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第1話 転移

 現代地球。


 この世界にはファンタジーがない。少し前から世間を騒がせている、異世界の魔物やハンターなどといった、人同士の争いとは違ったバトルがこの現代地球には存在しないのだ。

 この物語の主人公、早川はやかわ 陽凪ひなたはそんな異世界ファンタジーに憧れる高校2年生男子。全学年400人ほどの県内市立に在籍する、どこにでもいる高校生だ。ただ、とある病気を患ってしまった残念な一人であることに変わりは無い。そう——厨二病である。


 ある日、いつもの学校から徒歩での帰り道、陽凪がふと空を見上げてみると見慣れないものが視界に映った。

「なんだろうあれ」


 上空4~500メートルほどのところに、人の頭部ぐらいのサイズの虹色のモヤが見えた。この距離でそのサイズに見えるのだから、実際にはもっと大きのかもしれない。

「何かの煙かな、、、?」


 陽凪の住む街は、特に工場地帯という訳ではなく普通の住宅街が並ぶよくある街並みである。そのモヤが出ている付近にも、もちろん煙突などがある訳ではない。気づけば陽凪はそのモヤから目が離せなくなっていて、歩道の真ん中で立ち竦んでしまっていた。するとどうだろう、周りを歩いている他の学生や、夕方に差し掛かる時間帯の為仕事終わりの帰宅途中のスーツ姿の人たちも陽凪の目線の先を追いかける様に上空を見つめた。


 だが、特に何も真新しいものがなかったのか、はたまたそのモヤを視認することが出来なかったのか、すぐに興味を無くし視線を元に戻して各々歩き始めた。

(綿菓子みたいで綺麗だな。雲ではあんなに綺麗な虹色にはならないだろうし、煙だとしても霧散せずにあの場に留まれるものなのかな?)


 触ってみたいな

 ふとそんなことを考えてしまった。そう……思ってしまったのだ。


 気づけば辺りが煙のようなものに包まれていた。真っ白で周りが何も見えない。そしてフワリとした浮遊感。まるでジェットコースターで急落下したときの様な、下腹部がフワッとするような感覚に包まれた。


「ーーーーーっっ!!」

 陽凪は声にならない声を発し、咄嗟に目を閉じた。すると甘い匂いが陽凪の鼻腔をくすぐる。

 目を閉じたまま、陽凪はその甘い香りに包まれながら、いつしか感覚が薄れていくのを感じた。重力からも、時間からも解き放たれていくような、不思議な安心感に身を任せていた。

 そして——。


 コツッ、と足元に軽い衝撃を感じた。

 まるで階段を一段踏み外したような、ちょっとした衝撃。目を開けると、そこには見慣れない風景が広がっていた。


「……どこ、だここ」


 周囲は鬱蒼とした森だった。木々は現実のものよりも遥かに高く、太く、葉の一枚一枚が陽凪の顔ほどの大きさがあった。空は紫がかった藍色に染まり、金色の二つの太陽が、まるで双子のように並んで空に浮かんでいる。


 風が吹くと、木の葉がサラサラと音を立てる。しかしその音はまるで囁く声のように、どこか意味を持った言葉のようにも感じられた。


「ここ……異世界……?」


 信じられない気持ちだった。漫画やアニメでよく見る、異世界転移。その光景のようなものが、目の前に広がっていた。胸の奥が高鳴る。これまでの退屈で無力だった日常から、突然自分だけが物語の中に放り込まれたような感覚。


 そんな陽凪の足元で、ふいに何かが「コロリ」と転がった。


「え?」


 見ると、小さな透明な結晶——ビー玉のような丸い石が、彼の足元に転がっていた。その中には、虹色の光がゆらめいている。


 陽凪が手に取ろうとした瞬間、その結晶がパッと光り、低い男性のような声が頭の中に響いた。


『選ばれし者よ。汝の名を告げよ——この世界は、汝を歓迎する』

「……は?」


 突然の出来事に言葉を失いながらも、陽凪はつぶやくように自分の名を口にした。


「は、早川陽凪……です……」


 すると次の瞬間、空に浮かぶ太陽の一つが一瞬だけ強く輝き、陽凪の目の前に、一本の古びた巻物が現れた。そこには、見たこともない文字と図が描かれている。


『契約、成立』


 どこからともなく、そんな声が響く。そして巻物が陽凪の手の中に吸い込まれるように消えると、彼の右手の親指の付け根部分に紋様が浮かび上がった。それは文字のようなもので指輪型に輪っかを描いている。


「……なにこれ……!」


 それはまさしく、「力」を手に入れた証だった。ごく普通の高校生・陽凪が、異世界で始めて「選ばれし者」となった瞬間だった——。


 陽凪は親指に浮かんだ紋様をまじまじと見つめた。淡く輝く紋様は、まるで生きているようにじわじわと動いているようにも見える。それは彼が確かにこの世界の「何か」と契約を交わした証であり、逃れられない現実だった。


「これは……力?それとも……呪い?」

 そんな言葉が思わず口から漏れたその時だった。


「おい! そこのお前!生きてるか!」

 森の奥から誰かの声が聞こえた。男の声、だが少年にも聞こえるような鋭さと若さが混じっていた。


 数秒後、木々の隙間から現れたのは、ボロボロのマントをまとった少年だった。歳は陽凪と同じくらい、髪はくすんだ銀色で、腰には短剣を二本差している。


「やっぱり転移者か。運がいいな、おれが最初に見つけたってことは、お前、まだ食われてねえんだろ?」

「く、食われる?」

「この森、"人喰いの眠林"って呼ばれててな。迷い込んだら最後、耐性の無いものであれば数時間持たない……って、ああ、やっぱ知らねえのか。こりゃ本物の“外の者”だな」

 銀髪の少年はにやりと笑った。


「おれはザイル。地上探索班の一員だ」


 陽凪は訳がわからず、ただ呆然とザイルを見つめることしかできなかった。だがその混乱を見透かしたように、ザイルは続けた。


「お前の手の紋様、それ“契約者”って証だ」

「契約者……」


 陽凪は再び自分の右手を見つめた。そのとき、森の奥で、何か巨大な咆哮が響いた。


「チッ……来やがったか。おい新入り、悪いけど手ェ貸せ。逃げ切りたきゃ走れ、そして……生き残りたきゃ、信じろ、自分の中にある“力”をな!」

 ザイルが駆け出し、陽凪もそれに続く。心臓は爆発しそうなくらい鼓動していたが、不思議と恐怖ではなく、なぜか――高揚感があった。


 こうして、早川陽凪の“冒険”が始まった。


 全力で走る。地を蹴る足がもつれるたびに、心臓の鼓動が強くなる。後ろから響く、ズズンッ、ズズンッという重低音が、確実に“何か”が追ってきていることを物語っていた。


「ザイルっ、追いつかれそうだ!」

「黙って走れ!あの音はたぶん“ブラッドベア”……クマ型の魔獣の中でも最悪の部類だ!しかも大量の瘴気を纏ってるはずだ!」


 陽凪は喉を焼くような呼吸の中で、ザイルの背中を追い続けた。

 だが、森を抜ける手前、開けた小さな谷間に出た瞬間だった。


 ドンッッ!!


 衝撃とともに巨大な影が降り立つ。漆黒の毛並みに真紅の瞳、鉄板のような前脚と、裂けたような口からは白く鋭い牙が覗く。

 「ブラッドベア」——名の通り、血を喰らう獣。


「……うそだろ……こんなの……!」


 陽凪の足がすくんだ。思考も感覚も止まる。だが次の瞬間、ザイルが短剣を2本抜いて飛び出した。


「オイオイ、こっち見ろよ熊野郎!獲物はそっちじゃねえ!」

 ザイルの挑発に反応し、ブラッドベアが巨体を揺らして動いた。


 ザシュッ!!


 鋭い爪が振り下ろされ、ザイルは受け止めきれずに20mほど吹き飛ばされた。


「ザイル!!」


 倒れた彼の姿に、陽凪の胸が熱くなる。


 (逃げなきゃ……けど……!)

 逃げたい。けど、ここでザイルを見捨てたら、きっと二度と自分を許せない。

 ——助けたい。

 その一心で、陽凪は倒れているザイルのところまで駆けていき、ブラッドベアの前にに立ちはだかった。


「やれるもんなら……やってみろよ!!」

 瞬間、陽凪の右手親指が熱く輝いた。


 紋様が燃えるように発光し、空中に魔法陣のような円が浮かび上がる。そしてその中心から、虹色の光が収束し、一本の武器が形作られていった。

 “契約の剣”——それが、陽凪に与えられた最初の“力”だった。


 自然と構えが取れる。不思議と怖くなかった。

「行くぞおおおお!!」

 陽凪が地を蹴り、自分の2倍程のサイズであるブラッドベアに飛び込む。

 動きは素人そのもの。だが、光の剣は陽凪の想いと共鳴し、彼の身を守るように軌道を導いていく。


 ——ズバッッ!!!

 ブラッドベアの前脚を、陽凪の剣が切り裂いた。

 信じられない光景に、陽凪自身が一番驚いた。

(これが……俺の力……!?)

 ブラッドベアが怒り狂って吠える。けれど陽凪は、もう逃げなかった。


 光の剣が閃いた。怒り狂うブラッドベアの咆哮とともに、陽凪の視界がぐらつく。


(まだ……だ……!)


 息が切れる。足が動かない。なのに、陽凪の中の“何か”が叫んでいた。

 「ここで終われない!!」


 叫びと共に、最後の一閃。光の刃が、ブラッドベアの喉元を貫いた。

 咆哮が止まった。巨体が地面を揺らして倒れこむ。


「……っは……ぁ……っ」

 陽凪は膝から崩れ落ち、そのまま意識を手放した。





————————————————————————



 ——数時間後。

 ひんやりとした空気、遠くから聞こえる水の滴る音。薄暗い部屋の中に、ちらちらと灯る青白い光。

 陽凪が目を覚ましたのは、石造りの天井を持つ、洞窟のような空間だった。


「……ここは……」

「お、起きたか」


 声の主はザイルだった。腕には包帯、頬には擦り傷。でも、元気そうだった。


「まさかあそこで泉の神殿にいる訳でもないのに“覚醒”するとはな。マジで命拾いしたぜ、お互いにな」

 ザイルはそう言って、イケメンスマイルを向けてきた。


「俺……魔獣を……?」

「ああ。半分はお前の力、もう半分は運だな。でも、あれを倒したって事実は、間違いなく“開拓者”としての第一歩だ」

 陽凪はゆっくりと身体を起こした。目を凝らすと、どうやらここは何かの間仕切りのようなもので区切られた一室のようだった。けれど、床は木やタイルではなく、岩。天井はとても高く、そして間仕切りの向こうには広い空間が……。


「ここ、どこ……?」

「“カルネアの第三層都市”だよ。お前がいたのは地上にある森の辺縁だろ?俺たちは今、地面の下……“地下世界”にいるんだ」

「地下……!?」

 陽凪が驚きの声を上げると、ザイルはにやっと笑いながらカーテンを引いた。


 その向こうに広がっていたのは——地下とは思えないほど広大な街だった。


 無数の建物が岩壁に沿って積み重なり、空中には宙に浮く照明球が何層にも浮かび、人工の太陽のように地下都市を照らしている。人々の賑わい、行き交う馬車、行商人の声、そして――戦闘用の武器を携えた人たちが行き交うギルドの看板。


「地下都市は、地上が滅びかけた数百年前に生まれた“人類最後の砦”さ。

 地上には今も魔獣と瘴気が満ちていて、人間が生きられる場所なんて残ってねえ」


「……そんな……」


 陽凪はその圧倒的なスケールに言葉を失った。同時に、この世界の“現実”というものを肌で感じていた。

 ここはファンタジーなんかじゃない。剣と魔法はあっても、夢みたいな世界じゃない。


 それでも——。

(俺は、この世界で……生きていくんだな)

 自然と、そんな想いが芽生えていた。



 「……見ろよ、あれがこの第三層都市からみて“下層階級都市”だ」

 ザイルが陽凪を連れて、第三層都市の最上部、崖のようにせり出した展望広場へ案内した。そこまでの道のりは、外壁の周りを螺旋状に作られた階段を登っていき、岩盤のような第三層の天井を抜けた先であった。そこからは、“第二層都市”の街並みが見えた。階段を登っているのに、下層になるなんて不思議な話だ。


 第二層都市では、第三層都市とは違い整った建築のようにはなっていなかった。ごった返したように家々が立ち並んでおり、その材質も大きな岩をくり抜いたようなものから、つぎはぎの間仕切りのような物で区切られたものまで様々だった。


「金がある奴、権力がある奴、血筋がいい奴――そういう連中が住んでるのが“第四層”だ。そしてそのさらに地下、“第五層”には王政の直轄区画がある。俺たちみたいな一般人は立ち入れねぇ。」

 ザイルは難しい顔をしながら説明してくれた。


「じゃあ、さっきまでいた第三層は……?」

「まあ、ギリ“人間らしい生活ができる層”ってとこだな。市場もあれば宿屋もあるし、ギルドも機能してる。でも……上を見てみろ」


 ザイルが示したのは、更に上へと続く螺旋状の階段。その先は第二層の天井があり奥まで目視することは出来なかったが、第二層と第一層の境目を見つめながらザイルは言った。


「あれが“第一層”。貧困、無法地帯、怪しい組織、捨てられた子どもたち……そして魔物に近い場所。公式には“居住区域外”ってことになってるけど、実際は何万人も住んでる」


 ザイルの説明によると、第二層から第一層への螺旋階段の先には重厚な扉があるらしく、常時開閉できるものではないらしい。なので、下からも上からも行き来することは叶わないとの事だった。


 ところが第四層より上層(地下)階級になると、美しい石畳の道があり、清潔で整った建築。空中庭園のようなものまであるらしい。だが、第四層へは、今までのような外壁沿いに作られた螺旋状の階段では行き来出来ないとの事だ。ではどのようにして第四層に行くのかというと、昇降機を使うらしい。


 しかしそこへ向かうための昇降機は、重厚な門で囲まれていて衛兵が槍を持って立ち塞がっているというから、第三層と第四層も簡単には行き来が出来ないという事だ。


 陽凪は知らないうちに、拳を握りしめていた。

 この世界には、はっきりと線引きされた“生きる価値の重み”がある。それを守るのが「地下都市の秩序」であり、それゆえに見捨てられる命がある。


 陽凪は再び第一層へ続く螺旋状の階段を見つめながら呟いた。


「……ひどいな、そんなの」

「だろ? でもな、“力”を持てば、このルールの外に出られる」


 ザイルが振り向く。その瞳は、強く、何かを目指す者の光を帯びていた。

「ギルドの中でも、“階級冒険者”って呼ばれる連中がいる。下層から這い上がった英雄もいる。でも……力を間違えれば、すぐに落ちる。踏みつける側になるか、踏まれる側になるか――それがこの世界だ」


 陽凪は何も言えなかった。ただ、胸の奥に何かが灯った。

(俺は、何になりたいんだろう……)




初めての作品のため、至らない点も多いかと思いますが、温かい目で見ていただければ幸いです。

ご感想やご意見には必ずお返事いたしますので、ぜひお気軽にお寄せください!

目標は200万字――長くお付き合いいただけると嬉しいです。

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