転校生の美少女エルフは、僕ではなく学園の聖女様を狙っている
スクールカーストというのは、悲しいかな実在する。
昼休みの教室。その頂点に君臨するのは、**天道玲奈**だ。
雑誌モデル顔負けの黒髪ロングに、少しつり目がちだが愛嬌満点の大きな瞳。成績優秀、スポーツ万能、おまけに生徒会長。
男子は「高嶺の花」と崇め、女子は「お姉様」と慕う。まさに学園の絶対不可侵領域。
「玲奈ちゃん、この前のノート見せてくれない?」
「ええ、いいわよ。ここ、少し難しかったものね」
あー、今日も笑顔が眩しいですね。後光が見えるよ。
そんな彼女を遠巻きに眺めつつ、僕はコンビニおにぎりの包装をペリペリと剥がす。
僕、**鈴木遥斗**は、教室の隅っこ(モブ席)がお似合いの、しがない一般生徒Aだ。
彼女と関わるイベントなんて、天地がひっくり返っても発生しない。そう思っていた。
――あの、“残念すぎる”美少女転校生が来るまでは。
「…………じーっ」
教室の窓際。そこから、物理的な圧すら感じる視線が放たれている。
一週間前に転校してきた、白森シルフィだ。
透き通るような銀髪に、宝石じみた碧眼。
黙っていればSSR級の美少女なのだが、彼女には致命的なバグがあった。
一つ、校則無視のゴツいヘッドホンを常時装備していること。
そしてもう一つは――。
「……おい鈴木、また白森のやつ、天道さんをロックオンしてるぞ」
友人がヒソヒソと耳打ちしてくる。
そう、シルフィは転校初日から、常に天道玲奈を凝視しているのだ。
その眼光たるや、獲物を狙う鷹そのもの。周囲は「生徒会長の座を狙うライバルか?」「いや、単に喧嘩売ってんだろ」と噂している。
だが、僕の「モブ・アイ」は誤魔化されない。
あれは敵意じゃない。もっとこう、必死で、切実で、ドロドロとした熱量を感じる。
ま、僕には関係ないけどね!
僕は最後の一口をお茶で流し込み、早々に教室からの戦略的撤退を選んだ。
◇
旧校舎の裏手。ここは僕が開拓した秘密の避難所だ。
滅多に人が来ないこの場所で、午後の授業までHPを回復する――はずだったのだが。
「……ふぅ。蒸れるのう」
先客がいた。
風になびく銀髪。白森シルフィだ。
彼女は周囲に誰もいないと確信しているのか、トレードマークのヘッドホンをずらし、ふぅーっと大きく息を吐いた。
その瞬間。
サラリと流れた銀髪の隙間から、**“それ”**がこんにちはした。
人間サイズじゃない。
横に長く伸び、先端が鋭く尖った――エルフ耳。
え、コスプレ? いや、あんな精巧な作り物あるか?
僕の思考がフリーズしている間にも、その尖った耳は解放感を味わうように、ピクピクとあざとく動いている。
「……あ」
喉から、間の抜けた音が漏れた。
ピタリ、と耳が止まる。
スローモーションのようにシルフィが振り返った。碧色の瞳が、僕を捕捉する。
「しまっ――」
逃げようとした足がすくむ。
速い。いや、速すぎる!
彼女は人間離れした機動で距離をゼロにすると、僕の胸ぐらを掴み上げ、そのまま背後の壁に叩きつけた。
ドンッ!!
これぞ本場の壁ドン。ただし、ときめきは皆無。あるのは生命の危機のみ。
「……見たな? 人間」
至近距離にある美貌。しかし、その瞳には絶対零度の殺気が宿っている。
終わった。これ、正体を知った人間を「処理」するタイプのやつだ。
さようなら僕の青春。エンディング早すぎない?
「あ、あの、僕は何も見てな……」
「貴様、名は?」
「す、鈴木遥斗です……」
「そうか、ハルトよ」
シルフィは僕を睨みつけたまま、じりじりと顔を近づけてくる。
そして、地獄の底から響くような声で囁いた。
「貴様……あの**『天道玲奈』**とは親しいのか?」
「……はい?」
予想外すぎる単語に、走馬灯が一時停止する。
命乞いの準備をしていた僕は、ポカンと口を開けた。
「て、天道さん? いや、ただのクラスメイトだけど……」
「嘘をつくな! 貴様、あの方と同じクラスで、席も近いではないか!」
「いや、席は近いけど話したことなんて……って、え?」
ガクッ。
シルフィの手から力が抜けた。
彼女は僕の胸に額を押し付けるようにして、項垂れる。
殺気は霧散し、代わりに漂ってきたのは……なんだこの、捨てられた子犬みたいなオーラは?
「頼む、ハルト! 私に知恵を貸してくれ!」
バッ! とシルフィが顔を上げる。
その頬は、ゆでダコみたいに真っ赤だった。
「あの方……玲奈様への**『求愛の作法』**を教えろ! この世界の流儀がわからんのじゃ!」
「……はあ!?」
求愛? 今、求愛って言った? ラブの方の?
「あの方は、我が故郷で仕えていた女神様に瓜二つなのだ……! あの気高さ、慈愛に満ちた微笑み、そしてあの良い匂い! まさに運命! 私はあの方をお守りし、あわよくば寵愛を受けたいのだ!」
シルフィは僕の両肩をガシガシと揺さぶる。
エルフの怪力、痛い痛い! 肩外れるって!
「だが、どう近づけばいいのかわからん! 貢ぎ物は何がいい? 狩ったばかりの猪か? それとも不老不死の秘薬か? 遠くから見つめるだけで精一杯で、挨拶すらできておらんのだ!」
ああ、なるほど。理解した。
教室でのあの鋭い視線は、殺意じゃなくて、ただの**「尊すぎて直視できない限界オタクの眼差し」**だったのかよ!
「わかった、わかったから! 一旦落ち着け!」
「落ち着いていられるか! このままでは私は、ただの不審なストーカーではないか!」
「(自覚はあったんだ……)」
シルフィは潤んだ瞳で僕に詰め寄る。上目遣いは反則だろ。
「貴様、私の秘密(耳)を見たな? ならば責任を取れ。共犯者となれ」
「ええ……なんでそうなるのさ」
「断れば、記憶を消す魔法を使うぞ。まあ、手加減できずに廃人になるかもしれんが」
「選択肢ないじゃん!?」
僕は盛大なため息をついた。
目の前には、顔を真っ赤にして息を荒げる、ポンコツ気味の美少女エルフ。
そして彼女が狙うのは、学園の聖女、天道玲奈。
僕の「平穏無事」をスローガンに掲げた高校生活は、この瞬間、音を立てて崩れ去った。
「……わかったよ。協力すればいいんだろ、協力すれば」
「本当か! うむ、ならば契約成立だ!」
シルフィはパァッと表情を輝かせると、嬉しそうに尖った耳をピコピコと動かした。
……くそっ、ちょっと可愛いと思ってしまった自分が悔しい。
こうして僕は、異世界から来たエルフの**「百合」**を成就させるための、不遇な協力者となったのである。




