ダイブ
「して……あげよっか?」
膝の上に座り、上目遣いでオレの表情を伺い、潤んだ瞳を恥ずかしそうに逸らすアゲハ。
「い……いい……のか?」
「うん……もちろんいいよ。あーしがしてあげたいんだー」
そう言うと、アゲハはオレの左手を取り……。
「はいっ、これでオソロだねーっ! んーっ、めっちゃ恥ずかしーっ! でも嬉しーっ!」
オレの左手小指には、炎が螺鈿された黒檀の指輪がはめられていた。
「ん゙ん゙ーっ! オソロなっ! うん、めちゃくちゃ嬉しいけど、くっそ恥ずかしーっ!」
色んな意味で悶絶した。
左手の中指にもシルバーのリングをはめてもらい、あまりアクセサリーを付けないオレは、物珍しくて、アゲハと二人でしばらくお互いの指を眺め合ってた。
気が付くと夜も八時を回っており、流石に時間も気になってくる。
「そろそろ帰らないと、外真っ暗だし危なくないか? なんなら家まで送ってくし」
夜道は何かと危ないし、何より心配だし。
そう考えたら、脳裏にアルと見た麗の拉致映像がチラついた。心臓が嫌な跳ね方をする。
……嫌だ。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
もう二度と、誰かにあんな思いはさせたくない。
誰か? 誰かって、誰だ?
お互い、無意識の行動だったかもしれない。
オレの手がアゲハに伸ばされたのと、アゲハの手がオレに伸ばされたのは、同時だった。
「なぁ、泊まっていくか?」
「ねぇ、泊まってもいい?」
あまりのタイミングの重なり具合に、二人して吹き出して笑った。
指と指を絡ませギュッと繋ぎ合う。さっきはめた小指のリングとリングがぶつかる。
「「……うん」」
返す言葉も一緒だった。
とても不思議な感覚がした。今まで知らなかった、初めて知る感覚と感情。
何だかとてもイケナイ事をしているようで、でも、隣に居るのが当然のような気もして。
麗の事を忘れた訳でも、過去にしてしまった訳でもないけど、でも……うん、いい。
オレはもう、失いたくないんだ。奪われたくないんだ。だから、これでいい。
「ゴメン、オレのパジャマしかないけど大丈夫かな?」
「むしろ、そのパジャマじゃないとやだー! ブカブカのリンのパジャマが着たーい!」
二人でどこかに旅行でもして、テンション高くはしゃいでる感じで、お互いのニマニマ顔が治まらない。
「あっ! リンってトランクス派? ボクサー派? それともまさかのブリー……」
「ちょーっと待ったーっ! 流石にそれは無い! ボクサーパンツ派です」
衣装ケースから派手な柄のパンツを取り出し高々と掲げる。
「おおーっ! 何かすごいカッコいいじゃん! リンって感じーっ! それも貸してーっ!」
そうか、替えの下着だって当然必要だ。
「って、えっ! オレのパンツ履くのか!? 嫌じゃないのか!?」
「えーっ逆にいいじゃーん! 明日、リンのパンツ履いて学校行くんだーあーし!」
「ちょ、待って。うわーっ、恥ずか死ぬー!」
「いいじゃん、いいじゃーん! 興奮するっしょー? こういうの好き?」
「……嫌いじゃ、ない……です」
「にゃはははっ! リン、カワイーっ! ねっ、一人じゃ寂しいから一緒にお風呂入ろっ?」
次から次へとオレに初めてを与えて来るアゲハに、凄い勢いでグングンと惹かれていく。
でも、頭の中では、あの時傷ついたままの自分が語り掛けて来ていた。
……お前はいいよなぁ。でも、そんなに楽しくしてていいのかぁ?
いいんだよ、さっき自分でそう決めたじゃないか。
……お前は、麗の事を忘れようとしているんじゃないのかぁ?
違う! 麗にした事、その報いは必ず受けてもらう! 絶対に復讐してやる!
……アゲハで気を紛らわせようとしてるんだろぉ? 羨ましい話だよなぁ。
紛らわせる? 何故? どこにそんな必要がある? オレは彼女に惹かれてるだけだ。
……お前はいいよなぁ、羨ましいよなぁ、オレはまだ復讐心に囚われてるっていうのに。
うるせぇ! お前はオレだ! 何も違わない! オレが成す事に力を貸せ!
……不幸な事が起こるのは、幸せな事が起こる前触れって言うじゃないか。なら、その幸せが起こった後はどうなると思う? なぁ。
黙れっ! 知るかっ! そんなの、ずっとその幸せを離さず守り通せばいいだけだろっ!
……なら、また奪われない様に、気を付けないとなぁ。努努忘れないようになぁ?
そんな事は分かってんだよ! 奪われない為に、いいや、奪う為に得た能力だ!
心の中に巣食う、復讐心に囚われた闇と、現実での行動が伴わず、自問自答する。
大丈夫、オレは何も間違ってない! 潰すものは絶対潰す! 守るものは絶対守る!
あの時、強烈に力を渇望した時の想いと、何も変わってなんかいない! それだけだ!
何だかんだで、お風呂も沸いてしまった。オレはこれから人生初、女の人と一緒にお風呂に入るのか!? などと考えながらギクシャク動く。
そういえば小学の3年生くらいまでは、たまに麗と一緒に風呂、入ってたな……。
そう思ったら、何とかこのイベントも乗りこなせそうに思えてきた。
そんなに広くもない脱衣所で、二人してあちこちぶつかりながら服を脱いだ。
何が「乗りこなせそう」だ! 全然ムリじゃねーか!
「やっぱり、リンも恥ずかしい……よね? あーしも限界にハズいんだけど……」
「おっ、おう。そ、そうですね。んじゃ、おっ、お風呂、行きますか」
ギクシャクと風呂場のドアを開けると、イイ感じに湯気が立ち、視界がぼやけた。
ホワンとした温かさが気持ちをほぐし、顔の火照りも多少誤魔化してくれたのか、行動を大胆にさせる。
「リン、身体洗ったげるーっ! ってか洗わせて欲しいーっ! 背中あーしの方に向けてー」
「あっ、はい」
言われるがまま、イスに座り背中を預けた。シャワーでオレの身体を濡らし、ボディソープを手に取り泡立てる音が背中越しに聞こえてくる。
何故かアゲハが満面の笑みでニヤニヤしてるのも、手に取るように分かる気がする。
オレの顔は今どうなってる? 緊張顔か? ニヤケ顔なのか!?
そんな事に頭を回して、自分の意識を誤魔化そうとしていたら、背中にめちゃくちゃ柔らかいものが当たったので、ビックリし過ぎて変な声が出た。
「いひゃっ!」
その変な声に、アゲハも反応して吹き出してくれて良かったのに、身体全体で背中にピッタリと抱きついてきて、話し始めた。
「リン……あーし、ヤバイ……かも。……あのね、リンと初めて話す少し前の事なんだけど、病院で話した時の事ね。それよりちょっとぐらい前に、リンを見かける機会があってさ。そん時になんでか分かんないんだけど、内面にすごい優しさと、すごい熱いもの、それと、悲しさも持ってる人だなって、なんか不思議と分かっちゃって。んで、ちょっと気になってさ。あんな事件もあったから、リン大変だったけど。サッチがお見舞いに行くっていうから、あーしも仕方ないなー、一緒に行ってあげるかーとか言ってさ。にゃははっ! 今思い出したらあーし結構ハズい事してたなー! ってか今の状態の方が百倍ハズいけどっ! あっ、えーっと、それで、話してみたら境遇も似てるしさ。まぁ、そりゃ近しい雰囲気持つのも納得だよね。んで、それ以来ずっとリンの事が気になって仕方なくて。今日偶然会ったら、なんかめっちゃ嬉しくなっちゃってさー。一緒に買い物して、同じ時間過ごしてたら気が付いちゃったんだー」
オレの上半身に抱きついていた腕に力がこもり、身体は更に密着度を増す。
アゲハは、一呼吸おいて大きく息を吸い込み、オレの耳元に顔を寄せ、拙く甘い毒を吐く。
「あのね……あーし、リンが好き。優しいリンが好き。大好き……」
耳を撫でるアゲハの吐息。単純だが強く紡いだ言葉と、向けられた真っすぐな感情。
それはまるで、甘い香りを放つ猛毒の様に、心地よい響きがオレの中に混ざり合っていく。
アゲハは、どんな風にオレを浸食し、溶かしていくのだろうか。
オレはもう失いたくない。何も奪われたくないんだ!
「アゲハ……オレは……お前を誰にも取られたくない。隣に……いて欲しい」
本当は、オレも「好きだ」と伝えたかった。だけど、何故か言葉が出なかったんだ。
きっと、怖くなったのかもしれない。
オレはまだ、麗を奪われた事、失った事。癒えてなんかいないんだ。
頭の中の自分が言ったように「幸せの後」に怯えているのか? ……情けない。
それに、怯えるのもオレらしくないし、何より気に食わない。
アゲハにちゃんと向き合ってあげたい。オレも「好きだ」としっかり伝えたい。
少し何か思い詰めたような雰囲気が出てたのか、アゲハが心配し頬を当てる。
「うん……大丈夫だよ。あーしと一緒、二人でいれば大丈夫。あーしはリンの傍にいる。リンも抱えてるもの沢山あるんだもんね。今は無理しないであーしに寄り掛かって欲しい。あーしもめっちゃリンに寄り掛かるし。んで、いつか話したいって時が来たら、話せばいいじゃん。違ってたらゴメンね。何となくだけど、リンは今、自分が何をどうしたいのか、どうするべきなのか、迷ってるように感じる。あーしはね、そんな時何も考えないで心に正直に動いちゃうんだー。でも不思議と間違ってなくてー、って、そんな感じ。にゃはっ、伝え下手だね」
アゲハはオレを優しいと言うが、それはこっちのセリフ。
「本当に優しいのは、アゲハの方だよ……。ありがとう」
そしてオレは、その優しさに甘える様に、背中にピッタリと抱きついたアゲハを太ももの上に移し、しっかりと抱き締めた。
触れ合う肌と肌を、泡となったボディーソープが程よく滑らせる。
「んっ……」
甘い声を漏らしたアゲハは、オレの太ももに跨るように態勢を変えた。
全身をオレに密着させると、その豊満な乳房が押し当てられ、ずっと脈打っていたオレのモノは、アゲハのお腹を押し返す。
心に正直に……か。オレは今……アゲハに溺れたい。
「アゲハ……」
「……うん、いいよ……全部リンの好きにして。ダメな事なんて何もないから。心に正直に、あーしをリンの色で染めて欲しい。あーしは今日、リンの彼女だよ。明日からも……んっ」
話す途中の唇を塞ぎ、何度も強く重なる熱い吐息。上気した頬と熱くなる身体から蕩け出る甘美な蜜は、お互いを刺激する。オレは今日、アゲハという深く優しい海にダイブした。
何度求め合ったのだろうか。分からない程に頭がボーっとする。
目が覚めるとベッドの上で、アゲハはいつの間にかいなくなっていた。
アゲハが寝ていた枕にはメモが置いてあり、背伸びをしながらそれを手に取る。
『おはよー! ゆっくり眠れた? 流石に今日は学校に行って来るね。もちろんリンのパンツを履いて(笑) 昨日はありがとう! あーし、今人生でめちゃ一番幸せ。またすぐ泊まりに来るから! 美味しい手料理があーしを待っているはず! あ、今ちょっと漏れてきた』
「いや、漏れてきたって……あ、犯人はオレか」
昨晩あんなに暴れたのに、もうアゲハが欲しくてたまらなくなる。
「それに、ありがとうなんて、こっちのセリフだっつーの」
守りたい大事なものが出来た。
だからオレは、これからしようとしている事をアゲハに話そうと思う。
それは、人としての道を踏み外す行為かもしれない。もちろん理解だってされないだろう。
だけど、話しておかなきゃいけないと思うんだ。
もちろん、オレの能力についても。
それから俺たちは日を重ね、何度も逢瀬を繰り返し、何度も心と身体を重ね合った。
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