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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 55 宴の準備

 世界の果てで、空と海が溶けていた。

 純白の入道雲を浮かべた青い空。高い透明度で二色に分かれた青い海。沖に行くほどに藍になって空と一体になっている。

 十日ほど船に揺られて、こんな常夏の楽園に辿り着ける事に驚いてしまう。初冬からいきなり真夏にワープして体が戸惑っている。夏仕様の薄い繊維の作務衣のような服から伸びた手足の皮膚が驚いている。

 飛行機もモーターもないこの世界で、こんな事が出来る理由は呪術の他にない。この世界は科学ではなく、精霊の力を活用した呪術が本当に発達している。

 この船の主動力は風。大きな帆に風を受けて進む様子は、大航海時代の映画でも観ている気分だ。

 ここからの進歩が、この世界ならではな訳で。

 その上で、水の共生者であるサンギ達が海流を読み、風の共生者達が唄い踊り風を操り、ミントゥはそれらをまとめあげるように唄声を重ねていく。

 船上で音楽が響き、その音につられるようにイルカのような大型の魚が群れを成してあらわれる。洋上を疾走する船と競争するような魚影に、何度見とれただろう。

 そんな快適で驚きの連続だった船旅も、目的地に着いたらしい。しかも、何艘もの商船が集まってきていた。

 ジャングルのような熱帯の木々に覆われた絶壁の山々と、真っ白な砂浜が続く観光地のような場所の沖で碇が下ろされる。

 イルタサの指示で、乗員達が次々に荷物をまとめて小船に乗せて浜へ移送させていく。

 一体ここで何をするのだろう。

 

 「行くよシンハ! 」

 「せーのっ」

 「ば、馬鹿やめろ! 」


 両手に食材を詰めた木箱を抱えた俺の横を、ミントゥとシンハが全速力で駆け抜ける。

 あまりに突然な事で止める間もなく、甲板を駆け抜けたミントゥとシンハは船から飛び降りていた。

 盛大な水音が上がると、甲板にいた大人達が苦笑いを浮かべて船縁から覗き込む。


 「大丈夫かぁ」

 「シンハがいるから大丈夫だよっ」

 「浜に着いてから水遊びをすればいいのに。まったく」

 「だって綺麗なんだもんっ」

 「溺れるんじゃないぞ」

 「シンハ、ミントゥの面倒しっかり見ろよっ」

 「わかってるよ! ハルキも来いよ! 」

 「俺は仕事があるの! 」

 「大丈夫だよー! ちゃんとシンハと一緒にいるから! シンハ、岸まで競争だよ! 」


 キラキラと飛沫を上げて泳ぐミントゥとシンハが、岸に向かって泳ぎだす。

 仲のいい様子を見て、大人達が苦笑いをしながら仕事に戻っていく。

 ただ、イルタサだけは眉をひそめてモルカンとシャムカンを呼び寄せ指示を出した。どうやら念の為に二人に付かせるようだ。


 「すみません。シンハじゃ、ミントゥを見切れませんね」

 

 慌てて海に飛び込む双子の後姿を見送りながら、イルタサに頭を下げる。

 今やミントゥの横にシンハがいる風景が馴染んでしまっている。シンハが言うに「ミントゥの周りの空気はハルキに良く似ている」らしい。ミントゥは優しいし殴る事もないしなと言ったら、尻尾振って頷いたのには腹が立ったが。

 いつもじゃれ合って、すっかり仲が良い二人だ。それに、ミントゥがシンハに懐いているお陰で周りの人たちの恐怖心が取り除かれたのはありがたい。


 「とんでもない」


 イルタサは笑みを消して俺を見た。

 

 「精霊の力は、幼いミントゥよりシンハの方が当然強い。シンハが傍にいてくれるのだから何も心配してないさ。むしろ、ミントゥが調子にのってシンハに失礼がないように見張らせるのさ」

 「イルタサ? 」

 「ハルキ達のお陰で、精霊の守護が多くなっている。ありがとうな」


 真顔で礼を言い、肩を叩いて甲板下へと下っていく。

 木箱を抱えたまま、俺は固まってしまった。ダショーだとばれたかと、一瞬ヒヤリとしたが思い直す。精霊の守護が多くなったと言っただけだ。大丈夫だろう。

 久々の上陸で浮かれている船上の人々を眺めながら思い直す。

 岸では多くの女子供が待っていたのだろう。歓声が沖に停留したここまで聞こえてきそうな歓迎振りが見える。

 あぁ。久々に陸の感触を味わいたいな。そう思った途端、胸に激情が込み上げた。

 人間の持つ全ての感情が一斉に火を吹き出したような感覚に、思わず目を固く瞑る。足を踏ん張る。

 嬉しさも哀しさも、恨めしさも歓喜も、稲妻に打たれたような痛みとともに蘇る。


 「……キさん。ハルキさん」

 「っ……あぁ、はい」

 「その箱が最後かい? 」

 

 岸へと送る小船に下ろす荷物を渡し、甲板に積まれた箱を確認する。

 

 「ハルキさんも荷物まとめてこいや。一緒に岸まで送ってやるよ」

 「あぁ……はい」

 「顔色悪いな。どうした」


 気使ってくれる視線に曖昧に笑い返し、甲板下の狭い部屋へ戻る。

 ハンモックが連なる部屋の片隅に置かれた風呂敷包みを持ち上げ、小さな窓から白い岸を見つめる。

 遠くに歓声が聴こえる。シンハを好奇心半分、恐怖半分で遠回りに囲む人垣に記憶が重なる。

 ここは遠い過去の故郷だ。

 ハルンツであった時に失くしてしまった故郷だ。全てが始まった砂浜だ。

 この浜で、ハルンツは自分の力を知った。運命に向かい合っていった。ニライカナイへ行く故郷の人々を見送った。

 そう。この浜が全てのスタートだった。

 

 「帰ってきたんだな」


 五百年という時間を越えて、異世界からという空間を越えて、日本で観た記憶の映像の場所へ帰ってきたんだ。

 波の音が、耳の奥へ染みていく。まだ眠る記憶を揺り起こす為に、波音が体中の細胞へ染みこんでゆく。





 「こりゃ豪勢だねぇ。フワフワしてスープの味が染みてる」

 「つなぎに卵を入れたんですよ」

 「これは何かね」

 「揚げ菓子です。子供が喜ぶかと思って」

 「そりゃいいや。あたしら大人は酒飲むけど子供は何もないからねぇ」

 

 高らかに笑いあいながらも、彼女達は忙しなく動き続ける。

 粗末な東屋のような厨房で、湯気が立ち上る料理を次々に作り出す女達に混じって俺も料理をつくった。

 彼女達の料理はとてもおいしそうで量もあるのだが、年寄りや子供向きではなかった。

 そこで俺が簡単なツミレ汁と小麦と蜜を混ぜて揚げたドーナツもどきを用意してみた。

 浜で待っていた沢山の女達が大量のご馳走を作り大宴会の準備に大わらわだ。

 最初は青い瞳を持っている俺を遠巻きに見ていた彼女達だったが、俺がサンギ達母船の厨房にいた事を知ると急に態度が変わった。

 まだ疑問があるような顔をしているが、忙しい宴の準備の人手になると判った途端に共同作業に突入して今にいたる。まさに猫の手も借りたい状況だったようだ。青い目だろうが、何だろうが、役に立つならこき使われている。この方が居心地はいい。

 魚や肉の生臭いニオイは、薪が燃える音や油が爆ぜる音とともに香ばしく変化していく。食欲を刺激する香草の香りも加わり、夕方の赤い光が射す頃には大皿や大鉢に次々と料理が配膳されていた。

 額に浮かぶ汗を拭い、出来上がった料理を次々に運んでいく女達。

 火元の片付けをし、ようやく立ち上がった俺も腰を軽く叩き大皿に手を伸ばす。


 「あ、重たいから俺が持ちます」

 「いいのかい? 熱いよ? 」

 

 山のように積み上げられた焼いた肉の大皿を、慌てて受け取る。そして反対の手には、素揚げされた魚の山が乗せられた大皿を持つ。


 「それを置いたら、もういいからね」

 「あたしらも、もうここを片付けていくからさ」

 「にいさん、酒飲めるかい。一緒に飲もうよ」

 「あらやだ。あんた、隣で酌でもしてあげるつもりだね」

 「なにさ、お互い綺麗なにいさん観て酒を飲むつもりじゃないのかい」

 「そりゃそうさ。こんな綺麗な旦那はなかなか観れないさ」

 「おまけに料理上手で優しいときたもんだ」


 おばさんたちの黄色い声に、曖昧に笑って逃げ出す。異世界でもおばさんのパワーは恐ろしい。

 何だか吸血鬼のように生気を吸い取られる錯覚すら感じてしまう。そのパワーがあるから、こんなにも美味しそうな料理を作れるのだろう。

 砂浜に沈む足元と重たい手元に気をつけながら、波打ち際に用意された宴の場所へ歩いていく。

 なんて素晴らしい光景。

 赤く染まっていく砂浜に、大きな敷物が何枚も連ねて敷かれている。打ち寄せる波が、オレンジに輝き耳心地よい音を奏でていく。

 沖から吹く風は心地よい涼しさを運び、砂浜に用意された沢山の松明の炎を揺らしている。

 そんな映画のような風景の中、悲鳴を上げて駆けてくる無粋な奴が一匹。


 「ハ、ハルルン助けてくれっ」

 「馬鹿! 砂埃が飯に入るだろ! 」


 途端、必死の形相で俺の背後にシンハが駆け込んでくる。

 尻尾は完全に後ろ足の間で丸まっていた。


 「た、助けてくれよ! あいつら無茶苦茶するんだよっ」

 「あいつらって、子供じゃないか」


 異様に怖がるシンハを見ながら、砂浜に敷かれた色鮮やかな絨毯に料理を置いていく。

 十数人もの子供が、シンハ目がけて駆けてくる。

 砂浜に着いた昼頃は、まだ遠巻きに観ていたはずだ。そう思っていると、子供達は勢いよくシンハに飛び込むように抱きついていく。


 「ぎゃああっ! ハ、ハルルンー」

 「シンハかわいいー」

 「モフモフ気持ちいーよー」

 「ナデナデしゅりゅー」

 「殺される! 殺されちまう! 」


 一人二人と覆いかぶさり、シンハの金色の毛が隠れていく。いや、押し潰されていく。

 神苑(しんえん)の中の玉獣(ぎょくじゅう)の中でさえ最強のシンハが。「おまえらなんか瞬殺だぜ」と大人相手に言っていたシンハが、幼子相手に押しつぶされている。

 子供は大人のように玉獣(ぎょくじゅう)の怖さを知らないからとはいえ……怖いものなしだ。

 

 「何やってんだよお前は。あぁ、みんなも砂が料理に入っちまうから向こうで遊んでおいで」


 妙なところで優しいヤツだな。

 シンハに覆いかぶさっている子供達を一人二人と抱き上げてやる。


 「ほう。以外と優しい仕草をするのだな。お前であろう? 新しくやってきた共生者とは」


 背後からの声に、首筋に電気が走った感触。

 聞いたことのない男の声に振り返る。


 「その青い瞳、本当にミントゥのような深い青だな」

 

 料理を並べた敷物の向こう側、男が波打ち際から歩いてくる。

 誰だ。こいつ。

 

 



 

 

 

 

 今の現状……ストックの修正加筆すら追いつけません(汗)。世界に浸れなくて……(涙)。

 再開したばかりで申し訳ありませんが,次回は年明けに更新したいと思います。

 ご,ごめんなさい! 

 次回は 1月5日 水曜日に再開したいと思います。

 また活動報告で詳しく書きます……(言い訳とも言う)。 

 

 慌しい年末年始ですが,お体にお気をつけ過ごしてくださいね。

 来年も皆さんにとって良い年になりますよう……。

 

 

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