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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 13 心の行方

 「判らん。理解不可能。いきなり何の話なんだ」

 「うん。俺もよく判らんけど、ヤバイな……俺って地球人なのかな」

 「今更さぁ、地球人だろうが火星人だろうが、関係ないんじゃないかしら」


 悩む男二人を尻目に、由美子さんはあんまんを頬張る。

 口から湯気を出しながら、ミルにも薦めながら平然としている。


 「由美子……こんな時によく食えるなぁ」

 「火を出したり怪我を治したりするのより、ずっと受け入れられるよ。あぁ、アリかなぁって。だって、おとぎ話じゃない。力のある魔法使いが、何度も生まれ変わったんでしょ? 魔法使いじゃないけど、チベット仏教の転生とかと同じじゃないの」

 「あれと同じじゃないと思うけどね」


 チベット仏教で使われている後継者を決める為のシステムは、本人が次の転生についてヒントを出していたはずだ。来世の自分を見つけて欲しいというシステムだ。

 だが、俺の記憶の中に埋められた感情は違う。映像の断片や感情の残りから感じるのは、囚われているという感覚。

 記憶の中の感情は、ただ解放を願い空を見上げるものばかりだ。

 思わず眉間に皺をよせて、ミルを見る。


 「何で今までのダショーは、ダショーとして生まれてるんだ? 」


 首を傾げるミルに、疑問をどんな風に伝えようか。


 「つまりさ、魂なんて目に見えないものだろ? 名札をつけてる訳でもなし。偽者が出る可能性だってある。チベットの転生制度だと、自分の生まれる境遇を予言するっていうけど。なんで、どうやってダショーって見分けるんだ? 俺の事、どうやって見分けてるんだ? 」


 そう。もしかしたら。


 「俺は偽者かもしれないぜ? 」


 この能力も、記憶も、偶然で。こんな壮大なおとぎ話に、自分が関わっているはずがない。目が覚めれば、いい。ミルだけ、いればいい。

 じっと俺の目を見つめたミルは、ゆっくりと首を振った。


 「ほし、そら、かぜ、みず、ひかり、ぜんぶ、このみち。『主様』のみち、ここ。わたし、みた。あのひ、そらとぶ『主様』とひかり、みた」


 それは当然だ。

 ミルの目がはっきりと断言している。言葉が不十分でも、ここまで確信を持って言われると否定出来ない。

 しかも、「わたし、みた」とまで。見たというのなら、まぁ、そうなのだろう。ミルは嘘をつかないのは、よく知っている。

 思わず溜息をついてしまう。本当に、おとぎ話のようだ。自分が関わっていないのなら、おとぎ話で笑ってすむんだけれども。

 これは困ったな。そう視線を外した先に、作業着や白衣を着た男性達が小走りにやってくる。


 「ライオン舎で、一頭が外堀に落ちたらしいぞ」

 「お前達、オラウータン舎まで行って立ち入り禁止の柵張ってこい。あそこの飼育員だけじゃ、手が回らないからな」


 遠くから猛獣の咆哮が響き渡る。美しい声の鳥達も、音程外れの叫び声を繰り返している。

 この騒々しさは、全てがおとぎ話ではないと叫んでいるのかもしれない。人間より本能が残っている動物達は、おとぎ話のような存在を感じ取ってるんだろう。呪詛を吐き火を噴く魔法使いの気配を野生の勘で嗅ぎ取って、檻から逃げ出そうともがき叫んでいるのだろうから。

 俺には、警告にしか聞こえない。おとぎ話ではない、と。これが現実なんだ、と。そう突きつけられたように聞こえた。





 女と男というものは、別の生き物に違いない。

 総じて、女は逞しい。そして男はロマンチスト。自尊心が強く、弱い。

 ネイティブアメリカンでは、女が戦をする決定権を持っていたらしい。男が面子をかけて勝手に他の部族と戦をするなんて、もっての他だった。霊的な意味もあっただろうが、日々の糧と毎日の生活と命を守る為の制度だったんだろう。戦をしないほうが、繁栄する。名誉やら余計なモノを超越した、極めて合理的で強者の考え方だ。

 そう。女は逞しい。

 昔読んだ本に書かれた一説を思い出して、俺はカフェラテをすする。

 さっきより北風が強くなっている。思わず厚手の小さなカップを包み込んだ。


 「なぁんで女はこんな寒いオープンカフェに来たがるんだ」

 「しかも、本人達はお店の中だし」

 「温かそうだなぁ」

 「だよなぁ」


 恨めしげに視線を向けると、気づいたらしい。

 煌びやかな店内の二人が笑顔で小さく手を振ってきた。反射的に笑顔で手を振り返すも、寒さで頬の筋肉が固まっている。

 ミルはチェロケースを背負ったまま、山口さんと器用に店内を散策している。

 あの後動物園を逃げるように出た俺達は、近くの洒落た通りへ足を伸ばした。オシャレなカフェに、可愛い輸入雑貨店、ネイルサロンと高級という数多のお店。歩く人も散歩中のワンコも、どこかセレブな通りだ。多分、俺には縁がなかった場所。面白い本屋が出来ない限り、ここには来なかっただろう。

 北欧中心の輸入雑貨店だそうで。俺はよく判らないけど、ミルが楽しそうに店内を散策しているから、まぁいいや。


 「こんなセレブな場所、オレ浮いてるよぉ。関口が一緒でよかったよ」

 「何で俺と一緒でいいんだ」

 「お前は黙ってても絵になるからな」

 「なんだそりゃ」

 「関口は本屋がないから退屈だろうけど」

 「うん」

 

 さすが親友。よく判っている。


 「でもさ、今日は来てよかったな」

 「うん。ミルも動物見て喜んでたし」

 「違うって。お前の事が色々と判っただろ」

 「あぁ……その事か。でも、本当かどうか」

 「火を噴出しておいて何を言う。ミルちゃんの言ってた事は本当だろ」


 まさか。冗談だろ。

 そう笑おうとして水野を見て、口を閉じる。

 水野の目がまっすぐに俺を見ていた。いつも笑っている顔が、珍しく真顔だ。

 

 「なんで自分の事になると、鈍いんだよ。はっきりとミルちゃん言っただろ。お前を探しに来たって。お前がダショーって奴だって。間違いないって」

 「そうだとしてさ。そうだとして、俺はどうすればいいんだよ」

 「決まってるじゃん」


 目の前を横切っていく通行人の波が収まるのを待って、水野は低く声を抑えて言い放った。


 「お前がミルちゃんの世界に行くか、行かないか。二つに一つだ」

 

 何を言っているんだ。灰色の空を見上げて笑おうとしたが、笑えない。

 唐突に頭に瞬く映像。荒涼とした大地、視界一杯の灰色の空。真っ白な鷹。

 

 「っ! あぁもう、紛らわしい」

 「また見えたのか」


 気遣わしげな水野の言葉に答えず、カフェラテを飲む。もうぬるい事に、溜息をついてしまう。

 そんな俺に、水野は生徒に言い聞かせるように話しかけてくる。


 「今までの話をまとめると、お前はミルちゃんの世界では結構な重要人物らしい。何も判らないコッチに乗り込んでくるぐらいだからな。そうなると、目的は一つだろ? 関口をどうにか連れ込む為じゃねぇーの? 」

 「何の為にさ」

 「知らねぇよ。勇者になって世界でも救いに行けばいい」

 「馬鹿馬鹿しい。誰かに救ってもらおうなんて他人任せな考え持ってる世界に、行くつもりはないね」

 「じゃあ、ミルちゃんはどうするんだよ」

 「それは、そう、ミルに聞いてみなきゃ……判らない」

 「お前さぁ」


 珍しくワックスでセットしたらしい髪を、ガッシガシと掻き毟り水野はうなった。

 俺と言えば、話の流れが恋愛がらみになってきた事に戸惑っていた。こういうのは、苦手だ。


 「いいか。関口がミルちゃんをどう思っているかは置いといて、だ。ミルちゃんは関口の事好きだぞ」

 「……そんな事、判らないんじゃ」

 「判る。オレは判る」


 俺の言葉を遮って、水野は断言した。

 

 「今日の様子を見てたら判る。関口の事ばっか見てたぞ。お前の笑ったの見て、すんごくいい顔してたぞ。おい、にやけるな」

 「にやけてなんか」

 「だって、火ぃ噴出したら普通は逃げるぞ。オレも逃げたけど。ミルちゃんは迷わず関口に飛び込んだんだ。体張ってお前を助けたんだぞ。これを好意ととらずにどう説明するよ? 」


 慌てて顔を背ける。視線の先に、商品を覗き込み笑い合う由美子さんとミルがいる。

 

 「ミルちゃん、この先どうなるんだよ。ダショーのお前を連れて還るつもりだったんじゃないのか? でも、オレが促さなきゃ今日までミルちゃん側の事情は話さなかった。って事は、お前を連れて還るのに戸惑っているんじゃないのか? 」

 「なんでだよ」

 「お前の為にならない、とか」

 「人違いとか」

 「火を噴出しておいて、そういう事言うなよ。関口、いい加減に決めろや」


 言葉を有る程度話せても、今日までミルは事情を話さなかった。

 その事は、ミルの中に戸惑いがあるからなんだろうか。俺の事を考えていてくれてるんだろうか。

 もし、そうならば。もし、ミルが俺といる事を優先してくれているなら、俺は誤解してしまう。

 ミルも俺の事が好きなんだと、そう考えてしまう。


 「俺はさ、ミルと一緒にいたいだけなんだ」

 

 見知らぬ世界の事なんか、知らない。知った事じゃない。関係ない。

 

 「ただ、ミルが横にいてくれればいい。一緒に過ごせたら、それでいい」


 こんな力も、俺の中の誰かの記憶も、何もいらないんだ。

 ガラスの向こうから、視線が重なる。屈託なく笑うミルの笑顔に、微笑かえす。

 キミが好きだ。


 

 

 


 

 

 


 


 

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