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第8話 お化け役のエルフは、棺桶の中で愛を叫ぶ(物理)

 学園祭当日。

 秋晴れの空の下、学園は非日常の熱気に包まれていた。

 焼きそばの焦げる匂い、遠くから聞こえるバンド演奏、そして廊下を埋め尽くす生徒と客の波。


 そんな中、我が1年B組の出し物『ファンタジー・ホラーハウス 〜迷宮の悪夢〜』は、予想を遥かに超える大盛況となっていた。


「最後尾はこちらでーす! ただいま40分待ちでーす!」


 呼び込みの声が枯れんばかりに響く。

 教室の入り口は、シルフィが監修した(というか暴走しかけた)禍々しい装飾で彩られ、入る前から「なんかガチでヤバい雰囲気」を醸し出しているのが勝因だろう。


 僕は内部の進行管理役として、インカムを片手に薄暗い通路を走り回っていた。


「おい、第2エリアの骸骨、首が取れてるぞ! 直せ!」

「鈴木くん、女子高生のお客さんが腰抜かして動けません! 救護班!」


 戦場だ。ここは戦場だ。

 だが、最大の懸念事項は、この迷宮の最奥――「ボス部屋」に潜んでいる。


          ◇


 迷宮のラストエリア。

 蝋燭(LED)の揺らめく光の中に、黒塗りの重厚な棺桶が鎮座している。

 その蓋が、わずかに開いていた。


「……ハルトか」


 隙間から、銀色の髪と、暗闇で光る碧眼が覗く。

 シルフィだ。

 純白の死に装束(経帷子をアレンジしたドレス)を身に纏い、肌の白さが病的なまでに際立っている。その美しさは、作り物のお化けなど足元にも及ばない「本物」の迫力があった。


「調子はどうだ、シルフィ。疲れてないか?」

「問題ない。……ただ、この棺桶という寝床、意外と悪くないな。狭くて暗くて、魔力の回復効率が良い」

「お前、ここで寝泊まりする気じゃないだろうな」


 シルフィは「ふふん」と不敵に笑う。


「安心しろ。私の集中力は最高潮だ。いつ『あの方』が来ても、最高の悲鳴を上げさせてみせる」

「悲鳴じゃなくて、驚かせるだけにしてくれよ。心臓発作起こされたら困るから」


 そう釘を刺した直後だった。

 僕のインカムに、受付係からの緊急連絡が入った。


『――鈴木くん! VIP入ります! 生徒会長と校長先生、あとPTA会長も一緒です!』


 最強の布陣だ。

 僕はゴクリと唾を飲み込み、棺桶に向かってハンドサインを送った。


「来るぞ、シルフィ。天道さんだ」


 その瞬間。

 棺桶の中から、空気が凍りつくような**『殺気プレッシャー』**が放たれた。


「……承知した。我が全霊を懸けて、お出迎えしよう」


 バタン。

 棺桶の蓋が完全に閉じられる。

 中からは、武士が居合の構えを取る前のような、張り詰めた静寂が漂っていた。

 ……大丈夫かこれ。気合入りすぎてないか?


          ◇


 数分後。

 通路の向こうから、足音が近づいてきた。


「ほほう、これは凝っていますな」

「ええ。1年生にしては素晴らしいクオリティです」


 校長先生と天道玲奈の声だ。

 僕は物陰に隠れ、固唾を飲んで見守る。

 天道さんは今日も完璧だ。制服の上から実行委員の腕章をつけ、涼しい顔で「生首」や「動く壁」をスルーしている。


 そして、一行はついに棺桶の前へ。

 ここだ。

 このタイミングで、シルフィが蓋を開けて飛び出し、クライマックスを飾る――はずだった。


 ……シーン。


 棺桶は沈黙している。


「あら? ここは何も出ないのかしら?」


 天道さんが不思議そうに首を傾げ、通り過ぎようとする。

 おい、どうしたシルフィ! 寝てるのか!?


 その時。

 棺桶の中から、微かな異音が響いた。


 ……ガタッ。ガタガタッ。

 「……ぬぐっ……開かぬ……!」


 トラブル発生。

 湿気のせいか、あるいはシルフィが内側から強く引きすぎたのか、蓋が噛み合って開かなくなっている!


「ん? 何か音がしませんか?」

「ネズミでもいるのかね?」


 校長先生が棺桶に近づく。

 マズい。このままでは「棺桶の中でモゴモゴしてる残念なお化け」として発見されてしまう。シルフィのプライドが許さないだろう。


 僕は飛び出してフォローしようとした。

 だが、エルフの判断は、僕よりも早かった。そして過激だった。


 「ええい、ままよッ!!」


 ドォォォォォォォンッ!!


 爆音。

 蝶番ちょうつがいが悲鳴を上げ、棺桶の蓋が物理的に吹き飛んだ。

 舞い上がる木片。立ち込める土煙。

 その爆心地から、白い影が弾丸のように飛び出した。


「うらめしやぁぁぁぁぁぁぁッ!!(物理攻撃)」


 それはもはや、お化けの登場ではない。ミサイルの発射だ。

 勢い余ったシルフィの体は、重力の法則を無視して宙を舞い――


「きゃっ!?」


 驚いて振り返った天道玲奈の元へ、一直線に突っ込んだ。


 ドサァッ!!


 鈍い音がして、二人の体が重なり合うように床へ倒れ込む。

 校長先生とPTA会長は「ひいいっ!」と腰を抜かしてへたり込んでいた。


 静寂が戻る。

 薄暗い照明の中、そこには信じられない光景が広がっていた。


 床に仰向けになった天道玲奈。

 その上に覆いかぶさる、死に装束のシルフィ。

 いわゆる――**『床ドン』**だ。


「…………」

「…………」


 二人の顔の距離、わずか数センチ。

 お互いの吐息がかかるほどの至近距離で、視線が絡み合う。

 シルフィの銀髪がサラリと落ちて、天道さんの頬をくすぐった。


「あ……あ……」


 シルフィの顔が、瞬時に沸騰する。

 白い肌が耳まで真っ赤に染まり、目はぐるぐると回っている。

 憧れの君を押し倒してしまった。しかも、こんな公衆の面前で。

 異世界の常識(あるのか?)で言えば、これはもう求婚か決闘のどちらかだ。


「も、ももも、申し訳ありませぇぇん!! こ、これは襲撃ではなく! 不可抗力の事故で! 決して玲奈様の唇を奪おうなどと……!」


 墓穴を掘るような言い訳を叫び、飛び退こうとするシルフィ。

 だが、天道さんは逃げようとする彼女の腕を、そっと掴んだ。


「……ふふっ」


 鈴を転がすような笑い声。

 天道さんは、驚きこそすれ、怒ってはいなかった。

 むしろ、その瞳は楽しげに輝いていた。


「すごい迫力でした。まさか、棺桶を破壊して飛び出してくるなんて……こんな元気なお化け、初めてです」

「は、はい……? お、お気に召しましたか……?」

「ええ。心臓が止まるかと思いました。……ドキドキしましたよ、白森さん」


 天道さんは、シルフィの乱れた前髪を優しく直してくれた。

 その指先の感触に、シルフィは「ひゃうっ」と変な声を上げてフリーズする。


「怪我はありませんか? 私の可愛い後輩さん」


 『可愛い後輩』。

 そのワードは、シルフィの脳内CPUを焼き切るのに十分だった。

 彼女はプシュー、と頭から湯気を出して、その場にへたり込んでしまった。


          ◇


 騒動の後。

 お化け屋敷の裏にある休憩スペースにて。

 シルフィはパイプ椅子に座り、燃え尽きた灰のようになっていた。


「……終わった。私の命数は尽きた……」

「生きてるよ。むしろ寿命延びたんじゃないか?」


 僕は冷えたお茶を彼女の頬に押し当てた。

 シルフィは「冷たっ」と反応し、ぼんやりと僕を見上げる。


「ハルト……。あの方は、怒っていなかったか? 私を野蛮なオークだと思って軽蔑していないか?」

「逆だよ。めちゃくちゃウケてた。『ドキドキした』って言ってたろ」

「ドキドキ……。それはつまり、吊り橋効果による恋愛感情の芽生え……?」

「そこまで飛躍はしてないけど、印象には残ったはずだ。大成功だよ」


 僕が言うと、シルフィはようやく安心したように息を吐いた。

 そして、少し照れくさそうに、膝の上で指をいじり始めた。


「……貴様のおかげだ」

「え?」

「貴様が蓋の異変に気づいて、駆け寄ろうとしてくれたのは見えていた。……結果的に私がぶち破ってしまったが、その心意気は嬉しかったぞ」


 シルフィはニカッと笑った。

 いつもの高飛車な笑みではなく、等身大の、少女の笑顔。

 薄暗い部屋の中で、その笑顔だけが妙に眩しく見えた。


「……どういたしまして」


 僕は視線を逸らし、誤魔化すようにお茶を飲んだ。

 心臓が少しだけ、早鐘を打っている気がする。

 吊り橋効果だ。きっとそうだ。

 あんな派手な爆発を見た後だから、僕もドキドキしているだけだ。


「さあ、休憩終わり! シフト交代の時間まで、もう一仕事するぞ!」

「うむ! 次はもっと優雅に、かつ大胆に驚かせてみせる!」


 元気を取り戻したポンコツエルフと共に、僕は再び喧騒の中へと戻っていく。

 学園祭はまだ終わらない。

 僕たちの奇妙な関係も、まだまだ続きそうだ。

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