第九話 【俺に訪れた悪夢③】
行幸にいきなり怒鳴られた菫は悲しそうな表情で俯いた。
それを見ていて少し動揺する行幸。
「な、何だよ? そんな表情すれば許して貰えるとでも思ってるのか」
「本当に思ってないのに……」
菫は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやいた。
「本当にか?」
「本当だよ…」
「でも、本当はそうやって謝れば済むと思ってるんだろ?」
「思ってないよ…本当にそうは思ってない」
菫の声が震えている。これはわざとじゃない。本当に本当に謝っているのか?
嘘だとは思えない菫の沈んだ姿。
行幸は懸命に怒りの気持ちを押さえ込んだ。
「おい、謝ってるんだ、許してやれよ」
店長がまるで他人事の様にいきなり会話の間に入ってくる。
何が許してやれだ! 俺は店長も許してないんだぞ!
ここで一緒に謝らない店長は見るだけムカツク。
普通は店長が先に謝るべきだろ? 結局は俺に対して悪い事をしたとかまったく思ってないんだろ。
くそー、すっげー文句言ってやりたい!
けど、今日の店長は様子がオカシイ。マジでアルバイトをクビになると困るしなぁ。
結局はヘタレな行幸は心の中でしか文句を言えない。
よし、そうだよ、これからは店長を無視してやろう!
イジメの統計では無視をされるのが一番つらいと書いてあった気がするしな。
なんて自己解決?
「行幸、本当にごめんね…」
再び菫が謝ってきた。
そんな菫を見ていると、本気で悪いと思ってんだなって流石に思ってしまう。
よし、俺も男だ。これ以上年下の女に対してムキになって怒っても仕方ない。ここは寛大に許すか。
なんて思っているとまた店長が割り込む。
「ほら、こんなに謝ってるんだ。早く許してやれよ」
何が許してやれだ! お前が先に謝れよ! っと…無視するんだった無視っと。
「わかった。菫は反省してるみたいだし許してやるよ。だけどな、このシチュエーションはさっきもあっただろ? 菫は一度は謝ったのにすぐにその事を忘れて俺の胸を……も、揉んだよな?」
自分の胸を見て先っき喘いだ事実を思い出してしまった行幸。
菫は申し訳なそうに顔を上げた。
「あのね、私は謝った事は忘れてなかったの。でも、下着を付けてないという事を証明したくって、ついやりすぎちゃった。なんであそこまでやっちゃったのか自分でもわからない。でもごめんなさい」
「証明するにしても本当にやりすぎだろ? ほんとなんであそこまでやった?」
「だって、みゆきの胸って私よりも柔らかいし、なんだか揉んでて気持ちよかったし。だからこう…何か気持ちが高ぶって」
顔を赤らめる菫。その反応はまさか女同士の禁断のあれに目覚めた系なのか!?
あのお花の名前のあれ。
「ちょ、ちょと待て!」
というか比較対象は自分の胸なのか? っていう事は菫の胸は俺の胸よりもちょと硬いのか?
硬いってどういう事だ? そりゃ俺の胸はマシュマロみたいだけど、菫の胸ってどうなんだ?
思わず行幸は菫の胸をロックオン。
どの位の柔らかさなんだろう? エロゲでもフニュフニュする描写ばかりで硬さのある胸の表現は見てないし。って違う! 今は菫の胸の硬さがどうこうじゃないだろ!
「言ったまんまだよ? どうしてなのか気持ちが高ぶってつい揉んじゃった。行幸の胸って大きいのに柔らかくってぷにゅぷにゅしてた」
「ええと、そのぷにゅぷにゅってさ、も、もしかして菫は女に……」
駄目だ! 聞けるはずない!
なんて考えていると、さすがの菫も質問を察した様子で。
「え!? な、何を言ってるのよ! 私は店長じゃないしそういう趣味はないもん! 店長みたいに変人じゃないよ!」
菫は真っ赤になって行幸の言葉を否定した。
「おいおい! 待て待て、今のは聞き捨てならんな! 俺は変人じゃないぞ? 俺は普通だ!」
こういう事にはすぐに反応する店長。
「店長は絶対に普通じゃないわよ! だって今日の行動とか、秘密にしていたアニメの趣味とか、私には理解出来ないし!」
「な、何を言ってるんだ? 俺だって菫のコスプレの趣味は理解が出来ないぞ?」
「何よ! 私の趣味を店長に理解して欲しいとか思った事なんてないわ。ただ、店長は自分の趣味を人に言えなかったんでしょ? 要するに私は自分の趣味を隠すっていうのが理解出来ないの。私は隠したりしない。聞かれれば話すし、自分の趣味に自信がないって事は変な趣味なんだっていう自覚があるって事でしょ?」
やばい位に菫のマシンガントークが炸裂してる。
菫ってこんなに攻撃的だったっけ?
「く…それは…」
さっきから、二人の言い合いの内容はとてもくだらない。
普段はこんな無意味ないい争いはしない。
やっぱり今日に限って二人ともおかしい。討論の内容も態度も行動もおかしすぎる。
しかし、菫はやりすぎだろ?
言い過ぎるとバイトを首になるとか、そういう恐怖心はないのか? 金持ちだからおk?
「と言う事で私は決して女性に興味なんてないからね! 誤解しないでね」
うーん…まぁ俺が心配するのもおかしいからいいか。
「菫、わかったからもう二度と俺の胸を揉んだりするなよ?」
「うん、本当にごめんね」
「もういい、許してやるよ」
「ありがとう…」
菫はもう許してやろう。しかし、ここでスパっと許せる俺ってやっぱり男だよな!
で、今だに謝らない店長はどうする? とは言っても何も出来ないし。
やっぱり無視しかないか。
「行幸、お前は俺が変人だなんて思ってないよな?」
行幸は目を細めて店長を睨み返した。
結論から言うと店長はどう見ても変人だという意味で。
「おい、行幸?」
店長はそんな行幸を逆に睨んでくる。
うーん、今日の店長はおかしいし、ここであまりに不利な事をハッキリ言うと職場環境とかに悪い影響が出そうだよな。
無視はしたいけど……ここは無難に相手するか。
「わかりません」
「わかりません? それじゃ俺が変人かもしれないですって言ってるようなものじゃないか!」
「はい、そうですね」
「そうですね!?」
あ…しまった…つい「そうですね」とか答えてしまった。
「あ、いや、昨日までの店長は普通でしたよ? これは本当にです!」
「でしたって過去形だよな?」
「あ…」
しまった、その通りだ。
「どうなんだ? 行幸はどう思ってるんだ? 今日の俺は変なのか? ハッキリ言え!」
店長は厳しい表情で行幸につめ寄る。
これが本当の上から目線。
体格の良い店長が腕を組んで睨みつけると、それはそれは迫力満点になる。
何だこの威圧感は……これが連邦のモビルス……じゃない。
「ふ、普通だと思いますけど?」
くそっ、威圧感に負けてしまった。
「そうだろ! やっぱりそうだよな? おい菫、聞いたか? 行幸は俺の事を変人だと思ってないぞ?」
菫は行幸へと視線を向けた。
まるで動物園の檻にいる動物を見るように哀れんだ目で。
くそ、仕方ないじゃないか。俺は生きる為には手段を選べなんだよ。
立場上、お金持ちの菫と行幸は違う。
菫にはある選択肢は行幸にはないのだ。
「菫だけだぞ? 俺が変人だと思ってるのは」
いや、俺もそう思うけど言えないだけです。
「そうですか? 別に行幸がどう思ってても私は店長は変人だと思ってますけど?」
「まだ言うのか? 菫も強情な奴だな」
「強情じゃなくって素直な意見です」
「く…」
言い合いは相変わらず菫が優勢だった。
「もういいですか? 店長?」
「……」
店長は無言で菫を睨んだ。しかし、店長は一言も言い返せない。
結果的には言い合いはここで終わったのだが、本当に二人の言い合いはおかしかった。
ここでバイトをし始めてからかなり経つが、店長はこんな言い合いなんてした事はなかったし、菫だってここまで店長に突っかかるなんてなかった。
何がどうしてこうなってるんだ? 二人とも酔ってたりしてないよな?
そう思ってしまう程だった。
「行幸、立場はわかるけど思ってる事は素直に言ったほうがいいわよ?」
菫は行幸を見ながら深い溜息をついた。
いやいや、今ここで余計な事を言わないでくれ。
俺はただでさえ店長のヘイトを稼いでるんだから。ってほら! 店長が俺をまた睨んでるじゃないか!
「え、いや…うん…あはは…そうだね、努力する」
「行幸、お前もやっぱり俺の事を?」
「え? いやいや、普通だと思います。誰でも隠し事はありますから」
行幸は苦笑しながら菫を見た。
菫はすこぶる不満そうな顔をしている。
何だよこいつ! って? あれ? 菫の口が動いた?
声を出さずに菫の口は動いていた。
行幸は目を細めてじっと口の動きを観察する。
えっと… い? く? じ? な? し…「意気地なし!?」だと!?
お・も・て・な・しは許すが、意気地無しとか酷すぎるだろ!
と言いつつ今日の自分を振り返る。
そうだな。今の俺は意気地なしだよな……。
自覚する行幸だった。
「店長? 店長は何で行幸に謝らないの?」
折角口論は終わったのに、また店長に余計な事を言う。
菫は店長が謝らないのが気に入らないらしい。
「何で謝る必要があるんだ?」
しかし、まったく悪気の無い店長。
「はい、もういいです」
菫は大きな溜息をついた。
どうやら菫も店長の相手をするのはやめたらしい。
俺もいまさら店長に謝られても気分がすっきりする訳じゃないし、もうどうでもいいから助かる。
「そうだ、私ね、お詫びという訳じゃないけど、男に戻る方法を本当に一緒に探してあげるからね!」
菫は突然大きな声で宣言をした。
「え? あ、ああ、ありがとう」
そこへ店長がまたまた割り込んだ。
「おい、みゆき! 俺も一緒に探してやろう!」
「え? あ、どうも…」
「店長、どうせやらないのに、やるとか言わないでよ!」
「俺はやると言ったらやる!」
また言い合いを始める二人。そんな二人を眺めつつ行幸は考えた。
菫は確かに俺と一緒に探してくれそうだ。でも、店長はどうなんだろう?
菫の言う通りで、どうも勢いだけで言ってる気がする。
でもまぁ、一緒に探してくれると言ってるんだから断るのもおかしい。
確かに今日の店長はおかしいけど、また言い合いもやだし。
「菫、落ち着けって。店長も探してくれるんだったらそれはそれでいいだろ? 二人で探す方が効率いいだろ?」
「み、行幸がそう言うなら…」
菫は嫌々文句を言うのを止めてくれた。
「しかし、本当にどうすれば俺は男に戻るんだろうな?」
「そうね…どうすれば戻れるのかな…」
「おい行幸!」
「え? 何ですか店長」
「俺も一緒に捜してやるが……」
「やるが?」
「もしも、もしも万が一だぞ? お前は女のままでいる事になったら、受け止める覚悟は出来ているからな?」
受け止める覚悟は出来てる?
いらない! いらなすぎる! そんな覚悟は必要ない!
結局は何なんだ? 店長は俺を手篭めにしたいのか?
「何よ店長! 受け止めてやるとか変態すぎ! 本当は行幸に男に戻って欲しくないんでしょ! 女性になった行幸の体が目当てなんでしょ! キモイ! いやらしい! 変態!」
「菫何を言う! 違う! 俺はそんな微塵にしか思ってないぞ?」
「微塵に思ってるんじゃん!」
「思ってて悪いかよ! 俺だって男だ!」
「なにが男だ! よ! あらからね! も、もしも行幸が女の子のままだったとしても」
「ん? だったとしたらどうなんだ?」
「わ、私が面倒見るから! だから店長の出る幕ない!」
菫は顔を真っ赤にして怒鳴った。その台詞を聞いて動揺する行幸。
「す、菫? 何を言ってるんだ? 面倒を見るってなんだよそれ?」
行幸が動揺しているのを見て、菫は慌てて自分で自分をフォローし始めた。
「へ、変な意味で取らないでね? 私は店長が危険だから……そ、それならって意味で言っただけ。別に何をしたい訳じゃないからね? 女の子の体じゃしたくても無理だしさ……」
菫の顔が更に真っ赤になった。
「そ、そうか? って、最後の言葉がかなり引っかかるんだけど?」
行幸は深くは考えないようにした。
しかし、したくても無理と聞くと、マジでエロい妄想しかできない。
思わず下腹部がキュンキュンしてしまった。
(な、なんだこの変な感覚?)
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
店長が手を挙げてどっかで聞いたフレーズを言い放った。
「何よ!」
「菫、お前は店長である俺を信用して「ないに決まってるでしょ!」」
うわぁ…秒殺とはこういう事を言うのか。
「み、行幸は俺を信用してるよな?」
げ…俺に来た。
店長を信用できるかか……いつもなら信用できるけど、今日の店長はイマイチ信用出来ないんだよな。
今の菫と店長なら確実に菫の方が信用出来るかも。
だからと言っても菫に面倒を見て貰うのもあり得ないし……って待て待て! 誰かに面倒を見てもらうっていうのがありえない!
「あのさ、信用とかそういう事よりも、もし戻れなくても俺は一人で生活するから。別に店長や菫を頼ったりしない。というかさ、絶対に男に戻るからそんな心配はいらないし」
「別に遠慮しなくていいんだぞ? 俺は行幸の力になりたいんだ」
とか言ってる店長の不気味な笑み。
視線は今も完全に俺の胸にロックオンされてる。
下心が見え見えで危険な状態だった。
「店長の視線がいやらしい……行幸の胸ばっか見てる」
「み、見てないぞ!」
店長は慌てて視線を胸から外した。
行幸はそんな店長を苦笑しながら見ていた。
「あ、そうだわ」
「ん? 何だよ」
「行幸が気を失ってる間に店長と話をしたんだけどさ」
いきなりの唐突すぎる話に行幸は首を傾ける。
「店長と話をした? 何を?」
行幸はちらりと横目で店長を見た。すると視線がいつの間にか行幸の胸に戻ってる事実を発見。
行幸もじっと胸を見る。そして妙に納得。
あれだな、こういう立場になって解ったけど男の視線って思った以上にハッキリわかるんだな。
女の子が男にじっと見られるのが嫌って気持ちがすっげーわかるよ。
そういう俺だってこの胸だったらきっと見てたよなぁ。
「ねえ? 聞いてる?」
「あ…ああ…聞いてるぞ」
やばい、聞いてなかった。
「もう一回言うよ? まず一つ。行幸は今日は下着をつけてないから店頭キャンペーンはなし」
「なしか…でもあれだぞ? 下着も問題だが時計を見ろよ。もうバイトの終わる時間になってる。時間的に考えてももう無理だろ?」
行幸がそう言いながら再びちらりと店長を見ると、今度は店長と目が合ってしまった。
店長は怪しい笑みを浮かべると行幸の方へと歩き出す。そして真横まで来た。
真横に立たれると改めてその身長のでかさに圧倒される。威圧感をすごく感じる。
「な、何だよ店長? 何の用事だ? 触ったら怒るからな」
「大丈夫だ、触ったりはしない」
「じゃあ何だよ」
「行幸のヤル気があるのなら、今からでもキャンペーンOKだぞ? そう伝えたかっただけだ。どうだ?」
店長は行幸の肩に手を置いた。
その瞬間に行幸の背筋にゾっと冷たいものが走る。
触らな言いながらも何気に触ってるじゃないか!
「なぁ行幸」
「な、何だよ」
「キャンペーンをヤラナイカ?」
キラリと輝く眼光。そしてピクピクと動く胸の筋肉。
正直言って怖い。いや、不気味と言った方が正解かもしれない。特に目つきが怪しい。誰もいなかったら拉致されてトイレにでも連れ込まれそうな感じすらする。
やばい…これは断らないと。
「えっと、お、俺は……」
行幸が脂汗をかきながら途中まで断りの文句を言いかけていると、菫がそれに割り込むように大きな声で店長に向かって言った。
「さっき店長と私で話しをしたばっかなのに、いまさら何を言ってるのよ! 今日は店頭キャンペーンはなしって決めたでしょ! 何が『やらないか?』よ! ニコニコ動画の見過ぎじゃないの!?」
「え? いや、俺は別に強要してる訳じゃないぞ? それに何でニコニコ動画なんだ?」
「私から見れば脅して強要してるようにしか見えないわ」
「だから、俺は行幸のやる気があればと言ってるだけだろ? さっきからあらゆる事に突っかかってくるな?」
「私は行幸の事を考えてあげてるの! 店長には任せられないから」
「何だそれ? 行幸の事を考えてあげてる? 俺だって考えてるんだぞ!」
「私の方がちゃんと考えてるわよ!」
「おい何だ? 何でそんなにそんなにムキになる? ははん……そうか菫、お前はこいつが好きなんだもんな?」
「なっ!?」
首が、顔が、耳が、菫の全てが真っ赤になった。
そしてそれに連動するように真っ赤になる行幸。
「えっ? す、菫? いや、あれ?」
「み、行幸もそんな顔すんだ! なんで私が行幸をす、好きとかそうい事になるのよ! だ、だから、私は男になんて興味ないんだから!」
あからさまに動揺しまくる菫に店長はほくそ笑んだ。
「ほほう、男に興味がないだと? じゃあなんでそんなに動揺してるんだ? 怪しいな」
確かに菫は確実に動揺してる。でも、それでも菫が俺を好きだとかありえない。
今日は二人ともおかしいからこんな展開になってるんだ。
行幸はなんとなく今日までの菫とのやりとりを思い出していた。
そして何気なく好意がありげな反応をしていた時もあったかななんて思ったが。
いやいやないない。
もうアイツがこのバイトを初めて二年以上たつんだぞ?
俺を好きだったらとっくの昔に告白してるだろ?
「今はそういう話じゃないでしょ! 今は行幸の事を話をしてるの! 何で私の事なんか……」
菫は行幸を指差した。
「見て! こんな状態になってるから心配してあげてるだけでしょ!」
店長が行幸の方をじっと見た。
「まぁ、お前が誰を好きになろうが俺の知ったこっちゃないが、こんなになってまで好きなのか?」
「だ、だから何で私が行幸なんか好きになるのよ! 私の理想はもっとレベルが高いんだから! そう、ラスダン(ラストダンジョン)でペアが出来るくらいのレベルの人がいいの!」
意味不明な台詞が混じっているが、結果的には俺は酷い言い方されている。
その台詞は俺のレベルが低いって言ってるとしか聞こえないだろ。
「わかったからムキになるな。キャンペーンは無しでいいから」
「だから最初からそう言ってるじゃん! み、行幸は解ったの? やらなくていいんだからね」
というか最初からやる気なんて無いんだけど。
「店長、もう四時だから私達は上がりってOKだよね」
店長がハッとして壁に掛けてあった時計を見る。確かに四時だ。しかし。
「ちょっと待て! 行幸はシフトで四時までだったからいいが、菫は五時までだろ? 何でお前まで上がるんだ?」
「もう夕方からのバイト君は来たんでしょ?」
「来てるが、それは関係ないだろ?」
「関係あるわ。私も行幸も休憩とってないし、バイト君がいるなら休憩の一時間くらい早く終ってもいいじゃん」
「待て! 俺だって休憩なんか取ってないぞ?」
「それは店長だから仕方ないでしょ?」
「何だその言い方は? そんな我侭を言ってるとお前のバイト代カットするぞ?」
「何それ? 私まで脅すつもりなの? いいわよ? 別に私はお金に困ってないし、一時間分引けばいいじゃない? 何なら今日の分もいらないわよ?」
予想外の反応にちょっと戸惑いを見せる店長。
「いや、そういう事じゃなくってだな、俺は菫に規定時間まで仕事をお願いしたいだけなんだが」
相変わらず今日の菫は強い。流石はお金に困ってないだけある。正直うらやましい。
しかし、ここは店長の言い分もわかる気がする。これは菫の我侭だろう。
「と言う事で私もあがるから。はいはい! 着替えの邪魔だから出ていって!」
「待て! まだ話は終わってないぞ!」
「煩いな! もう終わったの!」
「ちょっと待て! 勝手に決めるな」
「何よ! 店長まさか私の裸を見る気なの?」
「えっ? いや、そういう訳じゃない」
「じゃあ出て行って下さい! 女子は今から着替えです」
「まて! 行幸は男だろうか!」
「今は女だからいいの」
菫はそのまま店長をグイグイと事務所の外へと押し出した。
無理やり追い出したぞ。なんて強引なんだ。
本当に何か今日の二人はおかしいって何度同じ事を思ったっけ。
「おい! ちょとま…」
バタン! かちゃ!
店長を完全に追し終わると速攻で扉に鍵をかけた菫。両手でパンパンとまるでゴミの始末を終えたような仕草をとった。
続く
後書き(永井菫【ながいすみれ】について②)
菫は裕福な家庭に育った一人娘です。
実は勉強も出来るとっても優秀な女の子ですが、どうも遅い反抗期なのか親の言う事を聞いていません。それで実家を飛び出て都内に一人暮らしをしています。(しかし親の持っているマンションに住んでる)
パソコンは中学時代からやっており、親に隠れて遊んでいました。
コスプレはあるMMOのオフに行った時に誘われたからやり始め、それから嵌ってしまった様です。(もちろん親に内緒で行ってますし、コスプレも内緒です)
この子は恋愛に関しては相当に初心です。だってまともに恋愛した事がないのだから…
しかし、一人娘で裕福に不自由なく育った為に相当に我が侭です。
彼氏なんて出来るのでしょうかね…最後までパソコンが恋人とか?
読者の皆様も寛大な気持ちで見守ってあげて下さい。