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見下ろすループは青  作者: 木村薫
7/186

 7 癒しの唄と現実と

 最初のみ、傷の描写があります。

 血や怪我が大ッ嫌いな方、お気をつけください。

********************************************

 「映画で見たことあるんだけど、傷口がこんなに腫れて変色してるって事は、毒なのかな」

 「そう、みたいだな」

 「みたいだなって、何認めてんの! 今のご時世、どうやったらこんな怪我して毒でヤラれるのよ! 彼女、何なの? まさか昨日の騒動に関係してるの? そういえば水野くん昨日巻き込まれたって言ってたよね。運良く助かったって。何があったの? ネットの掲示場、炎上してるのがニュースになってたよ。昨日の騒動は警察やマスコミの言うガス爆発じゃないって。噴水広場から化け物や怪獣が飛び出してきたんだって」


 疑問符だらけの由美子さんの言葉に、押し黙る。

 実際にこの目で見てきた俺達には、昨日の騒動がガス爆発ではないのを知っている。ミルが噴水広場から飛び出してくる瞬間を見てしまった。空飛ぶ怪獣も、実在した事も身に染みて知っている。


 「そんな馬鹿な事ないと思うけど、まさか違う世界から来たとか。ゲームみたいに怪獣が闊歩する世界から彼女が来たとか、そんな冗談、ね? 」

 「ほんと、冗談だよな」

 「冗談って言ってよ」


 そっと着物を直して、額に張り付いた艶やかな黒髪を直して汗を拭いてやる。

 彼女は、ミルはどんな理由があってココに来たのだろう。獰猛な空飛ぶ怪獣も連れてやってきた訳とはなんだろう。

 

 「ねぇ。病院、連れていきましょうよ。どんな事情であっても、こんな酷い怪我だもん。とり合えず診察してもらおうよ。その後どうするかは」

 「病院には、連れていけない」


 由美子さんの言葉に返事をしながら、自分に覚悟を言い聞かせる。

 そうだ。昨日の出来事が全て本当なら、彼女を病院に連れて行くなんて出来ない。ミルは、俺と同類だ。あの化け物を光の繭に変える唄は、彼女の唄う最初の音がなかったら出来なかった。ミルは、明らかに化け物を封じ込める為に、唄っていた。俺と同じく音でモノを操る力を持っているのは間違いない。

 戸惑う由美子さんを正面に見て、告白をする。これが現実と自分に覚悟を決めるためにも、はっきりと言う。

 

 「昨日の騒動が掲示板でどう言われてるか知らないけど、ガス爆発じゃなかった。確かに噴水広場から化け物が飛び出した。ミルも一緒にね」

 「関口、喋るのか? バラすのか? 」

 「水野が嫁さんにって惚れた彼女にいなら、大丈夫だろ? ここまで見たら、真実を言ったほうがいい」


 俺は信じてる。水野を信じている。信州で俺が唄った時、お前は俺の全てを受け入れて信じたじゃないか。


 「今度は、俺がお前を信じる番。由美子さん、これから話す事は全部秘密にしてほしい」


 俺が唄う音でモノを動かせる能力がある事。昨日の化け物や怪獣が消えてしまった訳。ミルも同じ能力があるらしい事。

 全てを話し終ると、痛いほどの沈黙が訪れた。

 動揺してパニックになってくれた方がどれだけ気が楽だろう。由美子さんは水野に手を握られたまま、じっとミルを見下ろしている。

 沈黙を埋めるための言葉も浮かばずに、俺はただミルの頬を撫でた。

 汗に濡れ、苦痛に眉をひそめた顔なのに綺麗だと思う。気高く、美しいと思う。

 薄桃色の唇が、わずかに動いて言葉を零す。茶色混じりの青い瞳に見つめられる。

 

 『ダショー・ハル……』


 灰色の雲が流れる夜空。細く輝く月。流れる水。

 固く固く握り合う手。細く長い指を絡ませるように、二度と離れぬように。

 栗色の髪をそっと撫でると、緑の瞳が開かれる。何かを囁いた口元に浮かぶエクボ。愛しい少女。僕の、大切な人。

 ダイジョウブ。ダイジョウブ。ボクガツイテルヨ。

 

 「……っ」


 まただ。脳裏にフラッシュされる見たことのない影像。それだけじゃなく、感じたこともない感情すら浮かびあがってくる。

 こんな記憶、覚えがない。まるで自分の体が自分ではなくなる感覚。

 思わず目を固く閉じる。昨日から変だ。

 元々あったとはいえ、不可思議な力が強くなっている。同時に、覚えのない影像が頭の中に蘇る。何が起こっているんだろう。このありえない状況に関係しているのか。しているとしたら、何の意味がある? 判らないことだらけだ。

 何か異変に気付いたのだろう。ミルが、そっと手を差し出して俺の手を包み込む。


 『……。精霊の加護を願い給う。 月の神シンと大地母神へ願い給う。 我は汝の僕ミル。最後のクマリの巫女 』


 ミルの囁きと同時、眩暈のような感覚と共に再び影像が蘇る。

 震える空気の振動が心地よい。唯一の法則にそって、統べていく。

 そうだ。俺は知っている。憶えている。頭の中に響く音と旋律を知っている。


 「『 その御力の周りを巡る星。雌鹿の小道を歩く者 』……そうだ、そう……」

 「関口、これって、この唄って! 」

 「昔唄ったよな。これ、お前がバイクでこけた時の唄だよ。ようやく歌詞が判った。そっか、そうなんだな」


 今なら、あの唄の意味が判る。あの時は音を口笛で紡ぐだけだった。溢れる旋律を音にするだけで精一杯だった。でも、今は違う。その音が意味する事も、言葉の振動の動きすらわかる。必要な音と、リズムと、言葉の力。三つが生み出す力が、感覚でわかる。

 傍からみたら、おかしくなったと思えたんだろう。水野の慌てる顔に微笑んで頷く。

 

 「やっぱ俺はミルと同じなんだ。この唄はさ、癒しのだよ。免疫を高める響きだ。そうか。この唄、唄わなきゃな」

 「関口、まさか唄うのか」

 「唄わなきゃ、彼女は死ぬ」

 「そりゃ、そうだけど」

 「昨日から変だ。急に力が強くなってる。水野だって感じてるだろ? 俺、知らない言葉で唄いだしてる。風を操ってるし、空飛んだし。見えるんだよ。昨日から訳判んねー映像が頭ん中に出てくるんだよ。俺の知らない俺が、見たこともない場所にいるんだよ。唄を唄ってるんだよ。その唄を唄う度に」

 「やめろ! 」

 「唄って。関口さん、唄わなきゃダメだよ」 


 じっとミルを見つめていた由美子さんが、まっすぐに俺を見た。


 「彼女はこんな怪我してまで来たのは何か訳があるんでしょ? 関口さんに会いに来たんじゃないの? 」

 「まさか、そんな馬鹿げた事」

 「同じ不思議な力があるんでしょ? 彼女を病院に連れて行って、力がバレるのは駄目でしょ? なら関口さんが助けなきゃ誰が助けるのよ。水野くんが助けるの?」

 

 この地球上に、音の響きをかりて物質を変化させる術なんてない。それが出来る自分は何者なのか。何で今まで深く考えてこなかったのだろう。

 その俺を『ダショー・ハル』と呼ぶ、明らかに異質の女性が目の前にいる。俺の前で横たわっている。伏せている。

 水野と由美子さんの言い合いを聞き流しながら、はっきりと確信する。

 ミルと俺は、同類だ。

 そして、ミルを助けられるのは同類の俺だけだ。

 目を閉じて深呼吸。ゆっくりと、もう一度ミルを見つめ、手を握りなおす。

 教えて。俺はなんなんだ。キミは知っているんだろう? こんな危険を負ってまでこの世界にやって来たキミなら、きっと知っているんだろう?

 教えて。君は何者なんだ? 俺は、なんなんだ?

 

 「『 精霊の加護を願い給う。 月の神シンと大地母神へ願い給う。我は汝の僕ハルキ。その御力の周りを巡る星。雌鹿の小道を歩く者 』」


 口が驚いている。喉が戸惑っている。初めての発音、馴染みない音の運び、リズムの取り方。

 それでも、体の奥底で歓びに震える自分に気付く。ずっとこの音を望んでいた。この音を感じたかった。そう叫ぶ自分が存在している事に、驚く。

 心地よい。これは体だけじゃない。精神まで振るわしてる音。


 「『 振るえ その星の響きはシンの響き ゆらゆらと振るえ 高らかに鳴り響け この身に宿るは月の欠片 大地の心 』」

 『ダショー・ハル……』


 俺の名前は、ダショー・ハルじゃない。そう俺を呼ぶキミは、何者だんだ?

 湧き上がる体の奥からの振動が、繋いだ手から伝わっているのだろう。

 ミルの茶色交じりの青い瞳から、涙が一筋零れ落ちていく。

 それは、とても美しくて。何故か、俺の気持ちをかき乱した。





 「由美もこれぐらい料理上手いといいんだけどなぁ」

 「俺は自分でやらなきゃ飢え死にするからな。人に期待する前に自分で自炊しろよ」

 「あ、そういう訳? 由美がいなきゃ、女が家に居るって動揺しまくってた奴がさ」

 「……その点は感謝してるよ。ホント、風呂やらトイレの使い方なんて教えてやれなかったよ。ビール飲むか?」

 「や。運転しなきゃいかんし。由美の運転怖いから」


 茹で上がった枝豆を摘みながら、水野は麦茶を希望する。

 俺の家を覗いたばっかりに、デートを遅らせて日常に滞在している彼ら。

 でも、水野が彼女の由美子さんを連れて来てくれなかったら……どうなってたんだろう。そう考えるとぞっとする。

 あれから唄い終わり、そのまま寝てしまったミルを前に由美子さんは本領を発揮した。

 「服はあるのか」「女性用下着はあるのか」。その質問に絶句した俺を見下ろし、由美子さんは颯爽と近所のショッピングモールへ車をかっ飛ばした。一時間後、雑誌やテレビで見ていた流行の婦人服を大判の袋三つ分。洗面用具や色鮮やかでレースがふんだんに使われた下着を紙袋いっぱいに買い込んで、蛇のように長いレシートを差し出された。


 「彼女を助けたって事は、責任持って一緒に住む覚悟があるんでしょ」


 その言葉に、思わず頷いていた。そうだ。彼女にこの世界で行く場所なんて、ないんだ。そう気付かされた。

 が、そのレシートの金額に驚いた水野が由美子さんと言い合いになっているとミルが無事に目を覚ました。そして、突如深く礼をしたと思ったら外の庭へ向かって歩き出し、窓ガラスに激突。

 強く鼻骨をぶつけたんだろう。うずくまるミルに全員言葉を失った。唐突な行動はもちろん、その結果に驚いて。

 何のために庭に出ようとしたかは判らないけど、ガラスに向かって思いっきりぶつかった様子はガラスの存在に気付いていなかった感じだ。

 さらに間が悪い事に、慌てて駆け寄った俺のポケットから携帯電話のメール着信音が鳴った。途端、ミルは獣のように視線を辺りに走らせて素早くソファに置いていた刀に飛びついた。今にも鞘を抜き放ちそうな様子に、俺が慌てて駆け寄り通じない言葉で説明をした。

 身振り手振り。心をこめて。

 そして確信。ミルの世界には今の日本ほど科学も技術もないのだろう。身につけた服でなんとなく予想はしていたけれど。

 点滅する携帯電話を見せ、害のない事を説明し、刀を仕舞わせて、溜息が漏れる。

 言葉も通じない。文化も違う。生活習慣も違う。そんな相手にどうしろと。そう、俺が途方に暮れかかった途端だ。

 「言葉が通じなくてもイケル! 」と宣言して由美子さんが立ち上がったのだ。男二人より早く、現実を見据え開き直った彼女の行動は早かった。


 「とにかく、トイレとお風呂は使い方教えるから。何かご飯用意してあげといて」

 

 そう言い放ち、戸惑うミルの手を引いて二人でトイレに入っていく。その後の事は……言うまい。向こうはすでに女の世界だ。意味不明な言語と関西弁の、明らかに互いを非難し罵る声が聞こえる所へ駆け寄る勇気はない。水野は真顔で首を振り、無干渉と決め込んだ。

 そういうわけで、俺はメシを作っている訳で。

 正直、体を動かしていると気分は必要以上に落ち込まない。

 


 

 



 


 

 

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