51.「終戦の鍵となる」
第七章 『もしこの声が届いているのなら』
* * * * *
十数分前。
白河夕季のプレートを握りしめた凪は、裏側のボタンを指でなぞった。
『夕季さんの遺言が残されている』
茉理の言葉に、凪は深く頷く。
「でも、再生するのは本人じゃないって……」
「あ、僕わかった。アサキだろ? アサキがボタン押せばサイセーされる?」
『そんなわけないだろ。朝季がボタンに気付かなかったとは思えない』
「でも、ボタンを押さなければ」
『違うよ、凪ちゃん。違うんだ、朝季じゃない……あの日、あの時、冬那はプレートと一緒に二人分の指紋データを持ってきた。録音者と再生者、この二人以外は操作無効にしてって。その時の指紋データ、思い出した』
「え、二年前のですか?」
『記憶力には自信あるから。冬那が持ってきたデータは子どものものだった。変わった形って思ってたんだ。そして半年前、同じ感想を抱いた。凪ちゃん、君の指紋を見たときに』
「……え?」
『大きさは違うけど、パターンは変わってない。凪ちゃんの指紋とぴったり重なる。その中にある音声の再生条件は、白川凪がボタンを押すこと』
言葉が出なかった。
凪はプレートに握りしめ、再び地面に膝をつく。
「なになに? どーゆーこと? なんでナギなの?」
「私がお父さんの、娘だから」
『冬那か夕季さんか、どっちの案かは知らないけど……凪ちゃん、そのネームプレート受け取った時、朝季なにか言ってなかった? 命を預けるとかなんとか』
「言ってましたけど……どうして……」
『昨日、冬那が同じようなことを朝季に言ってた。だから願掛けというか、命を賭けるようなことをする時は、夕季さんのネームプレートは誰かに預けておいたほうがいいって』
ひゅっと、凪は息を呑んだ。
同時に感心もした。
そこまで……冬那は考えていたのだろう。
どこから?
今朝の、朝季との再会は当然、冬那が仕組んだことだ。凪の東京入りに関しては、計画通りと言っていた。逆だと、三次はそのために、凪を東京入りさせるために利用されたのだと。
その三次はなぜ、あの街を生活拠点とし凪の隣の高校に通っていたのか。
田舎の学校で男が凪に銃口を向けた理由は?
そもそもなぜ、管理が徹底された田舎の町であんな事件が起きた?
[転校生にアクセサリー禁止だって注意してきてくれないか? 一言、声かけるだけでいいから]
田舎の学校で、教師に言われたこと。
同じ名前だからってどうして私に、生徒に言わせるのとは思ったけど。
考えることをそこで放棄した。
待って、気づかなかった……あの先生、なんの教科の先生だっけ? 人の顔を覚えるのが苦手だけど、それ以前の問題だ。
知らない人だ。
「馬鹿だ、私……いつもそうだ」
他人の顔なんて見ていない。
どこから?
いつから?
二年前のあの時・、深夜の中央突破事件の前日?
「違う……それ以上前から、きっと」
まさか自分がなんてレベルじゃない。
他人の傷を傍観していた横で、自分自身もその輪の中に。
最初から私は、当事者だった。
『あいつ、なんで俺にまで秘密にしてるんだよ……凪ちゃん、大丈夫?』
「はい……あぁ、だから私は、この街に来たんですね」
『終戦時の鍵となるために』
「他人事だと思って傍観していた私が一番、渦中にいたのに」
目頭に熱を感じた凪だが、泣いている場合ではないと顔を上げる。
「茉理さん、これ私、聞いていいんですよね?」
『……うん』
「遺言が、入っていると思いますか?」
『その中には、凪ちゃんに向けての言葉が入ってる。東京内戦の首謀者であり、いずれ自分の命を奪うであろう白川洋の娘に向けての遺言を。夕季さんのことだから、そんな酷いことは……いや、ごめん、検討がつかない』
「……私は、傍観者じゃない」
プレートの裏側に親指を当て力を込めると、小さな出っ張りが中に入り込んだ。
ジ、ジジっと、壊れたラジオのようなノイズ。
それが小さくなると、ヒュウと流れるような風が吹いた。




