逢魔が時
飲み屋街前の現場からかなり離れ、誰も追ってきたりしていない事を確認する。
「いきなり面倒な連絡をしてすまなかった、それと2年の天南? で合ってるか?」
「え! ひゃ、ひゃい! 大丈夫です! リンが守ってくれましたから!」
「そうか。リン共々よろしく頼む。それと、出来ればタメ口でお願いしたい」
「えっ! あ、はい! こちらこそよろしくお願いします、ミサキ先輩!」
二人が仲良く出来そうでなによりだ。
「それより! 何であんなにケンカ強いの!? 何で2人は友達なの!?」
どうやら質問タイムが始まったようだ。
オレは事件の事もあって鍛えて強くなった事。ショウゴとはたまたま意気投合して、一緒に悪い奴らを叩き潰して回ってる事。最近噂になっている「R」はオレらの事。
など、一通り簡単に説明した。
「えっと……とりあえず他人に話せる内容じゃないね、これ。あはははは……マジ?」
「マジだ」
「ああ、本当の話だ」
ちょっと面食らった感じで、魂の抜けた笑いを零していた天南さんだったが。
「……うん、よし! わかった! なら、2人であたしも鍛えて!」
「「は?」」
どうしてそういう事になるのか、二人でやめた方がいいと説得しつつ、本音を聞き出した。
「笑わないでね? ……だってほら、今日はあたし足手まといになったじゃん? 嫌なの、誰かの負担になるのは。出来る事なら一緒に肩を並べていたいの。だからあたしを鍛えてくれないかな! もうやめちゃったけど、これでも空手は黒帯だよ!」
いや、十分強いんじゃないかと思うんだが。そう言う事ではないんだろうな。
色んな意味合いも含め、隣に立っていたいからって事だろうな。
そういうとこ、やっぱりアゲハの友達なんだなって思う。気に入るわけだ。
「それに、リンの抱えてる苦しいものがどれ程か、あたしには判らない、けど……役に立ちたいの! あたしなんかが何かを変えるとか、そんなこと出来ると思ってないけど。一人で苦しまないで欲しいの。リンは一人じゃない、あたしもミサキ先輩もいる、だから手伝わせて!」
「リン、俺も同じだ。今はこうやって悪の芽を潰しているが、その先も見ないと自分が苦しむだけだ。俺がリンを頼るように、俺達をもっと頼ってくれ」
二人が言っている事は理解出来る。
だけど、この何も生み出さないドロドロとした復讐心に、巻き込む訳にいかないだろう。
「……ありがとう、でも、これはオレとアル。そして麗の復讐なんだ。事件に関わった奴ら全員に報いを受けさせるまで、何も終わらないし、何も始まらない。そして、必ず血が流れることになる」
それを聞いて言葉に詰まる二人。
「地獄に落ちるのは……オレだけでいい」
オレは二人に背を向け、夜の闇に消えた。
「ミサキ先輩、あたしリンを助けたい! どうやったらいいのか全く分からないけど、諦めたくない!」
「ああ、俺も少しの間だがリンと連んで分かった事がある。あいつが内に秘めている怒りや悔しさ、後悔の根本には悲しいが存在してるんだと思う。リンの強さの根源だろうな」
「……悲しい、か。何となくだけど分かります。あたしも、大事な友達が姿を消しちゃって、連絡も付かなくて凄く悲しいし。だから、少しでも何とかしたくて! リンは一人じゃないって事に気が付いてもらうしかないかなって……、今はそれしか」
「そうだな。俺も少し気になる事がある。あいつは暗闇の中に居ていい奴じゃない。俺達に出来る事をやってみよう」
「そうですね、頑張ってみます!」
俺、御先 小吾は、トラブルに巻き込まれていた時にリンに会った。
颯爽と現れ不良共を蹴散らした。図体がデカく、見た目と雰囲気が怖いと言われている俺にも気軽に話しかけ、行動に賛同し称賛し、タメ口で物怖じしない。
自身は暗闇に身を置いている様に思っているのかもしれないが、リンは眩しかった。
自分の感情に真っすぐで、意思が強く、仲間を大事にし、決して裏切ったりしない。
だからこそ、リンには太陽の下で笑っていてもらいたいと思った。
眩しかったんだ。昔、幼少の頃に見た少年の様に。
「ただいまー」
「あ、お兄ちゃんお帰り! ご飯出来てるよー」
「いつも悪いな、父さんと母さんは?」
「両方とも残業で遅くなるって」
『御先 晶』14歳、中学2年生になる俺の妹だ。
晶がまだ幼稚園の頃の話だが、いつも迎えに行くのは当時9歳だった俺の役目だった。
その日も学校が終わったので、晶の迎えに行こうと学校を出たが、校門付近で上級生に捕まり、体育館裏に連れて行かれた。
デカくて偉そうでムカつく。いつも妹と一緒にいる軟弱者。
よくある子供の意味の分からない理由によって、俺は5人に囲まれる事になる。
「妹を迎えに行かないといけないから」
そう言ったが、そんなの関係ないといって帰してくれなかったばかりか、これからはいう事を聞けなどと強要してきた。
俺は、迎えの時間が気になっていたんだろうな。
「うん、わかった。言う事聞くから、もう行っていい?」
その返事が気に食わなかったのか「生意気だ」と押さえつけられ、殴りかかられた。
そこからはあまり記憶がない。気が付けば上級生五人は鼻血を出していたり、歯が折れていたり、もう止めてくれごめんなさいと、泣き喚いて逃げて行った。
迎えの時間がかなり過ぎてしまい、急いで幼稚園に行ったが晶の姿は無く、先生達もかなり慌てていたのを覚えている。
数人の先生と一緒に、バラバラに周囲を探し回ると、幼稚園から自宅までの途中にある公園で晶を見つける事ができた。だが、公園で遊んでいた小学生たちが、晶をいじめて遊んでいたのか、全身泥塗れで泣きじゃくっていた。
俺が駆け付けると、泣きじゃくっていたのは晶だけではなく、小学生らも全員泣いていた。
一体何が? と思ったが、一人の少年が晶を守る様に小学生らに向かって立っており、顔と両手を泥と血だらけにして仁王立ちしていた。
騒ぎを聞きつけ近所の大人が駆け寄り、その少年と小学生らは連れて行かれた。
幸い晶に怪我はなかったが、寧ろ俺の怪我のほうが酷い位で、別の意味で怒られた。
あの時の少年にその後会うことは出来ず、お礼を言うことは出来なかった。
だが、今でもハッキリと覚えている。
茜色の夕陽を全身に浴び、泥と血だらけになりながらも、目に宿る強い意思の力、眼光を。
あの時晶は、どこからかあのお兄ちゃんが走ってきて、全員やっつけてくれたと言った。
俺の中で、どうにもあの時の少年とリンの姿が重なる。
何がどう同じという訳ではないが、目に宿る強い意思、鋭い眼光がそう思わせるのだ。
「晶、ちょとだけ昔話をしてもいいか?」
俺はあの時の少年の事、そしてリンの事を晶に話して聞かせた。
「お兄ちゃん、私その人に会ってみたい」
「いいのか? あの時の少年じゃないかもしれない」
「うん、わかってる、でもお願い、私自身の目で確かめたいの」
「そうか、分かった」
俺はリンに連絡し、後日少しでいいから時間を取れないかと伝え、会う約束をした。
そして、俺と同じ思いを持つ天南にもその事を伝えた。
2日後、俺が指定した場所は、晶が昔助けられた公園だ。
時刻も夕方。丁度あの時と同じように、茜色の夕陽が四人を照らしている。
「で、ショウゴ。なんでまたこんな公園で待ち合わせなんだ? それに、そっちの子は?」
「わざわざ来てもらって悪い。リン、お前にちょっと聞きたい事があってな」
「なんだ? また面倒ごとでも起きたか?」
「お兄ちゃん、私が話してもいい?」
どう見ても中学生にしか見えない少女が口を開き、それにショウゴが頷く。
「あの、初めまして。私は御先 晶って言います。いきなりでごめんなさい。この公園、見覚えないですか?」
見覚え? そんなことを聞く意図が分からなかったが、俺は公園を見渡した。
後ろを振り返ると、茜色の夕陽が目に刺さって眩しい。思わず手で光を遮る。
あれ? 昔、よく似た場面を体験したことがなかったか?
「……この夕陽、この感じ……前にも見た事がある……気がする」
「今から約九年程前、この公園で今みたいな夕方、夕陽が眩しい時に、小さな女の子を助けた覚えはありませんか?」
真剣な面持ちで俺に問いかける少女。
いつか見た映画の様な、記憶の片隅に残る公園と夕陽。そしてデジャブ感。
脳裏に浮かぶ、小さい女の子と夕陽と……痛かった拳の感触。
「……泥だらけの、幼稚園の、女の子?」
そう呟いたと思ったら、その少女は突然俺の胸に飛び込み抱き着いてきた。
「え、ちょ! どうした!?」
慌てたオレはそんな事しか言えず、その少女の抱擁を受け止めるしか出来なかった。
ショウゴと天南さんに助けを求める視線を送ったが、二人とも俺以上に慌てた顔。
「……プッ、はは! アハハハッ! 二人とも、その慌てようと顔!」
可笑しくて思わず爆笑してしまったが、そんなオレを見た二人は、何やら少しホッとした顔をしたのが印象的だった。
その少女、晶は俺の胸で泣きじゃくっていたので、仕方なく落ち着くまでそのままでいた。
後で事情を聞くと、その時の少女が晶で、どうやらオレがその時の少年だったらしい。
晶とショウゴは、今までお礼も言えなかったことが、ずっと心残りだったのだそうだ。
「しかし、よくオレって気が付いたな? 自分ですら忘れてた記憶なのに」
「リンの目に宿る意思、眼光があの時とそっくりだったんで、もしやと思ってな」
「マジか! すごいな!」
「それに、お前のカッコよさは、昔のままだ」
「おだてても何にも出ないぞ?」
男に褒められるのはあちこちむず痒い感じもするが、誉め言葉と受け取っておこう。
「あの、リン先輩!」
「あ、はい!」
先輩呼びなんて実に久しぶり過ぎて背筋が伸びてしまう。
「怒らないで聴いてください。あの……事件の事ニュースで知ってます。その事で苦しんでいる事もお兄ちゃんから聞きました」
ジロっとショウゴに目線をやったら、明後日の方向に顔をそむけられ誤魔化された。
「リン先輩は、命をかけて救おうと頑張ったんですよね? 自分がどんなに傷つこうとも立ち向かったんですよね? 私を助けてくれた時の様に、精一杯頑張ったんですよね? なら先輩は何も悪くないじゃないですか! その傷も勲章じゃないですか! 誇ってください! 命を懸けたんだと! あなたは孤独なんかじゃありません! 私達がいます! ずっと私達がいますからっ! 今度は私がリン先輩を助ける番ですからっ!」
最後はまた泣きじゃくって言葉にならなくなり、今はショウゴが落ち着かせている。
言いたい事は伝わった。だが、失ったものが戻る訳でも、過去が消える訳でもない。ただ、淡々と未来は進んで行くだけ。沈んでいく夕陽を眺めながら、そんな事を考える。
そっとオレの左手を天南さんが両手で包み、夕陽で紅く染まった顔を向ける。
「あたしもいるよ? リンがやろうとしてる事、手伝わせて欲しい」
と微笑んだ。と思ったら、今度は右手を晶が掴み
「私もいますから! ずっといますから! 何だってやれます!」
そっか……、オレは今、助けられているんだ。ふと、そう感じた。
過去は消えず、ただ未来は進んでいくだけ。前に進まないといけないんだな。
アゲハが過去を清算し、前に進もうと努力しているように。
「……そっか、……そうだよな」
未来の為に、もっと本気で過去を消化しないと何も変わらないし、救われない……か。
「本当にいいのか? 関わるって事は、オレの復讐に巻き込まれるって事だ。間違いなく誰かの血が流れる。それが悪人だとしても、人の命を奪う事になるかもしれないんだぞ!」
オレは、一体何の覚悟をさせようとしているんだ。オレだけならともかく。最低だ……。
「だとしてもだよ! あたしは後悔したくない! もう決めたの、リンを手伝うって!」
「私もです! リン先輩が言ったようになるかもしれない、でも、ならないかもしれない。なら、私はリン先輩を助けたいです!」
「俺は晶を守らんといけないからな。何がどうなるか分からんが、俺も一緒だ」
「……分かった。なら、オレはお前らを、遠慮なく巻き込むぞ」
沈む夕陽が茜色から深紅へ、深紅から濃紺へと色を変え、世界を夜へと誘い始めた。
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