第九十四話【俺のクリスマスイブⅢ】
午後五時。バイトの上がり時間になった。
お店はと言うと、クリスマス? 何それおしいの? と言わんがばかりに閑古鳥が鳴いている。
クリスマス限定のエロゲも大半が予約で、店頭分は何気に売り切ってしまった。
ちなみに、エロゲがメインじゃないうちの店は在庫は抱えないように発注数は抑えている。
お店に残っているのは大して用事も無い暇な男性客が数人。
さっきの告白から俺の男性客を見る目が変化している。どいつもこいつも告白予備軍の様に見えて仕方無い。
まさか「私に告白しても無駄ですから」なんて宣言する訳にもいかない。
「みゆきさん、どうしたの? 今日はちょっと表情が怖いよ?」
少し小太りの黒縁眼鏡の男性客が俺に向かって言った。
「いえ、ちょっと色々ありまして…」
「色々? 何があったの? 俺でよかったら相談に乗るよ?」
いや、お断りします。マジでそう言い切りたくなるその含み笑いはやめろ。
しかし、お客様にはそうは言えるはずもない。
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です」
時計を見れば五時を過ぎてしまった。
「あっ! 五時を過ぎちゃった!」
俺はわざとらしくそう言ってみた。
「そうだね。あっ、そっか…みゆきさんは五時までか」
「うん」
「じゃあ…俺も帰ろうかな」
用事が無いなら早く帰ってくれ。
「ごめんなさい…気をつけて帰ってくださいね?」
内心と台詞が違う。まさにヒロインだな。(どこが)
ここで思った事が吹き出しで表示されたら、きっとこいつは激怒だろうな…なんて思いつつも俺は笑顔を振りまいている。
「じゃあ帰るね、みゆきさんまたね」
「ありがとうございました」
やっと帰った…
俺はお客様じゃないお客様を送り出すとエプロンを取る。
「やっと帰ってくれましたね?」
俺が困っていたのを察していたのか、横でちょっと若いバイト君(男)が俺に声をかけてくれた。
「ああ、うん…でもお客様だしね。無碍には出来ないでしょ」
「ふぅん…うん、やっぱり行幸さんは優しいですね」
「えっ? 何?」
「あっ、いえ…何でもないです」
聞こえてたけどね。というか、お前から見ても俺って優しいのか?
「じゃあ、私はあがるね。よいクリスマスを」
「はい! みゆきさんも良いクリスマスを!」
満面の笑みでバイト君は俺に手を振った。
しかし、爽やかな笑顔だな。
そんな君はこれから閉店までバイトだよね。去年も確かバイトしてたね。彼女の噂も聞かないね。
そんなに可愛くっていい男の子なんだし、来年こそ良いクリスマスをと言ってあげたいよ。
行幸は暖房の効いた事務所に戻ると着替えを始めた。
お店用の薄いパーカーを脱ぎ、先ほどはずしたエプロンと一緒にロッカーに入れると下着姿なになった。
ローカーから外用の厚手のパーカーを取るとそれに袖を通す。
「ふぅ…女でバイトに来るのも今日が最後か…」
行幸がボソリとそう言うと、背後から「おう、おつかれ」と、店長の声が聞こえた。
驚いた行幸は慌てて振り向く。
「て、店長!? いつの間にそこに!?」
「いつの間にって、ずっとここにいるぞ? 入って来た時にも声をかけただろ」
何という事だ! まったく気が付いてなかった!
俺って考えすぎると周囲が見えなくなるんだよな…
っていうか、まさか下着姿も見られたのか? そうだ! さっきの台詞も聞かれたりした?
聞かれていたらまずい…まずいぞ?
「店長…えっと…」
「下着姿は見てないぞ?」
ほっ…下着姿は見てないのか…って待て! 下着姿だった事を知ってる時点で説得力がないだろ!
いやいや、それはどうでもいいんだ。さっきの台詞は聞いてないのかが知りたいんだよ。
「いや、別に店長に下着を見られるのはいいんだけど…」
「ふーん…いいのか? じゃあもっと見せてくれ」
しまった…余計な一言だった。
「ちょ、ちょっと待って! これは言葉のあやというもので、流石にそういうのは無しで!」
行幸が赤い顔で焦っていると、店長はそれを見て笑う。
「冗談だ。まったく、後先考えずに言うからこうなるんだ」
まったくもってその通りです。
っていうか、聞いてなかったみたいだな。ふうぅ…
ふと店長を見ると、どうやら売り上げを帳簿につけていた様子だ。
薄暗い事務所にある店長の机のスタンドが煌々と光っている。
「売り上げ集計ですか?」
「ああ」
「大変ですね…店長は朝から晩まで働きづめで」
「いやいや、好きでやってるからいいんだよ」
「それならいいんですけど、俺の心配をする前に店長は自分の心配もした方がいいいですよ」
「ああ、心配してくれてサンキュ」
「いえ…じゃあ、俺はそろそろ上がりますね」
そう言って事務所から出ようとした時、俺は店長に引き止められた。
「行幸、ちょっと待て」
行幸はピクンと体を震わす。そして、緊張の趣でゆっくりと振り返った。
まさか? やっぱり聞いてたのか?
「な、何ですか?」
「お前に渡したい物があるんだ」
「えっ? 渡したいもの?」
店長は、事務机の上に置かれたピンクのラッピングされた四角い物体を取るとそれを行幸に渡す。
「ほら、お前にクリスマスプレゼントだ」
「えっ!? 俺にですか!?」
「食事の時にでもと思ったんだけど、まぁ、ここで渡しておく」
プレゼントだって? 俺に? っていうか、待て! こんなのを食事中に渡されていたら、それこそデートじゃないか!
でも…プレゼントとかちょっち嬉しいかも? ピンクの包装なのがあれだけど。
「ありがとうございます! でも、いいんですか?」
「ん? 気にするな。女になってからあまり買わなくなったからさ」
「買わなくなった?」
「まぁ。俺の趣味趣向とお前の趣味趣向は違うから、お前が気に入るかわかんねーけどな」
「は? ひ? ふ? へ? ほ?」
買わないって何だ? 趣味趣向って何だ?
中身はアクセサリー? いや、女になって買わなくなったって言ってるし、それは無いよな?
行幸は包装紙を手で引き伸ばすしてジーと覗きこむ。すると、薄っすら見えたのは…
えっと…これって……
「あの…店長…これ、今ここで開けてもいいですか?」
「ああ、いいぞ? 俺も感想を聞きたかったんだ」
行幸は包装紙をベリベリと引き裂いた。
「おいおい…折角俺が綺麗にプレゼント包装にしたんだぞ? もっと丁寧にあけろよ」
そんな店長の声を気にも留めずに包装を引き裂く行幸。
そして、包装の下から出てきたのは可愛らしい絵が表紙の…
『らぶこみゅにけーしょん~放課後恋愛くらぶ 夏休み編~ 限定版』
エロゲだった…それもエロ描写が超絶過激な奴だ。
「店長…これって」
「まんまエロゲームだ!」
胸を張って言い切る店長。
「で、ですよね…」
しかし、クリスマスプレゼントにエロゲとは…
今の俺は女なのにこのプレゼント選定が出来る店長はまさに神だな。
それも今は冬なのに夏休み編ですか…
「どうだ! お前の今まで買っていたエロゲの購入履歴集計をして選んだんだぞ!」
待て待て! 何を勝手に集計してるんだ!
「いや、この会社のゲームは確かに大好きですけど」
「だろ?」
「でも…」
これを使って、今の俺に何をしろと言うんだ!?
店長は満面の笑みで行幸を見た。
行幸はというと、顔を赤らめて恥ずかしそうにエロゲを持っている。
でも、一応はお礼はしないとか…
「あ、ありがとうございます…」
「なんのなんの。それでもプレイして元気だせよ? そして早く男に戻れればいいな」
これでどこの元気を出せと言いますか?
このゲームで元気になる部位は今の俺には現在存在してないんだけど?
まぁ…いいか…男に戻れたら堪能しよう。
「それじゃ、失礼します。えっと…ありがとうございました」
「おう、おつかれ!」
行幸が事務所を後にした。
店長は途端に眉間にしわをよせる。
「今日が最後って…どういう意味だ?」
続く