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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 61 虹球ころがる

 働かざるもの食うべからず。ここ『ニライカナイからの仲間』のモットー。

 昼飯の片付けもそこそこに、沖合いに停泊中の船に呼び出しをされる。

 何かまずいことをしたかなと、戦々恐々でサンギの前に立っていた。


 「つまり、食事当番を辞めろって事ですか」

 「あんたには他の仕事をやってもらいたいんだよ」

 「飯、まずかったですか? 」

 「そんな事言ってないだろう」

 「ひょっとして、黒雲に配膳頼んだのがいけなかった、とか」


 サンギの大きな緑の目がオレを射抜く。

 慌てて「御前様です、はい」と訂正をいれると溜息をついた。


 「その御前様の要望でね」

 「はぁ」


 大きな机に並べられた手紙と、地図。

 見慣れぬ文字が並んだ手紙をまとめて机の片隅に寄せた。窓から吹く潮風に対抗するように大きな石を乗せ、さらにインク壷も片隅に寄せる。

 サンギの船室に呼ばれた俺は、大人しく机の前で直立不動だ。

 なんだか、職員室に呼ばれた生徒のようだ。おかしなもんだ、つい半年前まで立たせる立場だったのに。


 「どうやら、御前様もあんたの共生能力に気づかれてね。このまま料理番をやらせるのは勿体無いとのお言葉だ」

 「俺は料理番が気に入ってるんですけど」

 「私もあんたの料理は気に入ってるけどね。それに、どうも正体不明の奴を最前線に出すのも困る。かといって、あんたの能力はデカイ。ニライカナイの仲間の中でも、ミンツゥ以外でそれだけの能力を持つ奴はいない」

 「はぁ」

 「そこで、だ」


 昨晩の酔いをまったく感じさせない鋭い目が、俺を射抜いたまま。内面すら探るその目つきに、背筋を伸ばす。

 

 「あんた、水の精霊は扱えたね」

 「まぁ」

 「風も扱えたね」

 「ボチボチ、ですが」


 やばいな。ここの常識がない俺に、踏み込んだ質問をされると異世界から着た人間だとばれてしまいそうだ。 

 まだ、ダショーとばれたくない。

 サンギ達なら俺を好意的に受け入れてくれると思うけど、ダショーとしての役割も判らない今は告白できない。

 もう少し、彼らの動きや考えを知っておきたい。ここで尻尾を出すわけにはいかない。シンハがいたなら少しは誤魔化せるんだけど、今は浜でミンツゥと遊んでるはずだ。

 

 「他は? 」

 「何をやれば良いんですか? やれる事にも限りがありますよ」

 「ふん」


 炎の代わりに鼻息を出すと、引き出しから小さな袋を取り出した。

 太い指が器用に袋の紐を解き、中から小さな珠をつまみ出す。

 薄暗いし船室で、それは鈍く光った。

 親指の爪ほどの珠は、虹色に光っていた。


 「見たこと、あるかい? 」

 「……見た事は、あります。でも、それの名前は、思い出せません」

 「虹球」


 以前、ミルが使っていた小さな珠だ。なにやら文句を言ってから息を吹きかけて、精霊を一斉に動かしていた。

 精霊を動かすには唄を歌ったりし舞を舞ったりするが、その虹球でその手間を省いているような印象だった。まるで、虹球の中に精霊を集め使役する為の唄や想いを閉じ込めてあるような。

 サンギが無言で差し出すそれを、そっと両手で受け取る。

 まるで真珠球のよう。


 「使い方は知ってるかい? 」

 「俺は使ったことないですね。……姫宮様が使っていたのを見たことあります」

 「先の天鼓の泉での戦でかい」

 「はい」

 「なるほど。あれだけの宙船相手に、普通の呪術じゃあ間に合わないからね。さすがクマリってとこだ」

 

 光沢ある表面が僅かに淡く色を変化させながら光る様は、シャボン玉にも似ている。

 工業がない社会だから、これ天然モノなのかな。作り物って事はないだろうし。


 「ここから南東に進んだ海に、この虹球が採れる場所があるんだがね。後李が取り締まる採掘場さ」

 「あぁ、聞いた事があります。後李が独占していると」

 「どうにかして、その採掘場で働かされてる共生者達を逃がしたいのさ」

 「採掘場も、ですか? 」

 「出来ればいいが……そんな事は無理だろうさ。私達にはそんな力はない。せいぜいエリドゥに密告して採掘場を奪い取らせる。そんな手段で後李から力をそぎ落とすぐらいしか出来ないね」


 自嘲気味の笑いに、俺は唇を噛む。腹に沸き立つ黒い感情に気づき、理性できつく蓋をする。

 共生者の自由を求めていたのに。ハルンツは、共生能力を権力に使われるのを何よりも嫌っていたのに。

 五百年経っても、何も世界は変っていないのだろうか。ハルンツは自分の人生の多くを犠牲にしたというのに。


 「エリドゥに密告しても……その採掘場で共生者たちが働かされるのは変わりないのでしょうね」

 「そりゃ、そうさ。虹球に精霊や唄を入れれるのは共生者だけだからね。でも、待遇は後李より断然にいいはずさ。少なくとも差別はない。食事だって格段によくなる」

 「そんなに酷い扱いを受けるのですか? 」


 思わず尋ねると、サンギは鼻で笑った。


 「後李の軍人には,共生者が妖と同じに見えるんだろうさ。あんた、後李を一人で旅していたんだろう? 楽師と偽っていても青い眼で随分と大変だったんじゃないかい」 

 「それは、そうですけど」

 「後李の連中にとって、共生者は詐欺師同然なんだよ。あいつらの使う宙船は大量の虹球で浮いているというのに。国の基盤だって共生者である王族が作り上げたというのに、あいつら自分達が侮辱しているものが何かも判っちゃいない。今や目に見えるモノが全てなのさ」

 「……ならいっそ、採掘場も壊してしまえばいいじゃないか」


 目に見えるものが全てと考えるのなら、目の前で起きる現象しか信じない、考えないというのなら。


 「何もなければいい。全てを失くせば気づくんでしょう」

 「私達は、そこまで考えてない。そこまでは……ハルキ、あんた」

 「いえ、失くせられる訳ないですよねー。冗談ですよ、冗談。で、俺は何をすればいいんですか」

 「いや、いい。やめた」


 サンギは深く息を吐いて目を瞑った。

 目頭を押さえる手が僅かに震えているように見えたのは、気のせいだろうか。

 鋼鉄色に日焼けした顔に刻まれた皺が、深く見える。


 「ハルキは、他の仕事をしてもらうよ」

 「料理当番でいいですよ」

 「料理当番するんなら、もう少し経費を抑えとくれ。少し油や蜂蜜を使いすぎだ」

 「でも、サンギもドーナツ好きでしょう。いっそ商売にしたら売れますよ」

 「むぅう」


 そうなんだよなぁ。ドーナツというよりサーターアンダーギーだけど、これが好評なのだ。

 イルタサは本気で経費を細かく計算しだしたようだ。というか。この集団はどういう手段で現金を得ているのだろうか。

 見た目は商人の集団だから貿易をしているようにも見えるが。

 詳しくは俺に明かしていない。まだ不審者扱いだ。


 「そいつはイルタサがやってくれるだろうさ。とにかく、この件はあんたには頼まないから忘れとくれ」

 「それはいいですが……でも、何か困った事があったら言ってください。恩は返しますよ」

 「は。恩、ねぇ」

 「本気ですから」

 「そりゃ頼もしい。じゃあ、とりあえず今日の晩飯を期待してるよ。御前様は明日の夜明け前にお帰りになるから、少し早めに用意しておくれ」

 

 本気の恩返し宣言を鼻で笑われて、苦笑いをしてしまう。

 まぁ、何も困ることが起きなければ良いか。

 手で払うように退室を促され、扉をあけながら振り返る。

 手紙の束を再び読み出したサンギに、頭を下げた。


 「サンギ達に出会えたのは、本当に感謝している。恩以上のものを俺は貰っている」

 

 ハルンツの時から、勇気を貰った。見えない未来を掴み取るための力を貰っている。

 五百年経った今も、助けてもらった。まるで奇跡のように。


 「否定されても構わない。俺があんた達に何かをしたいんだ。それでいいだろう? 」

 「……馬鹿言ってないで晩飯の準備しとくれっ」

 「じゃあ、とりあえず腕によりをかけます」 

 「経費は抑え目にしとくれ」

 「御前様がお帰りになられたら、でしょう」

 「早く行きなっ」


 最後は怒鳴られるように追い出されてしまう。

 あのサンギが真っ赤になって照れるなんて思わなかったと驚きながら。

 

 


 夏休みに入ってしまいました…(涙)

 とりあえず,隙を見ては書いていきます。更新していきたいなぁ…希望で(汗)

 

 あいかわらずの不定期更新中。ごめんなさい。

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