第九十八話【俺の最後の聖戦Ⅳ】
体を束縛されて簡単に唇を奪われてしまった行幸。
幸桜は今までの我慢が爆発したかのように激しく唇を奪った。
しかし、そんな状態もすぐに解除される事になる。
「幸桜ちゃん! それは流石にルール違反だから!」
真っ赤な顔で菫は行幸から幸桜を引き離す。
「いきなりキスとか何してるのよ!」
涙目で憤慨する菫。しかし、この恋愛から降りるなと説得していた事もあって本気で怒るに怒れない。
「ご、ごめんなさい…私、何だか頭の中が真っ白になっちゃって…」
幸桜は暴走すると我を失うと判明しました。
菫は行幸をキリっと睨む。
「行幸も何で避けないのよ!」
「は、はい? お前、今の俺の状況を見てから文句を言えよ!」
そう、行幸は完全に束縛状態。しかし…
「首は動くよね? 頭は動かせるよね?」
行幸の頭を両手で固定すると、菫は行幸のおでこにヘッドバット。
「い、いてぇ! 何するんだ!」
菫は行幸の頭を固定したままじっと瞳を見詰めた。
目の前に菫の瞳。そして直視していると顔がどんどん真っ赤になる。心拍数が上がる。思わず顔を逸らす行幸。
が、しかし、逸らせなかった。そう、頭は固定されている。顔は動かない。
「え、えっと…菫さん?」
行幸はごくりと唾を飲み込む。
「あーこのままじゃなんだか私だけが損した気分…」
「はい?」
「これは対等な立場に立つ為に必要な行為なんだからね!」
「な、何を!?」
ツンデレっぽい台詞を吐きながら菫は行幸の唇を奪った。
それを見ていた幸桜が慌て菫の体を引っ張る。
「す、菫さん! 駄目! やめてー!」
幸桜が必死に菫を引き離そうとする。
しかし、なかなか菫はしぶとい。
「んーんんっ!」
菫!? な、何してんだよ!
うわぁあ! 何かが口内に侵入をしてきただと!
こ、これはまさかディープな奴なのか!?
っていうか、さっきまでのシリアス展開はどこいった! なんだこのキス合戦は!
「駄目だってぇぇ!」
幸桜は菫の胴に腕を回すと、全体重をかけて後ろの倒れる。
「ぷはっ」
流石の菫も行幸から引きはがされた。そして、二人はそのまま行幸の目の前に倒れた。
「ぜぇぜぇ…」
行幸は真っ赤な顔で息を荒くしながら倒れ込んだ二人を見る。
こっそり苦しかったのか涙目だったりした。
『若いのぉ…』
そんなやりとりを見ていた天使長はまるで婆さんのような台詞を吐いた。
天使長! お前の年齢は何歳なんだよ!
……そういえばマジで何歳なんだだ? リリアも何歳なんだ!?
こいつら若く見えるけど、実はファンタジーによくある設定で、天使だから数千歳とかだったりするのか? じゃあ、歳を取らないのか?
こんなに天使が近くにいるのに俺は天使の事が全然わかってないじゃないか!
こんな状況にも関わらず、壮大な妄想を繰り広げる行幸。
「私が先に座ります!」
幸桜の声が聞こえた。現世に引き戻された行幸は声の方を見る。
目の前の木製椅子に幸桜がちょこっと座っているジャマイカ!
おい待て! 何で座ってるんだ? 俺はまだ数値で恋人を決める事に同意してないんだぞ!?
『行幸よ。菫と幸桜は同意しておる』
またチートかよ! って? 二人は同意しただと!?
「菫さん! どちらが行幸を本気で好きか…勝負ですよ!」
「幸桜ちゃん! 私は負けないからね! 私は貴方よりも行幸が大好きなんだから!」
あれれ…あれれれ?
こいつら、マジで恋のライバルモードに突入したのかよ!?
行幸の動揺をよそに、静観していたリリアが椅子の横へとやって来た。
『さぁ…始めましょうか』
「ま、待て! だから、俺は同意してないって!」
しかし、リリアは行幸を完全に無視して幸桜の頭に軽く触れた。
待て! 俺が主人公だぞ! なのに何だこの扱いは!
『はい、終わりです』
って? 終わり? さっきの《ぽん》で終わり?
測定は実にあっけなかった。文句を言う暇もなかった。
『結果は後で報告しますね』
「はい」
「じゃあ…私の番ね…」
菫はそう言いながら椅子に座っている幸桜に手を差し伸べた。
まるでライバルが倒れたのを起こしてあげるシーンみたいだ。
やっぱりこいつらは恋のライバル化したのか。
「菫! お前、本当にいいのかよ?」
菫は一瞬だけ行幸を見ると、ニコリと微笑んだ。
それはいいって事なのか?
「さぁ、勝負よ!」
「はい、勝負です!」
幸桜は菫の手を取って立ち上がった。
今度は菫は右手で胸を押さえながら椅子に座る。表情は緊張しまくっている。
そんな緊張した菫の頭をリリアはぽんと触った。
『はい、終了です』
相変わらずあっけなかった。
菫は深呼吸をして、ゆっくりと椅子から立ち上がると幸桜の横へと歩く。
「あとは結果だけね」
「はい…」
俺の意見を無視してやりやがって…
でも、もう終わった事だし今更なにを言っても無駄か…
これで二人とも終わった訳だが…
「リリア、天使長、結果はどうなんだよ」
行幸の質問に天使長もリリアも答えない。
そして、リリアが深刻な表情になった。天使長まで深刻な表情になる。
「おい? どうしたんだよ?」
『いえ…あ、えっと…結果ですが…』
ゴクリと唾を飲む幸桜と菫。
『…発表して欲しいですか?』
椅子に座っていたら思わずコケていたくらに心の中でずっこけた行幸。
測定したのに発表しなくってどうする気だなんだ!?
見ろ、幸桜と菫の目が点になってるじゃないか!
「おいおい! 何の為に測定したんだよ? 発表しないでどうするんだよ?」
行幸が文句を言った瞬間。周囲が眩しい程の光に包まれる。
「うっ」
行幸は想わず目を閉じた。
そしてしばらくして光は消えた。
光が消えて間を開けると、目の前に星が舞っている。チカチカしている。
そんなチカチカした視界の中に、先ほどはいなかった人影を派遣した。
その人影は目の前の椅子に座っている。
行幸は目を凝らしてその人影を確認する。
嘘…だろ? 何でここに?
「何でここにシャルテがいるんだよ!?」
その人影はシャルテだった。
行幸が声をあげると椅子に座っていたシャルテがすくっと立ち上がる。
そして、行幸の方を振り向くとキリリと睨んだ。
その表情は何故か真っ赤だ。
「シャ、シャルテ? 本当に何でここにいるんだ?」
見ればリリアまで明らかに驚いた表情になってるじゃないか!
というか、結果発表の時にシャルテの登場とか意味不明なんだけど?
どう考えても今はシャルテの出番じゃないよな?
シャルテはスタスタと行幸の目の前まで歩み寄る。
『行幸の…』
ぼそりと何かをつぶやく。
「へ? 今、何て言った?」
カーッと真っ赤になるシャルテ。
何でここで照れる!?
『馬鹿! 行幸の馬鹿って言ったんだよ!』
シャルテは今度は全員に聞こえる大きな声で叫んだ。
叫び終えたシャルテの瞳が潤んでいる。って…何? なんだこのサプライズイベントは!
ゲームのエンディングでイベント発生なんて聞いてないぞ!?
「ちょ、ちょっと待て! シャルテ? 何を言ってるんだ!?」
『聞こえなかったのかよ! 僕は行幸に馬鹿って言ったんだよ!』
っていうか、ちょっと待て! 何かおかしいぞ!?
そうだ、何でシャルテが俺の名前を覚えてるんだ?
シャルテが俺を思い出したのか!? そ、そうだ…リリア達に…
「リリア、天使長、どうなってるんだよ? 何でシャルテがここに現れたんだよ? 何で俺の名前を思い出してるんだよ」
『私も知りませんでした…なぜですか? シャルテ、貴方はなぜ行幸さんの名前を思い出しているのですか?』
リリアが知らなかっただと?
菫と幸桜を見ると呆気に取られてやりとりを見ている。
『ついこの前…行幸に触れてから思いだした…』
この前dと? ああっ! もしかして俺が分裂していた時の!?
『ううむ…シャルテの恋愛フラグが折れておらんかったのか? 人間化した時の恋愛フラグは折れたはずなのじゃが…』
天使長までこの事態は想定外だというのか?
確かにシャルテには恋愛フラグは立っていたかもしれない。それはシャルテが人間になっていた時だよな。
それはシャルテが天使になった時に消えたはず…
『僕だって知らない…僕はつい昨日まで行幸の事を忘れていたんだ…』
行幸は思い出した。
シャルテが天使になり昇天する時に聞いた事のない確定音みたいなのが聞こえていた事を。
まさか…あの音が!? いや、そうとしか考えられない!
シャルテは人間の時のフラグが折れて、天使になった瞬間、記憶を失う前にフラグが立ったっていうのか!?
『僕は二人の邪魔をするつもりはない…だけど…僕だって行幸が好きなんだ…だから…僕も行幸をどのくらい好きかを知りたいんだ』
だからって今出てこなくってもいいジャマイカ!
こんな事をしていたら、菫と幸桜が動揺するだけだぞ?
「ちょ、ちょっと行幸? これってどういう事? なんで天使が行幸を好きなの?」
「お兄ちゃん!? 天使がお兄ちゃんを好きってどういう事なの!?」
ほらみろ! 言わんこっちゃない!
「俺のせいじゃない! 俺のせいじゃない! 俺のせいじゃない!」
行幸は懸命に首を振った。
これ以上ややこしくなると、もう訳がわからなくなるだろうが!
どうしてマジでこうなるんだよ!
もう菫と幸桜は大パニックだろ!
なんて思っていたが、思ったよりも二人の反応は薄かった。
「そっか…行幸は天使まで自分を好きにさせちゃんだね…行幸って誰かまわずに優しいからね…」
菫がため息をついた。
「お兄ちゃん、お願いだから私達のライバルを増やすのはやめてよ…本当にお兄ちゃんは誰にでも優しすぎるよ…でも! 私は天使だろうが何だろうが負けないよ! ふんふん!」
幸桜が鼻息を荒くした。
人間の二人が落ち着いているのに、シャルテが顔を真っ赤にする。
『ぼ、僕だって行幸を好きになろうと思った訳じゃなくって…い、いつのまにか…心の奥にこいつが! こいつが住み着いたんだからな! って何を言わせるんだよ!』
誰も言わせてないだろ! 言うなよ!
シャルテは真っ赤な顔のまま椅子の前まで歩くと再び座った。
『リリア姉ぇ! 計って!』
リリアは仕方ないといった表情でシャルテの頭をぽんと叩いた。
『はい、終了ですよ』
そう言ってシャルテを椅子から立たせた。
相変わらずあっけない。
『では、結果発表です』
乱入者がいたおかげで時間が掛かったが、やっと発表だ。
菫と幸桜とシャルテが表情を強張らせている。
『菫さんの恋愛度数は七百七十六でした』
776? それは高いのか? 低いのか? 基準が無いからわかんねー!
『そして…』
さっきは菫だった。今度は幸桜か?
『シャルテです』
シャルテかよ!
シャルテを見るとガチガチに硬直している。
おい、お前もそんなに緊張するなよ! お前と俺が恋人同士とかないんだからな?
…あれ? こいつが一番高かった場合はどうなるんだ?
続く