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第一章 二話目


「コックリさんコックリさん鳥居へおいでください。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」


ザワリーー……空気が変わる。

酸素が薄いような、シャボン玉の膜が張ったようにあたしたちの周りだけがひんやりと張り詰める。

ズズ……重しを引き摺るかのような動きで指を乗せた10円玉が動く。

目を見開き声を上げそうになる咲を左手で制して、『はい』から動かない物から視線を外さない。


「ありがとうございます。鳥居へお戻り下さい」


またズルズルと動く。

空気は張り詰めたまま、あたしは最初の問い掛けのために口を開いた。


「あなたは人の霊ですか?」


今度は指の重さなどないように肯定を示してまた鳥居へ。

ちらりと咲の方を見れば、彼女は興味が尽きないとばかりに鼻息荒く現象を見つめる。


「次の質問です。あな『私が月斗さんのこと考えて気になるのは何故ですか?!教えて下さい』、っ……」


我慢出来なくなった咲が勢いで質問してしまったことに驚き、叱る意味で睨もうと10円玉から視線を外す。

緊張が僅かに緩んだと同時にそれは動き始めて、慌てて視線を戻す。


『ほ、し、い、か、ら』


そこまで進み、一旦止まる。

欲しいとは? 咲が兄を求めてるのか? 

イマイチわからない答えに二人して疑問符を浮かべていれば、それはまた動き出す。


『だ』


欲しいからだ?


「何が欲しいのですか? 気になってる理由を知りたいんですけど」


咲が答えになってないとばかりに質問を重ねる。

これは答えじゃない、気づいてはだめな気がする。


『からだがほしい、からだがほしい、からだがほしい、ほしいほしいほしいほしいほしいーーよこせ』


同じ文字をグルグルグルグル高速で動き続ける。

ここに来てあたしは失敗を悟った。

注視しなきゃいけないのは『上』だったことに。

咲と顔を見合わせればお互い青ざめ、声にならないが口が「どうしよう」と紡ぐ。

左手で自分の頬を張って、気合いを入れ直す。


「ありがとうございました、お帰り下さい」


『い や だ』


だよな! 分かってるよ、そんな気がしてたっての。


「帰りやがれ! ここはあんたの居場所でもないし差し出すモンもない!」


声を張って、上にいる存在に言い切ってやれば何かに弾かれるように10円玉から指が二人とも離された。


ヤバい、これはマズイ……帰らせられない。


上にいる存在がザワリと動く気配がある。

頭に過ぎるのは歪んだ顔のようなナニカが膜の内側を狭めるようにあたしたちを覆っていく。

あたしは何も出来ない、霊能者とかじゃない、視えるだけ……何かないか、でも動けない。

咲はガタガタ震えてるのに一歩も動けないからか不安がその目に浮かんでる。

視えないのに空気や緊張感はわかる。

ヤバいもん呼び出した、失敗した!

せめて咲は守る、でもあたしも動けない。

いや、出来るはず、指から少しずつーー


その時、ドアが勢いよく開かれた。


「翼! 咲ちゃん! 何だよ、この空気重っ!」


瞬間、あれだけ張り詰めて霊界に踏み入れたかと思うほどの空気が和らいだ。

まだ残滓はあるけれど、体の自由は戻った。


「兄ちゃんナイスアシスト!」

「は、え? 何があったのさ? あ、咲ちゃん? 大丈夫?」


急に戻った自由に放心状態の咲の元へ兄ちゃんが行き、背中をさすってやりながら声を掛けてるから問題ないと判断し、あたしは机にある用紙に正座して向かい合いギッと睨み付ける。

手探りで自分のカバンからペンケースを取り出して、消しゴムを探し当てる。


「翼ちゃん……どう、するの……?」

「消す」

「消しゴムで……?」

「だってシャーペンで書いてるよな、これ。だから消す」


使い出したばかりで少し丸くなった消しゴムを紙と文字に押し当てて力強く擦り始める。

咲の字は綺麗な読みやすい字だから勿体無いけど、名残は残しちゃいけない。

暫く擦ってみても薄れもしなければ、紙がヨレヨレにもならない。


「なんで?!」

「汚れ、汚れ、ねぇ…」

「や、そもそもそんな始末の仕方じゃないよね? 翼? 聞いてる?」


消えないことにまた不安を募らせる咲の様子と何とか安心させようとする兄、月斗が咲を机からそっと下がらせて自分が半身前に出て近付かせないようにしてるのが視界の端に映って安心したら閃いた。


「兄ちゃん、ちょっと咲守ってて」

「それはいいけど……って、おい、翼!」


あたしは部屋から出て、階段駆け降りて台所に飛び込む。

流し台の下の戸を開いて奥にあるものを引っ張り出すと、戸を閉めないままに干してあったタオルも引っ掴んで自分の部屋に取って返す。

慌しく戻ってきたあたしの手元を見た兄が口をパカッと開けて驚いてる。


「モテ顔が崩れてる」

「いや、そんなことどうでもいいから。てか、それ何」


あたしの持ってるものを指差して信じられないという顔。


「汚れって言ったらキッチンハイターだし。消しゴムだめならコレしかないじゃん」

「バカだろ、お前……普通、塩とか酒とか!」

「塩や酒で汚れは落ちない!塩と水で匂いは落ちるけど!」

「霊障を汚れ扱いしてどうすんだよ」


ガクッと力尽きたらしい兄を横目にキッチンハイターぶっ掛けようとしてカラカラと窓が開いたのに気付く。


「ハイター、匂い凄いから……」


えへへと強張ったまま何とか奮い立ったらしい咲に親指立ててニッと笑うと再び机の上の紙に向き直る。

そして、勢いよくキッチンハイターを何度もぶっ掛けてびしょ濡れにしてから少し待ってタオルでガシガシ机ごと拭いていく。


「お?」

「は? 物理過ぎないか……?」

「消えてるよ、翼ちゃん!」


消しゴムで落ちなかった文字が、鳥居が綺麗さっぱり消えて、タオルを動かす度に紙が細切れに千切れていくーー四十八枚に。


「よし!あとは小さいゴミ袋に入れてっと」


部屋のゴミ箱に入れてあった袋を取り出し、そん中に千切れた紙とタオルを入れて固結びする。

燃えるゴミは明日だっけ? ならいいか。

ここに来てようやく張り詰めたものが完全に消えた。

そんな気がしていた。

あたしは、いや、あたしも咲も消えないことに焦り過ぎて忘れていたんだ。

大事なことを。



「あぁ、怖かったけどワクワクしたよ! んふふ、ありがとうね、翼ちゃん」

「立ち直り早過ぎ、もーいいから今日は帰ったら早めに寝ろ。絶対、疲れてるはずだから。兄ちゃん送ってやって、もう暗くなるし」

「それはいいけど、お前言い方」

「あ、お願いします! 翼ちゃんの優しさはちゃぁんとわかってるから大丈夫ですよー。じゃあまた来週ね?」

「ん、なんかあったらすぐ電話して」


ふわりといつも通りの笑顔で頷く咲を見送ってあたしは一足先に家の中へ入った。

祖父母の仏壇に手を合わせて、咲が無事帰れますようにと頼んでから風呂の用意をして暫しの休息とリビングのソファーへ身を預けて目を閉じた。


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