第九十七話【俺の最後の聖戦Ⅲ】
『行幸は本当に悪かったのじゃ。最初に恋愛対象者が二人になったのは、本当に運が悪くたまたまなのじゃ。そうじゃな…わかりやすく言えば宝くじで一等があたったようなものじゃ』
「だったら宝くじに当たりたかった…」
行幸ががっくりと頭を項垂れる。
『恋愛対象者が二人になってからも私達の予想外の事が連続で起こりました』
『うむ…』
『恋愛対象者が減ったと思えば新しい対象者が現れる…二人になったかと思えば三人になる…行幸さんには私達の常識が通用しなかったのです』
リリアが肩を落とした。
『だから早くお主に恋愛対象者の誰かとカップルになって欲しいのじゃ。もはやお主を男に戻すとか戻さないとかの問題では無くなったのじゃ』
だったら今すぐ俺を男に戻せよ…
菫と幸桜に目をやると、二人は黙って俺達やりとりを聞いている。
『行幸よ、今から恋愛対象者を絞るぞ…そしてそれが終わったら、お主らには我々の存在を忘れてもらうのじゃ』
「へっ!?」
今なんて言った? 最後に何て言った?
『天使長様!? そこはまだ教えるべきではありません!』
リリアが天使長の一言にハッとして慌てふためいている。
『いや、先に言っておくべきであろう。恋愛対象者を一人に戻し、そして行幸を男に戻す。そしてここにいる三人の記憶を操作して我々の記憶をなくす。これは全て実行する事じゃからな』
『ですが……別に教える必要は…』
記憶操作? 忘れる?
行幸は考えた。天使長の言った言葉の意味。
そしてすぐにピンと来た。
そうか! そういう事か!
もし予想が正しかったら、こいつらマジで自分勝手すぎるだろ!
俺の予想はこうだ。
恋愛対象者である菫か幸桜のどちらかが俺の彼女になる。すると、もう一人が振られた事になる。
ここから記憶操作だ。
振られた方は振られた記憶だけを植え付け、恋人になった方は告白が成功した記憶だけを植え付けられる…
きっとこの前のデートの記憶でも改ざんする気だろ? じゃないとあのデートの意味がない。
二人が天使の記憶を無くしてしまえば、普通に恋愛をしていた記憶だけが残る。
待てよ? 俺が女にされた事に対する記憶はどうなるんだ?
そこはこいつらがうまく操作するのか?
でもこれは言える。なんだかんだと結局はこいつらに踊らされてるだけだろ!
『半分は正解じゃな』
「半分?」
チートでやっぱり読まれてたか…でも半分しか合ってないだと?
『そうじゃ。しかし、記憶操作でどうせ全てを忘れてしまう。いまさら何を考えても無駄であろう?』
「いや、やっぱり俺はそういうやり方は納得できない!」
『行幸、そう感情的になるでない』
「感情的? なるさ! 俺は人間だからな!」
天使長は困惑する。
「お前らの様に機械的に人間をまるで操り人形のようにしか考えない…「もういい! もういいよ! お兄ちゃん!」」
突然、幸桜の大きな声が建物の中に響いた。
行幸の声は幸桜の声にかき消される。
「こ、幸桜? どうしたんだよ?」
「お兄ちゃん、もういいよ…もういいから…」
幸桜は行幸に歩みよると、両肩に手をあてて胸に顔を埋めた。
「幸桜? 本当にどうしたんだよ? こんなの何も良くないだろ? こいつらは俺達の恋愛をゲームみたいに簡単に考えてるんだぞ?」
リリアは険しい表情で幸桜をじっと見詰める。
『幸桜さん…本当にそれで良いのですか?』
リリアが声を掛けると、幸桜は小さく頷いた。
「はい…いいです。私はこの恋愛から降ります」
衝撃の一言だった。
何かを胸に突き刺されたかのような衝撃が走った。
菫も激しく動揺した表情を見せている。
しかし、リリアと天使長はまるでそうなる事を予想していたかのように冷静な表情だった。
『行幸よ、結局は恋愛度を測定する必要は無い…という結果になったのぉ』
おいおい…おいおい? おいおい!
「幸桜? 降りるってどういう事だよ?」
「言葉どおりの意味だよ…」
菫が行幸に持たれていた幸桜の両肩をぐっと引っ張っる。
無理矢理に引き離された幸桜の瞳は涙で溢れていた。
「幸桜ちゃん! それってどういう事なのよ? それってどう言う意味なのよ? まさか本当に降りるつもりなの?」
幸桜は涙を拭いながら顔を背けると、唇を噛んだ。
「意味がわからないよ! 幸桜ちゃんは行幸が好きなんじゃないの? どっちが選ばれても恨みっこなしだよって前に話したよね? なのに何で? 何で? 何で今になって降りるとか言うのよ?」
しかし、幸桜は何も答えない。
「まさか私を想って? もし、そうだとしたら止めてよ! こんなので選ばれても意味ない!」
幸桜はついに目を閉じた。そして震える声で話し始める。
「私はね…好きだよ? 行幸が…大好きだよ? 妹なのに…妹なのにお兄ちゃんが好きだなんておかしいけど…でも大好きだよ?」
「でしょ? そうなんでしょ? だったら何で? 何で降りるの? 意味がわからないよ…説明してよ! ねぇ幸桜ちゃん!」
菫の瞳にも薄っすらと涙が浮かぶ。
幸桜はゆっくりと瞼を開けた。そして肩を震わせる菫を見てまた瞼を閉じる。
行幸はそんな二人を見ているといてもたっても居られなくなった。
「おい! 解け! この紐を今すぐ解け!」
しかし、リリアも天使長もまったく聞く耳を持たない。
なんという放置プレイだよ! くそっ!
「おい、幸桜! 言え! 何で降りるのかちゃんと説明しろ!」
幸桜はゆっくり瞼を開いくと行幸を潤んだ瞳で見た。
「だって…私はお兄ちゃんには不釣合いだから…」
「不釣り合いって? 幸桜ちゃん? 何を言ってるのよ?」
「お兄ちゃんも菫さんも普通に考えてみてよ…私は行幸の妹なんだよ? 歳だって六歳も下なんだよ? まだ高校生なんだよ?」
菫の表情に焦りが見える。
「で、でも、幸桜ちゃんは行幸とは血が繋がってないんでしょ?」
「それを知っているのは家族だけ! 周囲の人はそれを知らないの! だから私は行幸の妹なの! 妹なんだよ…」
「………幸桜ちゃん」
菫は言葉を失った。
「それに…それにね……」
幸桜は溢れる涙を右手で目頭を拭う。言葉が続かない。
それでも懸命に言葉を続ける。
「私は…お兄ちゃんの大好きなゲームの事を知らない…アニメの事も知らない…知らない事ばっかり…」
菫はハッとする。これじゃ駄目だと頭をぶるぶるっと振った。
「幸桜ちゃん、大丈夫だよ。それは徐々に解るようになるから!」
本当であれば自分の恋敵である幸桜。
なのに、菫はその恋敵である幸桜を懸命に慰めた。
しかし…
「無理だよ! だって…私はずっと行幸が好きで、行幸の趣味だって興味を持ってみようとした。だけど、私には行幸の趣味を受け入れる事が出来なかったんだもん! パソコンなんてわかんない! ゲームなんてわかんない! もう、この世からパソコンとかゲームとか無くなればいいのにって心で願ってたくらいだもん!」
幸桜は自分が行幸には似合わないと主張を続けた。
しかし、菫は諦めない。
MMOをやっていて仲間が何度も挫折でプレイを辞めた。このゲームは自分には難しすぎて出来ないと辞めた。
私だってMMOが好きで始めた訳じゃない。行幸がプレイをしていたから興味を持っただけだった。
最初は面白くなかった。行幸は大絶賛だったけど、私にはどこが面白いのか理解できなかった。
途中で何度も挫折しそうになったし、理解できずに辞めようとも思ってた。
でも、そんな時に気が付いた。諦めようとする私を周囲にいたギルドメンバーが私を助けてくれた。
私は行幸が楽しいと思っているプレイ方法で楽しもうとしたから駄目だった。
でも、気が付いた。実はゲームは楽しかった。
ギルド、野良パーティー。そして大人数でのレイドボス狩り。プレイヤーとのコミュニケーションがすごく楽しかった。
行幸はレア狩りが大好きだけど、私はそんな事よりもコミュニケーションが楽しかった。
私は趣味趣向があったプレイヤーと一緒にいるから楽しいって訳じゃない!
私だって行幸とは趣味趣向はあってないもの!
「幸桜ちゃん! 趣味が合わないと恋人になれないなんておかしいから! だったら私も恋人になんてなれない!」
菫の力強い一言。幸桜がビクンを身を震わせる。
「だ、駄目だよ! 私はね…私は行幸に早く彼女でも出来ればいいのにって思ってた事があるんだもん! そうすればきっと行幸に恋をしなくってもいいって…私は逃げたんだもん! だから無理だよ! お、降りるって言ったら降りるの!」
菫の瞳からボロボロと涙がこぼれだした。
「駄目だよ…幸桜ちゃんが本当に行幸が好きだってわかってるから…そういうは駄目だよ…」
言葉を失う幸桜。
そして、二人の言葉は無くなった。二人はただただ涙を流しているだけになる。
行幸はそんな二人を見て眉間にしわを寄せた。
どうしてこうなった?
これが恋愛なのか?
いやいや、恋愛ってもっと楽しいものなんじゃないのか?
なのに、何であいつらはこんなに辛い目に合ってるんだ?
これだったら、恋愛度で俺の恋人を決めてさっさと記憶操作してもらった方が幸せだったんじゃないのか?
行幸は瞼を閉じた。
今までの色々な出来事を思い出す。
菫が暴走した事。幸桜が俺に告白した事。そして楽しくって辛い、いっぱいの思い出。
駄目だ…やっぱり駄目だ!
行幸はカッと目を開いた。
この辛さを乗り越えたっていう記憶が俺と恋人との楔になるんじゃないのか? こうやって強い絆が生まれるんじゃないのか? だから駄目だ!
よし…こうなったら!
「幸桜!」
行幸は真剣な表情で幸桜を呼んだ。
幸桜が目を真っ赤にさせて行幸の方を向く。
「お前に質問をするから、頷くか首を振って正直答えてくれ! 正直にだぞ!」
幸桜は涙目でこくりとうなづいた。
「幸桜は俺が好きか?」
こくり
「幸桜は俺とまた一緒に暮らしたいのか?」
こくり
「幸桜は俺と話すと楽しいか?」
こくり
「幸桜は俺とデートして楽しかったか?」
こくり
「幸桜は…本当は俺の恋人になりたいと思ってるのか?」
………
「思ってないのかよ!」
ぶるぶる…
「じゃあ、降りるな! わかったか?」
ぶるぶる…
「っ!? ちょ、ちょっと待て!」
それって予想外の反応すぎるだろ!?
幸桜はゆっくりと亀甲縛りの行幸に寄る。
そして、とても悲しい目で行幸に言った。
「お兄ちゃん…デートの時に言ったよね? 私はお兄ちゃんを幸せには出来ないって…」
確かにデートの時に俺は幸桜にそう言われた。けど!
「でも、お前はこうも言っただろ!『私は幸せになれる』って!」
幸桜の目が驚いたように開いた。再び涙が頬を伝わる。
「いいんじゃないのか? 結果が出てないのにこんな事を言うのは早いかもしれないけど、でも幸桜が幸せになれるのならいいじゃないか? 自分に素直になれよ!」
「…行幸………お兄ちゃん…」
これでもまだ降りる気なのか?
気が付けば幸桜の横にはリリアが立っている。
『行幸さんは、本当に女性を口説くのがお上手ですね…』
「へっ? 別に口説いてなんか無いだろ! 本気で思った事を言っただけだ!」
すると幸桜は瞼を閉じると顔をカーッと真っ赤にした。
両方の拳に力を込めて、そしてすーっと息を吸い込む。
「わ、私は……やっぱり…やっぱりお兄ちゃんが大好き! 行幸が大好き!」
大きな声で行幸が大好き宣言!
イキナリの大声に驚いた行幸はちょっと身を引く。そこへ幸桜が抱き付いた。
「もう逃げないよ…」
「あ、ああ…」
そして、幸桜が行幸の唇を奪った。
「んんっ!?」
続く