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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 59 流れる月日の果てに

 円卓の向かいに座る三人の若者が不思議そうな顔をする。

 その僅かな間に幼い日々が重なって微笑む。

 自分をしっかりと主張する玉葉。そんな姉に隠れる事なく、自分の意見を秘めて着実堅実な尚慧。おっとりとしながらも、どんな環境も受け入れていくカルマ。


 「何度も言うようだが、吾はカラクリという手段を用いて国が築く富を民に平等に行き渡らせたいと思っているのだ」

 「それは知っていますが、それを此処で仰ってよいのでしょうか」

 「カルマは、ボクの事を気にしているのかな。共生者を蔑ろにする発言かと気にしているのかい? 」


 その言葉に、カルマと呼ばれた娘が小さく頷く。

 黒い髪と、僅かに日に焼けた肌。真っ直ぐに視線を投げる瞳は僅かに青が混ざっている。驚くほど、ミルに似ている。クマリの出身だろうか。


 「ボクはね、いつか共生者なんかいなくなればいいと思っているんだよ」


 ハルンツの言葉に、眺めている自分も息を呑む。

 こいつ、本当にそんな事を考えていたのか。

 

 「そんなに驚く事かな」

 「驚く事であろ。共生者の頂点が言う台詞ではない。酒屋が「酒など無くなれば良い」と言うのと同じだ」

 「あぁ、そうか」

 「父上っ。大神官様っ」 

 「尚慧。今はハルンツと呼んでおくれ」


 三人に微笑み、頷く。


 「確かに、ボクは大神官だ。始祖エアシュティマスの血筋を引いて、その記憶を継いだ。けどね、ボクのような存在がいるから世界に戦は絶えないんだよ。人がボクの力を欲しがる限り、戦はなくならない。戦は、嫌なんだ。君達も、玄徳が即位する時の話は聞いた事あるだろう? クマリとボクの力を巡って戦が起きそうになった時の事を」

 

 手の中に、茶碗を包み呟くように話しかける。

 柳の葉が微かな音をたてて揺れていく。木漏れ日が揺れていく。


 「呪術も魔術も、精霊の力を僅かに貸してもらうだけだ。それを、どれだけの人が勘違いしているのだろう。いや、最近じゃあ呪術師すら勘違いしている輩がいる。自分の持つ力以上のものを得てはいけないのに。人に力を欲する欲望がある限り、戦はなくならないのなら、いっそ力を持つ共生者などいなくなればいいんだ」

 「その事を、始祖エアシュティマス様は何と仰るでしょうか……。エアシュティマス様は、共生者を守る為に深淵の神殿を創られたと習いましたが」

 「あの人は、そんな事の為に深淵を創ってはいないよ」


 口の端をあげて、音もなくハルンツは笑った。

 冷たい笑い。

 こんな風に、笑えるのか。

 心に感じる凍える想いに恐怖を覚える。


 「そんな事を深淵の神官は教えているのかい? 駄目だねぇ。やっぱり駄目だ。深淵を大きくしたのは失敗だったな。真実はいつだって歪んで伝わる。都合のよいようにしか、伝わらない」

 「おい、ハルンツ……」

 「すまない。カルマを怖がらせてしまったかな」

 

 強張ったカルマに手を伸ばそうと思っても、円卓が邪魔だ。手が届かない。

 

 「共生者は、いつだって少数派だ。力を持って群集に恐怖を持たせなければ、異端者として抹殺される可能性すらある。それ故に深淵が砦に成らねばならなかった。それも一理あるから。カルマ。キミの習った事は全て偽りではないよ」

 「私も、歴史でそのように学びました。クマリの(はつゐ)家でも、同じように伝え聞いておりますが……」

 「おう。吾もそのように習ったぞ。そなたのお陰で歴史の講義がひっくり返る所であったわ」

 「歴史かぁ」

 「そうだ。そなた、いくら前世の記憶だかがあるからといってだな、吾らの歴史観まで狂わせるな。まして若者を前にややこしい事を言うでない」

 「そうよ。ハルンツおじ様のせいで、次の歴史の試験で居残りさせられたら堪らないわ」

 「……玉葉様。それは少し違うかと思います」

 「姉様。自分の居残りをハルンツおじ様のせいにしてはならないと思いますが」

 「お、おじ様のせいにしないわよっ。今度は大丈夫なんだからっ」

 「まぁ、それは聞かなかった事にして」


 玉葉と玄徳のお陰で変わった雰囲気を味わうように、ゆっくりと茶を飲む。


 「カラクリを創り上げる事は、深淵としても反対してないよ。カラクリを創る考えは、世界を発展させる素晴らしいものになるはずだ」

 「では深淵もカラクリを受け入れるのですか? 」

 「神殿の神官殿達が反対しなければね」

 「クマリは、あまりカラクリを受け入れる気はないかしら? 」

 「うーん。昴のジクメ様は頑固ですから。あ、今度の族長候補の兄様は興味を持っていましたよ。是非、尚慧様の考案したカラクリを持って行ったらどうでしょう」

 「うふふ。そんな事言わないで正直になさい。カルマは尚慧にクマリに来て欲しいんでしょ」

 

 玉葉の言葉に、尚慧とカルマが真っ赤に染まる。

 玄徳が肩を震わせながら、必死で笑いを押し殺した。

 

 「まぁ、今度の大霊会には皇太子として秋虎を送るつもりだ。補佐として尚慧もクマリへ送る計画で進めておる。それで構わぬな」

 「本当でございますか!」

 「カルマ殿も深淵の留学帰りに吾が李薗へ遠回りしたのは、クマリの大連として見聞を深める為。ならば尚慧も李薗の皇族として見聞を深めるのもよいではないか? 」


 その玄徳の言葉に、尚慧が深く頭を下げた。

 

 「カルマ殿が生まれた土地を、よく見てきなさい」

 「はいっ。父様、ありがとうございます! 」


 玉葉はカルマを抱きしめ、微笑みあう。

 この子達は、本当に仲がよい。隣国の皇族や権力者達の子息達が、こうやって仲を持つ事は平和への何よりの近道だろう。


 「では、さっそく準備を始めます」

 「気が早いな。まぁよい。マダールにも伝えておいてくれ」

 「はいっ」


 手を取り合い、三人が庭から飛び出す後姿を見送る。

 あの様子では大騒ぎして、まずマダールに窘められる気もするが。


 「いいのかい? 尚慧はあのままクマリへ婿に行くのかもしれないよ」

 「そうなのか? 」

 「深淵では、室家が随分煩かったよ。絶対に神官にはさせぬと、留学の際に強く要望されたとコムが笑っていた。「兄上様はカルマが可愛くてしかたないようです」とさ」

 「うむぅ。箱入り娘か。まぁ、良い娘だが」

 「うん。カルマは良い子だよ。でも、尚慧は玄武家の長子だろう? 」

 「そうだ。だが、玉葉が無事に嫁に行ける気が最近しないのだよ……。あれは婿をとる方が性に合うかもしれぬ」

 「それはまた……思い切った事を言うねぇ」


 先の様子を思い出し、やけに本当になりそうで思わず笑い声をあげる。

 幼子だった彼らには婚姻の話が出るようになり、そしてボクらは歳をとったということだ。

 穏やかに、和やかに時は流れた。


 「そなた、ようやっと笑ったな。李薗に来て一月の間、なかなか笑った顔が見れなくてマダールは心配しておったぞ」

 「そうかな」

 「あぁ。腹の底から笑わなかっただろう? 笑っても愛想笑いで目が怖かったぞ。先のカルマを怖がらせうような言葉だけは飛び出すからな」

 「そうかな」

 「そうだ。マダール宛てにコム殿が文を送られてな。最近のハルンツが塞ぎ気味故に、今回の行幸で少しでも気持ちが晴れればいいと」

 「そうか。心配をかけていたな」

 

 深淵に留学していたカルマをクマリへ帰るのに付いて行き、李薗へ行ってはどうかと薦めたのは、そういう事か。

 あと一月半と迫った大霊会でクマリに行き玄徳たちに会えるのに、李薗行きを薦めてくれたコムの心遣いがやっと判る。

 きっと、玄徳とゆっくり話す機会と子供達と触れ合える時間を贈ってくれたのだ。

 心の奥が、じんわりと暖かい。


 「そなた、また悩んでおるのだろう? 今度も吾に言えぬような悩みか? そなたは悩みすぎだ。そのように塞ぎ込んでいては禿げるぞ。禿げてはコム殿も悲しむであろう」

 「……どうしてそこに持って行く」

 

 時々始まる玄徳の不可思議な思考に付いていけない。

 手の中の茶碗を円卓に戻し、深く息を吐き出す。

 こればかりは、話しても支障はないだろう。

 エアシュティマスの血を引いた仲間を無事に大陸に散らした今、これ以上の秘密を抱えるのは重かった。

 もう、以前ほど若く柔軟な精神ではない。

 ひどく疲れを感じていた。

 話せば楽になるのだろうか。


 「最近、夢を見るんだよ」

 

 口が、語りだす。

 玄徳。キミにだけに零すよ。

 一緒に、この重い荷を背負ってくれ。


 「世界の終わりを、見るんだよ」


 ありえないと、笑ってくれ。

 そう願い、柳の枝を眺める。

 見えるんだ。この柳が大木になった頃、この庭は燃え崩れる。

 そして炎の中で立ち尽くす自分が見える。


 「最初に見たのは、前回の大霊会の直前。ほら、マダールが行方不明になった朝の時」

 「懐かしいな」

 「あの時は、クマリの終焉を見たんだ」

 「……ハルンツ」

 「今は栄え誇るクマリの京が、地獄絵のように燃える姿が見える。幾万もの黒焦げの死体で大地は覆われて、空は灰色の煙で覆われて、生きるものがいなくなった世界が見えるんだ」


 死に絶えた大地に蹄の音を轟かせてやってくるのは、四神獣と勾玉をあしらった李薗の旗を持った大軍なんだ。

 李薗帝国は、やがてクマリを滅ぼすんだ。

 今は皇族同士に交流がある仲でも、やがてそれは消えてしまうんだ。

 カルマと尚慧の想いも、消えていくんだよ。


 「クマリだけじゃない。ボクは、その地で死ぬ。まだ母の胎内にいるままで死んでいく」

 「ハルンツ」

 「深淵も消える。中州にそびえる神殿群は消え去ってた」

 「……やめよ」

 「全てが無くなった後、ボクは泥の中を走り回るんだ。砂浜を泥だらけになってね」

 「ハルンツやめよ……やめよ!! 」

 「これが世界の終わりだよ」

 「それ以上申すな! 」


 強く肩を掴まれた。 

 ボクを睨むように見るその顔には、幾つもの皺が刻まれていたけど瞳の強さは変わらない。

 初めて会った、あの若い日から変わらぬ真っ直ぐさ。


 「落ち着いてよく考えよ。吾は戦のない世を作り上げてきた。だからそんな事は有り得ぬ」

 「いつか終末はやってくる。間違いないんだ」

 「何故そのような事を言うのだ。吾とそなたは、新しい世界を作り上げようとしてきたではないか」


 真っ直ぐな玄徳。何時だって前を向く玄徳は眩しい。

 あぁ。欲しい。そのひたむきさが欲しい。その純真な心が欲しい。権力の高みにあろうと、穢れてもなお輝きを放つその魂が羨ましい。

 

 「そうだね。ボクと玄徳は新しい世界を作ろうとした。それは、成功していると思うよ」


 李薗は共生能力から離れる為の新しい技術を作り出した。

 そして深淵は、宗教という枠を超えてエリドゥ王国への侵略を始めた。互いの官僚と学僧を交換する事で、深淵の神殿は数年もすればエリドゥ王国の中枢を侵食していくだろう。信仰と権力がぬ結びついた新しい国家を築くだろう。


 「何故、ボクは記憶を持ったままなんだろう。何故、生まれ変わっても記憶を持っているのだろう。何故、先が判るのに生まれ変わらねばならぬのだろう」

 「何を言っている……」

 「玄徳。ボクは失敗をしたのかもしれない」

 

 大きな失敗をしたのかも知れない。覚めても繰り返す悪夢を見るのやもしれない。

 

 「何で、ボクは何度も生まれ変わっては囚われるんだ……。抜け出せないんだ。何度生まれ変わっても、深淵の大神官をしているんだ」

 「……何を言っている? 」

 「何度も深淵の神殿に囚われて、囚われて、やがて世界の終わりがやってくる。その終焉で、ボクは唄を唄ってるのが見えるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 あいかわらず不定期連載ですみません……。

 またストックが出来たらUPします。

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