第9話 フォークダンスは、死の舞踏(ダンス・マカブル)ではない
学園祭の全日程が終了し、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。
グラウンドの中央には巨大なキャンプファイヤーが組まれ、赤々とした炎が夜空を焦がしている。パチパチと爆ぜる火の粉が、星のように舞い上がっては消えていく。
スピーカーからは、どこか懐かしいフォークダンスの定番曲『オクラホマ・ミキサー』が流れていた。
「……ハルトよ。これは何の儀式だ?」
グラウンドの隅、体育館の影に隠れるようにして、シルフィが低い声で尋ねてきた。
彼女は警戒心を露わにし、キャンプファイヤーの炎を睨みつけている。
「あの巨大な炎……もしや、邪神を召喚するための生贄の儀式か? それとも、異教徒を火あぶりにするための処刑台か?」
「どっちも違うよ。ただのキャンプファイヤーだ。みんなで火を囲んで、歌ったり踊ったりして楽しむんだよ」
「踊る……? この炎の周りでか? 正気か貴様ら」
シルフィは信じられないといった顔で首を振った。
彼女の銀髪が、炎の照り返しを受けて淡いオレンジ色に染まっている。昼間の「お化け役」のメイクは落としているが、その整った横顔は、ただ立っているだけで絵画のような美しさだ。
「私の故郷では、火の周りで踊るのは戦勝祝いか、雨乞いの時だけだ。しかも、失敗すれば長老に杖で叩かれる」
「だから、そんな殺伐としてないって。ほら、見てみろよ」
僕が指差した先では、生徒たちが男女ペアになって輪を作り、楽しそうに踊っていた。
笑い声がさざめきのように響いている。
「……む。確かに、殺気は感じられんな」
「だろ? これが『後夜祭』だよ。学園祭の締めくくりだ」
「なるほど……。平和ボケしたこの世界らしい行事だ」
憎まれ口を叩きながらも、シルフィの視線はキョロキョロと何かを探して彷徨っている。
言わなくてもわかる。彼女が探しているのは、生徒会長・天道玲奈だ。
「天道さんなら、あそこだよ。実行委員長として挨拶してる」
炎の向こう側、マイクを持った天道さんの姿が見えた。
彼女の周りには、すでに何重もの人だかりができている。男子生徒たちが「あわよくば一緒に踊りたい」という下心を隠しきれずに群がっているのだ。
「ぬぅ……! あの有象無象どもめ! 私の玲奈様に近づくとは!」
「お前もその『有象無象』の一人だけどな」
「違う! 私は『騎士』だ! ……くっ、しかしこの人の壁は厚い。物理攻撃で突破するわけにもいかんし……」
シルフィは悔しそうに唇を噛み、ガックリと肩を落とした。
その姿が、捨てられた子犬のようで、見ていて少し忍びなくなる。
僕はため息をつき、自分の頭をガシガシとかいた。
……何やってんだろ、僕は。
こんなこと、柄じゃないのに。
「……おい、シルフィ」
「なんだ。慰めならいらんぞ。私は今、戦略的撤退を――」
「踊らないか? 僕と」
言葉にした瞬間、心臓がドクリと跳ねた。
シルフィが、キョトンとした顔で僕を見る。
「……貴様と?」
「あ、ああ。ほら、せっかくの祭りだし。ずっと突っ立ってるのも変だろ? それに、踊りの輪に入れば、ローテーションで天道さんの近くに行けるかもしれないし……」
言い訳を並べ立てる自分が情けない。
だが、シルフィは「ふむ」と顎に手を当てて考え込み、やがてニカッと笑った。
「なるほど、一理ある。敵陣に潜入し、機を伺うというわけだな。悪くない作戦だ、軍師ハルトよ」
「……はいはい、そういうことでいいよ」
彼女は僕に向かって、スッと手を差し出した。
白くて、細い指。
「では参ろうか。私のステップについてこれるか?」
「お手柔らかに頼むよ」
僕はその手を取った。
ひんやりとしているかと思ったが、意外にも彼女の手のひらは温かかった。
そして、少しだけ硬い。弓を引いてきた戦士の手だ。
僕たちは、踊りの輪の末端に加わった。
音楽に合わせて、手をつなぎ、ステップを踏む。
「ワン、ツー、スリー……って、痛っ!」
「す、すまん! 足を踏んだ!」
「動きが硬いよ! ロボットか!」
シルフィの動きは、ダンスというより「演武」だった。
一歩踏み出すたびに「シュッ!」と風切り音がしそうだし、ターンする時は背後の敵を警戒するような鋭さがある。
「仕方なかろう! 戦場では、常に死角をなくすのが鉄則なのだ!」
「ここは戦場じゃないってば! もっと力を抜いて!」
僕は彼女の手を少し強く握り直した。
「僕に体重を預けていいから。リズムに合わせて、ただ歩く感じで」
「……む、難しいな……」
シルフィは眉間にシワを寄せながらも、少しずつ僕のリードに合わせてくれた。
炎の明かりの中、至近距離で向かい合う。
碧色の瞳が、僕を真っ直ぐに見つめている。
「……ハルト」
「ん?」
「貴様の手、意外と大きいのだな」
「……男だからな」
「ふふ。悪くない心地だ。故郷の森の大木に触れているような、安心感がある」
彼女は無邪気に微笑んだ。
その笑顔の破壊力に、僕はステップを間違えそうになる。
「大木」扱いかよ。でも、彼女にとっての「安心できる場所」になれているなら、それはそれで悪くないのかもしれない。
曲が進み、パートナーチェンジの時間がやってきた。
本来なら、ここで隣の人と交代するのだが――
「あら、奇遇ね」
目の前に現れたのは、天道玲奈だった。
どうやら、人の波に揉まれて、偶然僕たちの近くまで流れてきていたらしい。
「れ、れ、れ……玲奈様ッ!?」
シルフィが硬直する。さっきまでの「戦士の動き」が嘘のように、借りてきた猫……いや、金縛りにあったエルフになっている。
天道さんは、炎に照らされた美しい顔で、ふわりと微笑んだ。
「お二人とも、楽しそうに踊っていましたね。遠くから見ていて、とても息が合っているなと思っていました」
「そ、そんな! 滅相もございません! 私ごときが楽しむなどおこがましいというか!」
「ふふ。白森さんは面白い人ですね」
天道さんはクスクスと笑うと、僕の方を向いた。
「鈴木くん。少しの間、彼女をお借りしてもいいかしら?」
「えっ?」
「次の曲、白森さんと踊りたいの。……ダメ?」
小首をかしげて尋ねる天道さん。
その背後で、シルフィが「あわわわわ」と口をパクパクさせながら、今にも昇天しそうな顔をしている。
ダメなわけがない。
これは、シルフィにとって最高のフィナーレだ。
「どうぞ。……こいつ、緊張して足踏むかもしれませんけど」
「ふふ、お手柔らかにお願いするわね」
そう言って、天道さんはシルフィの手を取った。
音楽が変わる。スローテンポなバラードだ。
夢見心地で、ぎこちなくステップを踏むシルフィ。
それを優しくリードする天道玲奈。
まるで王子様と、舞踏会に初めて来たお姫様のようだ。(どっちが王子様かは置いておいて)
僕は輪から外れ、少し離れた場所から二人を眺めた。
炎の光と影の中で、二人の美少女が踊る姿は、幻想的で、どこか現実離れしていた。
「……よかったな、シルフィ」
口に出すと、胸の奥が少しだけチクリとした。
嫉妬? まさか。
僕はただの協力者で、彼女の「相棒」で、モブキャラの鈴木遥斗だ。
主役の二人が輝くのを、舞台袖で見守るのがお似合いなんだ。
――ヒュゥゥゥ……ドンッ!
夜空に大きな花火が打ち上がった。
色とりどりの光が、踊る二人を、そして一人で見上げている僕を照らす。
歓声が上がる中、僕はポケットに手を突っ込み、小さく息を吐いた。
祭りは終わる。
でも、僕とこのポンコツエルフの日常は、明日からも続いていくのだ。
花火の音にかき消されて、誰にも聞こえない声で、僕は呟いた。
「……ま、綺麗だったから、いいか」
それが、花火のことなのか、それとも楽しそうに笑うシルフィの横顔のことなのか。
自分でもよくわからないまま、僕は夜空を見上げ続けた。




