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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 69 恋する女は無敵になるの

 船室中の視線に串刺しにされた。

 ダショーという単語を出しただけで、この注目度の高さ。

 ここで俺自身がダショーと言ってもいいけど、信じてもらえるだろうか。いや、無理だな。

 一瞬でそれは悟る。

 「『ダショー』なら出来る、とはどういう事だ! 」

 「『ダショー』を、『ダショー』様を知っているのか?!  」

 「そういえば、先の天鼓の泉での戦場にいたとか……」

 「それでは本当に『ダショー』様はいるのか。異界渡りをされた『ダショーの魂』が還っていると」

 「しかしミンツゥ様は『ダショー』であろう? ダショー・ハルンツの魂を持っていらっしゃるのだろう? 」

 「ミンツゥ様はやはり『ダショー』でないという事か? 」


 様々な憶測が小声で飛び交う。

 ミンツゥが『ダショー』と信じていながら、迷っているのか。

 このまま信じさせていいのか。いや、きちんと言ったほうがいいのか。

 迷いながら言葉を続ける。


 「『ダショー』は、『ダショー』はいるんだ」


 俺の言葉に、船室の喧騒が静まり返る。

 

 「お前、何を言っている。『ダショー』の御魂はミンツゥ様だ! 」

 「初代からの記憶を持つのはただ一人だ! ミンツゥ様をおいていない! 」

 「何と失礼な! 」

 

 沈黙から飛び出した声に、男達が殺気立っていく。

 体の芯が震えるのに気づき、深く深く息を吐く。

 しっかりしろ自分。この重責を担うのはミンツゥでは重過ぎる。


 「ミンツゥ様こそ、初代から続く血統と魂を持ち続ける唯一無二の存在だ! 」

 「異界渡りをして還ってきたんだ。信じてくれなくてもいい。ただ、俺が」

 「ハルキ! 違う! 」

 「ミンツゥお待ち! 」


 ミンツゥが俺と男達の間に入り、それをサンギが留める。

 限界まで張り詰めた船室の中で、ミンツゥは一歩前へ進んだ。

 俺の胸ほどの背丈の子どもが、激高する大人へ向かい立ちはだかる。


 「あたしが『ダショー』なのは変らない。でも、子どもの身では限界がある」


 凛と、響き渡る声。

 人の上にたち指示する威厳をもった声。

 目の前の少女は、いつから強くなったんだろう。


 「ハルキはクマリの姫宮様から、一つ秘法を授かった。きっとそれなら、あたしの手伝いを充分に出来るはずです」

 「秘法、と? 」

 「秘法。だからあたしの手伝いが出来るはず。そうでしょう? 」


 振り返ったミンツゥの目が、俺に縋りついてくる。威厳が消え去り、頷いてくれと訴えかけてくる。

 どうなっているんだ。

 足元のシンハはわかるのだろう。尻尾を何度も上げ下ろししている。

 ミンツゥは、こんなの嘘を何でつくんだ。『ダショー』が俺なのは知っているのに。

 手伝いも秘法もなにも、あったもんじゃない。

 俺が『ダショー』だ。だから、俺が表に立たなければいけないのに。

 それなのに、目の前のミンツゥに圧倒されたまま動けない。


 「クマリの姫宮様から、一つの秘法を授かった。それがあるから、昨日の暴走も収められた。ハルキはそう言いました」

 「本当なのか?! ならば、その秘法なる技を教えよ! そうすれば我ら素破にも」

 「秘法を教えたところで、貴方達があたしの助けにはならない」

 「なんと! それは我ら素破と隠遁への侮辱か!」

 「あたしの手伝いはハルキしか出来ません!」


 生唾を飲み込む。

 ミンツゥが別人のようだ。

 同い年の子どもに対しても、言い返せなかったのに。

 そのミンツゥが、全身を奮い立たせて大男達相手に俺の前で言い合いをしていのが信じられない。


 「お黙り! 」


 サンギの一喝で、船室の喧騒が静まる。

 いい大人が肩を怒らせて言い合いをしていた事に気づいて、お互いに唇をかんで一歩下がるしかない。


 「とにかく、その秘法とやらを使ってやってみようじゃないか。あんた達も自分達の力だけでは何度も失敗してる相手だ。助力はありがたいんじゃないかい。どうなんだいカムパ」

 「サンギ様の仰るとおりだが……理屈じゃあ、そうなんだが。お前らはいいのか」


 カムパと呼ばれた髭もじゃ雷様は、太い腕を組みながら強い視線をサンギの後に立ったシャムカンとモルカンに向けた。

 厳つい男達が集まる中、シャムカンとモルカンは場違いなヒョロリと優男だ。人のよさそうな顔を綻ばせて、二人は同時に頷いて喋りだす。


 「ハルキの力は助けたおれ達が一番知ってますよ」

 「何の心配もしてません」

 「だから」

 「大丈夫」


 俺に向かい、二人は同じ角度で口の端を持ち上げて笑顔を作った。

 目が細くなる。

 胸が、ぎゅっと痛くなる笑顔。

 なんであんな清清しい笑いをするんだろう。

 双子は何の為にこの会議に呼ばれたのだろう。カムパ達のような突撃隊じゃないはずだ。ミンツゥのような強い力を持っている訳ではない。

 俺を後李で助けてくれた彼らは、地味な偵察中心だと思っていたのに。

 サンギは船室の全員を見渡して頷いた。


 「二人がいいなら作戦を進める事に反対はないね」

 「全ては青き海と空の御心のままに」


 船室の男達が一斉に同じ言葉を唱えて拳で胸を叩いた。

 ミンツゥが俺に微笑む。

 

 「風と水の導くままに」





 また風向きが変った。空の上で風がうねっている。大きな力が蠢いている。

 万華鏡のように変る雲の模様を感じながら、足元で打ち寄せてる波の感触に身を任す。

 まるで全身がアンテナのような感覚。違う。

 深く息を吐いて、目を閉じる。

 そうじゃない。

 空っぽの俺は増幅器。様々な波が入ってくる。それを一つ一つ大きくして判別する。

 風の精霊、水の精霊、大地の精霊、沢山の自然からの気まぐれな喜びや悲しみや苛立ち。

 圧倒的な量の波の狭間に、小さな揺らぎ。

 見つけた。


 「……」

 「……またひとつ」


 繋いだ小さな手が、一瞬強く握られる。

 波打ち際で両手を繋いだミンツゥが、俺の中で掴んだ小さな揺らぎに気づいたのだろう。

 互いに目を瞑ったままだから判るはずもないまま、俺も頷く。

 この揺らぎは精霊じゃない。

 不安と恐怖を感じた人の心の波。

 まるで澱んで黒ずんだ一滴の水。さぁ、この水は何処から来た? 

 注意深く探れ。

 これで何度目かの挑戦。絶対に外せない。

 触るのをためらうほどの澱みに意識を伸ばす。

 苦しむ『貴方』はどこにいるの?


 「……っ! 」


 手の中の小さな手が弾かれる。勢いのまま体が倒れて、全身が何かに包まれる。

 冷たさ。うねる力。全てが意識の感覚ではなく、現実の感覚と気づいて目が覚める。

 体が海へ倒れたんだ!

 苦しい!


 「失敗したなぁ。何度目だよぉ」


 海中から飛び起きた俺に、暢気なシンハの声。

 腹立ち紛れで、砂泥を掴んで投げつける。

 金色の体がヒラリ飛び跳ね、大あくびをした。


 「諦めなよ。こんな大海原から人間の意思を辿るなんざ、狂気の沙汰だぜ」

 「ごめんねハルキ。ミンツゥが気を乱したからだよね」

 「いや、俺も乱れた……痛てて」


 無意識な状態で倒れてしまい、鼻の奥に海水が入ってしまった。

 脳髄を刺すような痛みに顔をしかめつつ、海の中から何とか立ち上がる。

 全身のだるさ。でもそれ以上に無力感が襲い掛かる。


 「もう、いいですよ。おれ達は覚悟出来てましたから」

 「ここで体力を使うな。本番にとっておけ。採掘場を探るのはモルカンに任せろ」


 いつからいたのだろう。

 イルタサとシャムカンが立っていた。

 泣きそうな笑顔を見せるシャムカンから、目を背ける。

 

 「計画通りなら、潜入は始まった頃です。でも、モルカンは落ち着いているようだし。大丈夫ですよ」

 「でも、でもシャム兄ぃ」

 「ミンツゥ、大丈夫だよ。オレ達そんなに軟弱じゃない」


 何時だって分割で喋る双子達。互いの感情は距離も時間も関係なくリアルタイムで繋がっている。

 だからこその作戦。

 双子の片割れを採掘場へ労働者と偽り潜入させる。

 モルカンからの合図を、シャムカンは受け取る。秘密の採掘場を探るために。

 あの合図は俺にはわからない。わかりたくもない。それはきっと、強烈な、魂の叫びなのだから。

 受けるも地獄。送るも地獄。

 いつも一緒だった双子が受けるだろう、想像を絶する苦痛を見たくない。


 「あと、少しなんだ。もう少しで掴めそうなんだ。だから」

 「船出だ。あきらめろ」


 イルタサの宣告に、うな垂れる。

 こんな残酷な作戦しかないのか。

 俺がもっと力があれば、変ったのか。

 何であの時ダショーと、名乗れなかったのか。黙ってしまったのか。

 沖の母船へと、男達が小船に分乗して漕ぎ出す声が聞こえる。女達が見送る声が聞こえる。

 もう、立ち止まれない。戻れない。

 俺はどこまでも臆病者だ。

 

 


 


 


 

 

 次回は年明けです。

 2012年 1月11日 水曜日に更新予定です。

 

 『見下ろす』を呼んで頂き,ありがとうございました。

 今年は特にノロノロで,申し訳ないです。

 来年はもう少し,質も速度も向上出来るよう頑張っていきます。

 

 では,よいお年を。

 来年は,穏やかな年になりますよう。

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