一言
アルに「また来る」と残し。病室を出たオレたち。会計ロビーを横切って入口へ向かう。
不意に立ち止まった天南さんが、一点を見つめ動かなくなった。
どうしたのだろうと皆立ち止まり、様子を伺う。
「……アゲハ?」
何故今、天南さんからその名前が出るんだ? 視線の先にその答えがあった。
会計待ちをしているのか、黒のパーカーを頭から被り、ソファに腰かけうなだれている。
ただ、その手足は包帯だらけだ。そもそも、その後ろ姿でアゲハだとなぜ判別できる?
天南さんは何も言わずに、その女性の隣りに座り、二言三言、会話を交わした。
黒パーカーの女性は、天南さんの肩に頭を乗せ。何か会話をしていた様に見える。
「リン先輩、あの黒い方は、さちこ先輩の知り合いですか? やけに親し気ですけど」
「あの後ろ姿じゃ誰なのか分からないけど、さっき、アゲハって零してたから。多分、オレと同じ学校の同級生。天南さんの親友だと思う」
「もしかして、二年インテリアの夜乃か?」
「ショウゴって何気によく人の事覚えてるよな?」
「いや、覚えてると言うよりもだな、容姿も目立つから三年の中では、天南と同じく人気のある一人だな。だから覚えさせられたという感じだ」
二人がどんな会話をしているのか気になったけど、二人の後方でそんな話をしていたら、不意に黒パーカーの女性が振り返った。
アゲハが居なくなってから数週間。その間に一体どれ程の事があったのだろう。
ふくふくとしていた頬は痩せ、ツヤのあった綺麗な金髪はガサガサに荒れ、全身包帯だらけのうえ、顔もあちこちガーゼを貼っている。以前の様相は消え、弱弱しくオレの方に向かって歩き出す。
目の前まで来て、オレの胸に頭突くように頭でもたれ掛かったアゲハ。
オレにしか聞こえない声で、一言だけつぶやく。オレはただ「分かった」とだけ返した。
周囲の目が気になるので、アゲハの会計を待ち、みんなで病院を出る。
病院を出ると、すぐ近くに公園があるので皆で向かった。
ベンチに座り込むアゲハに、抱きつき泣きじゃくる天南さん。
「えーっと、初めましての人もいるねぇー。アゲハっすー。ワケあってちょっと姿くらましてましたー。サッチとリンと同じ学校の同級生でーす。よろしくねー」
力があまり入っていない様に見える手で、ピースを作る。オレにはかなり無理してそうしているのがバレバレだけど、今はまだ聞かない。
「ですが、その怪我、普通じゃないですよね。天南先輩もそんななってるし、何があったんですか? 僕たちに手伝える事なら言って下さい。あ、僕、絢太って言います」
おいジュンタよ。もう少し空気って言うものをだな……。
「いやー、こんな話恥ずかしくってそうそう言えるもんじゃないっていうかー? あーしの親が自殺する前にこさえてた借金が、知らない間に増えちゃってたっていうかー。それから逃げてたっていうかー。捕まってボコボコにされたっていうかー。マワされたり売り飛ばされる前に何とか逃げて来たっていう、ねっ! にゃはははっ! ほらハズいっ!」
「全部言っちゃってますよね、それ。というかよく逃げてこれましたね。そして何か僕たちで役に立てる事があれば、天南先輩に言ってくださいね」
「えっ、あたし!? そこは言い出しっぺのジュンタ君じゃないの!? ってか、ホントよく無事に……ではないみたいだけど、逃げてこれてよかったよーっ! 心配したんだからっ!」
「ごめん、ごめんて、サッチのあーしは無事ここにいますよー」
「同じ学校の三年、御先 小吾だ。それで、今後また追われる可能性はあるって事か?」
「あ、ショウゴ先輩ですよねー。有名なんで知ってましたー。借金取りがもう追ってくる事は無いんで大丈夫っすー。どうやったかは秘密ってことでお願いしまーす!」
酷い目にあったけど、もう大丈夫という理由でこの場を強引にやり過ごしたアゲハ。
まあそうじゃないだろう事は何となく分かる。オレに今できる事っていえば……。
「大分痩せた様に見えるから、しっかり食べて怪我治せよ? んで、今日は何食べるんだ?」
アゲハにしか分からない様に会話する。
「ん、ご飯!? えーっと、めっちゃ旨い肉、お腹いっぱい食べたいかな! でも、あーしの事だからマック食べて終わりかもー、にゃははは」
了解。楽しみに待ってろ、腹いっぱい喰わせてやるから。
「そっか。まあそれも悪くないけどな。その前に、その怪我相当キツイだろ? 今は何も聞かない、誰にも言わない。はい、リピートアフタミー」
「ふぇ? り、りーぴーとあふたみー?」
「よし、約束な、今は何も聞かない、誰にも言わない。晶、頼んでもいいか」
「リン先輩がそういうなら、分かりました、任せてください!」
オレが何をしようとしているのか見当がついた天南さんが、いいの? と、ありがとう、が混在した表情でオレを見る。オレはただ頷くだけだ。
フワっと緑色の光を感じたと思ったら、アゲハから気の抜けた声が漏れた。
「へっ? うそ! マジ!? ちょ、コレって……」
聞きたそうになってるアゲハに、オレは人差し指を口に立て、その先を遮った。
晶にお礼をいうアゲハ。そのままみんなと公園で解散し、オレはその足で買い出しに行く、
「えっと、めっちゃ旨い肉だったな。なら、季節は違うけど今日はアレにしよう」
帰宅してから、仕舞っておいたアゲハ用のお泊りセット、歯ブラシや枕を出す。
安心して居られるように、以前のとおり、綺麗にしておく。
夕方17時頃からアゲハが来るだろう時間を見越し、料理の下準備を始めた。
久しぶりにアゲハの声を聞いたから舞い上がっているのか、それとも一気に痩せた表情を見て心配になっているのか。もしくは両方か。オレは若干焦っていた。
なにしろ、病院でオレに伝えた言葉は「助けて」の一言だったからだ。
それはきっと、アゲハが取り組んでいる清算というのと、何かしら関係があるはず。
ならオレは期待に応えればいい。否はない。何がどうなろうと今度は絶対に助ける!
下準備を始めてさほど時間が経っていないが、玄関のチャイムが鳴る。
ドアを開け「お帰り」と言おうとしたが、その前に思いっ切り抱きつかれた。
「リン、リン、リン……。会いたかった、凄く我慢してた。ワガママ言ってごめんね!」
少し落ち着くまで、玄関で好きなだけ胸を貸して甘やかした。
あれこれ詮索してオレから聞くのはよそう。まずは安心してもらう事が先決だ。
「今、そろそろ来るかなって思って、晩飯の用意してたとこ。腹減ってるだろ?」
オレの胸にグリグリと頭を擦りつけながら、オレの匂いを嗅いで深呼吸するアゲハ。
「うん。色んな意味でめっちゃ減った!」
ああ……アゲハだ。スカスカしていた胸の感覚が塞がり、満ちていく。
「リン、作るとこ見ていい?」
「ああ、もちろん」
作ってる最中、ずっと背中に抱き着かれてた。まあ、安心するならいいか。
「お待たせ! じゃーん! 今日は、アゲハご注文のめっちゃ旨い肉を使ったすき焼きだ!」
「うわーっ、流石リンだね! こういうのが食べたかったんだーっ! いただきまーす!」
「追いダレと玉子もここにあるから、ゆっくりでいいからしっかり喰えよー」
「めちゃウマーいっ!」
晶に怪我を治してもらったとはいえ、どう考えてもかなり無茶をしてきたように見える。
食べながら、晶はオレと同じで覚醒者? とか。怪我を治したアレは治癒能力? とか。いつの間にあんなに友達増えたの? とか。天南さんと浮気でもした? とか聞かれた。
「一切そんな事してねえっつーの!」
と、身の潔白を叫んだ所で、アゲハがニマニマ笑顔でオレを見る。
「うん。匂いで分かってた! にゃはははっ!」
なるほど。アゲハがオレに言った「助けて」の一言。中々に切り出し辛い内容のようだ。
「ふわーっ! お腹いっぱいになったーっ! こんなにしっかり食べたの、最後にリンの手料理食べて以来だよー! 美味しかった! ごちそうさまでした! ありがとう、リン」
最後に呼んだオレの名が、何だか少し寂し気に、悲し気に聞こえたのは、気のせいか?
洗い物も終わり、何となく相当疲れている様に見えるから、早目に風呂を沸かす。
「疲れてそうだから、先に風呂入ってからゆっくり休むといいぞ。泊まっていくだろ?」
「あー、うーん。泊まりたいのは山々なんだけどー、どーかなー。えーっとね……」
病院でオレに伝えた「助けて」という一言について、ちゃんと説明しない事にはオレに顔向けが出来ないから。という理由らしい。どういう事だ? 説明?
「んじゃ、今日は一人で入るか?」
オレに対して何か心のつっかえがあるなら、一人の方がいいのかも。布団も別に敷くか?
「絶対ヤダ、一緒に入るっ!」
「あはははっ! やっぱりアゲハはアゲハだな。何も心配する事なんてねーよ! どんな事が起きようともオレが必ず助けるから。病院で言ったろ? 分かったって」
「うん……言った」
またちょっと不安になってしまったのか、オレにベッタリくっついて離れなくなった。
ちょうどお風呂が沸いたアラームが鳴り、脱衣所までお姫様抱っこで連れて行く羽目に。
「リン。久しぶりに脱がしてー」
今日は特に甘えん坊だが、またそれも可愛い一面なので、オレに拒否権など存在しない。
服を脱がすと、やはり結構痩せたなと分かる。晶が怪我を治してくれたから、何処にも傷跡などは無いのだが。この数週間、相当過酷な事をしていたんだろうと、勘ぐってしまう。
「全身しっかり洗って欲しいのー。しばらくお風呂もまともに入れなかったんだー。あ、公園で言った借金取りがーって話はね、ゴメン、あれは嘘でー」
「だろうなー、皆は信じてたけど、オレには一発でバレてたぞ」
「えっ、マジで!? あーし嘘つくの下手だねー」
だろうな。だからこそ、中々切り出せないでいるってのが、よく分かるんだ。
話せなくて苦しいんだよな。なら、オレが話のきっかけを作るよ。頑張れアゲハ。
「もっとよく洗って欲しい所はないか? 痒い所とか。もしくは……中々手が届かなくて苦労している所とか、手強い所とか、自分の力じゃどうにもならない所とか。自分一人で無理な時は、頼っていいんだからな。オレは、こう見えても結構ちゃんと洗える奴だぞ?」
抱えてるモノ吐き出して、楽になれって意味だったけど、ちょっと分かり難かったかな?
「やっぱり、リンは凄いね。話したくても話せないでいるのバレちゃった。……ちょっとどころじゃなく、正直に話すの怖いけど。このまま黙っていたくないの。それに、リンは私の懺悔を聞かなきゃいけない。話すのが怖い……。でも話さなきゃいけないの! リンお願い、このままギュッとしてて。頑張って話すから」
オレはそのまま床に座り、胡坐の上にアゲハを向かい合わせで座らせた。
怖くないよ、大丈夫だからね、とでも言う様に、しっかりと背中と頭を抱きかかえながら。
そしてアゲハは、自分の懺悔、贖罪を告白する。
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