第二章 一話目
あのコックリさんから何日か経って、普通の日々を送ってる。
神社への奉納と言っていいかわからないけれど、あれが効いたのか私や翼ちゃんに影響はない。
翼ちゃんとは本にあった怪談とか、YouTuberが語る体験談とかの話をしてる。
それは前から変わらない日々だけど、私は彼女を巻き込むことがちょっとだけ怖くなった。
あの時、私は何も見えなかったし、翼ちゃんに何が起きてるのか分からなかった。
電話ボックスの時も一点を見つめて動かなくなる姿。
どこかに行ってしまいそうで思わず抱きついた時の冷え切った体と点滅する照明、僅かに聞こえた翼ちゃんの『入りたい、混ざりたい、違う、行きたくない、イきタイ……』って言葉。
本当は凄く危なかったんじゃないかって後から気付いたの。
神社のときもそう。
動けなくなった翼ちゃん、普段はあんまり表情に出ないけど、凄く辛そうな顔してた。
なのに私に先に行くように言って、邪魔になっちゃいけないって言われるまま動いたけど、振り返って見た翼ちゃんの姿は少し後ろに傾きそうだった。
必死に手を伸ばしたけど、翼ちゃんは指すら動かせないみたいでどうしようって私は焦るしか出来なかった。
あの時、月斗さんが来てくれなかったら、間に合わなかったらーーって考えるだけで怖くなった。
でも、視る事、感じる事が出来るようになりたい。
それだけは諦められないから……少し、自分だけで頑張ることにする。
「んー……簡単で一人で出来るのはっ、と」
自室のパソコンで降霊術を検索すれば色々出てくるけど、準備が色々必要だったり、やり方が多岐に渡るもの、終わらせ方がない物まである。
でも殆どが一人でやれないものばかり。
「合わせ鏡?」
簡単そうだとやり方を調べれば、同じ大きさの鏡を二枚とロウソク一本、あとは深夜二時から三時にやること。
これだけなら簡単だし、鏡はちょっとぐらいなら大きさが違ってもいいのかな?スタンドミラーならあるけど……。
深夜かぁ、今のうちにちょっと寝て起きればいいかな。
明日は土曜日だし、夜更かしは大丈夫!
詳しいやり方と他に気になった降霊術をメモしてベッドに体を預ける。
画面を見過ぎたせいか、意識は自然と眠りの底へ沈む。
暫くして目を覚ませば、体は軽くなっていて頭もスッキリしている。
やっぱりネットを見過ぎていたのかもしれない。
時間を確かめれば日付けが変わる少し前。
おおよそ二時間寝ていたことになる。
儀式のあと寝れないかもしれない……そんな心配をしながら、母親を起こさないように部屋の中を動き回って鏡を勉強机に起き、ロウソクを階下の仏間にある仏壇から一本と小さいマッチ箱を持ってくると伏せてある鏡と鏡の間に置く。
「ドキドキする……」
妙な緊張感があるからか、母親に見つからないようになんて秘め事をしている気分になるからか、はたまた両方かわからない。
胸に手を当ててスーハーと呼吸をしても鼓動が手のひらに伝わる。
あぁ、何か起きたらどうしよう? 何があるかな? ちゃんと出来るかな?
時間が長い、チラチラ時計を見ても十分と過ぎていない。
落ち着こうと座ろうとして何となく窓に目をやる。
そこには隣の家や月明かり、夜の暗さがあるばかりで何もない。
気が散るかもしれない、とカーテンを閉めて部屋の明かりを常夜灯だけにすると密室感が上がって、より鼓動が跳ねた。
カッ、カッ……時計の秒針が音を響かせる。
落ち着かないのは静寂が部屋に満ちているから?
ソワソワしながら座って、ペットボトルの水を飲む。
何かで儀式をする時に飲んだり食べたりしない方が良い、もしどうしても飲むなら水、または塩水推奨! なんてあったから水にしたのだけれど余計にドキドキが強まるばかり。
パソコンで調べ物をしたりして時間を潰す。
あと数分で二時を指す頃、私はそっと鏡を起こして自分の前にロウソクを立た。
二時ちょうどにマッチで火を灯し、常夜灯を消して、そっと鏡に近付き、中を覗き込む。
ロウソクの炎と無限に続く自分の顔。
ボンヤリ映る顔は薄暗さと炎の揺らめきで不気味にさえ思う。
ーー何か変化はない?
ーーロウソクの揺らめきだけ。
ーーーーほんとうに……?
自問自答しながらジッと見つめること十分、ロウソクの火がそろそろ終わる頃、緊張感に耐えきれずにフッと息を吹きかけて火を消し、鏡に映る距離から映らない場所へ。
消える間際まで寸分違わず"動かない顔"が、"自分"が……少し怖かったけど、何もなかった。
真っ暗なまま、鏡を伏せて引き出しに入れる。
ノートパソコンを開いて、やり方をチェックし直してみても間違いはない。
「ゼロ感にしたって何かあっても良いと思うんだけどなー……鏡ならちょっとぐらい見えてもいいじゃない」
唇を尖らせて気晴らしになる『やってみた系』の動画を流し見する。
ロウソクと線香を立てて呼びかけてみたり、コックリさんを廃墟でやってみた、など様々なものを見てみても声が入ったり、何もなかったり、動かなかったり色々あった。
怖い、都市伝説、心霊など打ち込みスクロールして次の動画、と探していれば一つだけ異質なものを見つける。
「赤い、部屋……?怖い都市伝説?何これ、聞いたことない」
パソコンはそのままにスマホの呟きアプリで赤い部屋とキーワードを入れて見てみると、今流行っているらしい。
その動画を視聴してみると、突然モニターにポップアップが出て、そこには『あなたは赤い部屋が好きですか?』と表示され、消しても消しても繰り返し出る表示、再び消そうとしたYouTuberが、あまりの怖さから消さずにパソコンの電源を強制終了させてノートを閉じて終わるというものだった。
終わる瞬間に「うわっ!」と聞こえたがそのまま動画自体終わってしまったためによくわからなかった。
そのYouTuberの次の動画はまだ上がっていないことから以前は毎日上げていたけれど、降霊術が数が少ないからかこの回からは頻繁にやっているものではないのだろうと結論付けてまた検索ページへと戻る。
「いいのないなぁ……。あ、どうせなら調べてみよっと」
『赤い部屋』と打ち込んで検索してみるとどうやら自力で辿り着くわけではないことから都市伝説的な要素が強いものらしく、見てみたくとも見れないというもの。
しかも、最後は死んだ人のリストがポップされ、その中に自分の名前がある、なんて書かれてあった。
「いやいや、死にたくないし。これは違うよね」
画面すら閉じて時間を見ればもう四時。
カーテンの隙間から薄ら光が漏れ始めていた。
疲れたしもう寝ようとパソコン自体の電源を落とす。
小さな違和感に暗くなったモニターを見つめる。
ーー何もない。
「気のせい?」
切れる直前、画面が赤く見えたけど光の加減か視界の端だったからもしれない。
けれど、これが何かの異常だったら?
一気に高まる興奮、見間違いだろうけどそうじゃないことへ期待して、自分の身一つで出来ることを試す事にした。
ギシッ……ベッドに乗り、壁に背を預けて両手の甲を向かい合わせにする。
そのまま甲同士を、ペチペチペチ……。
少し間の抜けた音が鳴る。
息を止める。
耳を澄まして少しの物音すら聞き逃さないように。
視線だけで部屋の端から端を見回す。
天井から床までくまなく。
視界の隅にチラチラ赤が見えるけど外の光だろう。
暫くジッとしていたものの何もなく、ふぅっと息を吐いてそのまま横になる。
目を閉じ、朝寝坊を予感しながら意識を眠りの底に落としていく。
瞼に当たる光が揺れるのも気にならないままに。