63 懐かしい友
握り締めた手の平の痛みが、喋るなと叫ぶ。
でも、この苦しみを吐き出したい。
「過ちを繰り返すのを見なければいけないのなら、いっそ壊したい。そう思う事も俺は許されないのか? うんざりなんだ! もう巻き込まないでくれよ! 」
この世界を見続けなければいけない。何度も囚われなければいけない。
その訳は何だ。俺は何か大罪を犯したのか。ならば、どれだけの罪を背負い辛い思いをしなければいけないんだ。争いごとをしてもいいさ。勝手に自滅すればいいさ。でも、俺を。俺の人生を巻き込むな!
「これ以上の絶望を味わうのが俺の宿命なら、いっそ終末がくればいい! 全て終わればすっきりする! 」
「生きるのが怖いのか」
見渡す限りの海原に、黒雲の声が零れて熔けた。
赤く染まった世界へ熔けていく。
怒りに熔けていき、言葉が零れた。
くすぶっていた不安を言い当てられた。
「あぁ……怖いんだ」
「ならば、吾がいよう。終末が来るのなら、吾も一緒に終末を迎えよう」
「黒雲」
この言葉を、知っている。
昨晩の夢で聞いた、あの言葉。
細胞が目覚める。眠っていた記憶が叫ぶ。
「一人きりだから、破壊的な終末を望むのであろう? ならば、誰かの為にと考えてみよ。出来ないと思っている事も、誰かの為になら何とかしようと思うであろう? 」
「誰かの、為」
「誰かの為になら、踏ん張れるであろ。それでも駄目なら。全力を賭して対処して全てを神に預けるしか手がない所まできてしまったのなら」
不敵な笑い。それでいて優しい瞳。氷のように砕けた心が熔けていく。
「その終末とやら、吾も見てやろうぞ」
遮ることなく夕暮れの陽が黒雲を照らした。
そこにいる男は、遠い記憶にいる男とは違う顔をしているけど。俺は知っている。
その不敵な笑いも優しげな瞳も魂も、記憶の男と同じだ。
流れ過ぎた月日の向こうで交わした約束を、ここに存在してくれている。
玄徳帝。見つけたよ。
あんた、人が良すぎだ。偉そーなのにさ。こんなに偉そうなのにさ……。
「どうした」
「……意地悪だ。神様ってやつは、意地悪だ……」
こんなサプライズを用意するなんて。
孤独だと思っていた。
何度生まれても暗闇の記憶を抱えて一人で生きていくと思っていた。
愛しい人と別れ、希望が手から零れ落ちるのを何度も味わってたけれど。
でも、そうじゃないんだ。
きっと、ただ孤独や絶望を味わうだけじゃない。
今までの絶望は希望をを見るために必要なものだったのかもしれない。
闇の中ではっきりと光の筋が見えるように。
「ハルキ? 」
不意に涙が溢れてきて、空を見上げる。
天頂は深い藍に包まれている。
時間と空間と、命を包んだ藍が揺れる。
涙で揺れる藍に微笑んだ。
そこにいる神様に、見せてやるんだ。そう誓ったじゃないか。
ミルを失ってから迎えた初めての満月の晩に、そう誓ったじゃないか。
そうだ。
終末を迎えるのは簡単だ。壊すのは簡単だ。でも、その前にやらねばいけない事が山のようにある。
「やってみる。その人が望むなら、その為になら何だってやれる……」
ミルがクマリ復興を諦めていないのだから、生きつづけているのだから、ミルに絶望を味わせたくないのだから。ミルと生きていくために、この異世界に来たのだから。
何度も諦めても、虚しくなったとしても、まだ終末は来ていない。きっと時間はまだある。
無限のように流れていく時間の中で果たされた約束を、守ってみよう。
誰かの為にならば、俺はまだ生きていける。闇の中に射す一筋の光を目指して、立ち上がれる。歩き続ける。
「採掘場の件、考えておいてくれ。これが後李を崩す一角となるはずだ」
「まぁ、考えるだけな。後李を崩すっていうのが、俺の目的になるのならね」
「ハルキは相変わらず変っておるな」
「あんた程じゃないよ」
生まれ変わって逢いにきて来てくれる、貴方ほどではないよ。
ありがとう。
今回は2話更新です。
63話を入れようか迷ったのですが,思い切って出しました。ついでに黒雲さんの正体も暴露同然で(汗)。描くのが久しぶりで,ややこしいまま描ける自信がありませぬ…。という訳で63話はオマケで。
またストック出来次第に更新します。
ペースは水曜かなぁ。毎週はまだ難しそうですが,頑張っていきます。はい。