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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 49 双子と男と漫才と

 演奏前に、必ず空を見上げる癖がついていた。 

 俺の世界の始まりに響いた音。

 ミルと出逢って動き出した世界が奏でる音を捉えたいんだ。

 澄み切った空を見てると、壮絶な速さで拡張していく時間と空間の果てで、その音が存在していると信じてしまう。

 地球から遠く遠く離れた別の宇宙かもしれないけど、その音を捉えたいんだ。

 捉えたら、キミに逢える気がする。もう一度、あの夏の夕暮れの空を飛んで来たミルに逢える気がする。

 だから、演奏の前は空を見上げる。

 俺の体の奥で眠る音は、その宇宙の音と和音になると感じているから。必ず抱きしめると決めているから。

 想いが高まる。深い深い感情が込み上げる。濃縮されたその感情は、何と表現すればよいのだろう。

 ミルが恋しい。表面は穏やに凪いだ水面。水面下は沸騰して滾るような激情。

 こんな日は、何を奏でようか。


 「……」

 

 『砂山』がいい。荒れ狂う冬の海の前で、望郷の想いを叫ぶ唄。

 弓を動かすたびに、弦を震わすたびに、感覚が研ぎ澄まされる。視界がどんどん狭まっていく。

 見開いたかはずの目に、光が消えていく。

 周りが見えなくなっていくのと比例して、世界を感じていく。

 通行人が足を止める動き。向かいの居酒屋からやってくる人の気配。

 今夜は二曲目でこの集中力。この快感。

 心地よいが、このままでは精霊達が踊ってしまう。そうなれば商売にならない。

 集中を高まっていく快感に、抗えない。

 やばいな。

 理性の欠片がそう告げた時だった。

 案の定というか、いつもより早く悲鳴が上がる。

 集中が途切れた途端、世界が飛び込んでくる。

 目を見開き、指を差して喚き、腰を抜かす人々。

 その視線の先は俺の周辺で踊りまくっている精霊の群れ。

 

 「商売の邪魔するなよっ」


 思わず楽しげに踊る暢気な精霊達に愚痴ってしまう。

 目の前に置かれた籠には、硬貨が一枚も入っていない。今日の商売は失敗だ。

 この寒い中、一杯の飯も食えない結果になるんなら、手を抜いた演奏をすべきだった。

 後悔しても全て遅い。

 悲鳴が人を呼び、その流れがさらに野次馬を呼んでいく。

 素早く荷物をまとめ始めた俺を指差し「「共生者」じゃないのか」と囁く声まで聞える。

 その口調や周りの反応から、あまり歓迎されてないのを実感する。

 荷物を背負い籠を引っつかんで走り出した俺の背に、「逃げるぞ! 」と野次が飛んだ途端だった。

 複数の足音が駆けてくる。

 狭い裏通りは、今や野次馬だらけで真っ直ぐに歩けない。

 その人垣の向こうから見知った暗緑色の甲冑が見える。

 

 「鬼火を出した楽師がおるとは真かっ」

 

 濁声はモーゼ紅海の奇跡の如く。人垣が真っ二つに割れていく。


 「貴様かっ」

 

 眼光鋭い男が、獲物を見つけたとばかりに駆け出す。

 冗談じゃない!

 条件反射で俺も走り出す。

 ここで後李に捕まる訳にはいかない。大体、共生者って事ですごく痛い目にあいそうだ。

 突然現れた軍人達と、騒ぎを聞きつけて押し寄せる人波。

 ぶつかり合う人の流れに、走る事もままならない。

 掻き分け、どつかれ、押し返して逆走。

 僅かな人の流れの隙間を見つけ、その空間に入り込みながら懸命に大通りを目指す。

 まるで嵐のような人波に必死に抗う。

 右手に抱えた三線を庇おうと身を捩り、押し寄せる人の肘が避けきれずに勢いよく左目に炸裂した。

 

 「っ」


 一瞬、視界が真っ赤に染まって激痛のあまりに息が止まる。

 鼻も痛み、生温かい感触とともに、鉄のニオイが溢れ出す。

 思わず足が止まった俺を、人の流れが押し返す。無防備になった俺の足を、幾人もの足が踏みつけていく。

 人波に翻弄されるまま、後ろ後ろへと押し戻される。不意に押されて倒れそうになる。

 踏みつけられる。

 無数の足に踏まれる恐怖に体が縮んだ瞬間、両脇を掴みあげられた。

 足が浮き上がり、勝手に持ち上げられて走り出す。成人男性の俺を持ち上げたままの走り。

 まるで遭難寸前だった船のエンジンが、奇跡の復活をしたようだ。背後に迫っていた軍人達の罵声が、どんどん小さくなっていく。

 俺の両脇を持ち上げた二人の男は、無言で風のように人波を潜り抜けていく。

 こいつらは、何者だろう。

 軍から逃げる様子からして、軍の人間でないのは確か。そう思い至り、考えるのを放棄した。

 両脇を抱えられ引っ張られるこの状況は、怪しげなUFO番組に出てくる『捉まった宇宙人』そのまんまだけど。

 とにかく、体力は有り余ってそうな男達に抵抗するだけ無駄だろう。鼻血を流しながら、そう腹を据えてみる。

 両脇の男は無言のまま、俺を連行した勢いを衰えることなく街中を疾走して街外れへと辿り着いた。

 

 「おぉおい」


 収穫を終えて乾燥した田んぼの中、大男が立っている。

 ぼろ雑巾のような俺の姿を見て、その男は眉をひそめた。

 

 「こりゃ酷い」

 「だろ? オレ達必死で連れてきたんだ」

 「そうじゃない。お前達、手当てぐらいしてやれ。目の周りが青く腫れてきたな。鼻血もでてるし」


 ようやく地面に下ろされた途端、足元からシンハが飛び出た。

 俺と男達の間に素早く着地し、全身の毛を逆立てて牙をむき出して唸りだす。


 「助けたのは礼を言ってやる。でも何の目的でっ……痛ぇえ! 」

 「勝手に出てくるなよっ」

 「いきなり殴るなボケっ」


 しかも何で上から目線なんだろう。

 シンハの頭を叩き、懐から手ぬぐいを取り出す。

 とにかく、鼻血を出した状態で何を言っても格好がつかない。血だらけの鼻元を隠しながら、頭を下げた。


 「危ないところをありがとうございました。でも、何で助けて下さったのか理由が知りたい」

 「こりゃあ……」

 「すげぇ! 本物かなっ 」

 「本物だよなっ」


 男達の反応は、面白いほど意表をつくものだった。

 今まで玉獣のシンハを見れば、妖だの化け物だのいう人ばかりだったが、彼らは違った。

 俺を運んできた二人の男は、目をキラキラと輝かせてシンハを見ていた。ウサギでも見るようなその目つきの彼らは、驚くほど声や体つきが似ている。双子のようだ。

 そして、待っていた男は興味深そうに俺とシンハを交互に見ている。

 双子達より、俺よりも年長者のようだ。暗闇の中でも判るぐらい、逞しい腕を組んで唸った。


 「「イルタサ。これ、本物? 」」


 シンハを指差して双子がハモッて尋ねると、イルタサと呼ばれたマッチョな男が両手で双子の頭を叩いた。

 素晴らしく小気味よい音がハモッて闇夜の畑に響く。

 

 「指を差すな。これと呼ぶな。お前らは事の重大性が判ってないだろう」


 イルタサは、その大きな体を折り曲げる。


 「重なる無礼、すまぬ。ワシはイルタサ。こいつらはモルカンとシャムカン。どっちがどっちか、ワシも判らん。まぁ、それはいいとして」

 「モル……シャム……」

 

 どっかで聞いた単語だ。

 記憶がまた引っかかるが、それが前世の記憶か俺の記憶か、既に自信がないほど最近は混乱している。

 まぁ、いい。そのうち判るだろう。

 俺はとりあえずイルタサの言葉に耳を傾ける。


 「とりあえず、安心して欲しい。ワシ達は、クマリの敵ではない」

 「そうそう。敵じゃないよ」

 「俺たち」 

 「あんたの事」

 「探してたん……「痛っ」」

 「二人で交互に喋るな! 紛らわしい! 」


 まるで漫才を見ているような光景。

 シンハは緑の瞳を輝かせ、尻尾を振っている。

 明らかに、面白いおもちゃを見つけたと思っているのだろう。


 「すまん。とにかく鬼火を出す楽師とは、貴方の事か? 」

 「出したくて出してる訳じゃない」

 「そうか。では貴方はクマリの民なのか? 」

 「……」


 妙な双子はともかく、イルタサと名乗った男は油断出来ない。彼らこそ、何者なのか判らないのに自分の事を話すのは危険すぎる。

 肯定も否定もせず、じっとイルタサの目を見詰めてみた。

 俺の青い瞳を見て、玉獣(ぎょくじゅう)のシンハを見て、どう判断するのか知りたい。

 クマリの敵ではないと言ったし、後李の軍から助けてくれた。俺が共生者と知って、どうするのだろう。


 「玉獣(ぎょくじゅう)持ってるんだから」

 「まぁ、共生者って事で」

 「間違いないじゃん」

 「サンギ様からのお仕事はちゃんと」

 「こなしたんだから」

 「ちゃっちゃと緑江の船に」

 「帰ろうよ」

 「だから交互に喋るなっ」


 再び頭を叩く音がハモる。

 この双子漫才はどうにかならにのか。会話が進まない。


 「とにかく、ワシ達と一緒に来い。この後李で共生者が一人で生きていく事など出来んぞ。また軍の連中に襲われるのは見えとる」

 「あなた達の目的はなんだ? その危険な共生者を助けて、何かメリットがあるのか? 」

 「目的、か。そうだな」


 イルタサは逞しい腕を腰にあて、にやりと笑った。

 とたんに、厳つい顔に愛嬌が生まれる。


 「共生者を助けるのがご先祖様からの言いつけでね……って事じゃ駄目かね」


 どんなご先祖様だよ、そりゃ。

 

 


 

 


 

 


 

 

 

 次回22日 水曜日の更新予定です。


 

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