表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

第9話 フォークダンスは、死の舞踏(ダンス・マカブル)ではない

 学園祭の全日程が終了し、辺りはすっかり夜のとばりに包まれていた。

 グラウンドの中央には巨大なキャンプファイヤーが組まれ、赤々とした炎が夜空を焦がしている。パチパチと爆ぜる火の粉が、星のように舞い上がっては消えていく。


 スピーカーからは、どこか懐かしいフォークダンスの定番曲『オクラホマ・ミキサー』が流れていた。


「……ハルトよ。これは何の儀式だ?」


 グラウンドの隅、体育館の影に隠れるようにして、シルフィが低い声で尋ねてきた。

 彼女は警戒心を露わにし、キャンプファイヤーの炎を睨みつけている。


「あの巨大な炎……もしや、邪神を召喚するための生贄の儀式か? それとも、異教徒を火あぶりにするための処刑台か?」

「どっちも違うよ。ただのキャンプファイヤーだ。みんなで火を囲んで、歌ったり踊ったりして楽しむんだよ」

「踊る……? この炎の周りでか? 正気か貴様ら」


 シルフィは信じられないといった顔で首を振った。

 彼女の銀髪が、炎の照り返しを受けて淡いオレンジ色に染まっている。昼間の「お化け役」のメイクは落としているが、その整った横顔は、ただ立っているだけで絵画のような美しさだ。


「私の故郷では、火の周りで踊るのは戦勝祝いか、雨乞いの時だけだ。しかも、失敗すれば長老に杖で叩かれる」

「だから、そんな殺伐としてないって。ほら、見てみろよ」


 僕が指差した先では、生徒たちが男女ペアになって輪を作り、楽しそうに踊っていた。

 笑い声がさざめきのように響いている。


「……む。確かに、殺気は感じられんな」

「だろ? これが『後夜祭』だよ。学園祭の締めくくりだ」

「なるほど……。平和ボケしたこの世界らしい行事だ」


 憎まれ口を叩きながらも、シルフィの視線はキョロキョロと何かを探して彷徨っている。

 言わなくてもわかる。彼女が探しているのは、生徒会長・天道玲奈だ。


「天道さんなら、あそこだよ。実行委員長として挨拶してる」


 炎の向こう側、マイクを持った天道さんの姿が見えた。

 彼女の周りには、すでに何重もの人だかりができている。男子生徒たちが「あわよくば一緒に踊りたい」という下心を隠しきれずに群がっているのだ。


「ぬぅ……! あの有象無象どもめ! 私の玲奈様に近づくとは!」

「お前もその『有象無象』の一人だけどな」

「違う! 私は『騎士ナイト』だ! ……くっ、しかしこの人の壁は厚い。物理攻撃で突破するわけにもいかんし……」


 シルフィは悔しそうに唇を噛み、ガックリと肩を落とした。

 その姿が、捨てられた子犬のようで、見ていて少し忍びなくなる。


 僕はため息をつき、自分の頭をガシガシとかいた。

 ……何やってんだろ、僕は。

 こんなこと、柄じゃないのに。


「……おい、シルフィ」

「なんだ。慰めならいらんぞ。私は今、戦略的撤退を――」

「踊らないか? 僕と」


 言葉にした瞬間、心臓がドクリと跳ねた。

 シルフィが、キョトンとした顔で僕を見る。


「……貴様と?」

「あ、ああ。ほら、せっかくの祭りだし。ずっと突っ立ってるのも変だろ? それに、踊りの輪に入れば、ローテーションで天道さんの近くに行けるかもしれないし……」


 言い訳を並べ立てる自分が情けない。

 だが、シルフィは「ふむ」と顎に手を当てて考え込み、やがてニカッと笑った。


「なるほど、一理ある。敵陣サークルに潜入し、機を伺うというわけだな。悪くない作戦だ、軍師ハルトよ」

「……はいはい、そういうことでいいよ」


 彼女は僕に向かって、スッと手を差し出した。

 白くて、細い指。


「では参ろうか。私のステップについてこれるか?」

「お手柔らかに頼むよ」


 僕はその手を取った。

 ひんやりとしているかと思ったが、意外にも彼女の手のひらは温かかった。

 そして、少しだけ硬い。弓を引いてきた戦士の手だ。


 僕たちは、踊りの輪の末端に加わった。

 音楽に合わせて、手をつなぎ、ステップを踏む。


「ワン、ツー、スリー……って、痛っ!」

「す、すまん! 足を踏んだ!」

「動きが硬いよ! ロボットか!」


 シルフィの動きは、ダンスというより「演武」だった。

 一歩踏み出すたびに「シュッ!」と風切り音がしそうだし、ターンする時は背後の敵を警戒するような鋭さがある。


「仕方なかろう! 戦場では、常に死角をなくすのが鉄則なのだ!」

「ここは戦場じゃないってば! もっと力を抜いて!」


 僕は彼女の手を少し強く握り直した。


「僕に体重を預けていいから。リズムに合わせて、ただ歩く感じで」

「……む、難しいな……」


 シルフィは眉間にシワを寄せながらも、少しずつ僕のリードに合わせてくれた。

 炎の明かりの中、至近距離で向かい合う。

 碧色の瞳が、僕を真っ直ぐに見つめている。


「……ハルト」

「ん?」

「貴様の手、意外と大きいのだな」

「……男だからな」

「ふふ。悪くない心地だ。故郷の森の大木に触れているような、安心感がある」


 彼女は無邪気に微笑んだ。

 その笑顔の破壊力に、僕はステップを間違えそうになる。

 「大木」扱いかよ。でも、彼女にとっての「安心できる場所」になれているなら、それはそれで悪くないのかもしれない。


 曲が進み、パートナーチェンジの時間がやってきた。

 本来なら、ここで隣の人と交代するのだが――


「あら、奇遇ね」


 目の前に現れたのは、天道玲奈だった。

 どうやら、人の波に揉まれて、偶然僕たちの近くまで流れてきていたらしい。


「れ、れ、れ……玲奈様ッ!?」


 シルフィが硬直する。さっきまでの「戦士の動き」が嘘のように、借りてきた猫……いや、金縛りにあったエルフになっている。


 天道さんは、炎に照らされた美しい顔で、ふわりと微笑んだ。


「お二人とも、楽しそうに踊っていましたね。遠くから見ていて、とても息が合っているなと思っていました」

「そ、そんな! 滅相もございません! 私ごときが楽しむなどおこがましいというか!」

「ふふ。白森さんは面白い人ですね」


 天道さんはクスクスと笑うと、僕の方を向いた。


「鈴木くん。少しの間、彼女をお借りしてもいいかしら?」

「えっ?」

「次の曲、白森さんと踊りたいの。……ダメ?」


 小首をかしげて尋ねる天道さん。

 その背後で、シルフィが「あわわわわ」と口をパクパクさせながら、今にも昇天しそうな顔をしている。


 ダメなわけがない。

 これは、シルフィにとって最高のフィナーレだ。


「どうぞ。……こいつ、緊張して足踏むかもしれませんけど」

「ふふ、お手柔らかにお願いするわね」


 そう言って、天道さんはシルフィの手を取った。

 音楽が変わる。スローテンポなバラードだ。


 夢見心地で、ぎこちなくステップを踏むシルフィ。

 それを優しくリードする天道玲奈。

 まるで王子様と、舞踏会に初めて来たお姫様のようだ。(どっちが王子様かは置いておいて)


 僕は輪から外れ、少し離れた場所から二人を眺めた。

 炎の光と影の中で、二人の美少女が踊る姿は、幻想的で、どこか現実離れしていた。


「……よかったな、シルフィ」


 口に出すと、胸の奥が少しだけチクリとした。

 嫉妬? まさか。

 僕はただの協力者で、彼女の「相棒」で、モブキャラの鈴木遥斗だ。

 主役の二人が輝くのを、舞台袖で見守るのがお似合いなんだ。


 ――ヒュゥゥゥ……ドンッ!


 夜空に大きな花火が打ち上がった。

 色とりどりの光が、踊る二人を、そして一人で見上げている僕を照らす。


 歓声が上がる中、僕はポケットに手を突っ込み、小さく息を吐いた。

 祭りは終わる。

 でも、僕とこのポンコツエルフの日常は、明日からも続いていくのだ。


 花火の音にかき消されて、誰にも聞こえない声で、僕は呟いた。


「……ま、綺麗だったから、いいか」


 それが、花火のことなのか、それとも楽しそうに笑うシルフィの横顔のことなのか。

 自分でもよくわからないまま、僕は夜空を見上げ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ