「瓶とメガネと見える未来」
「今年も海がわたしを呼んでいる‼ 夏がきたぞおぉぉぉぉ‼」
肌をじりじりと焼くほど熱い夏‼ それはわたしの生まれ月で、名前もその夏なのだ‼
今日はわたしの誕生日。誕生日に両親と海に来ることが恒例になっている。
わたしの叫び声に両親は他人のフリをして、こちらを見ようとしない。
まぁ、いつものことなので気にしないことにして視線を海に戻すと、海から流れてきたであろう濡れたガラス瓶が砂浜に突きささっていた。
「なんだ、これ?」
手に取ってみると中には紙と黒縁のいたって普通のメガネが入っていた。
ワクワクしながら、コルクで塞がれた瓶の口をこめかみの血管が切れそうなほど力を込め開けてみる。
勢いよく抜けたコルクは宙を舞い、瓶の中から紙が舞い上がり、わたしの膝の上に落ちた。
「なんか書いてある……」
紙を持ち上げて、凝視すると説明文のように文字が並んでいた。
〝このメガネにはあらゆるものの未来が見えます。
ただ、その未来を変えてはいけません。
どんな辛い未来でも受け入れること、それを破るとあなたに代償が伴います。
その代償は、視力です。
メガネは視力を助けるものですが、
それは一般的なもので、未来を見せるには不可思議な力が働くのです。
未来を見せるメガネ〟
説明を読んでも理解はできない。
ただ、それ以上に好奇心がわたしにメガネをかけろと訴えかける。
わくわくとした気持ちでかけてみると、今までわたしを照らしていた太陽や青い空が暗くなり、ちらほら星が輝いて見えた。
「えっすごい! ほんとに見える! これが未来なのか」
未来は見えるが、太陽と月が一緒に存在している。
不思議に思い、周りにいた子どもや大人も見てみる。
子どもたちは寝ているように見えたが、その姿のまま走り回っていて、大人たちはキレイな化粧が落ちパジャマを着ているものもいた。
そのすべてが、今見ている現実と未来が重なって見えている。
長く見ていたら、気分が悪くなりそうだ。
「お母さんたちはどう見えるのかな――」
興味本位で両親のもとへ駆けよると、その姿にぞっとした。
からだ全体が真っ赤な鮮血で染まり、腕や足が通常ではありえない角度に曲がっていた。
わたしは震えるからだを擦り、力が抜け膝からかくんと崩れ落ちる。
「なっちゃん、どうしたの? 大丈夫? 熱中症かしら」
「……ううん、大丈夫だよ。このメガネをかけたら怖いものが見えちゃって……」
「メガネ?」
お母さんはわたしがかけているメガネが見えていないように問いかけ、お父さんも同様に不思議そうな顔をした。
もしかして、わたしがかけているメガネは他の人には見えないの?
駆け付けてくれた母親が、わたしをパラソルの下に連れて行ってくる。
だが、その姿の恐ろしさに何もいうことができず、無言のままでいたら早めに帰ることになった。
更衣室で着替えを済ませて、お母さんと一緒にお父さんが待つ車へ向かうと、その車の正面は何かが当たったように大きくへこみ、中には血らしきものが飛び散っていた。
慌てて自分の姿を見える範囲くまなく確認するが、血はおろかかすり傷一つ見当たらない。
そして少し冷静になると、説明書に書かれていた文が頭の中に浮かぶ。
〝どんな辛い未来でも受け入れること〟
この辛い未来とは両親が事故を起こして、私だけが助かるということを示している。
交通事故に遭う未来を変えたいっ! だが、未来を変えてはいけない。
変えてしまったら、視力の代償を負う。失明するのか、メガネなしじゃ生活できなくなるのかの度合いがわからない。
だけど、わたしはここまで育ててもらった大好きな両親を失いたくない。
そう決意したわたしは、お母さんに車の席の場所を交代してもらい、帰り道の案内を申し出た。
「……くっ、いた」
その途端、目の奥に焼けるような痛みが襲った。これが代償か。
「ほら、夏は体調が悪いんだろう? 無理しないでお父さんに任せて眠ってなさい」
優しい言葉がさらにわたしの心をキズつける。
でも、負けない。二人を……失いたくないから――。
「お父さん、お母さん、今日は私に従ってほしいの。詳しいことは言っても伝わらないと思う。だけど、わたしを信じてほしい」
わたしがこんなに真剣に頼んだことは、人生で一度もない。
目の痛みとは別に涙が流れる。
「お願い。一生に一度のお願い。この先何があってもいい。今だけはわたしの指示に従って。お母さんもわたしを信じて!」
お父さんを見据えると、真剣なお願いが届いたのか渋々頷いてくれた。お母さんは優しく抱きしめてくれる。
「いろいろとわからないけど、なっちゃんがそこまで言うなら今日は任せるよ」
「夏の指示に従えばいいんだろ? そんな簡単なお願いならいつでもきいてやるよ。だから、一生のお願いはまだとっておけ」
二人とも笑顔で答えてくれた。
自分にまかせてくれる嬉しさと絶対に助けたい気持ちでいっぱいになるが、わたしは深呼吸をして気持ちを切り替え、両親の命を懸けた戦いに挑む。
山道を通ると、車がこちらに向かって突っ込んでくる未来が見えた。
お父さんにUターンするように頼むと、ぶつかることなく事故を防いだ。
これで両親は助かったはず、嬉しさで頬を緩ませるが目の奥の痛みが襲う。
痛みをこらえて、前を向くと再び車が突っ込んでくる未来が見えた。
「うそっ、事故は回避したはずなのに……」
動揺で体が震える。未来は変わったはずなのになんでまた事故を起こそうとしているの?
わたしが未来を変えようとしたから、未来が修正しようとしている?
今は考えても無駄、回避できる方法を考えろ。
「お父さん、前にある細い道に曲がって!」
「わかった」
車の衝突は避けたが、次々に襲い掛かる車を避けるたびに、目がかすんで開けているのも苦痛なほどの痛みが襲った。
「っい、痛いっ、目が――目がっ――」
目を押さえて、涙がこぼれそうになるのをこらえる。
両親が、「大丈夫?」と心配してくれるが答えることができない。
そのまま車一台がようやく入れる細い道を進んでいくと、前からバイクが突っ込んでくるのが見えて引き返そうとしたが、後ろにも車がいて通れなくなってしまった。
これじゃ、未来が現実になる。徐々に近づいてくるバイクに目を閉じてからだを縮めるが、いくら待っても衝撃はなく戸惑っていると、お父さん側に思いきり重力がかかった。
からだが傾くとすぐにガンッと音がして、顔を上げて見ればサイドミラーがなくなっていた。
「お、お父さん、大丈夫? ケガは?」
ハッとなってお父さんの未来を確認すると、重症だったケガが無くなっていた。
これで危機は乗り越えられた……。
再び襲う目の痛みにたえながらもよかったと思ったその時、ルームミラーに映ったお母さんは、先ほどより血の量が増え、首から関節という関節が反対に折れ曲がっていた。
後ろからは車が突っ込んでくる。
「お父さん。このまま、まっすぐ出たらすぐに曲がってっ‼」
悲鳴にも近い叫び声で指示を出し、お母さんの未来を見続けた。今までで一番の激しい痛みが襲い、視界が徐々に狭まっていく。
「っ、どうか、お願い、変わって――」
祈るように両手を組み、メガネに願う。
痛みは増していき、次第に目が開けられなくなる。
あと、少し……。
ここを曲がれれば大丈夫なはずっ。
根拠はない、ただお母さんのケガが無くなってきている気がする。
またお父さんの方に重力がかかったすぐあと、車がぶつかる音が聞こえた。
かすかに残った視力で両親を見ると、ケガが完全になくなった。
ほっとしたのもつかの間、目から火が出ているのではないかと思うほどの強烈な痛みに襲われ、耐えられずに気を失った。
次に意識が戻ったとき、目を開けたのに周りは暗闇に包まれ何も見えなかった。
光も感じない、もう両親を見ることができない絶望から子どものように声を上げて泣いた。
「おかっ、さ、おと、さ見え、ない、もう、二度、と」
声を聞きつけて、誰かがわたしを優しく包み込んだ。
この匂いは知っている。
いつもわたしに安心をくれるお母さんの匂い。
手を握られてその温かさに涙は引くどころか、さらに流れ続ける。
「なっちゃんっ、辛かったよね」
「夏、俺たちはずっとそばにいるからな」
どうしてこんなことになったのかと嘆いていたが、この先を見据えて安心させるように声掛けをしてくれる。
「わ、わたしね。信じてくれなくてもいい、だけど聞いてほしいことがあるの」
とたんに、両親から息を飲み込む音が聞こえる。
「……海に流れ着いた瓶の中にメガネが入ってて。そのメガネは未来を見ることができる不思議なもので、お母さんたちが事故を起こすのが見えて助けた。……その代償にわたしは視力を失ったんだ。何も相談しなくてごめんなさい。だけど、このメガネを海に流さないと、わたしのように助けたい人を救えないと思うの」
「そうか……。わかった。それと、助けてくれてありがとなっ」
「ありがとうね、なっちゃん」
二人とも涙をこらえるような声で、優しく感謝を口にした。
わたしがメガネを外すと「本当だったのか」と、ついこぼれてしまったような声が耳に届き「そうだよね」と笑った。
いつの間にか手に握らされていた瓶とメガネを渡し、入れてもらった。
メガネが入った瓶をもらい、お父さんとお母さんの支えで海の近くまでくると、瓶をそっと海に流す。
「ありがとう、また誰かの救いになってね」
不思議な力を持ったメガネは視力を奪う代わりに大切な人を助けられる。また繰り返されてしまう悲劇だが、わたしはメガネがあってよかったと心から思う。
――十六歳の誕生日、高校生になって初めての夏休みで負った代償と、助けられた重みはこれからも忘れることはない。