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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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64 小石を踏む痛みのような

 東の空の闇が薄くなっていく。風は今だに夜の冷気を含んでそよぎ、波は穏やかに浜辺に打ち寄せる。


 「ここから大変かと思うが、頑張りどころだ。皆々心を合わせていこうぞ」

 「御前様、くれぐれもお気をつけて。お疲れの出ませぬよう」

 「判っておる」


 百人近くの老若男女が、黒雲を見送るために夜明け前の浜に集まっていた。何十もの円で黒雲を囲み、別れを惜しんでいる。

 祈るように拝む老婆、気遣わしげに見つめる男、両手を胸の前に組む女。


 「無理をなさらずに。危険を感じたら、お逃げください。我等はいつでも駆けつけます」

 「そうだな。期待している」


 サンギの言葉に小さく笑う。

 あいつは、一体何者なんだろう。

 後李の貴族だろうとは想像出来る。でも、昨夜の会話ではそんな地位を裏切るような事を言っていた。

 まるで民の為なら国を切り捨ててしまうような覚悟を持っている。

 

 「あいつがいなくなると寂しいか? 」

 「まさか」

 「そうか? ハルルン、あいつ好きだろ」

 「まぁ、嫌いな奴じゃないけどね」


 久しぶりにシンハが俺の足元で大あくびをする。

 ミンツゥはサンギの横で見送りをしている。まだシンハを恐れる大人がいるために、集団から少し離れた俺のそばにやってきたようだ。

 足元に触れる長い毛の感触が、酷く懐かしい。

 手を伸ばして、首の後ろを撫でてやる。


 「オイラも、あいつ嫌いじゃないよ。あの禄山って奴は睨んでくるけど」

 「禄山は黒雲の警護が仕事だからな。しょうがない」

 「でも、すんごい気を飛ばしてくるぞ」

 「気? 」

 「あいつ、クマリだぞ、多分」

 

 シンハの言葉に、撫でていた手が止まる。

 

 「なんだい。気づいてなかったのか? あ、耳の後ろも撫でておくれよ」

 「あ、あぁ」


 シンハの言う通りだ。

 禄山は玉獣を扱っている。今も、見送りの皆を見ながら波打ち際で二匹の玉獣を影から出して控えている。

 玉獣を扱えるのはそれなりに力を持った共生者か共生能力をもったクマリの民だけと、ミルに以前聞いた覚えがある。

 滅ぼした国の民を警護に控えさせる貴族。

 妙な取り合わせだ。

 指先で耳の後ろを掻いてやりながら、首を傾げる。

 この世界では、それが従属の印なんだろうか。滅ぼした国の人間に自分の警護を任せるなんて、俺の感覚だと寝首を取られそうで考えられないんだけど。


 「ハルキ! 」


 突然、黒雲の声がして集団が真っ二つに分かれる。

 すっかり馴染んだ顔が、笑いかけてくる。


 「そなた、しばらくここにおるか? 」

 「まぁ、許されるなら厄介になるつもりですけど」

 「ならばよい。また酒を酌み交わそうぞ」

 「やだよ。お前ザルだから、付き合う俺が体壊す」

 「いや、そなたもザルよ」

 「冗談きつい」


 思わず砕けた口調になると、途端に控える禄山からの視線が痛いほど突き刺さる。

 くわばらくわばら。


 「その時まで、皆を頼むぞ。ミンツゥ、良い子にしておるのだぞ」

 「もう子どもじゃないですっ」

 「サンギや皆の言う事を守って表には出るではないぞ」

 「判ってますっ」


 黒雲は口を尖らすミンツゥの頭を撫で、もう一度俺へ視線をよこす。

 声には出さない言葉が聞こえるようだ。

 黒雲は、心配なのだろう。

 力はあるが、まだ子どものミンツゥが気がかりなのだろう。精一杯背伸びしている彼女が。まだ口を尖らして反抗する事が子どもだと気づいてない彼女が。

 青い瞳をして大きな力を持った彼女は、後李に知られてはいけない存在。『ダショー』として扱われている存在なのだから。

 それは偽りだとしても、間違いを信じているにしても、クマリの民や共生者を信じる者達にとって大きな切り札。

 黒雲は何をしようとしているのだろう。

 共生者たちを助けようという、ニライカナイからの人達と手を組む理由は何だろう。


 「あ……」


 ふいと、宙を見上げる。

 肌を撫でる風の向きが変った。

 もうすぐ夜が明ける。旅立ちだ。





 沸騰した湯を、慎重に水甕に移す。それから麦を練っておく。芋の皮を剥き魚を捌き、香草を千切る。

 そこまでは一人でやらねば。


 「おい、こんなに火力強いと焦げる」

 「そうなのか? 」

 「使えねぇな」

 「つーか、玉獣を煮炊きにこき使うな」

 「だって人手が足りないんだよ。猫の手も借りたいっていうのさ」

 「ねこって何だよぉ」


 シンハがぼやきつつ竈の火に息を吹きかけると、火の周りを踊っていた小人達が吹き飛んでいく。

 精霊が扱えると、こういう時は楽だ。

 俺も口笛を吹いて、隣の竈の火をつける。マッチいらず。


 「おばちゃん達はどこ行ったんだよぉ。昨日のおばちゃん」

 「針仕事がまだ終わらないんだってさ。シンハこそ、いつもの子守りはいいのか? 」

 「子守りじゃねえ! あれはガキどもがまとわりついて来るんだよっ」

 「楽しそうじゃん」

 「尻尾引っぱられて、圧し掛かられて、追っかけてくるんだぞっ。ハルルンも同じ目にあえば判るっ」


 緑の瞳が潤んでいるのは気のせいではないな。

 昨日までの光景を思い出して、笑いながら視線は砂浜へ吸い寄せられる。

 そういえば、今日は子ども達がいない。


 「シャムカン達と一緒に果物集め行ったみたいだな。助かった~」

 「お前はついていかないのか? 」

 「オイラはひ弱だからねー」


 こき使われるのを悟って、逃げてきたんだな。


 「でも大丈夫か? 」

 「シャムカン達がついてるし、危ないか? ミンツゥがいるから精霊の助けもあるだろうさ」

 「……ふううん」


 判ったような、判らない返答。

 日本なら子どもだけで外を歩かせないものだから、ついつい過保護気味に気になる。

 大釜に水を満たし、大鉢に麦と一掴みの塩を入れてかき混ぜる。


 「まぁ、賢い子達だし。危ない事はしないだろうけど、けど」


 これも職業柄だろうか。

 一応、半年前は教師だった事を思い出す。今や給食のおじさんだけど。

 水を加え、練り上げていく。

 生地が余ったら、香草を練りこんで薄く焼いてみよう。クラッカーみたいなものが焼きあがれば、オヤツになるかもしれない。

 そう考えながら、練っていた時だった。

 シンハが浜辺へ歩き出す。

 何やら宙を漂う匂いを追うような動きに、俺も無言で見つめる。


 「ミンツゥ、どうしたんだよ」

 

 吸い寄せられるように、山側の森へ近づいて声をかけた。

 

 「ミンツゥ、みんなとはぐれたか? 」

 「……先に帰って来ちゃった」


 森から、ミンツゥが小走りにやってくる。

 肩で揃えた髪を揺らし、小屋に飛び込んでくる。

 

 「おなかすいちゃった! 何か食べるものある? 」

 「あ、あぁ」

 

 調理台に置かれた籠の中から果物を手に取り、小屋から駆け出していく。

 目を合わせる事なく、まるで遊び足りない子どものように。


 「サンギ様の所に行ってるねっ。まだ勉強終わってなかったから! 」

 「ミンツゥ? 」

 「ごめんねシンハー。後で遊ぼうねー」


 一人で喋り、砂浜を走っていく。

 その後姿を見送って、シンハが尻尾を丸めて小屋へ帰ってくる。

 見上げる緑の目は、明らかに戸惑っていた。


 「ミンツゥ、泣いてたよな? 泣いてたよな? 涙のニオイがするんだよ」

 「うん……」

 「最近さぁ、餓鬼どもがミンツゥに嫌味いうんだよなぁ。本当に過去世の記憶があるのか、とかさぁ。聴いてて腹が立つんだけど」


 過去世、とは生まれ変わるハルンツ以来の記憶の事だろう。記憶がない事でダショーとしての地位が曖昧だと、出会った頃のミンツゥが言っていたのを思い出す。

 ミンツゥ本人は本物のダショーである俺が現われた事で重責から吹っ切れたような事を言っていたが、本物のダショーが欲しい大人達はミンツゥをダショーとしたいようだった。


 「それでミンツゥは? 怒鳴り返すのか? 」

 「困った顔して笑ってるんだよ。あの顔、なんだろなぁ。オイラにゃ判らないね」


 曖昧に返事をして、溜息をつく。

 トラブル発生。いつも元気な子が何かを隠す為にカラ元気を演じてると感じたのは、間違いないようだ。

 丸め終わった生地を布巾で包み、そっとシンハの首元に顔を寄せる。

 柔らかな毛先が頬を撫でた。


 「今はそっとしておこう」

 「でもさぁ」

 「夕飯は食べに出てくるさ。そうしたら、いつも通りに横に居てやれよ」

 「うー」

 「泣いてた事は気づかなかった事にするんだぞ」

 「でも」

 「気づかないふりも優しさなの」


 俺の言葉に何度か尻尾や耳を上げ下げし、何か言いたげにしつつも小屋も前で座り込む。

 ミンツゥが気がかりで、竈の手伝いをする気も失せたようだ。

 シャムカン達が帰ってきたら、それとなく聞いてみようか。いや、それも余計なお世話かな。そう考えながら包丁を手に取る。

 おばちゃん達がやって来るまでに、芋の皮剥きぐらい終わらせておこう。

 俺に出来る仕事をしていたほうが、気を煩わせなくていいから。





 夜は早く、朝も早く。

 この世界に来てから、生活リズムが変った事を痛感する。

 夜はCGのような星空が出てきたら、寝る。そして空が白みだし朝日と共に起きる。

 日本にいた時は、夜中まで仕事してたりダラダラ映画や音楽してたりしていたけど。

 今日も朝日が出る前に起きて、麦粉を練る俺。生活習慣というのは、変えれるもんだ。


 「おはようさん。いつも悪いねぇ」

 「おはようございます」


 ここ3日ぐらいは、炊飯は俺の仕事になりつつある。

 百人近くの食事をサバイバルな状況で用意する事にも慣れてきた。メニューは無発酵のパンと魚のスープに果物を切ったものぐらいだから、楽なもんだ。

 それでも、揺りかごぐらい大きな鉢一杯の生地を捏ね上げていると汗が噴出す。滴る汗を肩で拭きながら、手首に体重をかけて捏ね上げていく。


 「ここんとこすっかりハルキさんに任せちゃって、悪かったねぇ」

 

 柄杓で水甕から一杯の水を掬い取ると、おばちゃんは一気に飲み干して伸びをした。

 おばちゃん達は、昨夜も遅くまで針仕事をしていた。何を作っているのかは知らないが、船団でやってきた女の人たちは円陣を組み盛大にお喋りをしながら縫い物をしている。


 

 

 


 


 




 


 

 

 

 まだ不定期ですみません。

 ストック出来たらまたUPします。

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