無能として追放してくださってありがとうございます。私は幸せに暮らしています、あなた達といたときよりも、ずっと。
「俺はアザレアと結婚する。つまりどういうことか、わかるな?」
話がある、と婚約者であるザーマ・ミーヤガーレン様に呼び出され彼の屋敷を尋ねたら、彼は私の義妹の腰に手を回しながら、そう言った。
「……不貞したので、私との婚約を破棄する、ということですか?」
「違う。お前が悪い、ということだ」
「…………不貞をしたのは、ザーマ様ですよね」
「俺に不貞させるような、不出来なお前が悪い。お前がもっと美しく優秀で俺を満足させていれば、俺だって不貞なんかしなかったんだ」
とんでもない言い分だが、もはや驚くこともない。
彼がこうなのは、いつものことだからだ。
「……そうですか。ともかく婚約破棄ということですね。かしこまりました」
「おい、謝罪の言葉もないのか? もとはといえば、お前が『無能』だから悪いのに」
この世界の貴族は、十八歳の誕生日を迎えると魔法が使えるようになる。
私も、義妹であるアザレアもまだ十七歳なので、魔法の力は発現していない。
けれど幼い頃からアザレアは「聖女」、私は「無能」だと言われてきた。
理由の一つは、アザレアの容姿だ。
アザレアは私にとって継母の娘であり、私達は血は繋がっていない。私達の容姿は全く似ておらず、私は地味で、アザレアはとても美しい。幼い頃から「まさに聖女だ」と言われていたほどだ。
もう一つの理由は、手の甲にある印だ。
この世界では十八歳になるまで魔法は使えないが、なんの属性を宿しているかは、幼い頃から手の甲に印が出ることで判別されている。
アザレアの手の甲には、火と水と風、三つの属性の印がある。この国で三つも属性を持つ者は非常に珍しい。
私の手の甲には、なんの印もない。だから私は、周囲から嘲られていた。
そんな私、「無能なエクレーラ」とは誰も婚約したがらなかったが、「聖女の姉」という立場の私なら、欲する家はあった。だから私とザーマ様の婚約は成立した。互いの家同士が決めたことだ。
一方でアザレアは引く手数多であり、「婚約相手なんていつでも好きに選べるんだから、早く相手を決めてしまう必要はない」と、もう十七歳であるにもかかわらず、婚約者がいなかった。
以前から、「ザーマ様は将来私のお義兄様になるのですから、仲良くしてくださぁいっ」なんてベタベタしていたけれど……まさか結婚までするとは。
彼女は幼い頃から、私のものを奪うのが大好きだった。ザーマのこともきっと、私の婚約者だから、自分のものにしたくなったのだろう。
「おい、エクレーラ。何か言ったらどうなんだ? お前は都合が悪くなるとすぐ黙る。自分の非を認められないのか?」
……にしても、本当にこんな人と結婚するつもりなの? という思いを込めて、そっとアザレアの様子を窺う。すると彼女は、わっと泣き崩れた。
「お姉様、そんなに私を睨んで……私を責めているのですねっ」
「エクレーラ! 無能なお前が悪いのに、アザレアを逆恨みするな! お前とアザレアなら、アザレアが選ばれるのは当然だろう。そんなことすら理解できないのか?」
「違います、私は睨んでなど……」
「この期に及んで言い訳か。お前は本当に救いようがないな! これまでも、アザレアに酷いことばかりしていたのだろう! 俺は全てわかっているんだからな!」
……何故、不貞した彼らが私を責めているのだろう。
だけどもはや怒りより、疲労感の方が強い。彼らの中では、「悪いのは私」と最初から結論が決まっていて、私がどんな言葉を返したところで無意味なのだ。
「いいか。俺はアザレアの婚約者として、お前を隔離し、彼女を守る義務がある。よってエクレーラ、お前にはクートリアの屋敷から出てもらう。お前とアザレアが同じ屋敷で暮らしているなど、危険極まりないからな!」
「あのね、お義姉様ぁ……私は止めたのよ? お屋敷から追い出すなんて、かわいそうだって……。でもお義姉様も、幸せそうな私達を傍で見ているのもお辛いでしょうし……独りで静かに暮らせる場所があったほうがいいのかなって。それでね……ミーヤガーレン領には、『古代の遺物』が眠る地があるでしょう? お姉様に、そこを差し上げることになったの」
「ああ。お前に何かしてやる義理なんて、本来ないんだが。慣例として、慰謝料は払ったことにしないといけないからな。喜べエクレーラ。無能なお前には過分なほどだろう」
――古代の遺物。その名の通り、古の時代の品々のことだ。
この世界の歴史は、一度途切れている。古の時代は今より文明が発達していたが、魔王により世界が崩壊させられかけたのだ。……その際、「勇者」によって魔王は倒された。
伝説では勇者は、最強無敵にして不老不死と語られている。勇者様はたとえ手足をもがれても復活し、決して死ぬことはない、と……。伝説とはいえ、さすがに誇張しすぎだと思うけれど。
ともかく――勇者によって魔王は倒されたが、魔王が死ぬ最後の瞬間、暗黒の魔力を放出し、人々の記憶を削り取っていった。
世界は守られ、人類も滅亡は防がれたが、それまでの文明は失われた。
この、魔王によって消し去られた時代は「鍵のかかった時代」とも呼ばれている。
目の前に宝石箱があるのに、閉ざされていて、鍵はどこにもない。価値ある中身に手が届かない。――ようは無意味である、ということだ。
ミーヤガーレン領には、そんな古代の遺物が集まる廃墟がある。ほぼ無価値なのに、歴史的には貴重だから取り壊すわけにもいかず、土地も有効活用できない。誰も住んでいない廃村がただただ放置されている状態が、長く続いてきた。そのためこの土地は「ゴミ捨て場」と呼ばれている。
ようするにザーマ様は、慰謝料という名目で、ゴミだらけの不要な土地を私に押し付けようというのだ。
理不尽であり、抗議していい部分である。……けど。
私はもう、この人達とのやりとりに疲れてしまった。
最初は私だって、自分の意見を口にしていた。だけどそれは全て「お前は間違っている」と封じられてきた。
婚約者も、お義母様も使用人達も、皆、「聖女」アザレアの味方だ。
唯一血が繋がっているお父様ですら、周りと一緒になって私を蔑んだ。「お前のような無能が私の娘だなんて恥ずかしい、産みの母親が悪かったんだな」と。
(……もういっそ、誰もいない土地で気ままに一人暮らしっていうのも、いいかもしれない)
今も決していい生活はしていないし、廃墟とはいえ、家賃がないならいいかもしれない。生活費に関しては心配だが、私は仮にも貴族の出身なので、読み書きや算術などはできるし、むしろ得意分野だ。選り好みせず仕事を探せば、何かしら見つかるだろう。
私はただ、この人達から逃げたい。ここから出られればなんでもいい。もうどうにでもなれ――そんな気分だった。
「わかりました、私は今後、そちらで暮らします」
「当然だ。ふん、二度と俺達の前に姿を現すなよ」
ゴミ溜めを押し付けて無能な私を追放できることが、爽快なのだろう。ザーマ様の唇には、愉快そうな笑みが浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
「ここが、『鍵のかかった時代』の跡地か……」
ミーヤガーレン領の最北であり、領都から離れた森の中に、時代から取り残された亡霊のように存在する地。
古代遺跡と言えば聞こえはいいが、目の前にひろがっているのは本当になんの整備もされていない廃村だ。雑草が生い茂り、人は一人もおらず、おどろおどろしい雰囲気。
石造りの建物がいくつかあり、中には半壊していて屋根がないものもあったが、比較的無事なものもあったので、中に入ってみた。
「まあ、住めるでしょ」
埃や蜘蛛の巣だらけだけど、何日かかけて掃除すればなんとかなるだろう。実家であるクートリア家の屋敷でだって、「無能に部屋なんて必要ない」と言われ、物置小屋で暮らしていたのだ。屋根さえあれば私は生きてゆける。
(いろんなものが置いてあるけど、埃まみれね……ん?)
きょろきょろと中を見回していると、「大きな四角柱の箱」や「丸っこくて管がついているもの」を発見した。
(なんだか、すごく見覚えがある気がするんだけど……なんでだろう?)
不思議に思いつつ、大きな四角柱の箱の埃を払う。すると……。
「わっ⁉」
パチン、と何かが小さく弾けるような感覚。
この箱と、私の中の何かが呼応している――そう、直感的にわかった。
(……あ。そういえば。私、ちょうど今日、十八歳の誕生日だったかも……?)
誕生日なんて誰にも祝われたことがないから、すっかり忘れていた。
(私の手の甲には、何の印もないけど……魔法が、使えるの?)
今まで魔法の力はなかったけれど、座学で魔法を扱う知識だけは学んできた。
本で読んだ通りに、魔力を集中させて――
「!」
パアッと、眩い光が迸った。
その瞬間、頭の中に流れ込んできたのは――前世の、記憶。
(そうだ。私の前世は……日本人だった)
前世でも家族に恵まれず、暗い人生を送っていた。
そんな私にも、唯一の友達がいた。言霧栞ちゃんという、小説が好きな女の子だ。栞ちゃんは特に異世界系の作品が好きで、そういう作品をよく私に貸してくれたし、彼女自身が書いた小説を読ませてくれるときもあった。孤独な私にとって、数少ない安らぎの時間だった。
だけどある日、栞ちゃんがトラックに轢かれそうになり、それを庇って私は死んだのだ。
大事な友達を守って死ねたので、悔いはない。ただ、栞ちゃんが自分を責めていないといいなあと思う。優しい子だったから心配だ。
ともかく。初めて魔法を使ったショックなのか、前世の記憶が少し、戻ってきたけど。
これ……古代の遺物って、電化製品だよね⁉
前世の記憶がないときは変な置物にしか見えなかった「大きな四角柱の箱」は洗濯機だし、「丸っこくて管がついているもの」は掃除機だ。
驚きのまま他の部屋も見てみると、エアコンや冷蔵庫、炊飯器、オーブンなど、たくさんの家電があった。
(あ……! そうだ、この世界って……)
思い出した。これは栞ちゃんが書いていた小説、『雷の聖女と機械仕掛けの国』の世界だ。
(私、友達が書いてた小説の世界に転生したってこと⁉)
私は前世で、異世界もののヒロインに憧れてた。
そして友達を庇って死んだから、神様がご褒美をくれたとでもいうのだろうか。
『雷の聖女と機械仕掛けの国』は、当時栞ちゃんが書き始めたばかりの物語で、読ませてもらったのは冒頭の部分だけだ。この先の展開はよくわからない……けれど、設定はわかっている。
古代の遺物は前世で言う電化製品とほぼ同じ性能を持っているけれど、完全に電化製品というわけではない。電気ではなく「雷の魔力」を動力にして動くのだ。いわば、電化製品によく似た魔道具である。
本来、古びた電化製品は使うべきではない。内部の劣化や埃によって、火災や感電などの恐れがあるからだ。
だけどこれは電化製品ではなく、あくまで魔道具。魔法の力によって経年劣化することがないので、長い時を超えても問題なく使用することができる。雷の魔力さえあれば、使い放題なのである。
(そうだ。雷属性は手に印がなくても、十八歳になると力が発現する稀有な属性……そういう設定だったわね)
私は乾いた布で埃を払い、古代の遺物を拭いてゆく。
そして、掃除機(っぽい魔道具)に魔力を込めると……ちゃんと動いた。床の埃をどんどん吸い取ってくれる。
「ここにある道具、全部使えるってこと⁉ 便利すぎる……! 栞ちゃん、ありがとう~!」
なにせこの世界、掃除は箒と雑巾。洗濯は全て、洗濯板を使った手洗い。料理をするにも、冷蔵庫がないため食品の保存が難しい……そんな生活だったのだ。だけどこれらの古代の遺物があれば、格段に生活水準を上げることができる。
「よし、どんどん掃除していくぞ!」
掃除機魔道具パワーで、どんどん床の埃を吸ってゆく。
すると――
「……何、これ?」
埃に埋まっていて今まで気付かなかったが、床に隠し扉があった。開けてみると階段があって、地下の部屋へと続いている。
また何か古代の遺物があるかもしれないと思い、地下へと足を踏み入れる。
「これは……なんだろう?」
長方形の箱がある。冷蔵庫みたいに縦に立っているものではなく、横に置かれていた。一見して、何の道具なのかわからない。
とりあえず魔力を流してみると、ガシャンと音がして、箱が開いた。
中に入っていたのは……。
「人ーーーーーー⁉ え⁉ 何⁉ 死体⁉」
そういえばこの箱の形は、棺っぽい。殺人事件が隠蔽されていた⁉ 私、犯人扱いされたりしないよね⁉ ヒロインじゃなく、冤罪で処刑される悪役令嬢だった⁉
(お、落ち着け。死体ではない……よね)
箱の中の人は、腐敗していない。それどころか、すごく綺麗だ。
金髪の青年である。マントを纏った服装は高貴さを感じるものの、王族のような華美さより、騎士のような動きやすさを重視しているように見えた。瞳は閉じられていて、まるで眠っているみたいだ。だけど呼吸はないし、ぴくりとも動かない。
(どういう展開なんだっけ? 思い出せない……)
この世界に転生して、十八年。つまり栞ちゃんの小説を読んだのは、十八年前のことになるのだ。記憶がぼんやりしている。そもそも、当時はまだ書かれていなかった部分のような気もする。
(私、『雷の聖女』なんだよね? だったら、人を癒す力とかないのかな?)
一か八か、彼に触れてみる。ひやりとしていて、生きた人間の体温ではない。
だけど、喉が渇いた人が水を求めるように――彼が、私の魔力を求めているのが、直感的にわかった。
魔力を放出すると、パチンと光が弾ける。
次の瞬間――青年は、ゆっくりと目を開いた。
「なんだ……? 驚いた……こんな、優しい目覚め……」
彼はどんな楽器の音色より美しい声でそう呟き、金色の長い睫毛に縁どられた青い瞳で私を見つめる。
「……君が、俺を目覚めさせてくれたのか」
「あなたは、一体……?」
「俺は勇者であり、機械人形の、ライディオ」
「機械人形……?」
「ああ。魔王を討つため造られた、人型の魔道具。雷の魔力によって動く、機械仕掛けの人形さ」
(魔王を倒した勇者様は……機械人形だったの⁉)
伝説で語り継がれている勇者様は、最強にして不老不死。魔獣によって手や足をもがれても元通りになった、と……。そんな人間いないと思っていたが、そもそも人間ではなかったのか。
「え、ええと。私は、エクレーラと申します」
「エクレーラ。君が俺を、長い眠りから目覚めさせてくれた。これからは君が、俺の主だ。俺は君のために仕え、君のために動こう。さあ、何をすればいい? 敵の殲滅か、他国を崩壊させるか」
「え⁉ そ、そんなこと、しなくていいです」
「何故だ? 今まで俺の周りの人間達は、俺に魔族を殲滅し、魔王を殺すよう命令してきたぞ」
「……私はその時代のことを存じませんが、それは、魔王が人間達を脅かしていたからでしょう? 今の時代は、当時より平和です。……あなたが、魔王を倒してくださったから」
「そうか……俺のやったことに、少しは意味があったのかな。しかし、困った。それじゃあ俺は、主である君のために何をしたらいい?」
「主といっても、別に私は魔力を通しただけですから。あなたは自由に生きたらいいのではないですか?」
「生きる? 俺は機械人形だ。人間のような生命はない。主からの命令がなければ、俺の存在価値もない」
「あなたは魔王を倒したんですよね? それでもう充分、役目を果たしているじゃないですか。そもそも、犯罪行為などをしなければ、存在価値なんてなくても存在していいと、私は思います。私自身、周囲にずっと無能で存在価値がないと言われ続けていましたが、生きていますし」
「…………」
ライディオは、驚いたように口を閉ざしてしまった。もしかして彼にとっては、何か役割を与えられたほうが楽なのだろうか?
「ええと。私は主従のような関係であなたを縛るのは、気がすすみません。ただ、もしあなたさえよかったら……お友達になってくれると嬉しいです」
「…………友、達?」
彼は、考えてもいなかったことを言われたように瞬きをしていた。
機械人形と言われても、こうして表情の変化などを見ていると、人間にしか見えない。……もっとも、人間離れしているほど美しいのも確かだけど。
「私、ひとりぼっちで、話し相手とかいなかったので。何もしなくていいから……ただ傍にいてくれたら、それだけで嬉しいです」
「……俺に、そんなふうに言ってくれた人間は、初めてだ」
ライディオは、じっと私を見つめる。
機械のはずなのに、その瞳には、何か……熱のようなものが宿っているように感じられた。
「そう、なんですか? 勇者様なんですから、皆から慕われているのかと思っていました」
「俺は、戦うために生み出された人形だ。手足が欠けても修理され、すぐにまた戦場へ送り出された。魔王を倒すまで、そんな日々を繰り返していた。俺に望まれていたのは、ただ敵を殲滅するという機能だ」
想像すると、胸が締めつけられた。
伝説の勇者様なんて、自分とは住む世界が違う、遠い存在だと思っていたけれど。
自分自身を蔑ろにされてきたという意味なら……私達は少しだけ、似ているのかもしれない。
「……もう、そんな思いをする必要はないんです。何か、やってみたいことはないですか? どんなことでもいいですから」
「そう、だな……。俺は、君をもっと知りたい、と思う」
「じゃあ、お友達になってくれるんですか?」
「ふむ。友人ではなく、恋人じゃ駄目かな?」
「え……えっ⁉」
あまりにも予想外なことを言われ、慌ててしまう。というか、機械人形って結婚とかできるんですか?
「え、えーと。私達、出会ったばかりですし……友人ならともかく、結婚相手としては、私はご満足いただけないと思いますよ。私は元婚約者からも、ずっと疎まれていたような女ですので……」
「へえ、そんな元婚約者がいたのか。よし、斬り殺してこよう」
「い、いえ! あなたが手を汚すような価値のある相手ではありませんので……」
「ふむ。それほど価値のない相手なら、君がそんな奴のせいで自分を卑下する必要もない」
――それは確かに。殺人はさすがにまずいと思ってとっさに口にした言葉だったけれど、言われてみればそうである。
思わず目を見開いてしまった私に、ライディオはふわりと笑いかけてくれる。
「……目覚めたとき……君の魔力を感じたとき。とても優しく、温かいと感じたんだ。魔力は嘘を吐かない。俺にはわかる、君は、とても心の綺麗な人だ」
――そんなこと、初めて言われた。
これまで、努力してきたつもりだった。生まれつき無能と言われてきたけど、伯爵令嬢として勉学や礼儀作法は必死に取り組んできた。母が亡くなってからは帳簿をつけたり家の雑務もこなしたり……なんとか、周りから認めてもらおうとしてきた。
ザーマにだって、最初は「ちゃんと話し合えば理解し合えるんじゃないか」と、懸命に向き合おうとした。
だけど、全て徒労だった。私がどれだけ頑張ろうと、「そのくらい当然」で、父やザーマの機嫌を少しでも損ねるようなことがあれば「全部お前が悪い」と言われてきた。アザレアにはいつも「お姉様は意地悪だわぁ」と周りに言われ、「エクレーラは心が醜い」と言われてきた。
いつしか、それらが全部、当たり前だと思うようになってしまった。
――それが当たり前でいいはずがないのに。
無理矢理心に蓋をしていたところから、少しずつ感情が溢れ出す。
自分の中にこんな感情があったなんて、と戸惑う私に、ライディオは微笑みを向けてくれる。
「優しいエクレーラ。どうかその優しさを、自分自身にも向けてほしい。君のような心の美しい人が、非道な奴らに踏みにじられたままでいいはずがないのだから」
――彼は、体温のない機械人形なのに。
今まで出会ってきたどんな人達より、温かい。
「……あれ……」
私の瞳から、涙が零れ落ちていた。
今まで、何もかも諦めたつもりでいた。何を期待しても無駄だと思っていた。そんな乾いた心に、不意に温かい水を注がれたみたいだった。
「……君も、ずっと辛い思いをしてきたんだな。もう大丈夫だ。君が理不尽な辛さに耐える必要はない。……これからは俺が、ずっと傍にいる」
◇ ◇ ◇
それから私達は、お互いのことを話し合った。
この世界の文明は一度失われているが、ライディオは人間ではなく人形であるため、記憶が消えることはなかったそうだ。ただ、それまでの過酷な戦闘の日々に摩耗していた彼は、自ら長い眠りにつくことを選んだらしい。
この場所を選んだのは、「誰にも見つからなさそうだった」という理由なんだとか。魔王による侵略で廃墟と化していたから、ここならもう人が寄りつかないと思ったらしい。だから別に、ライディオがミーヤガーレン家の所有物だったというわけではないそうだ。
そして私の詳細な事情も、ライディオに打ち明けた。
目下の私の問題といえば、食費、そして生活費である。
ある程度、パンや干し肉などの保存食を持ってきた。だけどもともと所持金が少なかったため、量は少ない。ライディオに食事は必要ないけれど、私が自分で食べる分は、自分で調達しなければならない。
「生活費のことなら簡単だ。俺が稼いでくる。君の魔力さえあれば、俺の体は無限に動く。獣でもなんでも狩ってこられるし、体力仕事は得意だ。俺には魔導知能も搭載されているから、頭脳労働もできるよ」
魔導知能とは、AIのようなものだろうか。鍵のかかった時代の文明は、今この世界の文明より本当に進んでいたのだなと実感する。
「ありがとうございます。気持ちは本当に嬉しいんですけど……ライディオに何もかも頼るつもりはないんです。あなたが私を大事にしてくれるからこそ、寄りかかるんじゃなく、なるべく対等でありたくて」
ライディオは機械人形なので物を食べないし、食費は必要ない。お金を稼がなければならないのは私の問題なので、それを彼に押し付けるのは嫌だった。
「しかし、じゃあどうするつもりなんだ?」
「ここには、こんなにたくさんの古代の遺物がありますから。私に、考えがあるんです」
私は、今までの自分が好きじゃなかった。
だけどライディオと出会い、前世の記憶も取り戻して。今なら、変われる気がする。
自分の力で一歩踏み出して――皆から馬鹿にされていた、過去の自分と決別したいんだ。
◇ ◇ ◇
一週間後。
少し前は廃墟だったこの地に、人々の行列ができていた。
「すごい……本当に氷がこんなに安価なのか⁉」
「冷たくておいしい~!」
私が始めたのは、かき氷屋さんである。
お店といっても、廃墟の内装を整える費用はなかったので、外でかき氷を売って青空の下のテーブルで食べてもらう、屋台のようなスタイルだ。
この地に他に人はいないので、まずは王都で実際にかき氷を食べてもらう宣伝活動をしてから、お店をオープンさせた。
ここは王都から離れてはいるが、ライディオは転移魔法を使うことができる。また、転移魔法を使えない人でも、転移施設で転移料を払えば、専門の魔術師によって、指定した場所に転移できるのだ。転移料は平民には高額ではあるが、貴族であれば払える範囲内の額である。
有閑貴族は新しい物に目がない。そしてこの世界は、水魔法はあるが氷魔法はなく、冷凍庫なんてない世界である。氷は、夏ではお目にかかれない超貴重品だ。
経営する側としても、かき氷は、水さえあれば冷凍庫で氷を作って削ればいいので、やりやすい。古代の遺物で、ウォーターサーバーやかき氷機のような魔道具もあったのは幸いだった。
かき氷にかけるシロップは、「お好きな果実を持ち込んでいただけたら、果汁にしておかけします」という方式にした。古代の遺物にジューサーもミキサーもあったので、材料さえあればなんでもできる。
(この調子なら、どんどん新しい商売が始められそうだし。いずれは王都に出店したりするのもいいかも)
お客さんの対応をしつつ、今後の展望を考えていると――
「何をしている、エクレーラ」
聞き慣れた声であり、二度と聞きたくないと思っていた声が聞こえてきた。
ザーマとアザレアだ。噂を聞いて、私の様子を見にきたのだろうか。
「何って……商売です」
そう答えただけなのに、アザレアがわっと泣き崩れた。
「お義姉様……! いくらなんでも、盗みなんて人の道に反しています……!」
「……何を言っているの、アザレア?」
すると、アザレアを庇うようにザーマが前に出た。
「貴重な氷を、こんなに安価に提供できるなんておかしい! どこかの氷室から盗んだんだろう! 窃盗は罪だとわかっているのか⁉」
「窃盗などしていません」
「言い訳をするな! 窃盗していないというのなら、証拠を出せ!」
証拠といっても、「やっていない証拠」をどのように出せというのか。
古代の遺物に魔力を込めて見せることは簡単だけど、それをこの人達に見せたら、「そんなことができるなら俺達のために力を使え!」など、また面倒なことになるだろう。
「おい、まただんまりか? お前は都合が悪くなるとすぐ黙る! 本当に幼稚な女だ」
「どう説明すべきか考えていたのです。少し時間をいただけると……」
「まったく、お前は本当に頭の回転が悪いな。これだから無能は嫌なんだ」
「お願い、お義姉様。自分の罪を認め、償ってください!」
「…………」
こんなふうに衆目がある前で私を貶めて、この人達は、絶対に私が自分より幸せになることを許さない。
ライディオと出会い、優しくされる温もりを知ったからこそ、この人がどれだけ冷たいのか、よくわかった。
(……そうだ。私はライディオに、自分を大事にするように言ったじゃない。なぜ、それを自分に適用できないの?)
私は、私を大事にしていいんだ。
――これ以上、私の心を踏み荒らすことは許さない。
「……そうですか。どう穏便にすまそうか、言葉を選ぼうかと思っていたのですが。そんなに早い返事を望まれるのでしたら、ここからは遠慮なしでいかせていただきます」
「は? お前は何を馬鹿なことを――」
「ザーマ様は、私が窃盗をしていない証拠を出せとおっしゃいましたが。なら逆に、私がやった証拠はあるのですか? どこかの氷室で、氷が盗まれたという情報でも?」
「そんな情報はないが……お前が、卑劣な手を使って誤魔化しただけだろう? 発覚するのも時間の問題なのだから、とっとと自首しろ」
「まあ。氷室は、貴重な氷を、高貴な方々のために保管する重要な場所であり、専門の方々によって厳重に管理されています。その方々は、私のような無能な女一人に氷を盗まれ、それに気付きもしないほど愚かだとおっしゃるのでしょうか?」
「な⁉ そんなことは言っていない! 俺達が悪いような言い方をするな、卑劣な女め!」
「なら、何を言いたいのでしょうか。私が使っている氷は、正当に入手したものです。私が盗みを働いた証拠など何もないのに、勝手な憶測だけで私の悪評を流布しようとするなど、卑劣なのはそちらです」
「お前が氷を所有しているなんておかしいのは事実だ! 盗んでいないというなら、どうやって氷を手に入れた⁉」
「それをあなたに教える理由がありません。商売の要となる情報を、他人に渡せるはずがないでしょう」
「お義姉様。他人なんて、ひどいわ。私達、家族じゃありませんか」
「私の婚約者を奪い、家から追い出すような人間を、家族だとは思えません。私達はもう無関係ですから、口出ししないでくださいませ」
「エクレーラ、お前はどうしてアザレアにそんなに冷たいんだ! アザレアはお前なんかのことを、こんなに心配しているのに!」
「本当に心配しているのであれば、最初から私を屋敷から追い出すなんてしなければよかったでしょう」
「お前……! 無能の分際で、生意気だぞ!」
ザーマが、私に掴みかかろうとし――
「おい」
そこで、ライディオが私を庇うように前に出てくれる。
「エクレーラに乱暴をするなら、決して許さない」
「なんだ、お前は? ……ああ、そうか」
ザーマは、そこで大仰に顔を覆った。
「エクレーラ……お前、不貞していたんだな!」
「はい?」
「お前が成功しているなんて、おかしいと思ったんだ。全部、その男の力なんだろう? その男に頼って資金を提供してもらったのであれば、説明がつく。つい先日まで俺と婚約していたのに、実は別の男と繋がりがあったなんて。この尻軽女め!」
「彼と出会ったのは、私がここに来てからです。そもそも不貞していたのは、私ではなくザーマ様とアザレアでしょう。ご自分達のことを棚に上げて、何をおっしゃっているのでしょうか」
「まったくだ。……これ以上エクレーラを冒涜するなら、ただではすまさない」
ライディオは、美しい瞳に冷たい怒りを宿してザーマを睨む。
あまりの気迫に、ザーマはビクッと肩を震わせた。
「……申し遅れたが、俺はザーマ・ミーヤガーレン。その……やけにエクレーラを庇うが、君は一体何者なんだ?」
「俺はライディオだ。苗字はない」
その瞬間、ザーマとアザレアの表情が、明らかな嘲笑に変わった。
この国では、苗字があるのは貴族だけだ。二人は、ライディオが上位貴族である可能性に一瞬怯えたけれど、平民だと解釈して完全に軽視したようだ。
(……まあ、目の前にいるのが伝説の勇者様だなんて、思わないよね)
「ライディオとやら。知らないようだから教えてやろう。苗字すらない者が、俺のような貴族にそのような態度をとるのは不敬だ。貴様は今この俺に、殺されても仕方がないことをしたんだぞ」
「ふうん。……お前、俺を殺せる気でいるのか?」
ライディオが笑みを深める。穏やかさすら感じさせる表情なのに、見る者の背をぞくりと震わせるような……不思議な笑みだった。
「と、当然だろう! 俺は幼い頃から、一流の教師に剣技を習ってきた! 平民相手に負けるわけがない! 痛い目を見せてやろうか⁉」
「ああ。お前がそんなに強いというなら、是非剣を交えようじゃないか」
「……何?」
「今から正々堂々、決闘をしよう。勝者は敗者になんでも命令できる……というのはどうだ?」
平民(だと二人は思い込んでいる)からの提案など、本来は不敬だ。だがザーマ達は、決闘んて自分達に圧倒的有利だと考えたらしい。内心で「自分からこんな提案をしてくるとは馬鹿な奴」とほくそ笑んでいることだろう。
「面白い。だが、これまでの貴様の無礼な態度は、貴族として見過ごせない。俺が勝利したら、重めの罰を受けてもらうぞ。そうだな……俺が勝ったら、貴様とエクレーラは魔獣のいる檻に入る、というのはどうだ? 貴様の態度を諫めないエクレーラにも非があるからな」
「ああ。なら俺が勝ったら、ザーマ、アザレア、お前達二人で魔獣の檻に入ってもらおうか」
「ふ、構わないとも」
そこでアザレアが、ライディオに同情するように目を潤ませた。
「本当にいいのかしら……。ザーマ様は、とてもお強いもの。一方的な勝負になってしまうわ。弱い者いじめみたいで、気が進みませんわぁ……」
そんなアザレアに、ライディオはにっこりと笑う。……真実を隠した、偽りの笑顔だ。
「そうだね。確かに『一方的な勝負』になってしまうかもしれない。だが、互いに合意した上での決闘だ。これは弱い者いじめなんかじゃないさ、そうだろう? ザーマとやら」
「ああ、もちろんだ」
「そんな……ライディオ。あなた、お義姉様に騙されているのよ。今からでも謝罪すれば、ザーマ様は許してくださるわ。わざわざ痛い目に遭わなくても、ザーマ様の不戦勝ということにできるのよ? 私、あなたが傷つくところなんて、見たくないわ……」
アザレアはうるうるした目のまま、ライディオに接近する。彼のことを平民だと思ってはいるようだが、ライディオの容姿は美しい。あわよくば自分のものにしたいと考えているのだろう。
「そうか……なら、君に審判を頼もうかな。どちらかが負けだと思ったら、『勝負あり』と宣言してくれ」
「わかったわ、ライディオ。あなたが傷ついたら、すぐに勝負ありと言うわね。私、あなたに痛い思いをしてほしくないから……」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
ライディオは終始、微笑んでいる。そして魔法契約書に決闘の勝者と敗者の条件を書き、ザーマにも署名させた。おそらく、ライディオの思惑通りに事が進んでいる。
周囲のお客さん達も誰も、ライディオが貴族であるザーマに勝てるとは思っていないだろう。ハラハラしながら見守っている人、面白い見世物が始まったと興奮している人など、反応はさまざまだ。
「それじゃあザーマ様、ライディオ、準備はいい? 勝負……開始!」
アザレアの合図とともに、ザーマは剣を構えて――
次の瞬間、その剣が彼の手から飛び、地面に突き刺さった。
「えっ?」
ザーマも、アザレアも。この場にいる誰もが、何が起きたのか理解できなかったようだ。
呆然としているザーマに、ライディオは一瞬で肉薄し、首筋に剣を当てた。
ザーマはぽかんと突っ立っていたが、三秒ほど後、ざっと顔を青ざめさせた。
この決闘では命を奪うことは禁止だが、実戦であれば、彼は首を落とされていたのだ。
「どうかな、審判。これは俺の勝利じゃないか?」
アザレアも呆然としていたが、はっと我に返り、ぶんぶんと首を横に振る。
負けを認めたら、彼女も魔獣のいる檻に入ることになるのだ。到底認められないだろう。
「ま、まだ負けじゃありません! ザーマ様は、手加減をしているだけです!」
「そ……その通りだ! 貴様が一方的に負けるのはかわいそうだからな、ちょっと花を持たせてやっただけだ!」
「そうか。では続行しよう」
ライディオは美しい笑みを浮かべたまま、一旦ザーマの首から剣をどかす。
「ふん、今度はこちらからいくぞ。風よ、我が敵を斬り刻め!」
「なるほど、今度は魔法勝負か」
ザーマの魔法により、鋭い風が刃となりライディオに襲いかかる。
けれどライディオは難なく防御魔法で防ぎ、すかさず自分から魔法を放った。
「炎よ、爆炎となり周囲を薙ぎ払え」
ドン――凄まじい爆炎が巻き起こった。
もうもうと煙が立ち上り、その中で、前髪が焦げたザーマが腰を抜かしていた。彼の目の前の地面は、綺麗に抉れている。彼がもう一歩前に立っていたら、命はなかっただろう。
ライディオには、「鍵のかかった時代」の、最高峰の魔法回路が組み込まれている。彼の動力となるのは雷の魔力だが、ライディオ自身は、雷以外の全ての属性の魔法を使うことができるのだ。
「な……ななな、なんだ⁉ 貴様、平民だろう⁉ 何故、魔法を使える⁉ 俺を騙したのか⁉」
「俺はただ苗字がないと言っただけで、魔法が使えないなんて一言も言っていない。勝手に勘違いしていただけだろう」
「な……⁉ 俺が悪いというのか⁉」
「ああ、貴様が悪い。そういうわけで、決闘を続けよう」
「ひ⁉ ま、まだ続けるのか⁉」
「俺としては、早く終わらせたいんだけどな。審判からの合図がない以上、仕方ないだろう?」
「ア、アザレア!」
ザーマは腰を抜かしたまま、アザレアに合図を要求する。
しかしアザレアは、必死に首を横に振った。
「だ、駄目よ! 私はザーマ様の負けなんて認めません! 大体、そんなに強いのを隠していたなんて卑怯だわ!」
「そうか。なら、俺に傷一つでもつけられたらそちらの勝ちということでもいいよ? ――まあ、無理だろうけど」
ライディオは微笑んだまま、剣の柄でザーマを殴打する。
「ごふぅ!」
「まだ負けを認めてもらえないのかな? 俺としては、こんなに一方的なことは気が引けるんだが……」
そう言いながらも、ライディオの微笑みは崩れていない。気が引けているようには見えない顔だ。
彼は剣の柄で、死なない程度にザーマを痛めつける。もはや決闘ではなく公開拷問のようだ。
「痛い、痛いぃぃ! も、もう俺の負けでいい! 降参だ! アザレア、早く合図をっ!」
「何を言っているのです! ザーマ様はまだ戦えます! 私のために勝ってください!」
「こ、この馬鹿! この状況を見てわからないのか⁉ 勝てるはずないだろう! アザレア、お前は俺がこんなに傷ついてるのに、心配じゃないのか⁉」
「殿方なら、命を削ってでも愛する女のために勝利を掴むものでしょう! 私は絶対に、ザーマ様の負けなんて認めませんから!」
「ふむ。負けを認めないのであれば、決闘を続行するしかないな」
ザーマに、剣の柄を用いた殴打が降り注ぐ。頬に、顎に、脇腹に、鳩尾に、身体中に。青空の下に、まるで楽器を打ち鳴らすかのような音が絶え間なく響いた。
「お、俺が悪かったからぁぁぁぁっ! もう許してくれ~~~~~~~~!!」
泣き喚くザーマの顔は、涙、鼻水、涎、血、あらゆる液体で汚れている。
ライディオは呆れた様子でため息を吐いた。
「審判。いいかげん負けを認めてくれないか。これ以上弱い者いじめのような真似をしても無意味だろう」
「嫌です! 私は絶対ザーマ様の負けを認めません!」
ザーマは涙を流しながら、助けを求めるように私の方へ手を伸ばす。
「エ、エクレーラ! 俺が悪かった! だから、この男を止めてくれ! 頼む、お願いだ~~~!」
あまりにも情けなさすぎて、さすがに哀れになってきた。この決闘は、なかったことにしようかと提案しようとして――
「お前が不貞したことや、今までのことは、全部水に流してやる! だから、助けてくれぇぇぇっ!」
「………………はい?」
ザーマの言葉に、思わず固まってしまった。
信じられない。この期に及んでまだ、自分は「許しを与える側」だと思っているのか。
彼は心の底から、悪いのは私であり、自分が正しいと思い込んでいるのだ。
もし私がここで彼を救ったとしても、きっと感謝もせず「もっと早く止めるべきだっただろ」とか逆恨みするに違いない。
――そんな相手を、何故、救わなければならないのだろう?
「ザーマ様」
にこりと……私は彼に、静かに微笑みかけた。
「ああ、エクレーラ! お前ならわかってくれると思っていた! 俺達には、ずっと婚約してきた絆があるものな!」
「まあ、何を誤解していらっしゃるのかしら。私はライディオを止めません。そもそも、負けを認めないアザレアが悪いのですから」
「は⁉ お、お前、俺を見捨てるのか⁉ 俺はこんなに傷ついているのに!」
「ですから、それはアザレアに言ってください。アザレアの行いを私に責任転嫁しないでください。迷惑です」
「迷惑⁉ 今、迷惑って言ったのか⁉ お前、なんて冷たいんだ……!」
「事実として、私はこれまで、あなたやアザレアに迷惑をかけられてきました。あなたを助ける義理などありません」
「こ……この……」
今まで見下してきた私に助けを求めることになったあげく拒否されたことが、逆鱗に触れたのだろう。 ザーマは鬼のような形相で、大声を上げた。
「お前自身は、何の力もない分際で! 守られるしかできない無能のくせに!」
「――」
……ああ、そうだ。この人はこういう人なのだ。
今までこうして「無能」と罵られ続け、どれだけ心を削られてきたか。
ライディオとの出会いで落ち着いていた怒りが、沸々と蘇ってしまい――
ドン! と雷が落ちた。
(……あ)
私の雷の魔力が、怒りによって暴走してしまったのだろう。
雷はザーマに直撃こそしなかったものの、彼のすぐ近くの木に落ちてメキメキと折れ――その木は、ザーマの身体スレスレに倒れた。
「は……へ……」
ザーマはあまりのショックに、泡を吹いて気絶してしまった。
周囲の人々は、驚きでザワザワしている。
「こんなに天気なのに、雷⁉」
「天がお怒りなのだろうか」
「ザーマ様の言動は、あまりに酷かったからな……」
誰も、今の雷が私の力だとは思っていない。力について知られたくはないので、好都合だ。
「ザーマが気を失ってしまった。これ以上決闘を続行することはできない。俺の勝利だ。いいね?」
ライディオにそう微笑まれ、アザレアは顔面を蒼白にしていた。
「そ……そんな……! お、おかしな天候のせいですもの、この決闘は一時中断です! ザーマ様が意識を取り戻したら、また続行すればいいだけです!」
頑なに敗北を認めないアザレアに、見物していた周囲からも呆れのため息が漏れる。
「往生際が悪すぎる。どう見ても結果は明らかだろう」
「貴族として、決闘の結果は絶対だというのに。直ちに敗北を認めなかったこと自体、恥ずべきことだ」
「にしても、あのライディオとかいう男性、見事だったな。あまりにも強い……」
周囲の声を聞き、アザレアは顔を真っ赤にしていた。
だがその顔は、ライディオの言葉によって、またすぐ真っ青に染まる。
「わかるね? これ以上の言い訳は無用だ。この決闘は俺達の勝利であり、君達が魔獣の檻に入るという誓約は、遵守してもらう」
「い……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
よく晴れた空の下に、アザレアの悲鳴が響いた――
◇ ◇ ◇
ザーマが気絶していたため、魔獣の檻の件はまた後日、ということで一旦解散になった。ザーマの従者が、彼を回収していったのだ。
おそらくザーマやアザレアは罰から逃げようとするだろうが、ライディオは逃がす気などさらさらないようだ。酷薄な笑みを浮かべているが、完璧な造形をしているせいで、そんな表情すら美しい。
「君の元婚約者達は、本当に愚か者だったな。……君が今まであんな奴らに傷つけられてきたのかと思うと、腸が煮え返るようだよ。俺には腸なんてないのに、不思議なものだね。これが、感情を知るということなのだろうか」
「ええと……せっかくならライディオには、嬉しさとか幸せとか、そういう感情を知っていただきたいですが……」
「それなら既に、君から教わったよ。エクレーラ」
ライディオはさっきまでの酷薄な表情とは違う、とろけるような笑みを浮かべる。
「君が笑っていると俺も嬉しいし、君の傍にいられるだけで、幸せだ」
言葉通り、彼の声色から、溢れるような幸福が伝わってきて……私の心の中まで、幸せで満たされてゆく。
「過去の俺は、義務として魔獣を討ち、人々を守っていた。……自分の意思で誰かを守りたいと思えたのは君が初めてだ、エクレーラ」
私を見る瞳は穏やかなはずなのに、その奥底に甘く苛烈な熱を感じ、思わずぞくりとしてしまった。
「俺は君を守るし、君を害そうとする者には、決して容赦しない。……君が幸せになる道の前に立ち塞がる敵は、全て俺が薙ぎ払うよ」
……この後私は、雷の魔力と古代の遺物を活かし、やがてこの世界で「雷の聖女」と呼ばれるほどに、ライディオと共に成り上がっていくのだった――
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