第15話 手袋を探したい、指先は離したくない
翌日の昼休み。
僕が席に着くなり、背後から椅子を蹴る勢いで声が飛んできた。
「ハルト。放課後、任務だ」
「任務って……手袋の件か」
「うむ。貴様が『探す』と言った。ゆえに貴様が責任を負う」
責任という言葉の使い方が、相変わらず重い。
シルフィはいつものように偉そうな顔をしているのに、視線が僕の手に一瞬落ちて、すぐ逸れた。
昨日の“帰還作戦”のことを、僕だけが覚えているみたいで腹が立つ。……いや、覚えてるに決まってるんだけど。
「了解。放課後な」
「……早退するなよ」
「しないよ」
シルフィは「ふん」と鼻を鳴らした。
その耳が、ほんの少しだけ赤い。
放課後。
僕らは駅前のショッピングモールに来ていた。昨日と同じ場所。昨日よりも人が多い。
「まずは落とし物センター」
「うむ。そこに我が装備が届けられている可能性が高い」
「手袋を装備って言うな」
受付の人に事情を説明すると、案の定、届いていないと言われた。
シルフィはその瞬間、目に見えて機嫌が悪くなる。
「……誰だ、私の装備を奪った不届き者は」
「普通に落としたんだろ。盗まれたって決めつけるなって」
「貴様は優しすぎる。油断は死に繋がる」
「ここ日本だから」
僕が言うと、シルフィは少しだけ黙った。
そして、ぼそっと。
「……昨日も、油断した」
「え?」
「貴様に手を掴まれて……その……」
言いかけて、シルフィは顔を上げた。
いま、何を言おうとしたのか。自分で気づいて止めた顔だ。
「……いや、何でもない。次だ、次。店を回るぞ」
そう言って歩き出すシルフィの背中は、妙に速い。
逃げてる。
僕は追いついて、隣に並んだ。
「シルフィ」
「なんだ」
「手袋、そんなに大事か?」
「当たり前だろう。あれは……貴様が寄越したものだ」
それだけ言って、また速く歩く。
可愛いかよ。いや、可愛いって思うな。危ない。
手袋売り場を見て、雑貨屋を覗いて、コートのポケットをひっくり返して。
それでも見つからない。
そして最悪なことに、僕の手が空いている時間が長すぎた。
シルフィは、口では「作戦だ」「任務だ」と言うくせに、人混みで僕から離れない。
昨日より確実に近い距離を保って、僕の袖を掴んだり、背中側に回ったりする。
「おい、さっきから距離近くない?」
「人の波に飲まれる。貴様は鈍い」
「僕が鈍いのか……」
「鈍い」
即答。ひどい。
でも、袖を掴む力は弱い。
引っ張れば簡単にほどける。なのに、僕はほどかない。
……なんなんだ、この二人。
モールの外に出ると、空気はさらに冷えていた。
イルミネーションが点灯して、広場のツリーが光をまとっている。
「……寒い」
僕が言うと、シルフィは不機嫌そうに言い返した。
「だから寒いと言うなと言っている」
「じゃあ、手、出せよ」
「……は?」
僕は自分のポケットから、手袋を出した。
昨日とは違う。僕が使ってる薄手のやつだ。
「片方なくしたなら、今日だけ貸す。片方ずつ使えばいい」
「……貴様、片手だけ凍えろというのか」
「お前も凍えるだろ。半分ずつだよ」
僕が片方を差し出すと、シルフィは固まった。
受け取らない。
「……なんだよ。嫌ならいいけど」
「嫌ではない。だが、それでは貴様が……」
その言い方が、昨日の「温い」と同じ匂いがした。
「僕は平気。ほら、早く」
「……ふん。なら、借りてやる」
シルフィは、ようやく手袋を受け取った。
そして、右手に装備した。
僕は左手をポケットに突っ込もうとした。
その瞬間——
シルフィが、僕の空いた手を取った。
「……え」
「……片手が空いていると危険だ。転ぶ」
「またその理由かよ」
「そうだ」
平然とした声。
でも指先は、あきらかに力が入りすぎている。
僕は、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
昨日よりも確実に、意識している。互いに。
広場のツリーの前で、カップルたちが写真を撮っている。
通りすがりの子どもが走ってきて、僕らの間をすり抜けた。
反射的に、シルフィが僕を引く。
僕はよろけて、彼女にぶつかった。
「っ……」
マフラー越しに、彼女の吐息が近い。
昨日の“耳”の話が脳裏をよぎる。
やばい。
この距離は、やばい。
「……離れるぞ」
僕が言うと、シルフィは僕の胸元を掴んだまま動かない。
「……ハルト」
「な、なに」
「貴様、昨日のこと……忘れたのか」
忘れてるわけがない。
忘れたふりをしてるだけだ。僕の心臓の寿命のために。
「忘れてない」
「なら、なぜ平然としている」
「平然としてないよ」
「……では、顔を上げろ」
シルフィが言う。命令口調なのに、声は小さい。
僕はゆっくり顔を上げた。
シルフィの碧い目が、まっすぐ僕を見ていた。
“聖女を見る目”とは違う。熱っぽいのに、困っている目。
「……貴様は、私を世話焼きたいのだろう」
「タイトルみたいなこと言うなよ」
「答えろ」
「……まあ、放っておけない」
「なら」
シルフィは一瞬だけ唇を噛んで、続けた。
「私も、貴様を放っておけない。……それだけだ」
それだけ、の破壊力がすごかった。
それだけじゃないくせに、言えるのがそれだけだから言った、という顔。
僕の喉が、変に乾く。
「……手袋、見つからなかったな」
僕が話題を逸らすと、シルフィは目を細めた。
「話を逸らすな、臆病者」
「臆病で結構」
「……ふん」
そう言いながら、シルフィは僕の手を離さない。
むしろ、少し強く握り直した。
そして小さく付け足す。
「……今日は、探し物が見つからなくてもいい」
「え?」
「貴様がいるからだ」
耳まで真っ赤になったシルフィが、僕を置いてスタスタ歩き出す。
手は繋いだまま。
引っ張られて、僕も歩き出す。
イルミネーションが滲んで見えるのは、寒さのせいだけじゃない。
——聖女を愛でたいエルフが、僕の手を離さない。
それって、もう、作戦とか任務とかじゃないだろ。




