第一章 四話目
アクセスが増えて嬉しくなったので投下します。
本当にありがとうございます!
二章も書き上がりましたので、明日も更新しますよー!
〜翼視点〜
兄ちゃんにスマホを託して、咲を守らせてる間に全力で自転車を漕いで十五分、言葉を紡ぐのも出来ないぐらいの息切れを起こしながら咲の家の前に着いた。
キッとあの子の部屋の窓を見上げれば夜の暗さでもわかるぐらいの黒いモヤがいる。
ガラスに貼り付いてあの歪んだ顔を押し付けてるのと何か紐のようなものが部屋の中に繋がってるのが視えた。
でもアレは部屋へは入れない。
だって兄ちゃんと電話で繋がってるから。
あたしにはそんな力はないけど、視えるから、出来ることをする。
終わらせないとアレは消えない。
ピンポーン
咲は動けないだろうから、チャイムを鳴らして開けてもらう。
「はーい。あら、翼ちゃん、どうしたの?」
「こんばんは、夜分にすいません。咲にどうしても教えて貰いたい問題があって来ちゃいました。上がってもいいですか?」
「まあ。あの子まだ起きてるはずだからどうぞ? 翼ちゃんも熱心ねぇ?」
「あはは……お邪魔します」
おばさんごめん、そんな真面目な理由じゃないんだ。
でも心配かけるから言えないし、そこは咲の望むところじゃあない。
挨拶もほどほどに、出来る限り急ぎつつ不審に思われないように辿り着くと肌が粟立つような冷たさ。
ドアノブが氷のようにさえ感じるも意を決して戸を開く。
部屋の真ん中でスマホを耳に当て、身を縮こませる姿に申し訳なさが込み上げる。
自分がいたのに、終わらせ切らなかったあたしのミス。
「もう大丈夫だから。……ごめん、怖がらせて」
咲に声を掛けるとチャンネルを最大限に合わせて紐のようなものの行方を探る。
窓から伸びてそれはベッドの下へと続いていた。
場所だけわかれば、視界から外さないようにしてボディーバッグからゴソゴソと幾つかのものを出す。
「咲、口開けて。予防線張りたいからこれ食べてて」
「わかった!」
あーんと口を開ける咲に、袋のジッパーを開けて大きめのラムネを一つ放り込んでやる。
「しょっぱい……塩の塊……?」
「いや、熱中症予防の塩ラムネ」
「普通、粗塩だよね?」
「大袋持ち歩きたくなかったし、足りるか分かんなかったし?」
ラムネの袋を咲に押し付けて、ベッドの下を覗き込む。
鈍い色を放つ硬貨に手を伸ばして掴む。
あり得ないほどに冷たいそれへ粗塩ぶっ掛けてやりたかったものの、ここは親友とはいえ人様の部屋。
後が大変なことをするわけにいかない。
掴んだまますくっ、と立ち上がって咲に背を向ける。
「どうしたの?」
「あんたの部屋、汚せないし、外に行く」
「ぅ……でも、一人はやだ」
「兄ちゃんと繋がってるだろ?大丈夫だって」
「そうだけど、翼ちゃんもいて……?」
かなりの恐怖を味わったせいなのか今日はやけに離れたがらない。
でもここでは対処しようがないし、成功するとも限らない。
深く息をついて、背を向けたまま10円玉が逃げ出さないようしっかり握りしめる。
「わかったよ。あたしんとこに泊まるって言ってきな。勉強教えるのに時間足りないって言えばいい。明日は土曜だし」
「うん!」
「通話は切るな、それがあんたの安全のためだよ」
「絶対切らない」
「兄ちゃんも寝落ちしたらぶん殴る」
『ねぇ、オレへだけ扱い酷くない?』
「翼ちゃん、有言実行だもんねー」
『……知ってる』
「咲、フォローになってない」
「え、だめだった?」
いつもの会話を繰り広げながら咲の気持ちが少し持ち直したのを感じると共に、外の視線は痛いほどあたしの胸に突き刺さる。
でもそれは顔に出さないし、ターゲットがあたしに変わったなら好都合。
こちとら霊なんて見飽きてる。
ヤバいのは分かってるけど、視える分、どうにでも出来るはずだ。
例え手の中の硬貨が冷たさと質量を増してたとしても。
「先に外に出とくから」
「あ、うん。すぐ行くね」
部屋を後にすると玄関先から奥へ声を投げ掛ける。
「お邪魔しました!もう少し教わりたいので咲をうちに泊めたいんですがいいめすか?」
「どうぞー? おばさん、今から夜勤だからちょうどよかったわ。よろしくお願いするわね? 夜はこの辺りも物騒だから気をつけてね? 車で送りましょうか?」
支度をしていたらしいおばさんが奥から出て来て咲とよく似た風貌でコテンと首を傾げる。
しかし、やりたいことがあるあたしは首を振ってお断りした。
「ありがとうございます。でも自転車もあるし、兄が近くまで迎えに来てくれるようなので」
「あらそう? お兄さんが一緒なら大丈夫ね。あの物腰柔らかいイケメンさんよね? んふふ、おばさんが若かったらアタックしてたわー」
「あ、あはは……じゃ、じゃああたしは外で兄に連絡しますんで……失礼しました」
世間話みたいなのが始まりそうだったので少しばかり強引に切り上げて外で待つ。
ベッタリと咲の部屋の窓にくっついていたヤツは二メートルほど離れた場所であたしを見てる。
憎悪と死の気配が色濃く渦巻くモヤと人であった名残しか感じられない歪んだ顔は1人ではないせいかはっきりしない。
視線を合わせてはいけない、取り込まれてしまう。
あたしを守るのは、遠い昔にばあちゃんから貰った身代わり数珠と気合いだけ。
月桂樹で作られた数珠が熱を帯びるのは危険な証拠。
空気の糸が張り詰めた所へ、カチャッと扉の開閉する音。
「お待たせー。ん? なんか揺れた?」
「いや? 気のせいだろ」
「そっかー、じゃあいこ?」
「自転車よろしく。あたし、今手が離せないから」
鍵が付いたままの自転車車を示してモヤから顔を逸らせる。
"揺れた"ならそれは霊が入ろうとしたからだ。
あたしが視線を咲の家へ向ければ一瞬だけ輪郭がブレる。
まだ咲を諦めてなかったのかと、わざと視線が合うように、しかし直ぐに外せるように視界の隅にだけに止める様に向かい合うとターゲットはあたしだけになる。
それでいい、咲は無防備すぎる。
いくら兄ちゃんと繋がっていてもここにいるわけじゃない。
隙はいくらでもある。