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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 83 サナギから

 恐ろしいほどの青い瞳。天頂の藍色のように、深い青。

 今まで俺の目を直視しなかった人々の気持ちが、少し分かった。

 これは恐怖だ。全てを曝け出される恐怖だ。


 「ミンツゥ、今度は置いてかないでって言ったよね」

 「そう、だね」

 「じゃあ、なんでまた置いて行ったの」

 「いや、その」

 「ハルキ」


 枕元に座るミンツゥが、とてつもなく大きく見える。

 普段は抱きかかえられるぐらいに小さく幼い子なのに、怒りの気迫で大きく感じる。

 シンハは尻尾を丸めて俺の横に張り付いて息を潜めているぐらいだ。

 手触りのよいその体を撫で、『よいしょ』と日本語で呟いて起き上がる。

 微かに聞こえる波の音と、柔らかな感触の床が揺れていない事で、浜辺に簡易テントを作ってくれたと分かる。

 上半身を起き上がらせて、大きく息を吐く。

 懐かしい夢を見ていたせいか、随分と心が不安定だ。深呼吸して落ち着かないと、不意に涙が出そうな自分に気づく。

 久々に、両親の夢を見た。そして、顔も知らないクマリの母親の感触の夢。そして解った事。哀しいほどに残酷な事実。

 意識して、笑顔をつくる。

 そうしないと、現実に戻れない気が何故かした。

 

 「あぁ、傷を治してくれたんだ。ミンツゥが? 」

 「……血を止めたのはサンギおばさん。中を癒したのはミンツゥ」

 「そっか。ありがとう」

 「そう、そうじゃなくてっ。ミンツゥは怒ってるの! 」

 「はいはい」

 「ハルキ! 」


 二の腕の内側を船上でパックリ切られたのに、白いミミズ腫れのような線が描かれているだけで治っている。

 指でなぞってから笑いかけると、大きな青い瞳を背けて頬を膨らました。

 日に焼けた肌が、見る間に赤く染まっていく。

 ヨハンとテンジンを追いかける為に、船から飛び出していったのが気に入らないらしい。

 確かに虹珠採掘場の時に一人で飛び出した時にも、禄山を巻き込んで追いかけてきた事があった。

 よほど、置いて行かれるのが嫌なのか。

 

 「ミンツゥは、役に立たないの? 」

 「何でそんな事言うんだい」

 「だって、だって、いつもハルキは置いてく。置いてけぼりだもん」

 

 頬を膨らまし、唇を突き出して、泣きそうな顔をして天幕をにらむ。

 淡い光に照らされた顔が、初めて会ったときよりほっそりとしている事に気づく。

 涙を堪える目尻が、いつの間にか美しい曲線を描いている。

 子供だと思っていたのに、女の子はどうして急に大人びるのだろう。

 

 「ミンツゥが大事だからだよ。怪我してほしくないから」

 「大丈夫だよ。だって、ハルキがいたら治してくれるよ。あの男の人だって、深い傷だったのに治しちゃったんでしょ? テンジンが驚いてたよ。ハルキがいたら、どんな怪我しても大丈夫でしょ」

 「治せても怪我する時は痛いんだよ」

 「平気だもん」

 「すごく痛いんだよ」

 「平気だも、ん」


 栗色の髪をなでると、俯いた。真っ赤な首元に微笑む。

 こんなに意地にならなくても、いいのにな。


 「ミンツゥが安全だから、無事だから頑張れるんだ。だから、無茶を言わないでくれ」

 

 きっと子供を持つと、こんな気持ちになるのかな。

 同じ星を唄を唄う、自分より幼い子供。だから、俺の苦しみも痛みも与えたくない。自分の過去世で犯した罪を、全て消去してからキミの時代へ行きたいんだ。

 それを、何時伝えようか。

 出来れば全てが終わってから伝えたい。深淵の神殿との決着をつけてから。


 「ミンツゥ、わかるかい」

 「わかんない! ハルキの馬鹿! 」


 弾かれたように、天幕を突き破るような勢いで立ち上がって出ていく。

 「馬鹿」とまで言われたショックで、俺は口をあけたまま見送る。

 何で怒ったんだろう。

 

 「馬鹿だってさ。ハルルン馬鹿だってさ」

 「うるさい」

 「あぁ、あの子はまったく。起きたようだね」


 調子にのるシンハの頭を殴ろうと拳を挙げたところで、サンギが天幕を持ち上げて顔を覗かせる。

 外から湿気た潮風が流れこみ、「ミンツゥんとこ行く」とシンハが素早く走りて行く。

 上手いこと逃げられた。


 「何か飲み物を用意させよう。あと、どうだい。腹は減ったかい」

 「あぁ……そっか」


 サンギに言われて、急に空腹に気づく。

 ぽかんとしたまま頷く俺を見て、苦笑いをして「とりあえず早めに頼むよ」と天幕の外に声をかけて入ってくる。

 慌てて座りなおそうとすると、片手で止められる。


 「まだ体がつらいだろう。寝てて構わないよ」

 「寝すぎました。夢まで見てぐっすり休みましたから大丈夫」

 「そりゃ結構」


 口の端を持ち上げてニヤリと笑うと、「ヨハンとかいう奴も寝てる」と簡潔に教えてくれる。

 ただ、忌々しいのか特大の鼻息を吐き出す。

 その様子なら、なんとか怪我も治って休んでいるのだろう。

 掛けていた毛布を畳みながらテンジンの事も聞くと、「呼んである」と頷いた。


 「あと双子も。ヨハンとかいう奴について知っているようだからね」

 「まだ聞いてないんですか」

 「それどころじゃなかったんだよ。とりあえず、そこの天幕の端っこから外を覗いてごらん」

 

 胡坐をかいて座り、特大のあくびを繰り返すサンギに言われ、足元の天幕をそっと持ち上げる。支柱の下で、少しだけ地面に敷かれた毛布との間に隙間があった。

 這いつくばって覗き、固まる。

 

 「何かあったんですか」

 「本気でわかんないのかい」

 「まさか昨日ので怪我した人がいるんですか」

 「あぁ……ミンツゥの言う通りにあんた馬鹿だねこりゃ」


 サンギの言葉に思わず振り返る。

 ミンツゥと同じ抑揚で「馬鹿」と言われてしまった。


 「彼らは元クマリの民だよ。その彼らの前に、いきなりダショーが来たんだよ。びっくりするだろうさ。驚くだろうさ。それに採掘場の事がかなりの噂になったようだね。周辺の島や船乗りで潜んでいた元クマリの民が凄い勢いで集まってきてる。どうしようかねぇ」

 「これ、どう見ても五百人はいますよ。もう、いっそのことクマリを彼らで立ち上げられるんじゃあ……」

 「旗頭がいないじゃないか。今までは姫宮様が心の支えとなっていたが、今や深淵の囚われ人だ。そういうところにダショー様が現れたんだ。そりゃあ、こんだけ集まっちまうさねぇ。あんた、どうするんだい」


 サンギの言葉に促されるようにもう一度、天幕の影から覗いてみる。

 街中の一学校の全生徒数ぐらいの老若男女が浜辺にいる。俺のいる天幕の周りから一定の距離を置き、座り、何やら拝んでいる爺ちゃん婆ちゃんまでいる。

 ちょっと待て。俺は何かの教祖か。この這いつくばって天幕の外を覗き見してる男がか。

 俺は、確かにダショーで。ダショーってのは、深淵の大神官だった。クマリを魂の故郷とした、世界中の精霊と意思を交わす存在だった。

 精霊が存在して、それが信仰になっている世界に住んでいる彼らにとって、俺は教祖みたいに見えるのかもしれない。

 そう。彼らの心の支えの姫宮が、ミルが囚われた状況。

 彼らはミルを求めている。そして俺も。

 採掘場を解放した夜にみた夢を思い出す。

 水野、お前の出したヒントで出来るかもしれない。ミルを待ち望む人達となら、あの計画を実行できるかもしれない。


 「サンギ、ひょっとしたら」

 「これが本当にダショーかと思うと複雑なのは吾だけか」

 「あ」


 唐突な乱入者。懐かしい声に振り返ると高そうな黒の着物を纏った男が、尻上げて這いつくばって天幕の外を覗き見してる俺を見下ろしている。

 黒雲が端正な顔を思いっきり歪めて大きなため息をついた。

 あぁ……星の核まで穴掘って隠れたい。

 




 支柱を増やし幕を増やし、小さな天幕が増設された。

 俺が寝ていた小さな天幕は黒雲が来たら教室並の広さに増設された。

 ささやかだが、丁寧に作られた粥や惣菜、最後には果物も香り良いお茶まで出てくる。

 これ、何もない浜辺で用意するのは大変だっただろうな。

 そう思いながら空っぽの腹に流し込んでいく。黒雲はそんな俺に含み聞かせるように説教を続けている。

 「そなたには風格がない」「大体、いくら何でもダショーが料理をするのは考えられぬ」「世間ではダショーが現れたと大騒ぎになっているのに本人がこれでは有難みがなさすぎる」とか。

 高価であろう茶を洗練された所作で当たり前のように飲む。そんな黒雲の様子をぼんやりと眺めていた。

 昨晩の黒雲からの手紙は、俺がダショーと名乗った事に対する寿だったらしく。「近々そちらへ挨拶に行く」と書かれていただけらしい。

 ご丁寧な。

 

 「聞いておるのか。さっきから何処を見ておる」

 「あぁ、うん。ダショーとしての風格がないんだろ」

 「分かっているではないか」

 「しょうがないよ。まだ思い出してない記憶もあるし、俺が育った世界には身分なんか表だってなかったし」

 「身分が表立ってない? 」

 「王様はいたけど、政治的な力もないし王様がいない国のほうが多かったし。俺は普通に教師してただけだし。ごちそう様でした」


 パチンと両手を合わせると、少し離れたところにいたサンギが立ち上がる。


 「食事も終わったようだから、皆を呼んでいいかい」

 「あぁ、待たせて済まぬな。ところで、身分がないとはどういう事だ。政治的な力もないとはどういう事だ」


 黒雲にはそちらの方が衝撃だったようだ。

 自分と黒雲の食べた食器を重ねながら、俺は苦笑いをする。

 俺にすれば、自分の食べたものを片付けない黒雲の感覚の方が不思議だ。


 「王もいない、政治的な力もない王しかいない世界で、どう世の中を動かしていくのだ? 」

 「民主主義。国民が代表者を出して多数決で政治をしていくんだよ」

 「多数決と?! 」

 「その話は追々していくから、少し手伝え」

 「後は私が」


 途端、横から禄山の手が伸びて食器の山を下げていく。

 いつもながら、影のように寄り添う禄山の献身ぶりに感心してしまう。


 「しかし、多数決では少数者の意見が消されてしまうであろう。それに世論が間違う事もあろうし」

 「それは後で説明するから。それより、お願いしたいことがあるんだ」

 「おう。ダショー様の願いとは興味深い。何なりと所望せよ」


 ダショー様と呼びながら、この態度のでかさは何なんだ。

 思わず笑顔になってしまう。

 そのまま、俺は口を開ける。

 

 「死んだ母親の墓参りをしたいんだ。黒雲なら場所を知っているだろう? 後李帝国の将軍なら」

 

 




  


 



 

 

 

 夏休みがやってきます。

 すみません。ここで一旦、中断。次回は9月4日 水曜日に更新予定です。

 詳しくは今週中に活動報告で書いときますね。

 毎度こんなんですみません……。

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