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3「歩道橋の上、海辺の港街」



 船場にある歩道橋の上、朝季は海を眺めていた。

 空は快晴で東に巻雲(けんうん)、太陽はやや西に傾いていた。


「……やらかした」


 朝季は先ほどの、白川凪との会話を思い出していた。


「酷く言いすぎた。八つ当たりだろ、あれ」

「なに独り言いってんの、朝季」


 振り返った朝季の背後には、背の高い女性が立っていた。

 豊満な胸にかかる艶やかな髪、曲線美の分かる薄いシャツに細い足が丸見えの膝上丈スカート。耳たぶに白いカーネーションの形をしたイヤリングをつけた、艶麗な女性。


「そっちこそ、なんて格好してんだよ、冬那(ふゆな)


 無愛想に言う朝季に、冬那と呼ばれた女性が微笑んで自分の服装を見せつける。


「田舎に出る時はこれが私の常備服」

「若作りにも程があるだろ。お前、今年で何歳になるっけ?」

「十七歳ね、心のほうは」

「精神年齢低いな……じゃあ身体だけ大人に、二十五になったんだな」

「朝季もよく似合ってるよ、学生服。高校一年生には見えないほど大人びててかっこいい!」

「嫌味だろ、それ」

「老けてるって言ったほうがよかった?」

「……今の俺、昔の夕季(ゆうき)にそっくりらしいんだけど?」

「十八歳の頃の夕季さんは年相応の可愛らしさがあったわよ。兄弟なのに、どうして朝季はそんな生意気なの?」

「血が繋がってない、義兄弟だから」

「……つっこみ辛いこと言わないでよ」


 ぷいっと顔を背ける冬那に倣い、朝季も海を見た。

 しかし冬那が「あっ!」と声を上げたことで、再び見つめ合う。


「制服汚さないでね、明日からもまた使うから」

「あぁ、わかって……明日?」

「学校あるでしょ、明日も」

「いや……いやいやいや、もう行かないぞ? ていうか行けないだろ。人間兵器(アテンダー)だぞ、俺。しかも戦用の」

「大丈夫、校長先生には話つけといたから」

「根回しすごいな! じゃなくて、今日も酷い有様だったぞ? お前が大丈夫っていうから行ったけど」

「私の言葉信じて素直に登校するのが朝季の可愛いところよね。律儀にリアバン腕に巻いてるし」


 指摘され、朝季は自身の左手首を見つめる。小さなモニター画面がついたリストバンド。


「いや、だってこれ、常時つけてないと……」

「東京の街ではね。ここ、田舎だから。戦争とは無関係の平和なまちー」

「……平和だよな、本当」


 海に目を向けた朝季にならって、冬那も目線をそちらに向けた。

 欄干に身を預け、青を眺める。


「ねぇ、朝季、海って知ってる?」

「馬鹿にするなよ。夕季から話は聞いてた、実際に見るのはこれが初めてだけど」

「綺麗だね、水平線の見えない海」


 波が防波堤にぶつかる音、春の終わりを告げる細い風が髪を撫でた。そしてふと、その風が一瞬動きを止めた。

 不思議に思った朝季が振り返ると、背後に人影があった。

 ありえない、気付かなかった。

 戦場での敵の様子はもちろん、こんな田舎街の一般人の気配など容易に察知できる。

 それが自分という人間兵器なのに。


「凪……」


 だから思わず、名前を呼んでしまった。

 制服の上に白いカーディガンを羽織った涙目の凪が、朝季の背後にいた。


「彼女? 初日からやるねー、朝季」


 きゃはははと笑った冬那が、朝季の肩を叩いて凪の前に出る。

「あ、大丈夫。私この子の保護者だから、ごゆっくり」と、凪の背中を押し、冬那は歩道橋を去っていった。

「え、あ、ごめ……」と動揺する仕草を見せる凪。

 冬那を追いかけようか、それとも朝季と話をしようかなどと悩んでいるのが目に見えて取れた。


「あのね!」


 逡巡ののち、朝季と話をすることに決めたらしい。

 ぶつかった目線は互いにそらさぬまま、凪が話を始める。


「追いかけて、来たの」

「追いかけてきた?」

「あの後ね、普通に過ごして誰もなにも言わなかったけど、私はやっぱりおかしいと思って」

「それがこの町だろ? 平和な田舎、傍観者の町」

「だからね、友達になってください!」

「あぁ、うん……ともだち……友達?」

「まず、白河くんのこと朝季って呼ぶね!」

「え? あ、あぁ……」

「私は朝季のこと人間だと思ってるから! 同じ人間だよ!」

「同じ人間? あぁ、さっき言ったこと……え? なに言ってんだ、さっきから」

「会話が下手なのは自覚してる、ごめん!」

「いや、会話が下手とかそういうレベルじゃ……話が飛び飛びで」

「ふぅぁぁ……ごめん、ちゃんと話しするから。えっと、えっと……」


 スカートの裾をぎゅっと握りしめて言葉を紡ぎ出す凪。その裾が膝よりだいぶ高くて、普段露出しないであろう場所まで太ももが見えていて。

 朝季はそっと、凪の手に自分の掌を重ねた。


「大丈夫、逃げないから。ここにいて、ちゃんと話聞くから」


 その言葉を聞いてようやく、凪が顔を上げた。


「傍観者を、やめたいと思ったの。白河くんの言う通り、私は東京のことなにも知らなくて、遠い場所で起きてる自分とは無関係な戦争だと思ってた。ごめんなさい」

「……謝る必要は、ないけど」

「だから教えて欲しい。ちゃんと知らないから怖いんだと思うの、人間兵器(アテンダー)のこと。でも白河くんは優しい人だから、私の中の誤解を、怖いって先入観を解くために、ちゃんと知りたい」


 重ねた手が、凪の体温が高かった。

 再び俯く凪の耳を見て、朝季が微笑む。


「俺もごめん、酷いこと言った。凪、自分は会話が下手だって言ってたのに」

「本当に下手だから。朝もちゃんと話できなくて」

「だから追いかけて来たのか。いいよ、それだけで十分、凪は優しい」

「優しくないよ。優しいのは白河くんのほうで……今、私のこと凪って呼んだ?」

「さっきから呼んでる。そういうそっちは、俺のこと白河くんって呼ぶんだな?」

「……ふわぁぁあ! えーっと、朝季!」

「やっぱ面白いな、凪」


 くすくすと閑雅な笑みを見せる朝季と、動揺で耳を真っ赤にする凪。

 一頻り笑ったところで、朝季が凪に向き直った。


「東京のことか。そもそも、どこまで知ってる?」

「あ、えっと……人間兵器が開発されて、日本の軍事力が世界の頂点になってそれで異邦国が奇襲して、報復戦争をして……十年くらい前に」

「九年前だな、日本の軍事力を妬んだ異邦国が東京に奇襲を仕掛けたのが東京奇襲」

「あ、そうなんだ……」

「あのさ、知らないなら無理しなくていいよ」

「え?」

「聞くことは損にならないから。知らないならちゃんとそう言ったほうがいい、自分の知識のためにも、教える立場である俺のためにも」

「うん……朝季って、先生みたいだね」

「……老けてる?」

「ちがっ、そうじゃなくて! 大人びてるというか」

「さっきも言ってたな、正解。俺、本当は今年で十八歳なんだ。でも三年生だと受験で迷惑だから一年生にしろって冬那が……ごめん、話それてるな」

「いいよ、大丈夫……です」

「敬語じゃなくていいよ、学校では同級生だし。話戻すけど人間兵器の詳しい仕組みは……知らないよな。例えば」


 朝季はズボンのポケットから一円玉硬貨を取り出し、それを左の掌に乗せる。


「これ、なにかわかる?」

「一円?」

「田舎的には正解だろうけど、人間兵器(アテンダー)としては不正解」


 朝季は掌に乗せた一円玉を握りしめ、リストバンドを巻いた方の腕で胸元を叩いた。

 手のひらを開くと、握りしめたはずの一円玉の代わりに雫型に形作られた銀色の板があった。大きさは一円玉とほぼ同じくらいで、形と模様が変わっただけ。


「アルミニウム。質量は変えてないから、確かめてみていいよ」


 朝季は反対の手で一円玉をもう一つ取り出し、涙型と重ねて凪に差し出す。

 恐る恐るそれを受け取った凪は、二つを見比べてみた。

 見た目や肌触りは確かに、同じものだった。


「一円玉をこれに、同じ物資の物を別の形に作り替えたってこと?」

「正解。物質を自分の身体に融合させ、別の形に生成して体外に出す。融合できる物質には適性や個人差があるけど、人間兵器(アテンダー)はこの能力で武器を生成する。普通のやつらは体内ストックに限度があるから、大気中の物質を扱ったり、そこらへんに落ちてる金属使ったり……」


 そこまで説明して、朝季は言葉を止めた。

 コクコクと必死に頷く凪が、話について来れていないことが明白だったから。

 仕方なく、簡素に話をまとめる。


「素材と成分、機能と生成方法さえわかればどんな武器でもだいたい作り出せる。まぁある程度の才能と適正と、あと道具が必要だけど」

「道具?」

「……まぁ、いいか。秘密にすることでもないし」


 そう言いながら、朝季は左手首に巻いたバンドとそれに取り付けられた画面の機器を凪に見せる。


「大気中の物質と人間兵器(アテンダー)が自身の身体に保存してる物質を分解して組み合わせて融合して、新しい物質を作り出す装置」

「……え、なになに? 大気中の物質と身体の中の物質を保存して?」

「あ、えーと……簡単に言うとつまり、この機械があるから能力が使える。これがないと能力使えない」

「……ざっくりだね」

「俺、こういう座学習ってなくて、感覚でやってるところあるから。で、さっき凪に注意されたネックレス、これが個人情報」


 首にかけているネックレスを取り出す朝季。トップについているシルバーのプレートには[ASAKI.S]と名前が刻まれている。


「個人情報、その人の適切とか扱える武器情報がこのネームプレードに入ってて、装置と反応させる」


 一円玉を作り替えた時のように、朝季が左手でトンっと胸を叩く。胸を叩くというか、手首に巻いた装置をネームプレードにぶつけていると言った表現の方が正しい。

 装置が色を帯びて朝季の手に小さな炎が灯った。


「内戦についてはどのくらい知ってる? 東京奇襲の話とか、そのあと日本が異邦国に報復を行なったのとか」

「報復戦争だよね? 奇襲のすぐあとに、人間兵器(アテンダー)の人達がその国に攻め込んだ。ってくらいしか、知らない……です」

「奇襲からわずか三日後の出来事だったらしい。東京を襲った国はそこに住んでいた人も含めて、地図ごと世界から消えた。そういう経緯で、人間兵器の脅威を知った世界各国は日本に干渉出来なくなった。俺が()()()()のは反乱軍。東京北部の戦闘区域部隊隊長やってんだけど」

「隊長さん? すごいね、だから先生みたいなんだね」

「階級なんてあってないようなもんだし、反乱軍は。まぁでも、その役職のおかげで田舎に来れたけど。先に言っておくけど俺、転校生じゃないから」

「転校生じゃない?」

「来週末には東京戻る、期間限定の田舎暮らし。休戦中なんだ、今。政府軍のエースが怪我して参戦できないって向こうから要請がきて」

「そんなことで休戦になるの?」

「そんなことで休戦になる。それがあの街、東京内戦。そもそも決定権を持つのは上層部の人たちだから、俺ら現場はなにも知らないし、不要な発言もすべきじゃない。それでこの機会に一度、田舎の街に行ってきていいよって言われて。そしたら何故か、高校生やることになった」


 自嘲気味に笑う朝季に、同意していいかわからなかった。

 とりあえずと笑みを浮かべる凪だが、ふとある疑問を思いついた。


「任期とかあるの?」

「任期? 人間兵器(アテンダー)の能力は二十歳程度を境に低くなるってのは知ってる?」

「え、あ、そうなんだ……ごめん」

「その歳になると身体や脳が融合生成能力についていけなくなるらしい。現役引退したら非戦闘区域に配属になるけど、その後のことは知らない。俺がいるのは現場、戦場だから」

「朝季たちはどうして、戦ってるの?」

「…………は?」


 聞き返す朝季の声は低く、酷く不機嫌なものだった。

 聞いてはいけないことだったかと身を引く凪を、朝季の視線がとらえる。


「生きるため」


 やがて答えた朝季の視線は、凪ではなくて海に向いていた。

 空と島を移して、青と深緑に染まる海面の色。


「殺されないためにみんな、戦ってる」


 言葉の意味が、凪にはよく理解できなかった。

 生きるため、殺されないため。

 それはそうだろう、戦場なんだから。

 やられる前にやる、そういうことだろう。

 だけど、それならばそれは、彼らの意思ではない。


「凪、家族は?」

「家族? 今はお母さんと暮らしてて、お父さんは単身赴任で家にいない」

「忙しい人なの?」

「たぶん……」

「たぶん?」

「お父さんの仕事、よく知らなくて。街開発とか言ってた気がするけど。うちのお父さん、面倒くさい人だからうまく話できなくて」

「家族は大切にしたほうがいいよ。その存在がある限りその人は絶対に、一人じゃないから」

「うん……」

「……説教くさいな、ごめん。だから老けてるって言われるんだよな、俺」

「えっ? 違……えっと、朝季は? 朝季の家族は?」

「俺は、血の繋がってない兄が一人、いた」

「お兄さんいるんだ。確かに朝季って次男タイプだよね」

「さっき先生みたいって言ってたよな? 面倒見がいい長男タイプってことじゃないの?」

「それとこれとは話が別で、なんていうのかな……甘え上手?」

「甘え上手? いや、今までの会話からどうしてそう読み取った?」

「あ、えっと……朝季って優しいから。だから、大事にされて育ったんだろうなぁ、って思って」


 その言葉に、朝季は息を呑んだ。

 大事にされて育った。それは自覚してる、義兄は優しかった、大事にしてくれた。

 だけど何故、この少女は、そんなことを見抜けるのだろう。

 知らないくせに――――


「大事にはされてたけど、それは全部、嘘だったかもしれない」

「え?」

「夕季は俺に、なにも残してくれなかったから」

「ゆう……えっと、朝季の、お兄さんの名前?」

「決めた。俺、このまま学校通う」

「学校?」

「辞めるつもりだったけど、もう少し一緒に……俺、凪と一緒の学校行ってもいい?」

「い、いいよ! いこう、一緒に行こう!」


 凪の顔に笑顔が咲き、つられて朝季も笑った。

 だけど学校では会話しなかった。

人間兵器(アテンダー)と仲良くしてることで、凪が孤立するのを避けたい』と、朝季の提案で。

 次の日から、会話をしない代わりに時々目配せをするようになった。

 声を交わさない代わりのやり取り、相手の気持ちを汲み取ることが面白くて、微笑みを浮かべて心の中で笑い合った。

 楽しいと、互いが感じていた。


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