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第一章 五話目


ゆっくり歩き始めたあたしはキョロキョロとあるものを探す。


「何を探してるの?」

「電話ボックス」

「使うならコンビニあるよ?」

「や、公衆電話がセオリーだろ」

「あ、そっか」


セオリーなんて言ってるけどこのまま人の手に渡らせるわけにはいかない。

それはアレをなすりつけるだけにしかならない。


「公衆電話、うーんどこにあったかなぁ」

「駅前とかにあったりするけど逆ーーあった!」


まるで導かれるように視線を彷徨わせた先にガラス張りのケースの電話ボックスが住宅街の脇にひっそりと佇んでいる。

そこには中の照明と緑のプッシュ式電話、街灯も少し離れてるけどある。


「行こう」


咲が頷くのを確認してそこに近づく。

自転車を止めた咲と一緒にボックス内に入ると狭いせいで窮屈だけど離れるのはちょいまずい。


受話器を上げて、手に持った10円玉をカチャンと公衆電話に吸い込ませる。

ボタンを押して兄ちゃんの番号に掛けたーーはずだった。

コール音が一度鳴っただけで出た相手にホッとする。

そこまでだった、アレは狙っていたんだ。緩む瞬間を。


「兄ちゃん!」

『翼、繋がったね』

「ああ、これで『翼ちゃん、それ月斗さんじゃない!』」


真横で叫ぶ咲にあたしは目を見開く。

その後ろ、ガラスの向こう。

歪んだ顔がガラスいっぱいに貼り付いて、"あたしを見て"いた。


『あは、あは、あははは! 目、目がめめめがあったあったあったあった!入れるハイレルハイレレレレレレレ!』


やっちまった!

あぁ、目が離せない、怖い、ゆらゆら近づくアレが、歪む口がぽっかりと深い闇を吐き出そと、いやあたしを呑み込もうとしている。

受話器を持つ手が離れない、脳裏に響く男とも女ともあるいは人かも分からない声ーー。

点滅する照明、暗くなった後にはアレが近づいて視える。

ばあちゃんから言われてたのに、目を合わせることよりもやっちゃいけないこと。

"ヤバいやつと会話してはいけない"

繋がりすぎるから、チャンネルが合いすぎるからって言われてたのに、これで終われるって油断して忘れてた!


『イッショニイコウ』


応えてはいけない、でもその闇が、声が、姿がーー怖い。


その闇が手を伸ばす。

さぁ"繋がろう"とばかりにあたしを包もうとその闇を広げる。

あがらえない、だって手がもう言うことをきかずにゆっくりその闇を掴もうとしてる。

そんなことしたくない、違う、怖い、入りたい、混ざりたい、違う、行きたくない、イきタイーー。


不意に衝撃が腹部を襲う。

闇にはまだ触れてない、ならこれは?

じんわりと広がる温もりと背中に回された手がこれでもかとばかりにあたしを繋ぎ止める。

同化しかけていた意識が引き戻されて、しなければいけないことを思い出す。


「咲、スピーカー!」


あの子が持ってるスマホは今、あたしの背中側にある。

だから二人とも助かるならコレしかない。

見なくても使い慣れたスマホを操作するのは簡単で、背後から聞き慣れた声が響く。


『翼!お前の心は誰よりも強い、お前は生きてるんだから負けるな!』


兄の声が波紋のように広がって、支配され掛けた空間が押し戻される。

心を奮い立たせる言葉、思い出される記憶。


『翼、お前はね、誰かを想う気持ちが強いから心が強いんだよ? 私たち家族の中では一番小さいけれど、お前の心は誰よりも芯がある。だから忘れちゃいけないよ、守るべき人たちのことを。思い出しなさい、大好きな顔や眼差し、声、思い出を。それでも足りなかったら、月斗。お前が助けてやるんだよ?この子は強いけれど脆い。お前は柔軟だから守れるんだから助けてやりなさい、いいね?』


「「うん!」」


ばあちゃんのしわくちゃの手が頭を撫でてくれた遠い日の記憶。


視界がクリアになる、照明が点滅していない。

受話器からは、ツーツーという音だけ。

カチャン、と硬貨が戻ってくる音が響いて漸く体が自由になる。

深く深く息を吐いて、吐き出し切って新鮮な空気を取り込む。


「翼、ちゃん…?」


心配と不安が混じった瞳が下からあたしを覗く。

何も見えない聞こえないはずの咲が助けてくれたんだからあたしがしっかりしないと。


「ん。もう大丈夫。助かった、ありがとう」


受話器を置いて抱き締め返してから頭を撫でてやれば、その瞳が僅かに揺れる。

あぁ、泣かせてしまうーーそう思ったのに咲はブンブンと首を振って、自ら涙を振り払うように優しい笑みを向けてくれた。


「ううん、翼ちゃんが無事ならいいの。どっかに行っちゃいそうだったから……」

「どこにも行かない、ちょっと失敗しただけ」


本当はかなり危なかったけど、それは知らなくていい話。

こんな程度のこと、いくらでも起こり得るから。

コレであたしの覚悟は決まった。

本当の危険なんて何も分かってなかったことも、咲に"また"救われたことも全部あたしの強みにしてやる。


「そのまま通話繋いでな。兄ちゃんがあたしたちを絶対守ってくれる」

「ん、わかった! 翼ちゃん、はいあーん」


いい返事と一緒に塩ラムネが差し出されてそれを躊躇なく食べる。

ガツンとくるしょっぱさに次から違うの買おうと決めて、公衆電話から硬貨を取り出すと電話ボックスから脱出した。

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