事態急変
アルテミスの新曲お披露目会から数日後のこと。
最近の出来事をアルに話す為、アゲハと一緒に病院へお見舞いに来ていた。
入院している病棟の看護師さん達とはもう顔馴染である。
「あら、アマツ君とアゲハちゃんおはようー! 今日はどうしたの?」
ここに来る理由なんて、アルのお見舞いしかないのは周知の事なのに変な事を聞く。
「いえ、いつものお見舞いですよ、有の」
「流石にアルくんも一人ぼっちじゃ寂しいかと思いましてー、顔見せに来ましたー!」
「えっ? あれ? ……えーっと、本栖君なら二日前の火曜日に退院したわよ?」
「えっ!? いつ意識が戻ったんですか!」
「違うの。意識はまだ戻ってなかったんだけどね、ご家族が別の病院に移すんだって意向が強くてね。強引に退院させたらしいのよ」
「えっ? そんな事……普通に考えて許可って下りませんよね?」
「ここじゃちょとアレだから……二人とも、あっちで」
看護師さんに連れられて談話室に向かう。
幸い誰も居なかったので、看護師さんが内密にって事で教えてくれた。
「私もね、色々おかしいと思うの。普通は先生たちの許可は勿論だけど、どこに転院するのかとか、そもそも転院させていいのかとか、意識確認が困難な患者さん、まして意識不明の患者さんの転院ってハードルが高いし手続きが大変なのね。でね、そういうの全部すっ飛ばして、ご家族が来たその日に退院許可が下りて、翌日に退院なんてあり得ないのよ。転院先も何故か教えられてないし。これ以上は何が起きたのか私には全く……。あんまり役に立てなくてごめんなさいね」
「そう、だったんですか……いえ、ありがとうございました! 助かります!」
オレたちは病院を出て、歩きながら考えていた。
「アゲハ。今までアルへの関心が薄れてた家族が突然転院を申し出るとか、病院側の対応も普通じゃないとか、何が考えられると思う?」
「んー……。可能性としての話ね。一つ目は、本当にそういう理由で退院した。でも、そうだとしたら病院側のおかしな動きの説明はつかない、って事は分るっしょ?」
「ああ、分かる。でも、本当に転院目的だったとしたらどこへ? 退院許可を出した先生も普通じゃないって看護師さんも言ってた」
何だ? この違和感は。普通じゃない事が起きている。
「でね、二つ目。リンも感じてると思う、有り得るかもしれないけど普通じゃない違和感」
「ああ、まさにそれだ。無理やり納得すればそういうもんなのかと思うけど、拭えない滑っとした気持ち悪さ。引っかかりを覚える違和感」
「こんな事言って、怒らせたらごめんね。あーし、この違和感に覚えがあるの。多分、組織の仕業かもしれない。病院の先生は、洗脳されて操られた可能性があると思う。でも、あーしの勘違いかもしれないし、もしかしたらホントに転院かもだし、家に帰ってるのかもだし」
自分の感覚に不安を感じながらも、一生懸命話してくれたアゲハを抱き締める。
ここで感情任せに頭を熱くしても何の意味もない。もし本当に組織の仕業だとしたら、オレがそういう状態になる事を望んでいるのかもしれない。
落ち着けオレ。よく言うだろう? 気持ちは熱く、頭は冷静にって。
「……大丈夫。話し辛かった事、話してくれてありがとう。仮にアルを連れ去ったのが組織だとすると、一体何の理由があって、何の為に……? いや、考えても分からないものは答えなんて出ないよな。まずはアルの家に行ってみるのが正解か? アゲハ一緒に……あーっ! オレ、二度と来るな疫病神! って言われてたんだ!」
「リン、そんな事言われたの!? スッゴイ腹立つしーっ! よし、あーしが言って話す!」
どうしようか考えていたら、俺より先にアゲハがキレ加減になってしまった。
「そうだ! 岩上さんもアルの両親と面識あるじゃん! 遠慮なく頼らせてもらおうかな」
早速、岩上さんに電話を掛ける。
その間、よっぽど腹が立ったのか、アゲハはオレの胸に顔を埋めて唸っていた。
「――って事で、一緒にアルの家まで行ってもらえると助かるんだけど! 頼めないかな」
「社屋もまだ工事中だし、俺の方も今は瀬尾さんの護衛しか仕事がないからな、一旦社長に断ってからなら大丈夫だと思う」
「そうしてもらえると……って、社長?」
「ああ、煌社長に許可をもらわんとな」
「あ、そっか。キラさん社長になったんだったな。慣れないな」
「まあそのうち慣れるだろ。とりあえず折り返すから少し待っててくれ」
一旦電話は切れたが、30秒もしないうちに折り返しの電話がかかって来た。
その間も、アゲハはオレの胸で額をグリグリしてる。ちょっと落ち着いてきたみたい。
「『リンに関する要件は最優先で対応して』って事だ! 今から瀬尾さんと一緒にそっちに向かうから、ちょっと待ってろ。数分で着く」
「マジか! 助かる! 今アゲハと一緒に県立病院の前にいるから、頼んだ」
≪キラさん、ありがとう! 事情が分かってる人がいると本当に助かる≫
≪困った時はお互い様。友人が見つからなかった時はまた皆で相談しましょ≫
≪そうしてもらえるとありがたい。とりあえず、みんなと一緒にアルの家まで行ってみるよ≫
「アルくんの両親いたら、絶対あーしが言い返してやるんだしー!」
――パッ! パーッ!
車のクラクションが聞こえ、カーキー色のアトレーワゴンがオレたちの前に移動してきた。
「待たせたな、急いだつもりだったんだが」
「リン様、お待たせ致しました。どんな事でも私にお任せください!」
「いや、こっちこそ忙しい所ゴメン。詳細はさっき説明した通りなんだけど、一緒に友人の行方を知る為に家まで同行して欲しいんだ」
「もちろんです! 同行させて頂きます!」
「ドーラちゃん! 一緒にアルくんの親にリンの仕返しに行こーっ!」
「えっ!? 仕返しって!? え? リン様の? ……分かりました! お供します!」
いやいや、君たちちょっと落ち着こうか。オレの為じゃなくて、アルを探しに行こうな?
「しかし早いもんだな、あれから大体半年か。本栖君もなかなか意識が戻らんかったから気がかりだったんだ」
「だよな。アルの家はコンビニなんだけど場所は――」
「よし、了解した!」
「ってか、この車って岩上さんの?」
「ああ、俺のマイカーだ。この身体に軽ワゴン車? って思うだろ? 釣りとかキャンプとかアウトドア好きな俺には相性が良くてな。使い勝手がいいんだコレが。何しろ車本体も自動車税も安いっ!」
「ちょっと後部座席が硬いし、背もたれが直角だからケツが痛いな。セオドラさんのジープみたいなデカイ車でも良かったんじゃないか?」
「おいおい、あれ幾らすると思ってんだ? めちゃくちゃ高いんだぞ! この車だってなんとか自分を納得させて妥協して買ったんだからな」
「私はあのフォルムと色に一目惚れして買ったので、値段の事は考えてませんでした。それに貯金内で足りましたので」
「だ、そうだけど?」
「警察官って言ってもな、地方公務員の給料なんてたかが知れてんだよ。薄給だ薄給!」
「今の会社に転職出来て本当に運がよかったと思います、私達。ね、岩上さん」
「本当に瀬尾さんの言う通りで感謝しかないな。俺も次に買う車は好きなの買うぞ!」
「あーしはこの車小っちゃくてカワイイし、結構好きかも!」
「くーっ! リン聞いたか! アゲハちゃんいい子だなおい! 嬉しいじゃないかー!」
「ちょっと待てよ、ダメなんて一言も言ってねーし! オレも結構この車好きかもだし!」
「お前、それはアゲハちゃんがそう言ったからだろー? まあ、ありがとな!」
「あ、そこだ! 確か、そこの電柱の向かい側に……は?」
視界に入ってきたのは、看板が取り外された、店内が真っ暗な元コンビニの建物。
「ここが本栖君の家か? なんだか廃業している様に見えるが……」
入り口から店内を覗くと、中は見事に何も無くなっている。自宅側の玄関に行って呼び鈴を押すが反応しない。もちろん鍵も掛かっている。
電気メーターまで確認したが、やはり回っていない。完全にもぬけの殻。
「リン。コレ、やっぱり変だよ。嫌な感じがする」
「オレにも何がなんだか。前に来た時はちゃんとコンビニやってたんだ! クソっ!」
「私ちょっとご近所に聞いて参ります!」
この状況から考えられるのは、コンビニ経営が上手く行かなくなって廃業し、それで入院費云々が苦しくなり退院させた?
でもここは店舗兼住宅だから、家に誰も居ないって事は引っ越した?
どこに? 貸家、アパート、それとも両親の実家とか?
もしくは借金があって夜逃げってパターンも考えられるのか?
眉間に皺を寄せ考え込むオレを心配し、アゲハは服の裾を掴んでいる。
「聞いて参りました! なんでも、今週月曜の朝には店が閉まっていたらしく、既に店の中も空だったという事で、借金か何かで夜逃げでもしたのではないかとの事です」
「……セオドラさん、わざわざありがとう。助かります」
「リン。あーしの勘だけど、これ、夜逃げじゃないよ。絶対変だし」
「鋭いなアゲハちゃん。俺もちょっと妙だなと思ったとこだ」
「すみません岩上さん、アゲハさん。私にも教えて頂けますと」
「悪い、オレにも説明を」
「んじゃ俺が。まず、夜逃げであれば必要な家財と換金出来そうなものだけを持出していくはずだと思うんだが、店内は飲料から冷凍・冷蔵食品、雑誌からお菓子、棚およびレジカウンターまで全て無くなってる。店の看板も丁寧に外してるってのは、夜逃げにしては相当稀なケースだ。というか、違和感しかない」
「あーしもロっくんと同じ意見。それに、綺麗すぎるんだよね。まるで何かを隠すために綺麗にせざるを得なかったみたいな、そういう違和感」
「そう言われると確かに妙ですね。勉強になります」
二人の言う通り、確かに違和感しかない。これは家の中も見た方が良さそうだ。
「アゲハの言う通り、綺麗すぎるよな……。岩上さん、こういう場合って、やっぱり勝手に家の中に入って調べたら問題あるよな?」
「法的にはそうなる……が、俺は、今はただの会社員だ。近隣の住民とか誰も見ていないのであれば、それは何も起きていない事と一緒じゃないか? まあ、これはただの独り言だ」
悪戯な笑みを浮かべる岩上さん。それを聞いたセオドラさんは既に周囲の警戒をしている。
この二人なかなか息が合う。流石、将来結婚するだけあるな。
「……リン、ここから」
「……ああ、了解した」
自宅の玄関ドア。さっきは鍵が掛かっていたが、わざとガチャガチャとドアノブを揺らし、さも偶然に開きましたと言わんばかりに「開いた!」と演技をする。
本当は、能力で内側から鍵を開けたんだけど、セオドラさんにはバレたみたい。
ドアを開け中に入ると……。
「何も……ない?」
店舗と一緒で、一切の家財が無く、入居前のアパートのように綺麗サッパリとしている。
中に上がり、各部屋を見たが何一つ手掛かりになるような物は見つからなかった。
だが、何だかどこかで嗅いだ事があるような、纏わり付く重い臭いが漂っている。
「はっ! リン、この臭い!」
「リン! 一旦ここを離れた方がいい! 今すぐ!」
アゲハと岩上さんが、大きめの声で叫んだ。
ここは言う事を聞き、直ぐにアルの家から出て場所を移した。
「アゲハ、岩上さん。あの臭いって? なんで急に引き返したんだ?」
アゲハが、オレの手を取りギュッと握る。
「リン、お前も身に覚えがあるだろう。あれは人の血の臭いだ」
薄れかけていた記憶が脳裏にフラッシュバックする。
鉄錆びた、重くどんよりと鼻腔に纏わりつきツンと刺激する、独特で強烈な血の臭い。
ああ……覚えている。むせ返る程の死の香りと、ドロリと滑る一面の深紅を。
繋いでいたアゲハの手を、オレは無意識に強く握り返していた。
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