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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 78 大人の小技

 

  

 「おかわり! 」

 「オレも! 」

 「あたしも何か食べたい」

 「「これはオレ達の」」


 遠慮ない言葉に、ミンツゥが振り返る。青い瞳は見る間に潤んで零れそうだ。

 苦笑しながら立ち上がり、芋と包丁を手に取る。


 「夕飯食えなくなるから揚げ芋だけだぞ」

 「うん! 」

 「モルカンもシャムカンも、いい加減にしないと夕飯食えなくなるぞ」

 

 手早く包丁を動かしながら竈の火を強めると、同じ声で分割して喋りだす。


 「お気使い無用」

 「今までの分、食べて取り返してるだけだよ」

 「さっきの昼飯は一昨日の晩飯分」 

 「今のは昨日の朝飯分」

 

 成長期の男子の食欲は異世界も共通なのか。

 汗をかきながら塩焼きの魚を頭から食べ、米をかき込み、煮物を流し込んでいく。

 仕上げに蒸かした芋と揚げた芋を出すも、見る間に芋の山が彼らの体内へ消えていく。

 採掘場の騒動から、ようやく回復してきた双子のモルカンとシャムカン。

 彼らの要望で食堂の片隅で炊飯を。

 絶食をしていたシャムカンも、島で重労働させられてボロボロな状態で保護されたモルカンも、ようやく食事内容が同じになった。

 お見舞いに行ったら迷いなく「ハルキの飯が食いたい」と嬉しい事を言われたので、つい頑張ってご馳走を作りたくなってしまう。

 早く火が通るように芋を薄切りにして水を切りつつ、鍋の油の温度を慎重に見る。

 さて。上手くいけばポテトチップスが出来るはずだ。


 「オイラも食べたいなぁ」

 「シンハは食わなくても大丈夫なんだろ」

 「嗜好品だよ。ハルルンの唄と一緒だよ。あぁ。そういや久しく聴いてないなぁ」


 フサフサの毛がオレの足元で行き来する。


 「ボレボレの唄。唄ってくれよぉ」

 「はぁ? 」

 「こないだちゃんと働いただろ? 採掘場で。だからご褒美おくれよ」


 甘えるように、ライオン並みの巨体を足に摺り寄せてくる。

 この厳つい体で「ボレボレの唄」と言うのには違和感がありすぎだ。

 頭に巻いた手ぬぐいを縛りなおし、首と肩のコリをほぐしながら溜息。


 「判った判った。褒美でも何でもやるから離れてな。油が爆ぜるぞ」

 「やった! 約束だからな! 」

 「いいなぁ。ミンツゥもご褒美! 」

 「じゃあオレ達も」

 「おいこら」


 配膳台の向こうで血色の良くなった双子の顔に笑いかけ、頷く。


 「そういや、クマリへ上陸する人達も演奏の準備するって言ってたな」

 「あぁ、祈願祭の事? クマリ再興を祈る」

 「明後日の晩だろ」


 双子の言葉に頷いて、もう一度菜箸で温度を確かめる。

 気泡がまだ出ない。適温になれば、気泡が浮き上がるはずだ。

 菜箸を傍らに置き、溜息をつく。

 深淵からの間者が誰か探る為に、クマリの地へ留まりたい人々を上陸させた。その彼らは再興への第一歩として祈願祭をするらしい。

 その日食べる物も、雨露をしのぐのもやっとだろうに。

 荒涼とした陸地に、テントが幾つも建てられて焚き火がいくつか見える程度だというのに。


 「クマリの祭はどんな感じなんだろうな。俺の記憶にはないんだよ」

 「ないの? ハルキはダショーなのに? 」

 「深淵の星祭は覚えてるけどね」


 視線を三人に合わせられなくて、鍋の油にうずめる。

 記憶に間違いがなければ、深淵での星祭は夏至に行われる祭りだ。

 空間を乳香で埋め、大地に花弁を散らし、時間を祭文と唄の朗読で満たす。

 本来なら星の旋律の共鳴を唄う祭りだったのに、いつからだろう。

 人間が中心と勘違いした自己満足満点な、派手さだけ目立つ空っぽの祭典になってしまっていた。

 そして祭りの中心に引っぱられるダショーが唄を唄わされる。唄いたくないのに、人質となった家族の為に唄う。

 胸が押しつぶされる感覚が蘇る。


 「クマリでの祭りは、出来たら前回の大霊祭ぶりだろ? 共生者の人達、すんごく張り切ってるみたいだよ」

 「お陰様でクマリの地に還る事が出来たから」

 「ダショー様に聞いていただくんだってさ」

 「……ひょっとして、俺の事か? 」

 「「ハルキ以外にいるのかよ」」


 双子の言葉に、顔をあげた。

 まだミンツゥの件は双子には内緒だから、そう。ダショーは俺一人だ。


 「ハルキは唄うのか? 」

 「サンギに聞いてみるよ」

 「いや、そうじゃなくって」

 「ハルキは唄いたいのか? 」

 

 モルカンとシャムカンの真っ直ぐな視線に、思わず微笑む。

 彼らは強くなった。

 俺は弱く迷っているまま。

 突き刺さる視線を流し、菜箸を手に取る。

 

 「オレ達は参加予定だよ」

 「久々にクマリの土地に立つんだ」

 「だから、ハルキに唄って欲しいんだよ。祝福をしてほしいんだ」

 「「ダメかな」」


 クマリ人である双子の率直な言葉に、思わず顔を背けた。

 なんて目で人を見るんだろう。染み付いた黒い闇を、目の前にさらけ出されたような痛みが走る。

 気づいたら口が、その場しのぎを流している。

 重みのない言葉で空間を埋める。少しでも距離をとる。

 大人になって覚えた術は、何て軽いんだろう。


 「様子見だ。まだ俺の顔とかバラしたくない。ダショーがどういう人物か、漠然なままで人の噂にしたいんだ」

 「噂なら、もう立ってるけどね」

 

 先の言葉が恐ろしく、とりあえず一枚の芋を入れた。

 勢いよく弾ける油の音に、溜息は消された。


 「ご尊顔を拝みたいって奴多いんだよ。琥珀号に乗った奴が瑠璃号に向かって礼拝してるとか」


 やめてくれ。


 「陸地に大分あげたけど、ここの瑠璃号に乗り込もうって駄々を捏ねてた奴もいるらしいし」 

 「そういや、あの変人もいた」

 「あぁ、ダショーの部屋に突進したっていう奴」

 

 シャムカンとモルカンの続きの言葉から離れたくて、芋を次々と油に入れていく。

 爆ぜる油が双子の会話をかき消していく。 

 こないだ起きたばかりの俺にタックルを食らわし、足の裏に口を押し付けた天使の容貌の変態を思い出してしまう。双子の会話に出てきた奴は、おそらく変態な彼なのだろう。

 

 「ねぇねぇ! 一度会ってあげたら?! 」

 「アイツ、すんげーよ」

 「採掘場でも信心深くてさぁ。共生者としてもすんげー強いよ」

 「モル兄ぃ、知り合い? 」

 「おう。初日に怪我したんだけど、アイツ治してくれたんだよ」

 「恩人じゃん」

 「そうなんだよ。少しアブナイ奴だけど、いい奴だよ」


 反り返り浮かんできた芋をすくい上げながら、音の向こうの会話に耳をすませて溜息。

 双子にとっては恩人でも、俺にとっては変態以外に何者でもない。

 おぞましい感触を思い出して、足の裏を床にこすりつけた。

 あぁ、悪寒がする。 


 「大丈夫だよ。ヨハンなら船から強引に降ろされてたよ」

 「すんげー抵抗してたけど」

 「ダショー様ぁあああ!、って」

 「それはよかったよ」


 双子の名演技に、心の底から安堵する。

 少なくとも、この船にいる間は俺の平安は約束されたも同然だ。


 「まぁ、ともかく。一人に会ったら、全員に会わなきゃいけなくなるだろ。今は何処に間者がいるか判らないし、ダショーが誰かは伏せておきたいんだ。ミンツゥも仮面を取ったり唄を軽く唄わないように……なと。ほら、出来たぞ」


 ザルに山のように乗せた即席ポテトチップスに塩を振って机に出すと、三本の手が押し寄せる。

 雪崩のように崩れていくポテトの山へダイビングジャンプしかけたシンハを押さえ、片手一杯に掴んだポテトを差し出す。

 

 「うまい! これ何て料理?! 」 

 「『ポテトチップ』。お菓子だよ」

 「これも異世界の料理なんだねっ」

 「おれ、異世界行ってみたいなぁ。どーなつ、とかあるんだろ? 」

 「あと、ふれんちとーすと」 

 「ハルキ、おかわりくれ! 」


 音を立てて、ポテトの山が消えていく。

 その速さにポテトチップの魔力を確信。美味いもんは異世界にも通用するらしい。

 シンハにおかわりを取ってやりながら、自分も一枚と手を伸ばした。


 「ねぇ、ハルキ。皆にも作ってあげて! 」

 「そうだな。でもサンギ達に相談するよ。厨房の仕事を続けたいんだけど、禁止令が出てるから」

 「えぇ?! 」

 「そりゃあダショー様が飯当番ってありえないよ」

 「ご飯美味しいのに」 

 「ありえないな」


 交互に納得する言葉を発する双子と反対に、ミンツゥは仮面の下の頬を膨らませた。

 砕けたポテトの欠片を器用に摘みながら、不満げな顔を隠さない。


 「ダショー様だよ? 」

 「深淵の底で世界の平安を祈ってたはずのダショー様がさ」

 「厨房で飯作ってるとか」

 「ありえない」

 「許されない」

 「あの変人が知ったら卒倒するよ」

 「するね絶対」


 胸を張り指先についた塩まで舐めながら語る双子に、ただ溜息をこぼす。

 みんな俺をダショーらしからぬ、という。

 俺が深淵に閉じ込められていた間、どんな想像をされていたのだろう。

 世界を救う救世主や、絶対的な聖者と思い込んでいるのか。

 そうなら、俺は随分と失望させているのかもしれない。

 この世界での責任から逃げる臆病な弱虫だ。少しでも変ろうとしているけど、聖者にはなれない。

 何よりも。

 モルカンもシャムカンも、サンギだって、俺の内面に巣くう闇を知ったらどう思うだろう。

 殺したいほど人を憎んだ。憎んでいる。そして、殺そうとした。俺は、何ひとつ聖なる要素は持っていない。

 ただ星の旋律に耳を澄ましているだけ。俺は何度も転んで転んでもがいて生きているのに。


 「ハルルン? おかわりくれよ」

 「あ、あぁ」


 シンハの催促に、残り僅かなポテトを一つまみ差し出して苦笑する。


 「俺はそんなにキレイな手をしてないんだけどな」

 「え! 腹壊したらどーすんだよっ。汚ぇなっ」


 勘違いしたシンハが文句を言いながらも、俺の指先についた塩まで舐める。

 温かくも粗い感触の舌を感じながら、その指先を見る。

 望まれるような聖者にはなれない。俺はこの世界を壊したいのだから。

 それでもミルを取り戻すために、俺は聖者のふりをすべきか。

 

 「ダショー様には、なれないなぁ」


 

 

 


 

 


 

 

 


 

 すみません! 完全に更新日を忘れてました!

 自分で「9日」って言っておいて更新忘れるなんて申し訳ない!

 

 次回は23日水曜日で今から予約入れときます(汗)

 

 ごめんなさい!

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