60 休日の朝
終末を唄う為に、ボクは何度も記憶を持って生まれ変わるのか。
この世の終末を見守る為に、生まれ変わるのか。
生まれ変わってもなお深淵に囚われる怒りで、ボクは世界を壊すのか。
「玄徳……ボクは判らないんだ。何故、ボクは何度も生まれては死んでいくんだろう。何度生まれ変わっても、深淵で大神官をしているのだろう。エアシュティマスの影に怯える世界を終わらせる為に、ボクは子どもを諦めたのに。全てを賭けて、ボクの血を消し去る仕組みを作ったのに……」
「そのような事、そのような事が吾に判るわけなかろう……そなたは、阿呆だ。とんでもない阿呆だっ」
かみ締めた歯の間から、玄徳の唸るような言葉が零れた。
ボクが映った瞳から、涙が零れていた。
「判るわけ、なかろう……っ。そのような事を悟る為に、吾らは何度も生きるのでろうから! そなたの生まれ変わる訳が、吾に判る訳なかろう! その答えを見つける為に生きるのだろうから! それはそなたが見つける課題だ! 」
何故、玄徳はこんなにも綺麗な涙を流すのだろう。
かみ締めるような言葉に全身を打たれながら、玄徳の涙に引き込まれていた。
なんて、綺麗なんだろう。
そして気付く。
ボクは、澱んでしまったんだ。
深淵の底で新しい世界を夢見ながら、濁ってしまった。いつからだろう。エリドゥ王国を煩わしく思い、その力を利用しようと思ったのは何時からだろう。
信仰心という得体の知れないモノを利用しようとした罰なのだろうか。
だから玄徳の澄み切った魂がこんなにも美しく思えるのだろう。
「ただ、世界の終わりが怖いのなら、一人で終末を迎えるのが怖いのなら、吾もその場にいると誓おう。クマリが地獄になろうと、深淵と李薗に終わりが来ようとその場に吾も居合わせようぞ」
「そんな約束をしても、玄徳は覚えてないだろう? 」
「なら、見つけ出せ」
「……」
「吾を見つけ出してみよ! 生まれ変わっても記憶を持ち続けるのであろう? なら、吾を探し出せ! 」
何て無茶苦茶な要求だろう。何千何万もの人間の中から、容貌も変わった一人の魂を見つけることなど出来る訳がない。
そう判っているのに、嬉しい。
憂いていた心に、一筋の光が差し込む。
「その終末とやら、吾も立ち会ってやろうぞ。光栄に思え」
「……うん」
一人じゃない。
たった一人、何度も薄暗い水底で生まれ変わると思っていた。その先には終末しかないと思っていた。
でも、寄り添ってくれると友は言ってくれた。
例え今日この事を忘れてしまっても、いや……記憶に残る訳がない。
それでも、共に終末を迎えようと言ってくれた事が嬉しい。
「まだ、怖いのか」
「……さっき程では、ないよ」
「そうか」
「うん」
強く握られた肩が解放される。
その痛みが心地よい。
この痛みが続く限り、これは夢ではない。
「大体な。未来など判らぬものではないか」
「判らないものかな」
「そなた、未来は創るものと言っていたではないか。宿命は変えられないけど、運命は変えられると」
「あぁ……そんな事を言っていたな」
定められた障害は変えられない。けれど、それに立ち向かう自分の気持ち次第で未来は変えられる。
そう思ったからこそ、ボクは深淵へ飛び込んだんだ。
エアシュティマスの記憶を受け継ぎ、混沌とした渦の中へ飛び込んだんだ。
すっかり、忘れてたよ。
「運命は変えられる、か。いい言葉だね」
潮風が酒の臭いを消し去っていく。朝の日差しが爽やかに砂浜を照らし、昨夜の宴の残骸をつきつける。
この片付けは大変だぞ。
唸って腕を組むと、足元で子供達が不平を言い出す。
「おじさん、おなか減ったよぉ」
「朝ごはんまだぁ? 」
「のどかわいたよぉ」
親は何してるんだと天幕を見るが、イビキが聞こえてくる。遅くまで飲んで確信犯的な寝坊だ。
「まだ寝てるのか」
思わずそう声をかけると、同時に二つの人影が起き出した。
棺桶に帰り遅れて朝日を浴びてしまった吸血鬼のような有様の双子は、天幕から這い出てくる。
「シャム兄達、どうしたのかなぁ」
「今日はみんなおねぼうさんだね」
「ずるいぃ」
純粋な子どもの言葉に、黙って頭を抱える。
子どもの情操教育に、あまりにもよくない場面だ。
「す、すみません……」
「今日の朝飯当番……俺達なんですけど」
「何かすごく……気持ち悪くて」
「「ぅぷ! 」」
こんな時でも二人同時に口元に手を当てて砂浜に倒れこむ。
俺の頭が痛いのは、二日酔いのせいではないはず。
「これから酒の飲み方ぐらい覚えろよ。あぁ、今日は寝てていいから」
二人はまるで打ち上げられた魚のように口をあけては呻いている。まだ体の中にかなり酒が残って酔っ払っている状態なんだろう。
昼まで動けるやつはいなさそうだ。
まったく。
「吾も腹が減ってきたな。朝餉はまだか」
「あぁ、お前は絶対に料理なんかしないよな」
昨晩遅くまで飲んでいた黒雲が、平然と宴の残骸の前に座りこむ。
一通り見渡し、綺麗な杯を選ぶとまた酒を飲みだす。
こいつは本当にザルだ。
「そういえば禄山はどこだ。朝飯の手伝いさせたいんだけど」
「酒を飲ませたから、そこでのびておる」
「……下戸に酒を飲ますな」
杯を傾ける速さを変えず、さらりと言い返す様子に頭痛が激しくなる。
威圧的だった禄山に、初めて同情した。
いっその事、転職を勧めてやりたい。この主人では、将来の苦難が目に見えるようだ。
「おじさん、おなかへったー」
「判ったからおじさん言うな。とりあえず飯作るから、薪をもってこい。あとこの釜に水を入れてきて。あと、森へ行って適当な果物を集めておいで。シンハ、付いてってくれ」
「オイラも何か食わせてくれるか」
「食わせるから」
「ミンツゥも手伝うよ」
まともに動ける大人が俺しかいない今、俺が作るしかないだろうと腹を括る。
残り物で適当に何か作るしかない。
酒を飲みだした黒雲に咳払いをしながら、宴の残り物から使えそうな食べ物を選んでいく。
魚に挟む香草の残り。焼いた肉の欠片。固くなったナン。
食材を入れた箱から幾つかの卵を取り出す。竈に水を張った釜を用意した年上の男の子に、山羊の乳を用意するように頼む。
薪を持ってきたミンツゥは、手際よく竈に薪を組みいれる。
周りをキョロキョロと見渡し火種を探す様子に気づき、笑いかけた。
「ちょっと離れてな」
口笛を短く吹き、竈の薪を一気に燃え上がらせる。
炎が瞬く間に薪を包み、熱が頬を焼いていく。
「すごいっ。そんな事出来るんだっ」
「このぐらいしか役に立たないけどね」
「ほう」
背後からの突然な声に、驚いて振り返ると黒雲が杯片手に立っていた。
いつから見ていたのだろう。不気味さに思わず鳥肌が立つが、そんな俺の様子に頓着する事なく興味深そうに炊事場を見渡す。
「御前様、手伝って下さるの? 」
「何か吾に出来る事がないかとな。……この硬くなったナンはどうするのだ」
「食べるんだよ」
「食べられるのか? 」
「文句言うなら食うな」
手伝う気があるといいながら文句を言うとは、どういう思考回路をしているんだろう。
理不順さを喉元で押し殺して、山羊の乳を少年から受け取り卵を入れてかき回す。
竈の上に鉄板を置いて、残り物の肉を端で温め直しながらナンを卵と乳によく浸す。
そんな俺の様子と肉のニオイに引き寄せられるように、果物を取りに行った子ども達も帰ってきた。
好奇心で光らせた目を、じっと俺の手元に集中させる。
「蜂蜜でもあると美味しいんだけど、ある? 」
「あるかもしれないけど、勝手に出したら怒られるよ」
ミンツゥの言葉に、子ども達が一斉に頷いた。
ここでは少々高価なものなんだろう。甘味を入れると食べやすいと思うんだけどな。
熱くなった鉄板を前に、溶き混ぜた液にシナモンに近い香草をみじん切りにして入れてみる。
「そのふやけたナンをどうするのだ」
「焼くんだよ。休みの日の朝はコレでしょ。コレ」
油をひき、鉄板に乳と卵でふやけたナンを次々に置いていく。
香ばしく甘い香りが立ち上がり、歓声が起こる。
この世界にはフレンチトーストはないのだろうか。こんなに美味しいのに。
手際よく、焼けた面をひっくり返して皿に盛り付けていき、小さな子から順に果物を添えて皿を手渡してやりながら黒雲に杓子を渡す。
「ぼーとしてないで、スープをよそってくれ」
「吾がか? 」
「子どもが火傷でもしたらどうするんだ」
「吾が火傷をする心配はないのか」
「……大人として最低だなお前」
黒雲に代わって杓子を取ろうとした年長者の子どもに微笑みかけて、黒雲に木の食器を押し付ける。
竈に近づき、恐る恐る杓子をスープの中に入れる。ゆっくりと持ち上げた杓子でスープを掬えるのを確認したように一人頷くと、スープを零し木の器を汚しながらよそいだす。
その黒雲の危ない手つきに、ミンツゥがソワソワと手を出したり引っ込めたりしている。
シンハはその足元で「スープがもったいねぇ」とうなだれた。
「ハルキって、本当に変わってるねぇ」
「うん。おじさん変わってる」
「御前様相手に、こんな事言うのおじさんだけだし」
「おじさんって言わないでくれ……」
「でも、このナン美味しいよ」
「うん! おいしー! 」
「ハルルン! オイラにもオイラにも! 」
満面の笑みを浮かべる子ども達と、恐る恐るスープをよそう黒雲と、尻尾を猛烈な勢いで振りながら皿の上のナンに齧りつくシンハと。
何だか妙なピクニックのような光景に、しみじみ思う。
カメラで撮っておきたかったな。出来れば動画で。
あいかわらずの不定期です。
またストックが出来たら更新します。