘れないのは良いとします。ですが、行幸が女性のままなのはおかしくないですか? 私達は行幸が女性になっている理由を理解したまま天使の存在を忘れるという事なんですか?」
菫がぐいぐいと天使長に詰め寄ってゆく。
すると、天使長は《おっとっと》と後ずさりをすした。
『待って下さい。落ち着いて下さい』
「私達にちゃんと説明してください!」
なんか今の菫は男前だぞ? なんて言ったら怒るだろうな。
『…行幸さんが男に戻るには恋愛が必要だという情報は忘れません。ただし他言を出来ないようにさせては頂きます。そして、天使の存在自体は忘れません。でなければ菫さんのおっしゃる通りで、行幸さんが女性になった理由が不明確になりますので』
行幸は天使長の言葉を聞いて首を傾げた。
「それってもしかして…もしかして、俺が女になったばかりの状態に戻るって事なのか?」
説明があった状態は俺の初期の状態に近い気がした。
くどくどと説明をしているけど、内容をかみ砕いてみるとゲームで言えばセーブポイントからやり直すみたいなもんだよな?
しかし、一つ違うのは最初から出てきている天使のリリアを忘れてしまうという事か?
天使を忘れないけどリリアを忘れるという事は…
そうか、シャルテか! シャルテの事は忘れないんだ。そして、シャルテがリリアの役割を一人で担うのか!
『正解に近いですね』
またチート…ってもいイチイチ気にするのはやめた。
「正解じゃないのかよ?」
《バシ》っと音が響くと同時に行幸の後頭部に痛みが走った。
行幸が涙目で首を回すと、さっきまで蹲っていたシャルテが立っているじゃないか。
「痛いだろ! 何するんだ! 俺は縛られて可愛そうな状態なんだぞ?」
『ふん! このスケベ変態が!』
唇を尖らせるシャルテ。
「何でいきなり罵倒!? 意味がわかんねーし」
すると涙目になるシャルテ。
「おい、こら! 何で泣きそうなんだよ?」
『さっきから聞いてたら幸桜とか菫とか…』
「何だよ?」
『僕だってな…』
「僕だって?」
『お前の恋愛対象者なんだぞ! 恋人候補なんだぞ!』
シャルテは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「「「えぇぇぇぇ!」」」
そして俺達は初めて三人でハモった。
『お前のせいで僕は堕天したんだからな…』
「ちょっと待てぇぇ! 打点って何だ? 野球ですか?」
『堕天だよ! だから、僕は天使じゃなくなったんだよ!』
「う、嘘?」
慌ててシャルテの背中を見ると本当に羽根がない。
頭上を見ると金の輪がない。
「リリア!?」
『行幸さん、シャルテは本当に人間になったのです…』
リリアがぼそりとつぶやいた。
に、人間だと!? いや…ちょっと待て…
何でこいつはこうもサプライズイベント満載なんだよ!?
ここに来てまた突発性イベントかよ!
『という事で、シャルテも地上世界へと行ってもらうのじゃ』
「い、いやいや、ちょっとまてぇぇえ! それってどういう事だよ!?」
『本当に行幸は天使を堕天までさせるとは…』
「いや、堕天させた記憶はないぞ! さっき言っていたフラグが立ったら堕天確定なのか?」
『そうでは無いです』
「じゃあ、俺のせいじゃない!」
『お前のせいだ!』
行幸はシャルテにまた頭を叩かれた。
『以上です。そして、幸桜と菫の同意も取れました。今から記憶を操作をさせて貰いますね』
行幸は目をパチパチとさせながら幸桜を見た。
「マ、マジで?」
こくりと頷く幸桜。
菫を見ると同上。
「ま、待て! 俺が同意してないぞ!」
『ああ、行幸は関係ないのでどうでもいいです』
満面の笑みで天使長は言い切った。
そして、行幸の脳裏に天使長から思念が飛んできた。
《行幸の恋愛対象者にシャルテも入ってしまいました。よって特別にシャルテを選択する許可を与えますね。本来は元天使の場合は認めないのですが…今回は仕方ありません》
待て! まずその選択肢はいらないし、仕方なくねーだろ!
《ですが、シャルテが恋愛対象者になった事は幸桜と菫には言わないで下さいね? すごく揉めると思いますので》
待て! もう遅い! 思いっきりさっきシャルテが自爆してただろうが!
《あっ…ちょっと急用が》
な、何だそれ! って…おい!
思念が切れた。
行幸は天使長を睨む。天使長は笑顔で返す。
『行幸、気が済むまでハーレム状態を楽しんで下さいね。そして恋愛の結果を楽しみにしてますね』
天使長はそう言うと唐突に目の前から消えた。
「ちょ、ちょと待てよ!」
『行幸さん…よかったですね…行幸さんの大好きなエッチなゲームみたいな最後になって…』
リリアが笑っていない笑顔で俺を睨んでる。
「リリア? いや、それは望んだ事じゃないからな? あ、あと…俺は結局どうすれば男に戻れるんだっけ?」
『あら嫌ですわ~お忘れになったのかしら?』
おほほほっと口に手を当てるリリア。
おい、キャラが変わってるぞ…
『行幸さんは…』
《三人の恋愛対象者から一人に絞るのです。このルールは変わっていません。ちゃんと選ぶ事が出来れば、そうすれば男に戻れます》
ここで思念!?
『では…この世界を放棄しますね』
「お、おい! まだ聞きたい事がぁ……」
行幸の視界が真っ白になった。
続く
次回、いちお? 最終回です。