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見下ろすループは青  作者: 木村薫
55/186

 53 船出

 狭い船内の廊下を、器用に進むイルタサの背を見ながらついて行く。

 船はとにかく火の元に気をつけろ。

 甲板下のこの階は、売り物の香草の束と香油の樽が置いてあるから特に火気厳禁。

 トイレは綺麗に使え。生活水は手桶二杯まで。最低限に。

 船上での生活のこまごまとした注意を受けながら、最下階の船員室から案内を受ける。

 

 「この船に乗るんだから、一応仕事はしてもらう。ハルキの飯は美味いからな、厨房に推薦しといたぞ」

 「ど、どーも」

 

 俺はこの船で生活する事を、とりあえず許されたようだ。

 昨晩、青い瞳のミンツゥと名乗った少女に後押しされるように、俺はここにいる。

 サンギや一部の人達はまだ俺の事を疑っているようだが、とりあえずここにいる許可は出た。

 ミンツゥの存在は、この船ではそれだけ大きいという事だ。

 混じりけのない青い瞳を持つ少女。


 「お疲れ様っす」

 「おう。ご苦労さん」

 

 狭い船内の廊下を、幾人もの男達とすれ違う。

 イルタサの後にいる俺の目を見ると、大体の人が顔を強張らせる。

 そして、俺の後ろにいるシンハに気づくと固まる。

 余程、青い瞳と玉獣が恐ろしいのか。

 その様子が可哀相なほどの怯えぶりなので、俺は足早にイルタサの後を追う。


 「まだ慣れてないからだ。もうしばらくすれば、シャムやモルみたいに慣れるさ」


 イルタサは、嘘をついている。

 彼らは、知っている。

 青い瞳の力を知っているからこそ、怯えている。

 玉獣(ぎょくじゅう)の力を知っているからこそ、恐れている。

 最初に出会った頃、モルとシャムはシンハを恐れていなかった。

 だが、彼らはイルタサから玉獣(ぎょくじゅう)の恐ろしさを聞いたのだろう。

 珍しい動物を見ているような反応だった彼らは、その翌日は酷く恐れていた。

 それが、正しい反応なんだ。

 そう思うと何か哀しい。

 青い瞳の力が何なのか、よく判らない。けど、気心の知れた彼らも俺を恐れているんだろうか。

 イルタサも、心の中では恐れているんだろうか。化け物と、思っているんだろうか。


 「最上階の船尾には、サンギ様の部屋がある。昨日会ったろ」

 「あのおばさんですね。あの人は船長なんですか? 」

 「いや。団長だ。で、あそこは女達の部屋だ。まぁ、船には女はあまり乗らないから今はミンツゥと世話係の女ぐらいだけどな」

 「はぁ」

 「その向かいが食堂。飯は朝と昼と夕時。八つ時と宵にも軽く用意してくれ。詳しくは厨房で聞けばいい」

 「はい」

 

 船長と団長はどう違うのか。

 そもそも団長というからには、ここはホニャララ団なんだろうか。

 暴走族かバラエティのお笑い番組とかじゃないだろうし。

 首を傾げたままイルタサのついて階段を上ると、そこは甲板だった。

 吹き渡る風に僅かな潮を感じて、陽の明るさに目を細めながら辺りを見渡す。

 シンハが背後から飛び掛って、俺の肩に寄りかかるように前足を乗せてくる。

 思わず重さで足がふらつく。


 「すっげぇ! 進んでるっ。風で進んでるぞっ」

 「今日はいい風だ。ありがたい。もう河口だ」

 「海へ行くのか? 」

 「南へ行くんだって! 」


 甲高い少女の声に振り返る。

 綱を操る男達が立ち働く甲板に、少女が立っていた。

 太陽の光が、青い瞳を輝かせている。


 「ミンツゥ。あまり外に出るな。まだ海には出ていないぞ」

 「もう周りに船はないもん。ずっと船室にいたら退屈だよ」

 「これからは見張りがいるな」


 苦々しく呟くイルタサに、ミンツゥは微笑みかける。

 幼さが僅かに残る頬にえくぼが可愛らしい。


 「ハルキさん、この船に乗っていいんだね。団長から許可が出たんだね」

 「いや。様子見ってとこだ。なんせ記憶がないクマリの大連(おおむらじ)だ」

 「この青い目に玉獣(ぎょくじゅう)つきだし、しょうがないですね。自覚はありますよ」

 「ハルキは悪い人じゃないよっ」

 「はいはい。ミンツゥはすっかりハルキがお気に入りだからな」


 イルタサの大きな手で頭を撫でられるのは嫌なのだろう。

 頬を膨らませ腕を組んでみせる。

 お年頃か。やっぱり見た感じはまだ小学生だ。中学生……ではないな。

 職業病のような勘で察する。十歳過ぎた頃か。


 「ハルキを船から落としたら、私も海に入るからねっ」

 「ほう……珍しいな。ミンツゥがそこまで言うか」

 「そうよ。だから酷い事しちゃだめだよ。ね、シャムとモルから聞いたんだけど美味しいお菓子作れるんでしょ? 」

 「え、あ、あぁ……」

 「今日のお八つ作って! ね、いいでしょイルタサ」

 「じゃあ、あとの案内は頼むぞ」

 「はぁい」


 イルタサの返事を待たず、ミンツゥは俺の腕を引っぱり甲板を歩き出す。

 その強引さに戸惑いながらも、引っぱられるままにまかす。

 まだ少女の細い腕を引き剥がすのに、気がとがめる。


 「みんな、心配なの。不安なの」

 「ミンツゥ? 」

 「みんなあたしをダショーだって言うけど、あたし記憶がないもの。エアシュティマス様の記憶なんてない。あたしは今の記憶しかないの」

 「ミントゥ……何を言ってるんだ」

 「みんな、あたしをダショーだと思い込んでる。思い込みたかったんだよ」


 俺にじゃれるように腕を引っぱり船尾へと進みながら、囁かれる。

 その真剣な声色に、歩みを合わせる。

 

 「そうしたら、あたし以外に青い瞳を持つ共生者が現れた。しかも、ニライカナイの仲間じゃなくクマリの大連(おおむらじ)だもん。怖いんだよ」

 「何で? 青い瞳に、何の意味があるんだ。何でキミをダショーだと思い込みたいんだ? 」

 「だって、ダショーには精霊の祝福があるじゃないの」


 船尾の縁で、ようやく立ち止まる。

 薄緑色の水面を乱して白い航跡を残す船は風で帆を膨らまし、さらに速度を上げていく。

 帆を操る男達の掛け声が遠くなっていく。


 「その青い瞳は星を見ている。そうでしょ? 」

 「星を? 」

 「精霊だよ。ハルルンは苦労なく普通に見えてるだろ? ほら、帆で跳ね回る風の精霊がみえてるだろ? 」

 「そういうもんじゃないのか」

 

 風が吹けば、髪をなびかせ舞うように飛んでいく精霊達の姿を見る。

 水を見れば、しなやかに水中を魚のように泳ぐ精霊の姿を見る。

 緑が鮮やかな場所には、四股を踏む精霊の姿を見る。

 そういうものじゃないのか?

 俺は日本にいた時に、小人のような精霊達を見ていたぞ。


 「普通の共生者は、自分の操れる属性の精霊達しかみれない。それも自分の力にあった程度の精霊しか見れないの。厳しい修行をしたりすれば、見えるようになるらしいけど」

 「そういうもんなのか」

 「時間がないの。はっきり言うね」


 ミンツゥは辺りを見渡して、俺の手をさらに引っぱり座り込む。

 まるで宝物の隠し場所を打ち明けるように。


 「ハルキ、ダショー様だよね? 」

 「……ミンツゥ……」

 「初めて市場で会った時に気づいたの。ね、ダショー様でしょ? 」

 

 青い瞳に、俺の青い瞳が映りこんで深い海のようだ。

 キラキラと輝く瞳に満たされた美しさに、息を呑む。

 浄眼というのは、魂の本質まで見通すのか。


 「ハルキの玉獣(ぎょくじゅう)に命を賭けて言うわ。あたし、誰にも言わない。誰にも言わないから」

 「この嬢ちゃんの言ってる事は本当だな。ハルキ、言っちまいな」

 「……何で、判ったんだ? 」

 

 この子が、他の大人に言うかもしれない。

 そんな不安は消えていた。

 同じ青い瞳だから、もある。

 でもそれ以上に、ミンツゥの自然さに導かれるように話していた。

 シンハを恐れず「命を賭ける」と邪気なく向かい合うその視線が、心地よい。

 こんな眼をする人を、俺は知っている。

 この子は、恋しいミルと同じ眼をする。


 「ダショー様……ダショー様なのねっ。凄い、本当に異世界から来たの?! 」

 「あ、あぁ」

 「そっか。なら、余計に大変だよ」


 感動もそこそこに、ミンツゥは積み上げられた綱の中から見慣れた包みを引っ張り出す。


 「お、俺の荷物! 」

 「団長が探ろうとしてたから、隠しといたの」

 「探る? え、えぇえ?! 」


 荷物を勝手に探られる怒りよりも、その中身を見られたら危険だった事に気づく。

 明らかに異世界のものと判るシャツやスラックス。

 ミントゥの機転がなければ、どうなっていたんだろう。

 背筋を震わせながら、包みを広げる。

 僅かに皺がついたシャツやスラックスがあらわれ、ミントゥは「うひゃあ」と妙な声をあげた。

 

 「これ、服? 」

 「うん、まぁ……危なかったな」



 

 


  

連載再開。長らくお待たせしてすみませんでした。

次回 12月8日 水曜に更新予定です。

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