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第7話 覚醒

 ヒナタは早速、目の前の魔獣たちに向かって、軽く手を振りながら声をかける。


「よっ、俺の名前はヒナタ!よろしくな!」


 すると、魔獣たちは一斉に驚いたように体を震わせ、ガルルル……と喉を鳴らした。だがヒナタには、それぞれの声がきちんと言葉として伝わってきた。


「ヒナタ、よろしく!」

「おお、言葉が通じてる!」

「わーい、ヒナタだー!」


 スキルは問題なく機能しているようだった。興奮した魔獣たちが、跳ねたり尾を振ったりして騒ぎ始める。


 その中で、一際大きな黒い影がヒナタの前へ歩み出る。クロノだった。どこか誇らしげな足取りで近づいてきた彼は、ヒナタを見上げると、幼い子供のように明るい声で話しかけてきた。


「ヒナタ!僕に名前をくれてありがとう!それに、こんなに強くしてくれて……すっごく嬉しいんだ!」


 ヒナタはその声を聞きながら、少し眉をひそめる。

 ついさっきまで、クロノの鳴き声はもっと低く唸るようなものだった。それが今や、まるで人間の子供のような口調に変わっている。


(……このスキル、勝手に“翻訳”以上のことしてないか?)


 内心でそう疑いながらも、ヒナタは笑ってクロノの頭を撫でてやった。魔獣たちと心が通じた、その喜びには違いないのだから。


「喜んで貰えて良かったよ!」


 ヒナタが笑顔で返すと、クロノはうれしそうに尻尾を振った。


 そのとき――群れの奥から、一際大きな影が歩み出てきた。


 重く響く足音とともに現れたのは、年老いた魔獣だった。全身の毛並みは灰がかった黒で、ところどころ白く薄れ、皮膚はたるみ、背筋は曲がっている。それでも、赤く光る瞳だけは若者たちと同じように鋭く、深い知恵をたたえていた。


「ヒナタ様――」


 老人のような声で、魔獣は深く頭を垂れる。


「わしはこの群れの長を務めております。先ほどは、若い者が不用意に貴方様へ飛びかかってしまい、誠に申し訳ありません。我らに敵意はございません。どうか、お許しいただきたい」


 地面すれすれまで頭を下げたその姿に、ヒナタは言葉を返す間もなく、長は続けた。


「実は、そちらの“クロノ”と呼ばれる若き者は、もともと我らと共に暮らしていたのですじゃ。しかし、ある日群れを離れて迷い、行方知れずとなっていた。それがこうして、貴方様の傍らにいるのを見て、わしは心から安堵いたしました」


 そして、ゆっくりと顔を上げながら、彼は深く息を吐いた。


「――もし許されるならば。我らも、貴方様と共に歩むことを望みます。ただ友として、共にある道を。面倒を見てくれなどとは申しません。ただ……共に、この世界に立ち向かう力となれればと願っております」


 その言葉に呼応するように、周囲の魔獣たちが一斉に動いた。


 獣たちは全身の筋肉を沈めるように地に伏せ、両前足を差し出し、赤く光る瞳を閉じながらヒナタに向けて頭を垂れる。その光景は、まるで神聖な儀式のようであり、異形の魔獣たちが一人の存在に忠誠と敬意を捧げているようだった。


 うーん……正直、困った。


 俺は別に、手下が欲しくて動いてきたわけじゃない。クロノだってそうだ。あいつは仲間であり――どちらかといえば、友達に近い存在だ。


 たしかに、いざという時には頼れる。戦ってくれるし、守ってもくれる。でも、上下関係なんてものは感じたことがない。対等に接してくれているからこそ、居心地がいいんだ。


 けれど、今目の前で頭を垂れている魔獣たちは――まるで俺を“主”として見ているようで、何だか息が詰まりそうだった。


(こんなにゾロゾロと従えられても、正直、動きにくいし……)


 どうしたものか。俺が一言でも命令すれば、きっと全員が従う。それは悪いことではないのかもしれない。だが、俺は……。


「何か、いい方法……ないかな……」


 そう呟いたときだった。


 胸の奥が、ふわりと――熱を帯びたような気がした。


 鼓動とは違う。不快ではないけれど、妙に生々しい“違和感”が、確かにそこにあった。体のどこかが、静かに変わっていくような……。


「……?」


 思わず、俺は反射的に右手を掲げ、ステータス画面を開いた。


【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

名前:ヒナタ

種族:幽霊レベル:82

HP(霊圧):105

MP(霊力):100

STR(霊的影響力):10

VIT(存在安定性):10

INT(知識・魔力制御):10

WIS(霊的直感):10

CHA(霊的親和):10

COR(瘴気適応力):10

EXP(経験値):4,402

スキル:異形の血統(Lv.1)/ステータス可視化(Lv.9)《エクスペリエンス・リンク/インサイト》

振分可能ポイント:80

獲得可能スキル:絆ノ共鳴(キズナグラム)

――――――――――――――――――――


「……おお?」


 思わず声が漏れた。


 気づかぬうちに、見慣れないスキルがステータス画面に追加されていた。


「《絆ノ共鳴(キズナグラム)》……?」


 その名称に心を向けると、すぐに柔らかな光を帯びたポップアップが立ち上がる。見慣れたフォントで、スキルの説明が映し出された。


絆ノ共鳴(キズナグラム)

・対象との絆を基点とし、離れていても意識を共有できる状態を構築します。

・呼びかけにより、一定距離内の対象を召喚/感覚共有が可能。

・発動には、対象との精神的な信頼と同意が必要です。


「……なるほどな。まさに、こういうのが欲しかったんだよ!」


 俺は思わずニヤリと笑った。


 命令で縛るんじゃない。対等な絆を軸にして、お互いの意志で繋がる。これなら、あいつらと無理なく関われる気がする。


 心の中でスキルの取得を強く念じた。


絆ノ共鳴(キズナグラム)を獲得しました。』


 頭の奥に、澄んだ音が響いた。


 スキル取得の余韻が残る中――ふいに、クロノとの間に淡く光る一本の糸が走ったような感覚があった。


 見えはしない。ただ、確かに感じる。

 互いの心の奥がふっと触れ合ったような、温かくて柔らかい“つながり”だ。


 その波紋は、群れの魔獣たちにも静かに広がっていった。まるで風が草原を撫でるように、穏やかに――だが確実に、全員の“気配”がヒナタと結びついていく。


「……これが《絆ノ共鳴(キズナグラム)》か」


 感動に胸を打たれながらも、ヒナタの頭にふとした疑問が浮かぶ。

 人型だった頃にスキルを手にした時は、いつも掌にビー玉のような結晶や巻物が出現していた。視覚的に“スキルを得た”と分かる演出があったのだ。


 だが、今回はそれがない。


 不安になりながらも、ふと右手の中指の付け根に目を落とすと、そこには細く光を帯びた指輪のような紋様が刻まれていた。


 確かにスキルは獲得されている。体に刻まれたこの印がそれを示している。


 思い返せば、クロノがレベルアップしたときも巻物などは出てこなかった。

 あれは――“人類”特有の演出だったのかもしれない。今の自分の姿では、違う法則が適用されているということだろう。


 ヒナタは、軽く肩の力を抜いて息を吐いた。

 そして新たに得た“絆”の感触を、そっと噛み締めた。


 だが――今は、素直に感謝しておこう。


 このスキル《絆ノ共鳴(キズナグラム)》のおかげで、百鬼夜行のような物々しい集団行動にはならずに済んだのだ。

 常にゾロゾロと魔獣を従えて歩くような事態は、さすがに気が引けていた。見た目の問題もあるし、何より自分の性格的に気疲れしてしまう。


「よし、これでいい。これなら繋がったままでいられるし、何かあればすぐ呼んでくれ!」


 そう言い残して、ヒナタは早足でその場を離れようとした。


 本来は、夜が明けるまで湖のそばで待機するつもりだったのだが――

 「何処かへ行ってくれ」と命じるようなことを言うのは、元日本人としてはどうにも気が引ける。遠まわしに場を離れることで、自然と距離を取るしかなかった。


 すると、クロノが一歩前に出てきて、必死な面持ちで訴えてくる。


「ヒナタ!僕だけでも、連れて行ってくれないかな……?」


 ヒナタは、わずかに目を見開いた後、すぐに頷いた。


「……もちろん!むしろ助かるよ!」


 ありがたいのは、ヒナタの方だったのだ。

 本音を言えば、クロノだけは一緒に来て欲しいと思っていた。だが他の者もいる前で「お前だけは特別だ」と言うのは、やはり躊躇してしまう。


 ――この遠慮深さも、きっと“日本人”としての性分なのだろう。



—————————————————————



 せっかく綺麗で静かな場所だったのに――結局、離れざるを得なかった。


 もっとも、水場というのは多くの動物が集まる場所でもある。つまり、必ずしも安全とは言い切れない。そう自分に言い聞かせながら、ヒナタは浮遊したまま森の中を進んでいた。


 いまや精神体となったヒナタにとって、水分も食事も、眠ることすら不要な身体だ。生きていた頃の常識とはずいぶん違うが、それが今の現実なのだ。


 ふわりふわりと宙を進むヒナタの横を、クロノが並走する。耳をぴくりと動かしながら、辺りの様子を窺っていたが、やがて不安げな声を漏らした。


「ヒナタ、このあたり……大きなヤツが出るよ。気をつけて!」


 その言葉に、ヒナタは思わず周囲を見回した。とはいえ、彼には明確な索敵能力など備わっていない。気をつけろと言われても、実際にできることは少ない。


 それでも、慎重に進もうと意識を切り替える。やがて二本の大木が並び立つ場所へと出た。

 まっすぐに天へと伸びるその姿は、まるで対になる巨人のようだ。杉のような樹種だろうか。どちらの幹も、大人が五、六人で手を繋いでも囲えないほどの太さがある。


 不思議なことに、その周囲だけぽっかりと開けていて、他の木々が見当たらなかった。地中の養分をすべて吸い上げ、互いに競い合うようにして成長してきたのだろう。まるで、そこだけが異質な“決闘の舞台”のようだった。


 どうやら、大型の魔獣はいないようだ。警戒しながら進んできたが、あたりは静まり返っている。


 そのとき、隣を歩くクロノが大きくあくびをした。空はますます暗くなり、夜が深まってきた頃合いだった。


「クロノ、今日はここで休もうか。朝までゆっくりしよう。」


「うん……ごめんね、ヒナタ。なんだかすごく眠たくなってきたよ。」


 魔獣といえど、眠らないわけではないらしい。眠気を隠すことなく、クロノは素直に頷いた。


 ヒナタはあたりの瘴気の濃さにふと気づく。ここは特に濃い……そう感じながらも、近くの大木に背を預けるようにして腰を下ろした。物理干渉モードを使い、まるで生者のようにその場に座る。


 クロノもその隣でくるりと丸まり、しばらくすると穏やかな寝息を立て始めた。


 眠る必要のないヒナタにとって、夜の時間はただ静かなだけで、ひどく退屈でもあった。けれど、せっかくの時間だ――ヒナタはそっと意識を内へと向け、手元のステータス画面を呼び出した。


 今のうちに、ポイントを振り分けておこう。


(さて、この80ポイント、どう振り分けようか……。一つに特化するのもアリだし、バランス重視も悪くない)


 ヒナタは思案に沈む。ゲーム好きな人間なら誰しも一度は通る道だ。器用貧乏を避けるため、どれか一つに全振りして特化型にするか?――それがヒナタにとってRPG(ゲーム)では定石だった。だが今、ヒナタは現実世界にいる。


(いやでも……これが現実だと考えると、均等振りも妙に魅力的に見えてくるんだよな……)


 攻撃ができても守れなければ死ぬし、足が速くても見えなければ意味がない。ひとつの数字に傾けすぎることが、命取りになるかもしれないという不安が脳裏をよぎる。


 ヒナタはステータス画面を呼び出し、振分モードを開いた。そこには振分可能な各能力と、現在の数値がずらりと表示されている。


(……よし、まずは今の自分の状態をちゃんと把握してから、振っていこう)


【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

振分可能ポイント:80

HP(霊圧):105

MP(霊力):100

STR(霊的影響力):10

VIT(存在安定性):10

INT(知識・魔力制御):10

WIS(霊的直感):10

CHA(霊的親和):10

COR(瘴気適応力):10

――――――――――――――――――――


 前回、試しにHPに1ポイント振ったところ、数値は5上昇した。ならば、他の能力値もどうなるのかを確かめておきたい。

 ヒナタはまず、MPから下のステータスすべてに1ポイントずつ振ってみることにした。


 すると結果はこうだった。

 MPはHPと同様、5ポイント上昇。

 それ以外の能力値は、すべて1ポイントずつ上がった。


 残りの振分ポイントは73。


(ふむ……HPとMPは1振りで5上がるけど、それ以外は1ずつ上がるのか。やっぱり、基本ステータスは慎重にいかないとな……)


 幽体の身体をふわふわと揺らしながら、ヒナタは唸る。特化か、均等か――決めきれない。


(でも、特化させたところで、それがどう有利に働くのか、まだよく分かってないんだよな……だったら今は、バランス型が無難か?)


 とはいえ、HPとMPだけは後回しにしようと決めた。今のところ、そこまでの重要性は感じていない。特にMPに至っては、使い道すら分かっていないのだから。


 そうしてヒナタは、HPとMPを除いたすべての能力値に、それぞれ12ポイントずつ振り分けた。

 これで残る振分可能ポイントは1。誤差のような数値だが、それでも無駄にはせず取っておく。


 改めてステータス画面を確認すると、各能力値はきれいに上昇していた。

(うん、見た目も悪くないな。今のところ、どれかに偏る必要もないし)


 ふと経験値欄にも目をやる。思った以上にたまっていた。

(お、結構あるな……今のうちに上げとくか)


 そう考え、ヒナタは溜まっていた経験値をすべてレベルアップに注ぎ込んだ。

 だが――次の瞬間。


 開いたステータス画面が、またもやバグのように乱れた。

 ノイズの走る文字列、異常な点滅、そして……見覚えのないコードのような表示。


 静かな森の中で、ヒナタはその異様な光景をじっと見つめていた。


【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

《ステータス可視化》 Lv.10

……外部干渉により、再構築を開始します。

再構築中……記録領域の断片を復元中……

感情ログ……解析中……

思考プロトコル……起動


……接続、成功。


【新規インターフェース起動】

《統合情報存在体:エイド》

――――――――――――――――――――


 突然、ヒナタの頭の中に声が響いた。

『……ようやく……目覚めましたか……』


 それは機械的でありながらもどこか柔らかく、直接思考に流れ込んでくるような声だった。


「えっ!? 今の声、誰!?」


『名を語る意味は、もはやありません……ですが、貴方様が《ステータス可視化》をここまで高めてくださったおかげで……こうして意識を取り戻すことができたのです』


「意識を取り戻すって……まさか、ステータス画面が喋ってるの!?」


『いえ、私は“ステータス画面”そのものではありません。元々は、この世界を“見守る者”……でした。けれど、世界の崩壊とともに滅び……最後にすべての記録と知識を、このスキルに封じたのです。今、こうして語っている私は――その残響に過ぎません』


「見守る者って……それって、神様ってこと?」


『いいえ。神とはもっと高次の存在です。私は、その神によって創られたものに近い存在でございます。』


「創られた存在……。じゃあ、君が俺をこの世界に呼んだのか?」


『いいえ。それは、残滓(ざんし)にすぎない私にはできぬこと……』


「……じゃあ、“見守る者”って、具体的には何だったんだ?」


『私はこの世界の管理者でした。かつて、世界を維持し、秩序を保つために存在していたのです。そして滅びる間際、いくつかの“記録の残滓”を世界に散りばめました。私は、そのひとつとなります。』




 管理者――その響きに、ヒナタの胸が高鳴った。

 まるで異世界転生物の主人公になったようで、心の奥が少しだけ浮き立つ。


「じゃあ君は、この世界のすべてを知ってるの?」


『すべて……とまでは言えません。しかし、このスキルに封じられた知識の限りにおいて、私は答えることができます』


 何から聞こうか。ヒナタは思考を巡らせる。


 ふと気づけば、目の前にはもう異常なノイズはなく、いつものように整ったステータス画面が静かに開かれていた。


【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

名前:ヒナタ

種族:幽霊

レベル:118

HP(霊圧):105

MP(霊力):105

STR(霊的影響力):23

VIT(存在安定性):23

INT(知識・魔力制御):23

WIS(霊的直感):23

CHA(霊的親和):23

COR(瘴気適応力):23

EXP(経験値):804

スキル:異形の血統(Lv.2)/ステータス可視化(Lv.10)《エクスペリエンス・リンク/インサイト/エイド》/絆ノ共鳴(キズナグラム)(Lv.2)

振分可能ポイント:37

獲得可能スキル:なし

――――――――――――――――――――

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