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第2話 神殿

 その後、陽凪はザイルからさまざまなことを教えてもらった。


 まず、なぜ彼が地上にいたのか――それは、地上探索班として任務にあたっていたからだという。本来ならば四、五人ほどのチームで行動するはずだったが、何らかの理由でザイルは仲間たちとはぐれてしまったらしい。


 見た目は完璧なイケメンなのに、案外ドジなんだなと、陽凪は内心少しだけ親近感を覚えた。


 地上探索班というのは、傭兵ギルドの内部に属する組織で、さらに三つの部隊に細かく分類されているとのことだった。



 ・魔域掃討チーム(デーモンレルム)――地上の魔物や猛獣を退治する者たち

 ・瘴境制圧チーム(ヴェールブレイカー)――瘴気の壁を打ち破る者たち

 ・浄界特務チーム(リヴァイヴァ)――瘴気に覆われた地域に再生をもたらす者たち


 そのほかにも、傭兵ギルドには「魔境監視班」などの部署があるらしい。だが、どれも陽凪にとっては聞き馴染みのない言葉ばかりで、一度に覚えるのは難しかった。


 「それから、商業ギルドも存在してる。ああ、それと『深域調査ユニオン』ってのもあるが、あっちは一般人が入れるようなもんじゃねぇ。完全に衛兵専用の組織だな」


 ザイルはそう補足しながら、軽く肩をすくめた。


 話が一段落したところで、陽凪が次に気になったのは「転移者」の存在だった。


 ――ザイルと出会った際、彼はすぐに自分を転移者だと見抜いた。それはつまり、別世界からやってきた者の存在がこの世界では珍しくないということではないか。もしそうなら、自分と同じ世界から来た者も、どこかにいるかもしれない――そんな思いが胸をよぎった。


 ――だが、結論から言えば、この世界に“異世界”からの転移者は存在しないらしい。


 ではなぜザイルは陽凪を転移者と見抜いたのか。その理由は、この世界の中でも“転移”という現象がまれに起こるからだった。


 地下での生活の最中、あるいは地上での探索中、ほんの一瞬――重力がふっと消えたような浮遊感に襲われ、気づけば別の場所に飛ばされている。そんな事象が実際に起きるのだという。頻度はごく稀ではあるが、完全に防ぐことも予測することもできず、年に数回は報告されているという。


 陽凪は、自分が異世界からやってきたことは口にしなかった。


 代わりに、自分もこの世界のどこかから偶発的に転移してしまったのだと装った。転移の際の衝撃で記憶を失ってしまった――という筋書きだ。


 ザイルは特に疑う様子もなく、そのまま受け入れた。もしかすると、記憶喪失の転移者も少なくないのかもしれない。


「ところで、お前……記憶をなくしてるってことは、自分の名前も思い出せないのか?」


 ザイルがふと真顔になって、心配そうに尋ねてきた。これまでの世話焼きっぷりといい、見た目に反して結構情に厚いタイプなのかもしれない。


 ――そういえば、まだ名乗ってなかったな。お礼すら言ってなかった。


「……俺の名前はヒナタ。遅くなったけど、助けてくれてありがとう」


 照れくささを紛らわせるように頭をかきながらそう言うと、ザイルは少し驚いたように目を丸くし、そして笑った。


「ヒナタ、か。いい名前だな。じゃあ改めて――おれの名前はザイル・フェルグランド。よろしくな、ヒナタ!」


 そう言って、ザイルはにこやかに右手を差し出してきた。


 ……あれ、セカンドネームあるじゃん。なんだよ、名乗らないからてっきりないのかと思ったのに。気を遣って遠慮した自分がちょっと恥ずかしい。


(くそう……こっちもカッコいい名前、用意しとけばよかった)


 そんな小さな敗北感を噛みしめながらも、ヒナタはザイルの差し出した右手をしっかりと握り返した。


 ――のだが、ザイルの顔が一瞬、すごく微妙な表情になった。


「え? なんか変だった?」


 問いかけると、ザイルは苦笑しながら自分の手を引き、手の甲をこちらに向けて見せた。


「挨拶は“甲と甲を合わせる”んだよ。握り込むと、なんかこう……決闘前みたいな雰囲気になるんだ」


「あ、そうなんだ……ごめん。なんか、いきなり戦うところだったな」


 ヒナタは思わず苦笑した。まさか握手ひとつで文化の違いが出るとは――異世界、恐るべしである。


 そうして一通りのやりとりを終えると、ふとヒナタは気になることを思い出して、ザイルに尋ねた。


「そういえばさ、別の場所から転移してきた人がいるって話だけど……この地下都市の他にも、地下の街って存在してるのか?」


 どうやら、他にも地下都市は存在するらしい。とはいえ、頻繁な交流があるわけではないそうだ。近隣の都市とは最低限の連絡や交易があるものの、それもごく限られたものに留まっているという。


 ヒナタが今いるこの地下都市は、【カルネア王国】と呼ばれる国で、第二層から第五層までの人口を合わせておよそ二十万人ほど。しかし、その数が多いのか少ないのか――実のところ、住民たちにも判断がつかないらしい。他国との接触がほとんど無く、比較のしようがないのだという。


 なぜ、それほどまでに孤立しているのか。


 理由は単純明快だった。地上を覆い尽くす、濃厚な瘴気。これがすべての移動や交流を阻んでいるのだ。


 瘴気に加えて、地上には魔物や獰猛な獣もはびこっている。人類が地上を自由に歩ける時代は、とうの昔に終わっていた。外に出れば、瘴気に蝕まれ、魔物に食われ、文字通り“死ぬしかない”というわけだ。


 瘴気は、人間に死をもたらし、動物を魔獣へと変え、そして魔獣をさらに凶暴化させる。つまり、瘴気を多く浴びた魔獣ほど強力だが、そのぶん理性は削がれ、知性が低くなるという。思考能力が落ちると繁殖力も下がるのが普通だが――魔物や魔獣の数が減らないのには理由があった。


 真面目化する前の動物たちが次々と繁殖し、その子や群れが瘴気に触れて魔物になっていく。結果として、魔物の数は減るどころか増え続けているというのだ。


「だからおれたち魔域掃討チーム(デーモンレルム)の出番ってわけだ! 魔物や魔獣をバッタバッタとな!」

 ザイルが胸を張って言う。その表情は、ちょっと得意げだった。


「でも、ザイルは瘴気に触れても平気なのか?」


「人間の中には、瘴気にある程度耐性を持つ者がいるんだ。俺もそのひとりってわけだな。あと、瘴気への耐性を一時的に高めるポーションも開発されてる。効果はそこそこってとこだけどな」


 それからザイルは、カルネア王国の地上には常に瘴境制圧チーム(ヴェールブレイカー)が派遣されており、瘴気を抑えるための活動が続けられていると教えてくれた。


 中には、生まれつき、あるいは訓練の末に、瘴気を霧散させる能力に目覚める者もいるという。そうした人物たちは瘴気制圧チーム(ヴェールブレイカー)に所属し、地上の安全圏エリアを守る任務に就いているそうだ。


 さらに、瘴気に対する特異な耐性や力を持つ者たちは、より高位の部隊、浄界特務チーム(リヴァイヴァ)に配属される。彼らの任務は、安全圏の拡大そのもの。だが、メンバーの数は限られており、現状では思うように成果が出ていないのが実情らしい。


 それでも、安全圏が広がれば、これまで発見されていなかった地下都市との接触が可能になる。都市間、国家間の交易が始まれば、人類の文明もまた、一歩前へ進む――そう期待されているのだという。


「ところでヒナタ、お前、これからどうするつもりなんだ?」


 ザイルがふと真面目な顔で問いかけてきた。話によれば、転移してしまった者たちが元いた国へ戻るのは、かなり難しいことらしい。というのも、瘴気への耐性がない者は地上に出ることすら叶わず、移動手段も限られているからだ。運悪く誰にも助けられなければ、そのまま命を落としてしまった者も少なくないのだろう。


 それでも、ヒナタのように偶然にも誰かに救われ、生き延びた者たちもいる。では、彼らはどのように暮らしているのだろうか。


「俺みたいな転移者って、その後どうやって生活してるんだ?」


 そう尋ねると、ザイルは親指で自分の胸を指しながら、少し誇らしげに答えた。


「だいたいはおれみたいにギルドに入って、探索班や制圧チームの一員として働いてるな。どうやら転移ってのは、瘴気にある程度耐えられる体質の人間に起きやすいらしいんだ。お前もそのタイプなんじゃねぇか?」

 それに転移後に契約者として目覚める人も多い、とザイルは付け加えた。


 つまり、こういうことだ。

 転移してきた者たちは、基本的に元いた場所には戻れない。元の世界でどんな職業に就いていたかにもよるが、この世界で瘴気への耐性があると分かった時点で、真っ先に選択肢として浮かぶのが、稼ぎの良い傭兵ギルドへの所属だという。


 たとえ元は商人だったとしても、仕入れ先も信用も無い異国の地で一から店を構えるのは骨が折れる。そんな状況で、即金性のある傭兵稼業に流れるのも無理はない。


 加えて、ほとんどの人類は地下都市で生まれ育ち、地上に出ることなく一生を終える。

 そのため、自分が瘴気に耐性を持っているという事実を知らないまま暮らしている者が大半なのだという。


「そういえばヒナタ、お前の能力って何なんだ?」

 ザイルが首をかしげながら尋ねてくる。


「能力? さっき使った、あの光る剣のこと?」

 ヒナタがそう返すと、ザイルは「ああ」と頷き、軽く指を指した。


「お前、契約者だろ? 覚えてないか? 巻物と契約を交わした者には、指に紋様が刻まれる。あれが証拠だ。契約者になれば、“能力”に目覚めることができるんだ」


 どうやら契約者とは、特定の巻物と契りを交わし、手の指に刻印が現れる者を指すらしい。

 そして、その契約によって潜在能力を引き出し、特殊な力を得ることができるという。


 ただし——とザイルは指を立てて念を押す。


「能力に目覚めるには、泉の神殿って場所で祈らなきゃならない。そうしないと、力は目を覚まさないんだ」

「俺の能力って……たぶん、あのクマと戦った時に出た光の剣だけ、かな……」

 自信なさげに言うヒナタに、ザイルは眉をひそめた。


「なーんか歯切れ悪いな!よし、決まり!神殿は誰でも自由に使えるし、今から行ってみようぜ!」

 ザイルはずいっと親指を立てて、ぐいぐいと背中を押してくる。


 この世界では、生まれてから十年が経った日に「泉の神殿」で祈りを捧げるのが通過儀礼となっている。

 もしそのとき「巻物」を授かることができれば、その者は契約者としての資格を持つことになる。


 巻物を授かれば、家族はそれこそ大騒ぎで喜ぶそうだ。

 将来は衛兵や傭兵、交易のエリート担当者など、有望な道が約束され、幼少期からの教育も特別なものになるという。

 それほどまでに、契約者という存在は稀少であり、希望の象徴なのだ。


 一方で、巻物を授からなかった者には「信託」と呼ばれるお告げが与えられる。

 その信託を元に、進むべき職業や人生の指針を立てる――この国の常識だという。


 ザイルの説明を聞きながら歩いているうちに、気づけばヒナタは最初に目覚めた第三層の中心部へと戻ってきていた。目の前には、透き通るような泉が広がっている。


 泉の中央には、白く滑らかなタイルで作られた島がぽつんと浮かんでいた。まるで泉がドーナツのような形になっており、その輪の内側、つまり島までの距離はおよそ二メートルといったところだ。


 島の中心には、正五角形と星型を重ねた魔法陣が描かれており、それが淡く輝いている。

 第三層全体が雑多な喧騒に包まれている中、この泉の神殿だけは別世界のように静謐で、どこか神聖な空気に満ちていた。


 泉の中心を親指で指しながら、「あそこに立ってみろ」と言ったザイルに、ヒナタは思わず問い返した。


「これ……飛び越えるの?」


 するとその足元に、泉の中央にあったものと似た魔法陣が、淡く虹色にきらめきながら浮かび上がった。


「転移の魔法陣だ。両足をその上に乗せれば、中央までひとっ飛びってわけさ」


 ザイルがどこか得意げに言う。


(……また変な場所に飛ばされたりしないよな?)


 一抹の不安を覚えながらも、ここで尻込みしていても仕方がない。覚悟を決めたヒナタは、深呼吸一つ、そして勢いよく目の前の魔法陣に飛び乗った。


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