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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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番外編 荷運び船頭・ラヴィは見た 1

 荷運びの仕事を始めて、もう2年になる。まだまだ青いって言われるけど、河を渡るのも世の中渡るのも大変だってのは知ってる。騙す奴、誤魔化す奴、平気で足を引っ張ってのし上がろうって奴、色々いるけど何とかやってきた。まして、聖都エリドゥで一等に荒っぽい仕事だ。大抵の事には驚かなくなった。でも、今日ほど驚く事が連続で起こる日はないだろうな。

 まず、ダショー様に会った。会ってしまった。

 幼馴染のテン兄が連れてきたヒョロリとした男。居合わせた熊みたいにデカい医僧様が「干からびた瓜」と言った時、思わず吹き出しそうになったよ。あれは言い当てて絶妙な言葉だった。なのに、その医僧様の師匠のじいちゃんが地面に伏せて拝みだして泣き出したんだから、訳わからなかった。信じられなかった。けど、まぁ、医僧様の師匠が言うのならそうなんだろう。納得いかないけど。

 だってさ、ダショー様ってのは、深淵の神殿に飾られてるデッカイ像みたいなの想像してたし。筋肉隆々で力強い体に、意思の強そうな青い瞳。男から見ても男前なカンジ。それが、「干からびた瓜」なんだから。でもこれ以上疑問に思うとテン兄が怒ると思うからやめとく。

そう、テン兄はそのダショー様に従っている。目の前を速足で歩く背中を見ながら、疑問は胸にしまっておく。

 っていうか、テン兄は何処へ行くのだろう。

 船で市場辺りまで戻ってきてから、迷うことなく卸問屋が並ぶ屋敷街を歩き回っている。

 明日は冬至の大祭だ。どこの家の下人も忙しそうに掃除や供物の準備で人通りがある。こんな屋敷街は、本来入らないだろう貧乏人相手の行商人も、今日は野菜を売る代わりに供物の飾りや鳥を肩掛けの荷にして歩いて誰も気に留めていない。

 

 「よし。ここにしよう」


 笑顔で振り返ったテン兄は、裏通りへと足を進める。

 何かを決めたらしい足取りにつられるように、オレも背中を追っかける。昔、こうやってテン兄の背中を追っかけて遊んでもらったなぁ。


 「お前、行商人はやったことあるか? 」

 「子供の時分は瓜とか貝とか売ってたけど」

 「よし」


 何が「よし」か分からない。

 屋敷を取り囲む日干し煉瓦の壁の前で、すれ違った行商人を呼び止める。生きた朝鳴き鳥を何羽も詰めた籠を下げた男は、威勢よく返事をして籠の鳥をよく見せようと肩かつぎ棒を下ろそうとした。

 

 「いや、そこの屋敷なんだ。ちょいと一緒に来てくれ」

 「へぇ。お屋敷の方でしたか。どのくらいの要り様で」

 「そうだな。旦那様にもお伺いをしないといけないから。そこまで来てくれまいか」

 「お安い御用でさぁ。ウチの朝鳴き鳥は元気な奴ばっかですからね。明日の朝はけたたましい程鳴きますから、大層なご利益間違いなしっす」

 「それはいい。旦那様もお喜びになる」


 テン兄、旦那様って誰だ。その言葉遣いは、お屋敷の家人みたいじゃないか。

 そんなツッコミを入れようにも、テン兄が目で「黙れ」と無言の圧力をかけてくる。

 きっと大祭で一儲けしようと、近場の農村から出稼ぎに来た男なのだろう。オレと同じような年頃のそいつは、土埃まみれな顔を嬉しそうに綻ばす。

 なぁんか、いい予感しないなぁ。

 テン兄が大嘘ついている事も、見たことない愛想いい笑顔をみせる所も、嫌な予感しかしない。

 耳当りのいい言葉を喋り、その甘い言葉に足取りが軽くなった行商人の後を歩いて裏通りに入った途端だった。

 テン兄が急に振り返り、男がくぐもった声を出してうずくまる。見れば、テン兄の右手は行商人の鳩尾にねじ込まれ、左手は口を覆っている。

 籠の中の鳥たちは飼い主の異変に気付いたのだろうか、狭い籠の中で何度も羽ばたき嘶く。


 「よし。そのまま動くなよ」


 それはオレにかけられた言葉だった。動くなと言われる前に、固まって動けない。

 その間に、素早く男の上着をはぎ取っていく。男はすでに気を失っている。オレの背中を表通りから影にして、テン兄は男の荷を背負い男の肩を支えた。それはまるで、陽にやられた同僚を支えるような姿だ。

 

 「ラヴィ、お前この服を着ろ。ちょっと手伝ってくれるな? 」


 それは優しい言葉で飾った強制だ。汗まみれ土埃まみれの薄汚い他人の服を着ろと、それで何を手伝えと。普段ならオレだって、そんな無茶な言い分は「おととい来やがれ! 」だ。だけど、目の前で易々と人を気絶させる手腕を見せられて逆らえるはずがない。しかもそれは幼馴染の兄さんだし。

 今度はテン兄と籠の影でオレが着替える。あぁ、他人の、しかも見知らぬ男の体臭で吐き気がする。

 着替えたオレの姿に満足げなテン兄は、人の悪い笑みを浮かべている。

 

 「よし。次に行くぞ」

 「よくない! 何かヤバい事するんだろ! 」

 「よく分かったなぁ。ラヴィも大きくなったもんだ」


 言い返しても笑顔で先を歩くテン兄に逆らえるはずもなく、行商人の荷を担ぎ男を引きずるように河沿いの大きな屋敷の裏口付近に入り込む。中庭から続く裏庭には、出荷前の封をした多くの油壷や麻袋が積まれている。微かに風に流される芳香は神殿で好んで焚かれる乳香。神殿へ卸している問屋のようだ。ここ、さっき見ていた屋敷じゃないか。

 そう気づくオレを見て、また笑みを浮かべた。あ、嫌な予感。

 懐から出した一本の紐の端と端を結び輪を作ると、足元の小石を乗せて勢いをつけて投げた。吸い込まれるように、小石は積まれた油壷に当たり、砕ける。

わああ! 何してんだ!

 二発三発と石を素早く投げていく。砕ける壺と、庭先に伏せられていた籠が倒れる。けたたましい鳴き声とともに、十数羽の朝鳴き鳥が庭を駆けまわり飛び跳ねていく。 

 砕けた壺から溢れる油にまみれた供物の朝鳴き鳥が、裏庭から逃げていく。騒ぎを聞きつけたのだろう。屋敷や船着き場の方から幾人もの下人が飛び出して追いかけ始め,他人事なのに思わず同情しちゃう修羅場となる。これ、どーすんだよ。この騒ぎ、やばいじゃんか。

 その修羅場を作り出したテン兄は、オレの背中を押して笑顔で言い放った。


 「さぁ、朝鳴き鳥の行商人の出番だ。今からもうひと騒動起こすから、表で掛け声をあげといで」

 

 裏通りに落ちていた残飯を食べてる野良ネコ二匹、首根っこを掴むと素早く塀の奥へと投げ入れる。

 朝鳴き鳥がさらに盛大に鳴き、下人達の怒号が閑静な屋敷街に響いた。

 ひでぇ。これは悲惨だろ。満足げに騒動を見つめるテン兄の横顔が怖い。怖すぎる!

 テン兄……悪魔の所業!


 

 

 


 

 ラヴィが可愛くなって,ついつい書いてしまいました番外編(汗)。

 次回に続きます。

  

 次の更新は年明けてからの,1月8日 水曜日の予定です。

 今年も遅いなか読んで下さりありがとうございました。

 少々早いですが,happy Xmas! 良いお年を! 

 来年もよろしくお願いします。

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