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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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127 ブラックからの起死回生


 あれからルドラを一気に治し、諸々の仕事をこなし、深夜過ぎに休んで、フラフラで朝の支度にかかったのだけどヨハンの説教に襲われている。

 怒れる美形というのは、こうも迫力があるのかと思いながらも見惚れる、というか。この状況で現実回避してる心理に気付く。相当に疲れてるな、自分。


 「聞いてますか?! 」

 「は、はい! 」

 「本気で怒って、心配してるんですよ?! 」


 心配してるという言葉に、胸の奥がチリリと痛む。ヨハンは、これまた見惚れる仕草で朝日に煌めく金髪をかきあげて特大の溜息をついた。朝一番、着替え中の私室に飛び込んできたヨハンが、怒涛の勢いで文句を捲し立ててる。昨晩サイイドからルドラの治療完了と、早くの出立を知らされたのだろう。

 医療従事者の魂が怒り滾ってるらしいそれは、俺も悪いと思っている。


 「あれだけの出血をしたん! 本来ある筈の元気がないんやから、疲れやすく感染症にかかりやすくなってはるんです! 本来なら一月かけて復調するもんやのに、傷口くっつけたから大丈夫ってもんやないんです! 」

 「それは、そうだよね、うん。 けどさ、ルドラしか適任がいないし」

 「そもそも人使いが荒すぎるん! 」

 「仰る通りですっ」


 すみませんっ。

 ヴィグに帯を結んでもらいながら、駆動範囲限界で頭を垂れる。背中越しのヴィグの気配がイタイ。


 「とにかく、どんな仕事かは詮索せぇへんけどっ」

 「すみませんっ」

 「今の彼は通常の動きが出来んのです。自分の身すら守ることが危うい状態と理解した上で何かしら彼の為に考慮してはって下さい! 」

 「もちろん一人では行かせないし、ツワン達と相談するしっ」

 「彼に何かあったら、決定した聖下も落ち込むんやろ?! 」

 「え、あ、うん……」


 最後の言葉に、声を失う。黙ってしまう俺をひと睨みして、「使節団の朝の支度に行ってきますっ」と言い捨て壊さんばかりに扉を締めて出ていった。

 朝日がまだキラキラ光る部屋に残され、背中越しのヴィグが小さく笑う。


 「不器用な人ですよね、ヨハン様って」

 「……うん」


 その不器用さに、救われたよ。

 朝議前の、人がいない時間に来たのもヨハンの優しさだろう。言うべき事をキチンと言い、部下からの抗議を受ける姿を人目につかないようなしてくれた心配りに、黙って扉に頭を下げた。

 ありがとう。


 「聖下」

 「ぅおっ! ゴメンなさい! 」


 さっき退室したヨハンが、ノックの音と同時に扉を開けて戻ってきた。反射的に謝ってしまった俺に苦笑いして小さく頭を下げる。

 

 「失礼……ツワン殿達がお目通りをと申してますが……宜しいでっしゃろか」

 「や、うん、大丈夫。入ってもらっていいよ、全然『OK』!」


 何も気にしてないし、的な顔をして頷くと「後は任せましたで」とヴィグに言って今度こそ退室した。代わりにツワンが顔を出してやってくる。いや、思わず日本語混じってたな、俺。


 「朝早くに私室に押しかけて申し訳ない。あの件の報告をしたいんだが。何かあったようだな」

 「いや、全然大丈夫っ」


 背後の笑う気配に慌てて平常の顔を貼り付ける。最後の略冠をつけてもらいながら戸口のツワンを手招きすると、大きなツワンの背からテンジンと二人の工房長がキョロキョロしながら入ってきた。

 あぁ、あの件か。

 工房長達にお願いした件を思い出し、眉を顰めた。また難問がやって来たぞ。




 眉間に峡谷が出来そう。

 指の腹で撫でながら何度目かの溜息をし、何でこうなるんだと、言えぬ言葉を飲み込む。寝台に胡座で頬杖をして、役付が私室に訪れる度に繰り返される工房長達の説明を流しながらシーツに広げた紙を見直す。何度見ても、滅茶苦茶だ。


 「あの怪鳥の絶叫は、異なった虹珠を同時に使用したから、という事なのか……」

 「何でそんな事が起きたんだ……国の、大極殿に務める者が、その程度の意識なのか? 」

 「いや、見分けられるだけの力を誰も持っていないかもしれない」

 「しかし、そんな程度で宙船を管理していたとは思えません。やはり技術者の数が減ったか継承が上手く行ってないのかと」

  「そんなの、もういいわよ! こんな酷い事する相手と、何で話をしなきゃいけないのよ! 」

 「放棄するな。それが俺達の仕事だ」


 途端、興奮したミンツゥが固まる。

 しまった。

 眉間を撫で、深呼吸してから顔を上げる。部屋に集まった役付と工房長達が、身動きせずにこちらを見ていた。

 緊張させるつもりはない。なのに事態がそれを許さない。この問題そのものが、緊張を高めてしまう。こんな繊細な問題を、どう扱えばいいものか悩ましい。

 夕方には、歓迎の宴をひらく。そこである程度の答えを出さねば、使節団にさっさとお帰りを願えない。昨晩までの怒涛の出来事から、幾つかは方向性が出てきたが明確な答えは用意出来てない。

 焦りを、ゆっくりと深呼吸して吐き出す。


 「……すまない。言葉が過ぎた。皆の気持ちは解る。冷静に、事柄を整理していこう」


 落ち着け。丁寧に扱うべき問題だ。

 祈るように両手の指先を合わせ、確認していく。


 「まずは怪鳥の調査をありがとう。で、工房長達が中に潜入して判った事を簡潔にまとめる。一つは、浮揚する為に水晶釜に投入された虹珠に、本来なら風の虹珠を使用するところを水の精霊を込めた虹珠が使用されていた事。二つ目は、水晶釜にヒビが入ってるにも関わらず、修理や代替の申し出すら出てなく、帰還時の離陸にさえ耐えられるか不明だということ。故に、帰還時の離陸時に再び大絶叫が起こる予想と、そもそも帰還する事すら可能か不明。大体こんな感じでいいかな」


 ツワン達に静かに確認すると、頷く。

 昨晩、手の空いた第三小隊と工房の者が総出で、後李の見張りをくぐり抜け怪鳥の調査を行った結果だ。第一工房長が、持参した木箱から水晶釜を取り出した。僅かにピンクの色を帯びた球体。くり抜かれた水晶の球体が、朝日を乱反射して美しい。


 「これは先の戦で撃ち落とされた宙船から取り出した物で十年以上昔の型ですが、資料として私が保管していた水晶釜です。慣れないと見にくいのですが、蓋の金具の接合部に一つ。あと底から見ての……」

 

 丁寧に説明をしてくれる工房長達二人の説明を聞きながら、散乱した絵図を見直す。

 暗闇に紛れて怪鳥の観察をしての報告。出された絵図の精密さからも、彼らの報告が正確だろうと解る。だから、この問題も、真実な訳で。


 「カラクリを知る端くれから言わせて頂ければ、怪鳥を飛び立つのを防ぐしかないかと思いますねぇ。再び大絶叫で城内も城下も被害にあいますし、万が一に水晶釜の破損から墜落して使節団の皆さんが負傷されたら、我々が危害を加えたと言われかねませんよ」


 だよね。

 何が怖いって、クマリに非ぬ疑いがかけられて「宣戦布告」とされるのが怖い。迷惑千万。

 サンギの鼻息が荒い。ダワもリンパ、イルタサも腕を組んで唸っている。

 早く帰国してほしいものの、動かすこともままならない相手だ。

 

 「いっそ、我々に修理させてくれませんかねぇ。水晶釜の交換ついでに、虹珠を入れ替えたり」

 「それで、ついでに蒸気機関も動かしてみたいもんだなぁ」

 「翼の辺りの組立も聞きたいなぁ。あれは見事な接合で美しい」

 「あぁ、あの曲線! 駆動部分の無駄のない設計! 」


 マッドサイエンティスト二人がうっとりと呟いている。その能天気さにテンジンが肩をすくめてる。

 きっと、潜入中もこんな感じだったのだろう。目に浮かぶよ。絵図をまとめてミンツゥに手渡そうとして気付く。床を睨んでいたミンツゥが、一人頷いて顔を上げる。迷いない強い眼差しで。


 「そうよ。いっそ壊してしまいましょうよ。それが良いわ」


 断言した言葉に、固まる。

 あぁ、とうとうミンツゥが忙しさのあまりにぶっ壊れた。ここ最近の残業続きで、とうとう思考回路がおかしくなってるに違いない!

 俺、異世界にブラック労働を持ち込んでしまったのか?!


 「なるほど。そうしますか」  

 「そやな。一気に起死回生できるやもしれへん」

 「ダワ! 大師まで! 」


 何言ってんの! あぁ! さらに二人もおかしくなった!

 これは本格的に働き方改革をして、ブラックからホワイトな職場にしなくてはいけない……。

 眉間が痛い。




 空気を震わす鈴の音。踏みしめ拍子をとるステップにあわせ、袖がヒラヒラと舞う。舞うたびに、衣に焚き染めた仄かな香が鼻先を掠める。そして、時折ちらりと見えるふくらはぎの白さが、夕闇に映える。


 「いやぁ、これは妙なる調べに素晴らしい舞! 流石にクマリだ! 」

 「本当に、次代殿の美しさを際立出せる音楽と舞だ。まさに天の国の胡蝶そのものだ! 」

 「お気に召したようで、何よりです」


 中庭に面したバルコニーを臨時の舞台とし、食堂を歓迎の宴の会場としたのは正解だった。すっかり冷たくなった夜風を受けずに開放感のある宴席が用意出来た。

 酒席に活けられた花も、華やか。ただ、主賓以外の者達が笑顔ではない。城下からも有力者も僅かに急遽招待したものの、乗り気ではないのだから雰囲気はよろしくない。そこでミンツゥが舞い始めたのだが、いつもとは違う艶やかな演目と舞で、場は沸き立ってきた。

 そりゃ、こんな綺麗な年頃の女の子が笑顔で踊ってくれたら嬉しいよね。でも、まぁ、分かりやすいね、おじ様方は。


 「次代殿の才には驚かされますな。立ち姿は小岩桜、唄えば精霊が舞い、話せば海千山千の色鮮やかさ。素晴らしい」

 「お褒めに預り、恐縮です。帝国の雅を知る黄殿からの賞賛は光栄です」


 主賓席で盃を交わしながら、にこやかに返答をする。しながら、俺の頭の中はそれどころではない。

 が、それを表に出さないように全神経を顔面の筋肉にかける。堪えろ俺の表情筋。にこやかに。穏やかに!

 今迄の談話では存在しなかった、穏やかな宴に今宵はしなければ。


 「まぁ、それは兎も角。一度、春陽に来ていただければ、こちらの風流も感じられましょう。先の春陽への来訪はどう検討なされましたかな」

 「それは慎重に考えさせて下さい。何しろ、まだ国内が落ち着かないクマリは忙しくて、なかなかに」

 「聖下が御無理ならば、次代殿では如何かな。我が皇帝陛下は美しいものがお好きであられる」

 

 黄の言葉に、盃を持った手が止まる。視線だけで隣を見れば、目を細めてこちらを伺う黄の顔。

 まるで舌なめずりをしてる蛇。

 俺が、クマリがどんな顔をするのか、見つめている。抑えきれないのか、口元が歪んでいる。


 「是非に、皇太子殿下にお見せしたいものだ。きっと、次代殿をお気に召されるだろう」


 頭の中で、ブチブチと言う音が鳴り響く。

 俺の堪忍袋の紐の音だ。

次回更新予定は 2月8日 水曜日 予定です。


凄く寒い! でも、今が寒さの底。お体お気をつけてお過ごし下さい。


ちょっと明るめの曲を聴いてたので、アップテンポな文章になりました。


 yuki 『JOY』

 marshmello 『you&me』


声が元気でかわいいの。いいね。

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