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第5話 幽霊(後編)

 やがて、木々の合間にあるひときわ濃い茂みの前でヒナタはふと立ち止まる。妙な緊張感が空気を走り抜けた気がした。


(……いるな)


 次の瞬間、バサッと音を立てて茂みが揺れた。そこから飛び出してきたのは、黒々とした体毛をまとった獣――明らかに魔獣の類だった。赤く光る瞳がヒナタを捉え、低い唸り声を上げながら構えを取る。


「うわ、うそだろ!? 本当に出た!」


 理屈では怖くないはずだったが、目の前で現実に襲われそうになると、話は別だった。ヒナタは反射的に後退する。しかし、魔獣もなぜか足を止めてこちらを見つめていた。


 数秒の沈黙。先に動いたのは魔物だった。鋭い爪を振りかぶり、唸り声とともにヒナタへ跳びかかってくる!


「き、来たぁぁぁぁっ!!」

 ヒナタも思わず身構える――が、

 ――すり抜けた。


 魔獣の攻撃はヒナタの身体を通り抜け、そのまま背後の木に激突。驚いたように後ろを振り向く魔獣。そしてヒナタも、自分の無傷の身体を見下ろした。


(……マジで、効いてない……!)


 魔獣はなおも混乱しているのか、何度も攻撃を試みてくるが、そのすべてがヒナタをすり抜けていく。


「ぐ、ぐわははは! 我が肉体に物理攻撃は効かぬのだー!」


 悪役っぽく笑ってみたが、獣に通じるはずもなく、虚しいだけだった。

 さてそれでは反撃といきますか。


 ヒナタは手を握ってパンチを放つ――が、見事に空振り。いや、正確にはすり抜けている。

 体当たりしてみても同じこと。まるで互いに存在を無視しているかのように、干渉できない。


「……あれ? これ、戦いにならない……?」


 一人の幽霊と一体の魔獣。お互いに攻撃が当たらないまま、取っ組み合いのような意味のない動きを繰り返す。森の奥で、どこか間の抜けた光景が続いていた。


 やがて二者は同時に動きを止めた。

((こいつ……倒せない…))

 互いにそう感じたのか、ヒナタはゼェゼェと肩で息をしてみせる。もちろん、幽霊に呼吸はないが、気分的な問題だ。


 魔獣も、攻撃の手を止めてヒナタをじっと見つめる。敵意は薄れ、代わりに何かの興味を抱いているようだった。


 ヒナタは試しに一歩近づき、そっと手を差し出してみる。当然、それはすり抜けるだけだ。しかし、魔獣はしばらくの間、ためらいながらも、その場から逃げることなくヒナタの方へ少しだけ距離を詰めてきた。


 奇妙な遭遇。だけど、それは確かに“出会い”だった。

 こうして幽霊となって初めての魔獣との戦いは終わった。死闘を繰り広げたからこそ芽生える友情のようなものを、お互いに感じながら。


 さて。これからどうしようか。

 妙に懐いてしまった四足歩行の獣をチラリと横目に見ながらヒナタは思う。ふわふわと地面スレスレに浮遊しながら森を探索しているヒナタの後ろを、先ほどの獣がピタリと追従しているのだ。

 こちらの言葉が理解出来ないと分かってはいても、何かと声を掛けてしまう。ペットに話しかける飼い主と同じような心境であろう。


「お前、いつも一匹で森にいるのか?」

 とか。

「俺に着いてきても餌にはありつけないぞ。」

 など。


 返事をしない獣を見ながら深々とため息をついたヒナタは、ふと気になり進みを止めた。

 くるりと反転し、ふわりと宙を舞いながら地面に身体の半分ほどを沈める。顔だけを地上に出して、獣の下へと潜り込む。


 ……うん、オスだ。ちゃんとついてる。


 どうせならメスに懐かれたかったんだけどなあ。と、性別の概念すら失った自分のことは棚に上げて、ヒナタは再びとぼとぼと進み始める。


 夜の森は真っ暗で、風に揺れる木々の音がどこか不気味だった。けれど、物理攻撃が一切効かないという最強の安心感を得た今のヒナタにとって、もはや恐れるものなど何もなかった。


 どこへ向かうでもなく、ふわふわと森を進んでいたヒナタは、不意に思い立ってステータスを開いてみることにした。 森に入ってから、もう結構な時間が経っている。瘴気の濃さもあって、きっと経験値もそれなりに溜まっているんじゃないか――そんな期待がふと頭をよぎったのだ。


 それはまるで、中身の見えない貯金箱を手に取り、振って重さから中の小銭を想像するような感覚だった。たくさん溜まっている気がする。そんな予感と、ちょっとしたワクワクを胸に、ヒナタはステータスを確認する。



【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

名前:ヒナタ

種族:幽霊

レベル:1

HP:100

MP:100

EXP:15,624

スキル:異形の血統(Lv1)/ステータス可視化(Lv1)

獲得可能スキル:なし

――――――――――――――――――――


 うんうん。溜まってるねー。

「しかしこれ、次のレベルまであとどのくらい必要なんだ?」

 誰に向けるでもなく、ひとりごちる。


 ヒナタのレベルは1のままであった。レベルが上がってもHPやMPが増えるだけであろうが、それでも上がらないよりはマシだ。そうでなければ何のために経験値を集めているのか分からなくなってしまう。人は皆、目標が必要なのだ。


(でもま、レベルアップしてHPやMPが増えても、あんまり意味が無いって神が言ってたもんな。そこまで気にしなくても良いか)

 と頭で考えていると、急にステータス画面ににポップアップ画面が浮き出てきた。

 そこには【レベルアップしますか? YES/NO】と書かれていたのであった。


 ヒナタは思わず目を丸くした。経験値というものは、一定量が溜まれば勝手にレベルが上がる――そんな風に思い込んでいたからだ。 まさか、自分の判断で“貯めておける”仕様だったなんて。


 しかしどうして、今更レベルアップ画面が新しく現れたのであろうか。ヒナタは思い返してみる。

(もしかすると、ステータス画面を開いた状態で“レベルアップ”と頭の中で念じたことが影響しているのかも知れない。)

 そう結論付けたのであった。


 さてこれでようやくレベルが上がるのである。ヒナタは迷わずに頭の中で“YES”と念じてみた。

 すると新しい画面が出現した。

 “レベル2になりました”


 ステータスを確認してみる。

 


【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

名前:ヒナタ

種族:幽霊

レベル:2

HP:100

MP:100

EXP:15,758

スキル:異形の血統(Lv1)/ステータス可視化(Lv1)

振分可能ポイント:1

獲得可能スキル:なし

――――――――――――――――――――


 しっかりレベルは2になっていた。そして、振分可能ポイントという項目が増えていることにヒナタは気づいた。

 これはおそらくあれだ。このポイントをHPやMPに振り分ける事で能力が上がっていくのだ。


 しかしレベルが上がったのに、経験値は先程確認した時よりも増えている。レベルアップに必要な経験値量が少なく、増える分が上回ったのであろう。


 早速ヒナタはポイントを振分てみることにした。

 レベルアップした時と同じように、“ポイント振分”と念じてみたのだ。

 するとポイントを振分る為の画面が新しくポップアップしてきた。


――――――――――――――――――――

振分可能ポイント:1

HP:100

MP:100

――――――――――――――――――――



 ヒナタの予想通り、HPやMPへのポイント振り分けが可能なようだった。試しに「HP」と念じてみると、数値が100から105へと変化する。どうやら1ポイントでHPが5増えるらしい。


「……うん、なるほど」


 だが、確証が持てるほどの情報ではない。なにより、ここで無闇にHPへ振ってしまって、後で重要なスキルや能力に回せなくなるような事態は避けたいところだった。ヒナタにとって、HPの概念はあくまで“切られたら死ぬ”“燃えたら消える”というシンプルなものでしかない。数値があるからといって、どれほどの意味があるのか――


 というのも、この世界の人々にはステータスという概念がそもそも存在していない。ヒナタだけが“ゲーム的な仕組み”を与えられているに過ぎないのだ。


(振る意味、あるか? いや……下手に振る意味、ないよな)

 そう考えたヒナタは、ポイントの消費を一旦やめることにした。


(……けど、そうなるとこのポイントとか、レベルアップってのも、なんか意味薄くなるよなぁ……)


 そんなことを考えていると、またしても視界にポップアップが現れる。


【レベルアップしますか? YES/NO】


 どうやらまたも“レベルアップ”という単語に反応してしまったらしい。


(あーもう、分かった分かった。YES、YESっと。むしろいっそ、まとめて全部やってくれないかなー……)


 心の中でそう念じた瞬間――。

 ポン、ポポン、ポポポポンッ――!

 凄まじい勢いでレベルアップの通知が画面に連続表示されはじめた。まるでウイルスに感染したPCが、勝手にアプリを開き続けているような錯覚すら覚える。


「うわ、なにこれ。怖っ……でもちょっと気持ちいい……!」


 ステータス画面の上で花火のように弾けるポップアップを見ながら、ヒナタは燥いでいた。


 すべてのポップアップが閉じ、再び現れたステータス画面を見たヒナタは、思わず目を見開いた。

 ――そこには、予想を遥かに超えた“とんでもない”数値と情報が並んでいた。



【ステータス画面】

――――――――――――――――――――

名前:ヒナタ

種族:幽霊

レベル:82

HP:105

MP:100

STR:10

VIT:10

INT:10

WIS:10

CHA:10

COR:10

EXP:41

スキル:異形の血統(Lv.1)/ステータス可視化(Lv.9)《エクスペリエンス・リンク/インサイト》

振分可能ポイント:80

獲得可能スキル:なし

――――――――――――――――――――


 まず、目に入ったのはレベルだった。一気に“80”も上がっていたのだ。そして、ステータス項目の数が増えていることにも気づく。これは《ステータス可視化》のスキルレベルが上がったためだろうか。おそらくレベルアップに伴って、自動的にスキルのレベルも引き上げられたのだと、ヒナタは判断した。


(でも……それぞれの項目が何を意味してるのか、さっぱり分からないんだけど。しかもスキルの数が増えてるし)


 そう思ったその時、ステータス画面の上にポップアップが現れた。

【ステータス画面の説明を表示しますか? YES/NO】

 こういう親切設計はありがたい。ヒナタは即座に「YES」と念じる。 すると、別ウィンドウが静かに開いた。


――――――――――――――――――――

◆ ステータス項目の説明 ◆

LVレベル 経験値を消費して上昇。魔物に経験値を分け与える際の条件にも関与。

・HP(霊圧) 幽霊としての存在強度。0になると完全消滅。特に浄化系の攻撃に対して弱い。

・MP(霊力) スキルや特殊能力を使う際に消費するリソース。

・STR(霊的影響力) 物体への干渉力や存在感。高ければ実体への影響力が強まる。

・VIT(存在安定性) 幽霊としての耐久度や精神的耐性。浄化・精神攻撃への抵抗にも関係。

・INT(知識・魔力制御) 魔力操作の精密さやスキル効率に影響。

・WIS(霊的直感) 危機察知や、魔物との意思疎通スキルの獲得に関連。

・CHA(霊的親和) 魔物との信頼関係や勧誘成功率に関与。

・COR(瘴気適応力) 瘴気による経験値取得の効率と、瘴気環境下での安定性を左右する。

・EXP(経験値) 瘴気との接触や戦闘で増加。一定量に達するとレベルアップが可能。


◆ スキル効果追加 ◆

・《ステータス可視化》Lv.5到達 → 《エクスペリエンス・リンク》 習得  友好的な関係を持つ相手に対し、経験値を分け与えることができる。

・《ステータス可視化》Lv.8到達 → 《インサイト》 習得  他者のステータスを可視化する。使用者にのみ表示される。

――――――――――――――――――――


 レベルを上げても意味がない――つい先ほどまでそう考えていたヒナタだったが、予想外の恩恵を受けていた。

 特に、他者へ経験値の分配と他者ステータスの閲覧は、状況によって非常に有効なスキルになりそうだ。


 また、これまでHPやMPだけだったシンプルな項目が、ここにきて一気に多様化していたことにも驚かされた。

 ポイントの割り振り次第では、ヒナタ自身もより“強く”、より“自在”になれる可能性がある――そんな予感が、静かに胸を騒がせていた。

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