Side Story 告白、そして ~夜乃 蝶羽~ 怒りと嘘と裏切りと1
私の人生は怒りと嘘と裏切りに満ちている。
物心がついた頃には、思うがまま自由に、感情豊かに生きてみたいと願っていた。好きな物を食べ、好きな事を話し、好きに笑い、好きに自己表現したかった。
こうなったのは、暴力を振るう事で私を支配し、いいように性的な玩具にした義父。それを知りつつ見て見ぬフリをし、罵倒し暴言を浴びせ続け、暴力が絶えなかった母親。地獄の様な生活と、自己主張が許されなかった家庭環境に対して、カタルシスを強く望んだことが要因だろう。
そんな、死んだ日々が繰り返される中、普通の人より遅めの初潮を迎えた中学二年の春。私に異能とも言える超常的な能力が芽生えた。蛹が羽化し、美しい蝶となって飛び立つ様に、私の背中に銀色の綺麗な縁取りと模様が入った黒い半透明の蝶の羽が生えたのだ。
まるで「生まれ変わったんだよ」「自由になっていいんだよ」と言われた様な気がした。グシャグシャの顔になりながらも、笑いと涙が止まらなくなったのを覚えている。それは、嬉しくて、やるせなくて、悔しくて、とても腹立たしくて。
興奮と感情が抑えきれなくなった私は、その夜に実母と義父を手にかけた。酒に酔い潰れている所を空に連れ去り、高い橋の更に上空から、今まで散々蔑ろにしてくれた報いを、私自身の手で行使した。手を離した瞬間、全身に走った得も言われぬ開放感は今でも覚えている。大地に向かって落ちていくゴミ。
――ゴッビシャーッ!
鈍い音と共に、液体が飛び散る様が聞こえた時の私の顔は、それは酷く歪んだ恍惚とした笑みに崩れていた事だろう。私を縛り付けるものは何もなくなったという事実に、どこまでも虚ろな夜の空で、大きな声を出して笑った。今までのみすぼらしい私にサヨナラという感情。それと、心の奥底から沸き上がってくる強い怒りの感情に、歪んだ笑みは涙に変わり、地上へと落ちて行き霧散した。
これでいいんだ。名は体を表すと言うのなら、これが私の本来の姿なのだから。
警察は、それを生活苦による投身自殺と断定し、親類も居ない私のこれからを哀れんだ目で見ながら、励ましの言葉を投げかけた。
「大変だったね。これからはもっと大変かもしれないけど、諦めず頑張るんだよ」
この国では、孤児となった者を救済する法律の対象は、小学生までとなっている。だから、誰もが暗い雰囲気を漂わせながら、気の毒そうな面持ちで私を励ましてくる。何で? あんなゴミ、死んで当然なのに、この人たちは一体何を言ってるんだ? これから自由が待っているというのに。楽しみで仕方がないというのに。嬉しさと、期待でいっぱいなのに。私の人生は今始まるというのに。
だから私は、自分に向かって「誕生日おめでとう」と言った。
その日、私は新生した。
夜を迎え、何にも怯えることなく、安心して静かに眠れる事がどんなに嬉しかったか。誰にも害されず、怒鳴られず、罵倒されず、否定されず、痛くない。
「もう、大丈夫なんだ」
そう呟くと、沸々と沸き上ってくる奪われ続けた記憶。いつの間にか握った拳に力が入り、震えと怒りが収まらなくなった。何でもいい、誰でもいい、今までされ続けた分、今度は私が傷付けたい! 奪いたい! それに、これから一人で生活して行くためには、沢山のお金も必要だ。
このモヤモヤした気持ち悪さは何? これは鬱憤? ううん、きっと復讐心。
「……そうだ、アレと同じゴミな奴らから奪えばいいんだ」
心の底から突き上げて来るような、この異常なまでの嗜虐衝動を満たさないと頭がおかしくなりそうで、居ても立ってもいられなくなった。だから私は、今日も夜の空へと飛び立つのだ。
万が一にも私だとバレないように、自分で全身真っ黒なボディスーツを作った。全身パツパツでボディラインがセクシーに出るアメコミヒーローの様なスーツ。羽の模様に合わせ、銀色で装飾も入れた。
私の背中に生える蝶の羽は、直接肌から生えるのではなく、肩甲骨付近から数センチ程離れた所に現れる。現れるというのは「飛ぶ」と意識すると、オーラ的な何かが可視化するのだと思っている。なので、飛ぶとき以外は一切邪魔になったりしない。
それと、話し方でも私だとバレないように、昼は破天荒な行動と砕けた口調で。夜の活動時は高慢な態度と口調でお高く止まった感じに変え、真逆の立ち振る舞いをした。あんな事件があった後だ。黒髪が突然金髪になったり、大人しかった性格が突然明け透けになったり、一人称が「私」から「あーし」になったとしても、誰も違和感を持たないだろう。所詮「やっぱりグレたか」程度の認識だ。
こうやって身を守るというのは、さながらアゲハ蝶の持つ擬態能力の様で、何だか私らしく感じられた。
そして今夜も私は、首都圏の某埠頭にあるコンテナが沢山積まれた一角で、夜の闇に紛れ、一番上のコンテナに腰を掛けながら、その時を待っていた。しばらくすると、黒塗りの車が二台別々にやって来て、中から数人の男たちが降りてきた。
「金は持って来たカ? まチがいないカ、確認サせてもらう」
見た目は日本人に見えるが、話す日本語はカタコトの輩。もう一方が持って来たアタッシュケースの中身を検めると言う。煙草に火を点けた男が、煙を吐きながらケースの中身を確認しろと、顎で部下に合図する。
「なら、こっちはブツを確認させてもらおうか」
お互いにケースを開き中身を確認し、問題なかったのか握手を交わすリーダー格の男二人。その握手した手の上に、コンテナから降りた私も手を重ね、ケースの中身を確認する。
「あら、ステキな取引ね。違法薬物の売買かしら。金額はパッと見で1億ってところ?」
「「んなっ!?」」
突然現れた全身真っ黒なボディースーツの私に驚き、握手した手を離そうとする。だが、私の片手で強力に握られた二つの手は、ピクリとも動かす事が出来ない。
「クソっ! 何だこの力っ、取れねぇっ! お前ら撃て! コイツを撃ち殺せ!!」
慌てた周囲の者が一斉に銃を引き抜き発砲した。
風の強い埠頭であるにも関わらず、周囲のコンテナに大きく反響する銃声。アタッシュケースを手に、銃弾よりも早く上空に飛んだ私には傷ひとつないが、お互いに撃ち合ったせいか、眼下では数人が血を流して倒れている。
こうなったらもう私なんて関係なく、撃ち合ったという事実から抗争が始まる。おそらくどちらかが全員倒れるまで止まらないのだろう。上空からその様子をうかがい、思わず表の口調で独り言がこぼれる。
「にゃはははっ! ウケるー! んじゃ、あーしは帰らせてもらうねー」
鳴り止まない銃声の中、二つのアタッシュケースを手に、夜空の彼方に消えようかと思ったが、遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来たので、到着するまでしばらく待ってあげた。現場に到着した警察官の目の前に、薬物が入ったアタッシュケースを投下する。突然、空から降って来たケースに驚いて周囲を見回していたけど、中を確認すると大慌てで声を上げ応援を呼んでいるのが見えた。
「そっちは貰っても処分に困るだけだからあげるわ。でも、こっちはもう私の物だから」
聞こえるはずもないが、そう呟いて軽く手を振り、私は夜空の彼方へと姿を消す。
現場から結構離れた場所の山中へ移動し、アタッシュケースを開く。中には大帯封が巻かれた1万円札の束が10本。間違いなければ1億円だ。
「やっぱり、何回見てもただの紙の束って感じね。大金なのに」
そう言いながらも、自宅から持って来た折り畳みリュックを広げ、中身の現金を移す。わざわざなんでこんな手間を? と思うだろうけど、もしもこのケースに発信機が取り付けられていたとしたら? 浮かれてそのまま帰宅なんてしようものなら、自宅バレ、身バレしてバカを見るのは私になる。
「こう見えても臆病だし、小心者だから慎重なの。念には念を入れておかないとね」
詰め替えたリュックを背負い、アタッシュケースは山中の公園のゴミ箱に捨てた。最近独り言が増えた様な気がする。高校に進学したら友達作った方がいいかも。
中学時代はこんな事ばかりを繰り返し、危ない橋を渡って荒稼ぎしていたからか、気が付けば全身黒で固めた蝶の私は、警察や犯罪者集団界隈で、通称「黒蝶」と呼ばれていた。
失敗した事なんて一度もなかった。私はセンスがある、凄腕だ! と勘違いした。だから、慣れから来る油断ってやつで足元をすくわれる事になったんだ。
大きな組織になると、色々な所からデータを集めて分析する。そして、正解に辿り着くなんて当然だろうと言わんばかりに、黒蝶である私を割り出した。多分、どこかの監視映像から背格好や音声データを入手し、分析したんだと思う。ドジ、という訳ではないけど、相手が何枚も上手だった。ただそれだけの事。
結果、今までの所業をバラされ、犯罪者として警察のお世話になるか、それとも、この地下組織「BUGS」に入り、能力を活かして力を貸すか、の二択を迫られる事になった。そもそも断れば警察に突き出されるどころじゃなく、命を消される事になるだろうというのはバカな私でも分かる。つまり、実質一択の強制加入を強いられた。
だけど、何故か私は「蝶」という諜報・篭絡を主とする部隊の長、要は幹部席を与えられる事になる。コードネーム「Papilio protenor」通称「黒蝶」とは私の事だ。
組織は偽装された会社形態で運営され、怪しい事この上ないが、なんと給料が出る。暗躍し荒稼ぎしていた時の年収と比べると、桁が二つ減ったが、それでもほぼ何もせずこの組織に所属しているだけで、年に1億近く貰えた。危険を犯してお金を得るよりこっちの方が安全だし、なにより楽だった。所得税? 何それ? 取られたことがないので分からない。14歳、中学3年の秋の話だ。
今までやった仕事内容といえば、下部組織が金銭的な不正を行っていないかどうかの監視。資金の出所は企業だったり、個人だったり、はたまた犯罪絡みと様々だった。稀に、請け負った抗争への参加という戦闘必須の案件には、日ごろ溜まったストレス解消も兼ねて喜んで行った。
また、篭絡案件時には適齢の部下に命令し、身体を使っての作戦遂行もやらせた。その代わり当別手当を手厚く支給すると、何故か逆に感謝されるっていう不思議。
ただ、私自身は絶対に身体を売る事はしない。
いままで散々搾取され続けてきた私の身体。
昔の私は、あの日死んだのだ。
新生した私の全ては、本当に心を許した人に捧げるんだ。
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