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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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夏至祭 1 届かぬ星に手を伸ばす横で ラビィ編

 一年で一番華やかな祭りがもうじき終わる。太陽が最も輝く日に、全ての精霊に感謝を捧げる日。

 髪を花で飾った娘達が歌い踊る。風に花をまいて地の果てまで讃美歌を届けようと、声ある者は唄い、腕に覚えがある者は音を奏で上げる。

 老いも若きも、命を唄う。

 オレは、この祭りが好きだ。


 「おぅ。ラヴィ、戻って来たか」

 「エリドゥの夏至祭じゃあ、盛り上がんないからね」


 船縁に立った俺の横に並んだテン兄が、にやりと笑う。

 多分「判った口きくようになったじゃないか」ってとこだろう。

 そりゃあ、そうだ。

 この二年、オレは外海を駆けて、駆けて、駆けまわっっているのだから。

 テン兄の親父さん達数人のみとなった『星の航海師』になるために、修行中だ。星の位置、潮の流れを五感で嗅ぎ分ける、失われつつある航海術を習う者は少ない。

 指南器や天儀機や便利な計算機はもちろん、大きな外輪付きの船が生まれている世の中。『星の航海術』を今から習おうという奴は殆どいない。だけど、絶対、この航海術は自分の大きな力になると信じて弟子入りをした。

蒸気機関は便利だけど、壊れたらおしまいだ。反面『星の航海術』は暗闇の中だって風と潮の力を読んで駆使して進み続ける事が出来る。

この先見! 素晴らしいね、うん。自分で褒めちゃうよ。まぁ、この考えに賛同してくれたのはハルキ様だけだけど。まぁ、まぁ、いいさ。なんたって、今やクマリ再興の指揮者だからな。二年前会った時は瓜みたいな顔とか思ってたけど、そう思ってた事は墓場まで持っていくオレの秘密。


 「今年も去年より、人が集まったしな」

 「うん。海から見ると、屋台が多くなった気がする」

 「建物も多いぞ。大通りも再建されたしな。ラヴィは陸には上がらないのか? 」

 「海の男が、そうそう丘に上がるかよ」

 「ふん。確かに海の男っぽくなったな。背も伸びたし、腕っぷしも太くなったし」

 

 そりゃそうだ。オレも20才になるしな。大人だ。祭だからと、そうそう浮かれてはない。

 今日は、特別な用事もある。


 「テンジンさん……あら、こんにちは」

 「アフラ。もう神苑の仕事は終わったのか」


 テン兄の知り合いだろうか。自分と同い年ぐらいの女性が駆け寄ってきた。背が少し低いが、神苑の陣で働く役人の印である赤の付け衿を下げている。その襟元には、青い岩小桜の花弁が三つ刺繍されていた。これは、神苑の陣の中でも限られた者した付ける事を許されていない。青の岩小桜の刺繍は、ダショーとの謁見が許された者の印だ。しかも三つだから、私的な場所への立ち入りすら許可されている。

 手にいくつかの紙束を持って小走りにやってくる女性は、何もない所でつまずいた。が、それは日常の光景らしく、テン兄は慣れた動きで彼女に手を差し伸べる。


 「走るなって」

 「でも、ようやく終わったから……あの、こちらの方は」

 「あぁ、昔エリドゥにいた時の馴染み。弟みたいな感じかな」

 「ラヴィといいます。初めまして」

 「あぁ、貴方が! テンジンから聞いてます。初めまして、アフラと申します。神苑の陣で勘定方を務めています」

 

 笑うと、自分と同い年ぐらいな可愛らしさが溢れる。その彼女の背に、さりげなくテン兄は腕を回す。その仕草も、受け入れているアフラの様子からも、二人がとても親密な関係なのが分かる。

 テン兄、こんなに歳の離れた女の子に手を出したんかい。


 「もうじき夏至祭の最後を締めくくるダショー様の独唱が始まります。よろしければ、良く見える場所へ案内いたしましょうか」

 「あ、いや、ハルキ様に渡すものがあって、この船の甲板にいてくれって言われてて」

 「エリドゥ帰りってことは、例のアレか」


 近衛をしているテン兄は知っていたのだろう。頷くと、アフラの持っていた書類を勝手に持って歩き出す。


 「じゃあ勝手に見てけ。どうせすぐ海に出ちまうんだろうけど、家には一度帰るんだろ? 飲みに行くよ」

 「うん。親父たち喜ぶよ」

 「おぅ、またな」

 

 歩き出すテン兄の後ろを、ペコリと略式にお辞儀をしたアフラが追いかける。テン兄が猫とすると、猫にじゃれ付く鼠のような人だ。いい意味で。

 オレが海にいる間に、クマリは日に日に復興して、人は結びついていく。

 その変化についていくのは、嬉しくもあり寂しくもあり。でも、その変化があるだけいいかもしれない。

 胸元に入れてきた預かりものを、服の上から触って確認する。これを失くす訳にはいかない。


 「ほんまにラヴィはんやー! 」


 唐突に聞こえた女性の声に振り返ると、階下からの入り口から金髪の美女が駆けてくる。相変わらず天女のような造作の顔に、満面の笑みを溢さんばかりにして飛び込んできた。つんのめるように手前で止まり、両手を握りしめてから、白く細い手で肩や腕をバンバン叩いてきた。


 「えらいごつい体になったねぇ。最初会った時はこぉーんな細ぉ体しとったのに! 」

 「いや、それは細すぎ。ハンナさんもお元気そうで何よりです」

 「何もう、大人みたいな口きいて、もう! 」


 バチンと、一際大きな音を立てて肩を叩かれる。


 「リュウ大師にはお会いになった? 「ラヴィはまだ海か」って言うてたから会いに行ってあげてね」

 「まだ元気なんだ」

 「元気よ。サイイド様も兄様も、今だに千手で叩かれてるん」


 リュウ大師の千手で叩く仕草を真似たハンナの後ろから、相変わらずの不機嫌な姫様が顔を覗かせる。ハルキ様と同じ、吸い込まれるような深い青の瞳を見返してから顔を背ける。

 コイツ、ほんと、生意気。


 「帰ってきたんだ」

 「悪いかよ」

 「別に」

 「何だよ」

 「別に」


 ホンットに生意気! 何が不満で無愛想で不機嫌そうな顔しとるんだ、コイツは。

 生まれてから食うもんに困った事もないんだろう。保護者は大船団の頭だから、周りの大人も大事にするし。大切に大切に可愛がられたんだろうよ。まったく。なのに、いつも不機嫌みたいな、キリキリした顔しやがって。


 「ミンツゥもそんなに怖い顔しないの、もぅ。ほら、独唱が始まるし」

 「ここ、すごくよく見えるよ」


 もう一人の女の子が浜側の船縁に陣取って、ハンナさん呼ばれて行くと周りの男連中が遠巻きで増えていく。甲板に人が集まりだしたから、確かに見晴のよい場所は数少ない。

 お互いに顔を背けたまま、歩き出す。

 

 「何であんたも来るのよ」

 「お前と違って人の誘いを断る馬鹿じゃないんでね、若姫様」

 「あんたは慎みって言葉を知らないのよ、馬鹿」

 「馬鹿って何だよ。本っ当、何でお前が若姫様なんだよ。クマリの姫宮様の方が、ずっと綺麗だし威厳あるし美人だし」

 「そんなの判ってる!! 」


 雷のような言葉に、足が止まる。

 思わず振り返ると、青い目がまっすぐにオレを射抜いた。燃えるように、青い光を帯びている。


 「判ってる。私は姫宮になれない。ハルキがずっと憧れてる人になれない。クマリのみんなが待ち望んでいる人の代わりにはなれない。判ってるよ! そのぐらい、誰も期待してない事ぐらい判ってる……っ」

 「お、おい……別にそんな事言ってないぞ」

 「私は、ただの、船団側のお飾りで、ハルキから見たら妹みたいな重さしか、そんな重みもないぐらい、判ってるっ」

 「……」


 このまま泣くかな、と思った。けれど、ミンツゥは泣く事なく、睨んだだけで歩き出す。

 立ち尽くして、見えない炎を身にまとわせて歩く背中を見送る。

 最初に会った時、ハルキ様の周りをチョロチョロし、船団のおエライ人達に丁寧に扱われ、いつも笑ってたのを憶えている。そういえば、あいつが笑わなくなったのは、いつからだったろう。

 外海の修行を終えて帰るたびに、船団もクマリも、働く人々も多くなり、それに埋もれるように、笑い声を聞かなくなった。外ウケがいい作り笑顔しか見てないし、大人がいる時は口数が少なく、オレと対する時だけ憎まれ口を叩く。


 「……でも、オレは好きだからな」


 言葉が考えるより先にでていく。 

 作り笑いより、むっつり不機嫌な顔の方がいい。外面のいい、耳障りのよい社交辞令より、憎まれ口のほうがいい。

 罵倒されてもいい。こいつが罵倒するのは、オレだけだと知っているから。

 だから、いい。


 「オレはお前の、好きだから」

 「……っ! な、何言ってん……っ」

 「え……だからお前の唄が……あぁああ!! 」


 いくつもの好奇心丸出しの視線が突き刺さっている事に気づく。

 自分の言ってる言葉が、何か恐ろしく違う事に気づく。

 真っ赤になったミンツゥが、ただでさえ大きな目を見開き、溺れたように口を開け閉めして震え、絶叫と共に渾身の張り手がオレの左頬に炸裂した。


 「ばかばかばかばかばかばかばーーー! 」


 続いて右頬に痛みが炸裂。オレは止めない。止められない。

 何てことを公然と言ってしまったんだと、後悔が全身を硬直する。

 この船団の中心的存在の、お年頃の女性に向かって、誤解を招くような言葉だった。

 叩かれてミンツゥの気が済むなら、何発でも叩かれよう。

 考えナシの自分の不甲斐なさに、次の張り手を覚悟して身を竦めた。


 「もう、あんたなんか、本っ当に、本っ当に……! 」


 最後に「こっち来なさいよ。よく見えるからっ」と、腕を引っ張ってこられる。

 わざわざミンツゥの為に空けてあったのだろう、沖側の船縁の一画から、遥か沖で唄うハルキ様の姿が微かに見えた。

 海風は心地よい強さで吹き始め、キラキラと水しぶきが上がっているのか周辺が光り始める。

 オレには見えないが、きっと精霊達が唄い踊っているのだろう。それは、お伽噺のように聞くあの世の絶景なのか。

 きっと、ミンツゥには見えてるんだろな。それはどんな光景なのか聞こうとして、唇を固く噛む。

 オレの横で、きっと青い瞳を輝かせてハルキ様を見ているのだろう。

 きっと、柔らかそうな頬を紅潮させているんだろう。いつも生意気を言う口からは、賛美の言葉が絶え間なく出るんだろう。

 それは見たくないし、聞きたくない。


 「きれい、だな」

 「うん」


 横で一緒に見れるだけで、こんなに心苦しいのは、何故だろう。落ち着かないのは、何故だろう。

 腹の奥が、ざわつく。



 


 



 


 


 

 

 

 

 

とりあえず、1作。

まだ2作で5話ほどあります。こんなに遅くなってしまい、言い訳の言葉もありません。

また上がり次第、更新していきます、が今は取り敢えず。

初めて携帯から推敲したり、投稿したりで、不慣れで変なトコばかりかもしれません。

汚かったらごめんなさい!


では取り敢えず。

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