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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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97 熊男と仙人

 濡れた布を何度も首筋に掛けられ、微かに甘みのある水を口に含ませられ、生暖かい風を扇がれて、ようやく起き上がる。

 素早くその背中に柔らかな植物の束が差し込まれて、俺は至れり尽くせり状態。


 「まだ顔色が優れませんね」

 「大丈夫。少し陽にヤラレタだけだ」 

 「貴方はすぐに大丈夫と口にしますからね。くれぐれも貴方の『大丈夫』を信用するなとは団長達から言い含められてます。具合が悪いなら無理しないでください」

 「……ごめん。こんなに陽の強い所を歩いた事なくって」

 「いえ、謝られても…その」


 もう少し尊大な感じで構わないんですよ、と苦笑いして言われる。そうなんだよな、俺はそういうキャラじゃない。そういうキャラは、アイツだ。

 エアシュティマス、だ。河で強制的に観せられた映像を思い出しかけて、慌てて頭の中から追い出す。

 あの旋律は今はまだ思い出したくない。まだ残虐な自分を思い出したくない。自覚もしたくない。触れたくもない。

 いつかは避けられなくても、今はその時ではないと思いたい。


 「ここは? 」

 「目的地のようですねぇ。多分」

 「テン兄やばいって。ここ危ないって」

 「だからお前は早く帰れと言っただろう」


 ラヴィがテンジンの背に隠れるようにしつつも、俺を見て「何だか面白い事がありそうだしさ」と人懐っこい笑顔を見せる。

 まるで年の離れた兄弟のような様子に、彼が平和な日々を過ごしている事を知る。まぁ、日が暮れれば帰るだろうと思いつつ。

 ラヴィがいるからか曖昧なテンジンの返答に、彼が示す方向を見て、絶句。硬直した。

 ほの暗い小屋の中で輝く金髪のヨハンが何やらすり鉢で何かを摺っている。その小鉢を甲斐甲斐しく支え持つ大猿。天使に跪く熊。いや、雪男? あれは人間か? 

 見開いた目が暗さに慣れていくと、大猿か熊かと思われたヨハンの向いに座る影の正体が少しずつ分かってきた。

 それでも、自分の中で出した答えに自信が持てずに、ただ見つめる。

 やがてヨハンが何やら摺る作業を終わらして、天使のような満面の笑みで振り返った。


 「気づかれたようですね。よかった。さっそく薬を調合しました。少しで良いのでお飲みになってください」

 「あ、うん、いや、その、彼? 彼はその」


 思わず熊とか大猿の風貌の人物を疑問符をつけて、その上で指差してしまう。自分の行儀悪さと粗忽さにあたふたしながら目がテンジンに助けを求めようと泳ぐ。まだ重たい体を思わず後ろへと後退させてしまう。


 「紹介します。彼が私と医僧をしていた薬師のサイイドです。共に深淵の慈恵院で医術を施していた仲間です。今は深淵を出て周辺の貧しい人々を診ているそうです」

 「……」

 

 肯定の意味なのか、黙ったまま器を差し出される。彼の手の中から押し付けられるように強引に渡されて、その器が丼の大きさだと気づく。男の俺がそう感じるのだから、サイイドというこの男はプロレスラーとか、相撲取りとかの大きさなのかもしれない。もしゃもしゃのヒゲ面に、鋭い眼光を放つ大きな目。手に猟銃を構えた雪深い山荘の主人のような風体だ。


 「急に押しかけてすまない。サイイド、こちらは」

 「ヨハン、まだだ」

 

 テンジンの鋭い指摘に、ヨハンが少し苛立つように口を堅く結ぶ。俺の事を深く紹介しないように指摘した事が、信用されていないと思ったのかもしれない。

 俺が小さく「後で、落ち着いたら」と付け加えると、ため息が二つ零れた。

 ヨハンからは残念そうな、テンジンからは苦笑いのような。


 「えぇっと、後李の虹珠採掘場で囚われている所を助けてもらった命の恩人達。こちら……」

 「ハルキと言います。いきなり押しかけてすまない」

 「テンジンだ」

 「オレはラヴィ。中州へ荷運びしてる船乗り。で、これはどういう状況? 」

 

 テンジンが額を押さえて唸った。どういう状況か聞かれても答えられない。

 とにかく様付けで名前を紹介されないように、先に自己紹介をして友好的に笑顔をつくる。ここは穏やかに事を進めたい。

 それなのに俺の本心を射抜くような鋭い視線が、暗がりの向こうから突き刺さる。どこかヨモギのニオイがする蒸し暑い室内に、悪寒すら走る。サイイドと名乗るこの熊男から発するこの気迫は何だろう。


 「採掘場が襲われたって聞いたのは、ここ2日ほど前の話だ」


 ヒゲの奥から驚くほど低く心地よく響く声が発せられた。


 「後李の採掘場なら、ここからどんなに腕のいい風使いを雇っても船で一か月はかかる。それに、テンジンとか言ったそいつは軍人だろう。ハルキとかいうのは、よく分からんが妙な訛りがあるし」

 「サイイド失礼だろ! 何を根拠にそんな事を! この人達は本当に」

 「テンジンといったな。そいつの左肩が僅かに上がっている。刀を持っているが、いつももう少し重い物を腰に差しているのだろう。歩き方に無駄な動きがないし、視界に出入り口が常にあるように動いている。そんな奴ぁ軍人ぐらいだ」

 

 素晴らしい観察眼、と称賛すべきか。

 僅かな動作だけで、ここまで見抜かれている。サイイドという、この彼も軍人だったんだろうか。立派な体格な彼だから、武道の経験もあるのかもしれない。


 「テ、テン兄ぃは軍人じゃなくて軽業師だぞ。そうだよな、な? テン兄? 」


 ラヴィの狼狽えた声に、誰も返事をしない。

 テンジンは静かに、右手を左腰に下げた刀の柄に置いている。

 彼を早く帰らすべきだったと、今思っても遅い。

 

 「それに、そいつもお前も、このハルキってぇ奴を中心に動いている。雇い主か? いや……後李の訛りでもないし、深淵言葉でもないし、しいていえばクマリの訛りか。しかし、クマリの大連で主だった血筋の者はほとんど戦死したと聞くしなぁ。南方のマリは頭髪を剃る風習があると聞いたが、そのような髷が結えない頭は聞いたことない。そのような卑しい身なりで」

 「髷が結えないとか言うなよ。お前失礼だぞ」

 「それとも、身分がばれないように髷を切った王族なのか? 干からびた瓜みたいな貧弱なコイツが? 」

 「言葉が過ぎるぞ貴様! 」

 「え? この兄ちゃん、そんなに偉い人なのか? 」

 「き、君はもう黙ってて……頼むから黙ってて……」

 

 緊迫するテンジンとサイイド。一人だけ状況が飲み込めないラヴィと涙目で黙らせようと懇願するヨハン。

 なんてカオスな現場だろう。

 干からびた瓜と形容された俺は、唸るしかない。現状を変えるのは俺しかいないけど、どうすりゃいいんだ。


 「喧しいわ」

 

 一触即発な空気お構いなく、唐突に壁の向こうから小さな人影が入ってきた。暗がりで見えないが、ゴザで仕切った向こうの部屋に人がいたらしい。

 テンジンもその事に気づいてなかったのだろう。素早く刀に手をかけて、俺の前に滑り込む。

 が、そんな素早い動きに動じずに小さな人影は迷わずに一段高くなった板場へと上り込んでいく。

 薄暗い中、まるで闇の中でも目が見えているように振る舞う様子に気づく。

 あぁ、この人は精霊の光を見ているんだと。だからモノがある場所も人の様子も判るのだろう。


 「ここは療院じゃ。元気な奴は外に行け、外に」

 「リュウ大師、リュウ大師ですね! お元気でなによりです!」

 「おぅ、ヨハンか。なんじゃお前。雲水なる言うて飛び出したが、結局食えんで都に戻ってきたんか」

 「よかった! 大師がいるなら安心だ! 」


 ヨハンの声に、リュウ大師と呼ばれた人影の雰囲気が一気に柔らかくなった。知り合いなのか。

 暗がりの中ヨハンが傍に寄り添い、こちらに手招きをするのが判る。


 「大丈夫です。僕の師範だから。ぜひ紹介したい方がいるのです。サイイドもほら、怪しい人じゃないから大丈夫だってば。テンジン、もうばれるから隠さないでいいよ」

 「……そのようだな。ラヴィ、今から聞くことは他言無用だ。オヤジさん達にもな」

 「テ、テン兄? 」

 

 状況について来れないラヴィが少しかわいそうになって、そっと肩に手をやる。 

 まだ高校生ぐらいな彼だが、何とかついてこれるだろうか。

 


 


 

 少し,私事でゴタゴタしてます。

 一か月ほど様子を見させてください。いつも読んで下さっている方に申し訳ありませんが……次回は12月4日 水曜日に更新予定とさせていただきます。

 

 勝手をして,ごめんなさい。

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