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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 52 遠い過去からの再会

 前作『千夜を越えて』の内容が出てきます。

 「判らなくても突き進む! 」方でも読めるよう,説明ネームバリバリで描いてますが,気になる方は最終話や一章のラストを読んで頂ければ……。すいません,面倒くさい事して(汗)。

 真実を混ぜれば、それは完璧な嘘となる。

 何を隠さねばいけないのか。何処まで明らかにしていいのか。

 俺の頭の中で猛スピードで計算する。


 「死にたかった。後李帝国にいれば、俺は死ねるかなと思って」

 「死にたかった? 」


 俺の言葉に、サンギが眉をひそめた。

 

 「俺の仲間が、死んだ。どうしたら良いか、もう判らなくなってた。一人は怖くて、辛くて、だから死にたかった」

 「ハルルン」


 気遣わしげに俺を見上げるシンハの首元を撫でてやる。

 ふわふわの感触に、俺はどれだけ救われただろう。自然と笑みが零れる。

 大丈夫。俺はもう死なない。死ねないんだ。

 ミルをこの手で抱きしめるまで、死ねないんだ。

 だからここで大芝居だってうってやる。


 「俺は何も覚えてない。天鼓(てんこ)の泉が壊された瞬間からしか、記憶がない」


 地球からこの世界に来たあの瞬間以前の事は、何も知らない。

 だからこれは嘘ではない。

 

 「俺が誰なのかも判らない。名前しか思い出せない」


 これは嘘。

 

 「俺には玉獣(ぎょくじゅう)がいる。だから共生者だと教えられた。それ以上は思い出せない」


 これは半分は嘘。

 蘇りつつある記憶は、サンギ達の正体もわからないのに話せない。

 いや。誰が相手でも話せない。

 俺はじっとサンギを見詰めた。

 さぁ、ボールを返したぞ。

 あとは返答次第だ。

 身動き出来ない沈黙がしばらく続いてから、サンギが溜息をついた。


 「厄介な子を連れてきちゃったもんだね」


 厄介な子。

 28の男に厄介な子と言うか。でも逞しい中年のおばさんな容姿のサンギから見れば、俺は雛鳥なんだろう。

 少しムズ痒い感覚で見返すと、中央のテーブルに大判の紙を広げた。

 ランプの明かりに照らされた二色刷りのソレは、地図のようだ。いくつもの曲線が描かれている。


 「天鼓(てんこ)の泉が破壊されたのは三ヶ月近く前だね。まだ暑い頃だった。あの戦をかいくぐったクマリの戦士なのかい」

 

 明らかに俺への問いかけなんだろう。控えている幾人かの男からも視線が送られたが、俺は無視した。

 真実以外は、喋らない方がいい。余計な言葉を入れれば、嘘がばれる。


 「クマリの姫宮様は噂じゃあ、十年前に異界渡りをしたダショーの魂を追っていったとか言われていたけど。どうかね」


 再びの問いに、俺は黙りを決め込む。

 内心、冷や汗が流れ出す。

 噂というが、それは真実だ。何故知っているんだろう。


 「そして天鼓(てんこ)の泉が破壊された日に、新しい星が生まれた。やっぱり、還ったんだろうかね」

 「新しい星は、俺も見ました」

 「そうだねぇ。ダショーの星なんて呼ばれてるねぇ。世間じゃあ、ダショーが異界から還ったとか言われているねぇ」


 サンギは、地図を眺めていくつかの点を指で辿る。

 網目のような河は、運河なのだろうか。陸地に書かれた各都市を結ぶ線のようなソレを、太い指がたどっていく。

 一際大きい丸で印がつけられた点を、軽く指先で叩いて唸る。何を考えているんだろう。


 「あんたが大連(おおむらじ)として天鼓(てんこ)の泉の戦場にいたのなら、姫宮様が異界渡りをしたか知っているだろう? 」

 「……」

 「ダショーは異界から還ったのかい? 姫宮様はダショーを知っているのかい? そもそも……ダショーは本当に存在するのかい? 」

 「その前に。あんた達はダショーの事を何で知りたがるんだ。どこに属してる? どこの国の組織なんだ? 」


 話を聞いてると、サンギ達の目的が判らない。

 クマリに加担する組織なのか、それともどこかの国の間諜なのか。

 サンギがニヤリと笑い、俺の後ろに立っているイルタサ達に目配せをした。


 「確かに、私達の素性も知らなければ質問には答えられないだろうね。見せてあげな」


 男達は、首元を探り何かを引っ張り出した。

 柔らかなランプの明かりに照らされて、それは白く反射した。


 「私らの仲間は、この護り貝を持ってる」


 ニライカナイ。

 白く小さな巻貝を見た途端に、単語が閃いた。

 忘れてしまった大切な記憶が、閉め忘れたようなガスの元栓のような記憶が、瞬く間に再生されだす。

 

 「この護り貝を持った仲間は、ブラフ大陸中にいるよ。私らは、遠い先祖を同じにする仲間さ」

 「先祖……ニライカナイから来た? 」

 「あんた、何か知ってるのかい?! 」


 顔色が変わったサンギの様子に気づいたが、それどころではない。

 目の前から記憶に意識が奪われそうになっていく。

 再生されていく記憶が、猛スピードでパズルを合わせていく。

 

 ニライカナイには行かない。

 そう宣言した夜。

 いつかニライカナイも、ばれてしまうよ。その前にここを出よう。

 そう説得した夜。

 これから生まれる子孫の運命の為にニライカナイを出よう。

 そう、みんなに頭を下げた。


 みんな? そう、みんなに。

 小さな白い巻貝を、この護り貝をみんなで首に飾ったんだ。 

 この世界を欺く秘密を共有した印として。離れていても同志の印として。

 あれは、誰?

 俺は、誰? 俺は、ハルンツであり……ラインハルトであり……。


 「ハルルン! 」

 

 よろめく俺を支えるように、シンハが身を寄せる。

 思わず片膝をついた俺は、シンハの背を支えにゆっくり立ち上がった。

 緊張が走るサンギ達に、笑いかける。

 運命とは、何と不思議なものだろう。

 その縁の巧みな技に、微笑んでしまう。


 「……何を知ってるんだい。あんた、何者なんだい」

 「さぁ。誰だろうな」


 遠い遠い五百年前に別れた彼らとの再会。

 彼らは、ハルンツと同じ里だった人達の子孫だ。

 当時のハルンツは、自分の共生能力を戦に利用されるのを恐れていた。そして無防備の同郷の人達は権力者から逃れる為に絶海の孤島へ旅立った。

 その絶海の孤島がニライカナイ。

 さらにハルンツは、その危険な血統を隠す為に若い幾家族かをニライカナイから大陸中へ分散させた。

 青い瞳の共生者が、大陸中に散らばる理由。

 ニライカナイの記憶がやがて消えても、時とともに血は大陸のあちこちで交わり薄れて分散される。

 エアシュティマスから続くその能力は、価値が薄まっていく。エアシュティマスとハルンツの血統を継ぐ印の青い瞳も、交わっていく。

 ハルンツは、生涯をかけてその能力をこの世界から消し去る事に費やした。

 深淵の神殿から隠れて抜け出し、何度も何度も彼らを逃がし続けた。

 その途方もない記憶に、大きく溜息をつく。

 何てことを、したんだ。

 何人もの運命を背負って世界を変えようともがいた自分に、溜息しかでない。

 呆れや、尊敬や、哀しみや、途方もない月日を思って、溜息が零れる。

 好きな人と過ごせなかったのは、幸せに出来なかったのは、この事だったのか。

 自分の能力を残さない為。自分の遺伝子を残して、後の抗争の元を作らない為。

 その為に、ハルンツは自分の幸せを犠牲にしたのか。

 好きな人と過ごす、そのささやかな幸せさえ犠牲にしたのか。

 この世界の均衡を護る為に。まだ見ぬ子孫の為に。

 

 「昔、俺はあんた達の仲間に会った事があるみたいだ。その護り貝……懐かしいよ」 

 「この護り貝を見たのかい」

 「少し、思い出した。ニライカナイから来たと、そう言っていたな」

 

 ハルンツは、その巻き貝を大切に未来の自分へと残していった。

 深淵に残した小さな宝箱に、幾人もの過去の自分が巻貝を大切にしまっていた事も思い出す。

 あぁ、そうだ。これが、全てを犠牲にした印だった。ハルンツが護ったものの印だった。

 この胸に、今下げているのは青い指輪。その指輪を、着物の上からそっと握る。

 ミル。俺は運命を信じる。

 進む道は、きっとキミに繋がってる。


 「もちろん、誰にも話してない。死んだクマリの仲間にも話していない」


 サンギ達の顔は、一斉に強張った。

 主導権は俺が握った。相手の秘密を握った俺が優位に立ったと確信。


 「あんた達には話す。確かにダショーは存在する。姫宮様はダショーをこの世界に連れ帰った後、深淵(しんえん)に攫われてしまった」

 「ダショーは本当に存在するのかい?! 」

 「存在する。姫宮様は……ダショーを庇って、捉まったんだ。ダショーは無事、逃げている」


 大勝負だ。

 俺は深呼吸してサンギを見詰めなおす。

 興奮していく血を理性で落ち着かせながら、慎重に言葉を繋げる。

 この運命の道を、キミへと続けるんだ。

 

 「ダショーの姿を知っているのは、姫宮様と俺だけだ。あんた達の狙いは判らないが……深淵(しんえん)や後李帝国の者ではないのだろう? そんな権力から離れた存在なんだろう? それなら、それなら力を貸してくれ。俺は姫宮様を助けたい」

 

 サンギを見詰める。

 僅かに残った瞳の青に、記憶は残っているだろうか。

 ハルンツとの記憶が、残っているだろうか。

 祈るように、その瞳を見詰める。

 互いを探る視線が沈黙の中で蠢いていく。


 「お願い。お兄ちゃんを助けてあげて」


 それは小さな声だった。

 小さく震えるような少女の声に、全員がたじろぐ。

 いつの間にか開いている扉から、おずおずと少女が姿を現した。

 その顔には、笑い顔の仮面がつけられている。

 

 「悪い人じゃないよ。本当だよ。嘘、ついてないよ」

 

 白く細い手が、仮面を外す。

 まだ幼さを残すふくよかな頬と、青い瞳が露わになる。

 真っ青な青い瞳に蛍火が宿っている。


 「ミントゥ……あんた」

 「勝手に出てきてゴメンなさい。でも、でもお兄ちゃん、悪い人じゃないんだよ」


 サンギや部屋にいる大人達へ一所懸命にお願いする少女の声に、思わず声を上げてしまった。

 思い出した。

 テリンと市場で軍人達に絡まれた時に助けてくれた、青い瞳の少女。

 ニライカナイの言葉を思い出させてくれた、少女だ。


 

 

 



 

 

 

 

 

 次回 10月7日 明日に設定集第二弾を投入予定。

 すみません。実は諸事情により,しばらく連載休止予定です(涙)。

 詳しくは活動報告に書きましたが,現実世界が忙しくなり,頭の中が回らなくなりました……。

 とりあえず,明日に設定集二弾を。

 連載開始は12月1日 水曜日を予定しています。

 ゴメンなさい。

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