第11話 サンタクロースは、赤服を着たSランク暗殺者である
期末テストという死線を(ギリギリで)潜り抜け、街は一気にクリスマスムードに染まっていた。
イルミネーションが輝き、ジングルベルが鳴り響く商店街。
しかし、異世界から来たエルフにとって、この光景は異常事態にしか見えないらしい。
「……ハルトよ。警戒せよ」
学校の帰り道。シルフィがマフラーに顔を埋めながら、鋭い視線を周囲に配っている。
「街中が赤と緑に侵食されている。これは、何らかの属性魔法による結界か? それとも、血と毒を表す警告色か?」
「どっちも違うよ。クリスマスだよ。平和な祭りだ」
「クリスマス……? 聞いたことがあるぞ。確か、赤い服を着た白髭の老人が、深夜に煙突から住居に侵入し、寝ている子供の枕元に謎の物体を置いていくという……」
シルフィはゴクリと唾を飲み込んだ。
「**『不法侵入』**ではないか! しかも全国規模の! その老人は、どれほどの隠密スキルを持っているのだ!? Sランクの暗殺者か!?」
「夢がない解釈をするな! サンタさんはプレゼントをくれる良い人なんだよ」
僕はため息をつきつつ、彼女にクリスマスの概念――感謝を伝えたり、プレゼントを交換したりする日――を説明した。
「なるほど……。親愛なる者に貢物を捧げる儀式か」
シルフィは顎に手を当てて考え込み、やがてハッとした顔をした。
「ということは、私も玲奈様に何か捧げねばならんということか!?」
「まあ、日頃の感謝を伝えるいい機会だとは思うけど」
「よし、決めた! 今すぐ市場へ行くぞハルト! 玲奈様に相応しい『至高の逸品』を探すのだ!」
◇
というわけで、僕たちは駅前のショッピングモールにやってきた。
カップルだらけの人混みに、僕は少し胃が痛くなる。
一方、シルフィはショーウィンドウに並ぶ商品に興味津々だ。
「おいハルト、見ろ! あの銀色の棒はなんだ? 小型のメイスか?」
「美顔ローラーだ」
「あちらの赤い液体が入った瓶は? 火炎瓶か?」
「高級な香水だ。……頼むから、武器の視点で物を見るのはやめてくれ」
シルフィの選ぶプレゼント候補は、ことごとく物騒だった。
『護身用のスタンガン』『非常食セット(3日分)』『熊よけスプレー』……。
天道玲奈に何をさせる気なんだ。
「もっとこう、日常で使える可愛いものがいいんじゃないか? アクセサリーとか、手袋とか」
「ふむ……。防具か。確かに、玲奈様の防御力は低そうだからな」
僕たちはアクセサリーショップに入った。
キラキラした店内に、シルフィは少し気後れしたように身を縮める。
「……眩しいな。この店は聖属性の魔力が強すぎる」
「ただの照明だよ。ほら、これとかどうだ?」
僕が指差したのは、雪の結晶をモチーフにしたシルバーのヘアピンだった。
シンプルだが上品で、天道さんの黒髪に似合いそうだ。
「おお……! 美しい……! まるで氷の精霊石を加工したようだ!」
「値段も手頃だし、これなら重すぎないだろ」
「うむ、採用だ! さすがハルト、目利きだけは一流だな!」
シルフィは嬉しそうにヘアピンを手に取り、レジへと向かった。
しかし、財布から小銭を取り出す手つきが危なっかしい。
「ええと、この穴の空いた硬貨が……5枚と……」
「遅いよ。後ろがつかえてるから、とりあえず僕が払っておく。後で返してくれればいいから」
僕は横から自分のカードを出して、支払いを済ませた。
それを見た店員さんが、僕とシルフィを交互に見比べて、ニコニコと微笑んだ。
「彼女さんへのプレゼントですか? とってもお似合いですよ〜」
「!?」
僕とシルフィの動きが同時に止まる。
僕が支払ったことで、「彼氏が彼女に買ってあげた」と勘違いされたらしい。
「い、いえ! 違います! こいつはただのクラスメイトで……!」
「そ、そうだ! 私はハルトの所有物ではない! むしろコヤツが私の従者であり……!」
「あはは、照れなくてもいいのに〜」
店員さんは全く信じていない様子で、綺麗にラッピングされた袋を僕に渡してくれた。
店を出た後、僕たちはベンチに座って一休みした。
微妙な気まずさが流れる。
「……すまん、ハルト。私のせいで変な誤解をさせたな」
「いや、別にいいよ。いつものことだし」
僕はホットココアを二つ買って、一つを彼女に渡した。
シルフィは両手でカップを包み込み、ふーふーと息を吹きかける。
その横顔は、店内の照明よりもずっと綺麗に見えた。
「……でも、楽しかったぞ」
シルフィがぽつりと呟く。
「こちらの世界の市場は、活気があって、煌びやかで……見ているだけで心が躍る。貴様とこうして歩くのも、悪くない」
「……そっか」
素直な言葉に、胸が温かくなる。
僕はポケットの中で、先ほどこっそり買った「もう一つの包み」を握りしめた。
渡すべきか、やめるべきか。
いや、今しかない。
「シルフィ」
「ん?」
「これ。……お前にも」
僕は小さな紙袋を差し出した。
中身は、もこもこの手袋だ。さっき彼女が「手が冷える」と言っていたのを思い出して、ヘアピンの会計のついでにこっそり買っておいたのだ。
「……私に?」
「ああ。クリスマスだしな。テスト勉強頑張ったご褒美と……あと、いつも散々迷惑かけられてるからな。これでも着けて、風邪引いてこれ以上僕に迷惑かけるなよ」
素直にお礼を言うのは癪だったので、わざと憎まれ口を叩いて渡した。
シルフィは目を丸くして、恐る恐る袋を開けた。
中から出てきた手袋を見て、彼女はしばらく固まっていたが、やがてフルフルと肩を震わせた。
「……貴様は、馬鹿か」
「えっ」
「こんな……こんな暖かそうな装備を……。私の防御力を上げてどうするつもりだ……」
彼女は顔を伏せていたが、その耳は真っ赤だった。
そして、手袋をぎゅっと胸に抱きしめた。
「……ありがたく、装備させてもらう。大事にする」
消え入りそうな声で言ったその言葉は、どんな魔法よりも僕の心に響いた。
イルミネーションの下、僕たちは並んで帰路につく。
手袋をつけたシルフィの手は、もう冷たくはなさそうだった。
しかし、僕たちはまだ知らない。
このプレゼント交換が、翌日のクリスマスパーティーで、天道玲奈を巻き込んだ**「修羅場(勘違い)」**を生むことになるとは――。




