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見下ろすループは青  作者: 木村薫
41/186

 41 一つの真実 一つの理由

 ここから数話,ゾンビにトラウマがある方はご注意を。

 作者自身,グロいのが嫌いなのでソフトに描いてますけど。

 「≪ おぉ! 記憶がございましたか。四十余年と経っても私を憶えていてくださるとは光栄。その青い瞳が懐かしゅうございます。今生のダショー様も美しい浄眼をお持ちだ。心が洗われるようです。その青をよくお見せ下さい ≫」

 「……あんた、まだ生きてたのか。もう、いい年だろ」

 「≪ 泣いていたオユン様にお会いしたのは、上位神官になったばかりでしたからね。今はもう爺ですよ ≫」

 「何故、何故にアイ執政官殿の声がテリンからするのですか! 」


 ミルの悲鳴のような声に、テリンの土色の顔が、にっこりと微笑む。

 生気のなくなった肌が動く様が、おぞましい。

 昨晩まで生きていた人が、今までと違う笑みを浮かべていう様が恐ろしい。 

 

 「執政官? 深淵しんえんのトップじゃないか。出世したんだな」

 「≪ 恐悦至極でございます ≫」

 「褒めてない」


 ミルを背に隠し、板間のテリンを睨みつける。

 あれは、テリンの体を持ったアイだ。かつて、俺を縛り付けた張本人。

 その記憶が、俺を震えさせる。恐怖を呼び覚ます。

 握り締めた水差しの中で、水が激しく水面を揺らしている。


 「執政官様が、何でテリンの体使ってるんだ」

 「≪ もう爺ですからね。深淵しんえんからクマリへ出ること、叶いませぬ。それでも、今生のダショー様に何としてでもご挨拶を致したく、この男の体を使う事にしたのですよ。この男なら…… ≫」


 ぽんぽんと、テリンは自分の腹を叩いた。

 その手は、やけに骨ばっている。昨日、あんな細い手をしていただろうか。

 

 「≪ 姫宮が神殿にいた時からの馴染みですからな。いや本当に、この男は話が判る ≫」

 「テリンに何をした! 」


 背後のミルが、土間を素早く横切り壁に立ててあったつっかえ棒を掴む。

 空気を切る低い音を響かせ、棒の先端をぴたりとテリンに定めた。

 一連の流れるような動作に、後頭部で結い上げた黒髪が揺れる。


 「≪ ほう。姫宮の腰に刀がないとは。随分と和やかな日々だったようですね ≫」

 「テリンは、テリンの心はどこにある! 」

 「ちょっと待て! まさかテリンにかけたのは」


 ミルの問いに、溢れ出ようとする恐怖を抑える為、思わず額を押さえた。

 恐怖の奥にある記憶が、幻影のように脳裏を駆け巡る。

 深淵が秘密裏に鍛錬していた、闇の呪術。人心すら掌握する為に、ダショーの魂を完全に掌握する為に繰り返し研究していた呪術の数々。

 吐き気のする内容を思い出し、その光景が閃光のように蘇る。

 

 「……傀儡かいらい術か? 」

 「≪ ほう。ダショー様には内密で鍛錬をしていたのにご存知とは。我らの結界も穴だらけですな ≫」

 「精霊は俺の味方なんだぞ。秘密も何もあるか」

 「≪ それは然り ≫」


 水の精霊が、風の精霊が常に怯えていた。

 神殿に併設されていた病院で、末期の病人が消えていくと。

 引き取り手のない病人を使って、魂の存在を縛る呪術を繰り返した深層の秘密部屋の出来事。

 そうだ。俺は水を覗く度に、水の精霊が映すその光景を見ていた。

  

 はやく ここから にげて


 精霊達の声が聞こえても、逃げる手段を奪われていた。

 何故なら家族を、人質に囚われていた。

 その隙に、俺は蜘蛛の糸に絡み縛られた。

 いつもの手段だ。

 大切なものを手中に入れ、呪術をかける。

 それなら。


 「テリンは、ミルの為に術にかかったんだな」

 「≪ この男は姫宮の事しか考えてない。利害が一致したのですよ ≫」

 「テリンは、承知したのか」

 「≪ 姫宮の安全を保障するなら、自分の死後にこの肉体をどうしても構わないと ≫」

 「嘘です! そんなの、嘘だ!」

 「≪ 姫宮はもう少し、御自分の価値に気づかれた方がよい ≫」


 しゃがれた声が、雨音を制するように響く。

 この空間を支配するように、堂々と響く老人の声。

 四十余年経とうと、声の響きは変わらない。


 「≪ この男にとって一番大切なのは姫宮であり、クマリではない。後李に国を奪われたクマリを再興しようなどとは、思っていなかったようですよ。深淵しんえんに姫宮の安全を保障させる。それが代償 ≫」

 「嘘だ! テリンはいつだって、クマリの再興を願っていた! 国を奪われた民の旗頭になれと、族長として常にクマリを考えろと 」

 「≪ しかし、最近の姫宮は女になられましたな ≫」

 「……おんな」

 「≪ 貴方はクマリを再興すると言っているが、ダショーとの恋に夢中だったではありませんか ≫」

 「違う! 」

 「≪ 姫宮自身、クマリ再興が目的ではなくなってきている。違いますかな ≫」

 「私……私は」


 揺れるつっかえ棒の先端が、ミルの動揺を現しているよう。

 その途端、俺の中の何かが外れた。


 「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! ミルまで縛り上げるな! 」


 地獄の蓋が開く。キツク封印していた記憶の感情が蘇る。湧き上がる。飲み込まれる。


 「こいつの言葉を本気で聞くな! アイはそうやって、人の心を縛って人質にしていくんだっ」

 「≪ これはこれは。人聞きの悪い ≫」

 「傀儡術がどんなもんか、俺は知ってる。死に行く者の魂を体から退かして肉体を乗っ取る術だった」

 「≪ ほう ≫」

 「ハルキ……ではテリンは? テリンはどこにいるの?! 」


 記憶が止まらない。

 俺の意思に反して、記憶はどんどん再生されていく。

 まるで夢を見ているようだ。

 どんな悪夢でも、苦しくて目覚めたくても、眠り続ける夢のよう。

 もがいても唸っても、霞をつかもうとする曖昧さ。

 自分の意識なのに、自分も思うとおりにならない。

 目の前で小刻みに震えても、決してテリンから狙いを外さないミルの強さだけが、現実に引き止めてくれている。

 それなのに、俺は残酷な推測を口にする。


 「テリンは、初めて会った雲上殿うんじょうでんで瀕死の状態だった。もう……あの時には術は施行されていたんだな。テリンの魂は、抜けかかっていただんだな」

 「そんな! 」


 思わずミルの肩を掴む。細い肩が、震えている。

 

 「確かにテリンはかなり弱っていましたけど、玉獣ぎょくじゅうを呼び出せないほど弱って……まさか、すでにテリンの玉獣ぎょくじゅうはいなかったと? 」

 

 テリンは移動の時に玉獣ぎょくじゅうを呼び出せずにいた。怪我の治りも遅かった。

 まだ体力も気力も完全に回復していないからと、玉獣ぎょくじゅう自体かなり衰弱しているから休ませていると、そうテリンは言っていた。

 テリンは、事の全てを判っていたというのか?


 「≪ クマリの残党が最後の望みを賭けるのは、異界へ渡ったダショーしかいない。生憎、我らは異界へ渡る術はわからぬ。だが神苑しんえん玉獣ぎょくじゅうを知り尽くし、あの創世の白鷹と接するクマリの民なら、異界渡りも出来よう ≫」

 「だから、深淵しんえんの神殿は、我らに援軍を約束した……と? ハルキを異界より連れ出す為に、後李と戦をしてでも異界へ渡る決意をさせる為に、援軍を約束したと?! 」


 ミルの声が震えていた。

 自信も誇りも、崩れ落ちていく声。


 「深淵しんえんの神殿は、我らに後李の猛攻の中ダショー様を異界より生還させ、我らから奪おうと算段していたと?! 」

 「≪ この男を使えば、造作ない ≫」

 

 ひらり、テリンの手が宙を舞う。

 土色の肌が裂けるように、赤黒い口が笑う。

 鼻がもげるような死臭が、豪雨で湿気た空気を伝って漂ってきた。

 足元で、全身の毛を逆立てたシンハが微かに身震いをする。


 「≪ 最後のクマリ族族長の姫宮が、最大の信頼を寄せるこの男の体を使えば、造作ない。後李との戦闘に紛れて重傷を負った所で攫い、条件を提示すれば簡単に落ちましたね ≫」

 「テリン……っ」

 

 震えるつっかえ棒が、土間に落ちた。

 稲光が、涙を流して立ち尽くすミルを浮かび上がらせた。

 

 「では、では、私は一体、何をしようと……。国を失い、民を失い、家族をも失い、残された希望を掴もうと異界へ渡っても……これら全てが深淵しんえんの計算の中で踊らされた事だったと? 」

 「≪ 先の後李とクマリの戦でダショー様の魂を異界へ見失った我々には、そうする他なかったのですよ ≫」

 「そこまでして……ここまで大きな犠牲を払ってまで、何で俺の魂を縛りつけようとするんだ! 」


 崩れそうなミルを片手で抱きしめ、テリンだった肉体に叫ぶ。

 死臭を放つ人形を。

 

 「≪ 当然でしょう ≫」


 人形は、笑顔を消した。

 白く濁った目玉が、俺を映す。


 「≪ 世界中の精霊を思うが侭に出来る人物を、野放しに出来ますか ≫」


 皺皺に皮膚がしぼみ、肉が溶けてだした指先で、俺を指した。


 「≪ 一国を簡単に滅ぼさせるほどの力を、放置できますか。なれば、我ら神殿がその危険な魂を縛り付けねばなりません ≫」

 

 焦点があってない濁った目に、正義の炎が燃え上がっていた。


 


 

 


 

 

 

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