Side Story 心配 ~岩上 拳~
「ロック、少し前に、反社のビルから覚醒剤が押収された事件、覚えとるか?」
刑事部捜査第一課、最年長の烏帽子さん、通称「エボ爺」が聞く。
「ええ、エボさんが担当した、組の連中、締上げた例のやつですよね」
「そうじゃ。その組の爺さんと組員が妙な事を供述しとってな。というのも、乗り込んで来たのは若造一人で、全員それにやられた。とても人間とは思えない動きと、超能力としか思えない力だった。その組長の手足を折ったのも、その訳が分からない力でやられた。しかも、どうやって中に入って来たのか、全く見当がつかねぇ。そう、取り調べで言っておった」
「監視カメラは確認したんですよね」
「とっくにな。だが正面玄関も裏口も一階、二階の窓を監視してる監視カメラにも人っ子一人映ってやしねぇ。ならどっからその若造は入ったんだ? って事になってな」
「そんな事あるんですか? まさか、飛んできて屋上から入ったわけでもないでしょうし」
「と思うだろ? それが、唯一開いてたのが屋上のドアっていう奇妙な話でな」
「近場のビルからハシゴをかけて渡ってきた。って線はないですか」
「そこら近辺で一番高いのがその事件のビルで、まして、周りのビルとは距離がありすぎる。とっても無理じゃよ、不可能ってやつだ」
「ってことは、その超能力を使って屋上から入ったとしか考えられないって事ですか?」
「まぁ、そう考えるのが一番辻褄が合うっていう、刑事泣かせの見解が見識から出た」
「そんなバカな見解が……」
「まぁまぁ。でな? お前さん、その超能力とか不思議としか思えないおかしな現場、ここ最近どっかで心当たりないか?」
ハッとした俺の顔を見て、エボ爺が年季の入った頬皺を持ち上げる。
「絹路 麗、誘拐殺人事件ですか」
「そうだ。あれも相当奇妙だったじゃろう? テレビで犯罪専門家のなんたらって奴の見解かなんかで落雷って事になっとるが、現場はそんな生易しいもんじゃなかった。ロックも見たろうが、あのあり得ない様を」
「ええ、それは勿論。凄惨な現場でしたから」
「それとな? 最近こんな噂もある。たった一人の若造があちこちで半グレやチンピラ、暴走族っていったゴミどもを潰して回ってるって話でな。殴りかかろうがエモノ持ってかかろうが関係なしに、全部躱されて手も足も出ずにやられるそうだ。何十人だろうとな」
「いやいや、流石にそれは盛りすぎじゃないですか、三人位ならまだしも、何十人とか、どんな達人でも不可能ですって」
「と思うじゃろ? だが、面識も何もないバラバラの集団が、揃って同じ事を言うんじゃよ。しかもだ、自分らは改心して今はチームRのメンバーだ。二度と諍いごとや面倒ごとは起こさねぇって言ってやがる。どうだ、面白いじゃろ」
「面白いも何も、そんな漫画みたいな事、現実で起こるわけがないじゃないですか。全員何か口裏を合わせているとか、何かあるんじゃ?」
「よく考えてみい! 絹路の誘拐事件の奇妙さ、その事件以降に起こった反社ビルの件、不良らゴミどもの件。一貫して若造が関わっとると言う証言の一致。そしてRだ」
「エボさんは疑ってるんですか、まだ十七歳の彼を。しかも両親も他界してる苦労人です」
「じゃが、全てが『天狗 䮼』を指しとる」
「た、確かに私もそれは思いますが」
「ロック、感情じゃ刑事はやっていけんよ」
「くっ! そうですが、そうなんですが……」
それじゃ、あまりにも悲しいじゃないですか。
最後は言葉が出なかった。両親を早くに亡くし、兄弟ともいえる幼馴染も殺され、残された彼は復讐に取り憑かれる。そんな悲しい物語はあってはダメだ。
そうだ、久しぶりに飯にでも誘って、それとなく話を聞くことは出来ないだろうか。彼は何だか人を惹きつける、それは俺も例外ではない。
「どうだ、久しぶりに一緒に飯でも食わんか、それに何かと積もる話もあるだろう」
俺は彼に連絡を取り、夕方、焼肉に連れて行く約束を取りつけた。
事情を話し、仕事は少し早目に上がらせてもらった。俺にそんな暗く重い話が出来るのか。彼を追い詰めてしまうのではないか。どうしたものかと悩みながら街を歩く。
「ほー? ほー! ほー?」
何やら変な鳴き声が聞こえたと思いその方向に視線を向けると「刑事」という単語が耳に入って来た。普通……ではないなと感じ、近寄る。
「え!? いやすごいゴツイ感じのオッサ……」
声で彼だと分かり、声を掛けようとしたら「オッサン」呼ばわりしようとするのが分かったので、思わず手が出てしまった。
「誰がオッサンだ、誰が!」
彼と話をしていたのは同じ年程の女子高生のようだが、知らない顔だ。聞くと、同じ学校のクラスメイトだそうじゃないか。
正直、亡くなった絹路君とまだ意識が戻らない本栖君以外の名前や話を聞いた事が無かったので、誰かと一緒に行動したり、何かをするのは苦手なタイプだと思っていたから驚いた。
「どうだ! 天南君も一緒に!」
彼はもっと沢山の人と交流をもった方がいい、そして、願わくば信頼出来る沢山の友人に囲まれた方がいい。俺は彼の味方でありたい、そう思ってしまったんだ。俺も早くに両親を亡くしたから少しは苦労が分かる。
三人で焼肉を囲みながら、俺はエボ爺に言われた事を考えていたが、やっと少しだけ表面に出て来た笑顔を見て「そんなヘビーな話をするのもな」と思い、軽めに聞いてみた。
「で、どうなんだ? 吹っ切れたか?」
かなり要約して端折って出て来た言葉がこれでは、何を聞いているのか伝わらんだろうとも思ったが、頭の回転が速い彼は、意を汲み取った。
「そんな簡単じゃないですよ」
彼は俺が思っている以上に大人で、そして子供だ。そんな多感な年代だ。学校という檻は、よっぽど窮屈で相当の負担を強いられたのだろう。今は、学校には行っていないという。
「どっちにしろ、決めるのは自分だ」
突き放した言い方ではあるが、これからの長い人生で、そういう分岐や選択を迫られる場面はいくらでもある。だが、若いうちにそういう経験を多く積んだ人間は強くなる。幸い、彼の近くには、こうして心配し涙してくれる友人もいてくれる様で、少し安心した。なんにしろ、時間が必要か。
きっと彼は、自分が不安定な状態であることを理解しているのだと思う。だが、思っている以上に、あの事件が残した傷は深いだろうと俺は感じている。
「全部、白日の下に晒されて、関係した奴ら全員が相応の報いを受けるまで、オレは、オレについた憑き物は、落ちない」
どんな事件でもそうだ。被害者や残された者たちは、皆、悩み、苦しむ。あの事件は、未だ不明な部分が多く、調査も長期に渡ると予想されている。彼は彼なりに向き合い、落とし所を探しているのだと思う。でなければ、復讐という呪いに囚われてしまうだろう。だが、やはり吹っ切れるにはどうしても通らなければいけない道だ。
だからこそ適当な事は言いたくない。
「きっとまだその時じゃないんだ」
考えながらその時を待って、納得できる答えに辿り着くまで、動くしかないんだ。
「俺で何か力になれる事があるならいつでもいい、声を掛けろ」
内に抱えている傷、闇をいつか話せる時が来たら話してくれ。
「……話して楽になるならとっくにそうしてるし。それに話したからといって、失ったものが戻ってくるわけじゃない。それより、事件のことで何か進展があったら情報が欲しい」
その通りだ、話して楽になるというのは、話して楽になりたいの裏返しだ。それに現実もよく見えている、故に、傷つきやすい……か。
「ああ、重要機密情報でもなんでも、お前になら流してやる」
何をどう考え、動き、消化し、成長していくのか、俺が見届けてやる、目一杯足掻け!
「さっちゃん! リンの事、頼んだぞ!」
エボ爺の言っている事も理解出来る、彼の状態も理解出来る。
だからこそ警察という仕事と、俺自身の気持ちの間で揺れ動く。
「俺もまだまだ……だな」
などと考えながら歩いていたら、行きつけの店まで来ていた。扉を開けると、ドアにつけてある呼び鈴代わりのカウベルが、軽やかな音を鳴らす。
「あらロックさん、いらっしゃーい!」
「よう、ママ。お邪魔するよ」
「なぁに? 何だか疲れた顔してるわねぇ? お仕事大変だったの?」
常連で顔馴染みだからか、直ぐに見抜かれた。
「まあ、仕事っていうか、気にあてられたっていうか。若いって凄いな」
「なにオジサンみたいな事言ってるのよ、まだ三十路前でしょ?」
などと挨拶代わりの会話をしていると、御通しが出て来る。既に酒が入っているのはいつもの事。さっぱりした酢の物を用意してくれるのは流石だ。
「とは言っても相手は高校生、多感な年頃だから、こっちも言葉を選ばなきゃいけなくてね」
「最近の若い子は色んな事にとにかく敏感ねー、良くも悪くもそうさせているのも時代よね」
「本当、嫌な酸っぱい世の中になったもんだな。選択できる自由はあるようでない、平等を謳っても実際は不平等、未来に希望を持っても実現し辛い。これじゃ若いもんは育たんよなぁ」
「さっき言ったのは取り消すわ、やっぱりロックさんももうオジサンね」
「そんなオジサンにきついバーボンをロックで頼む。ああ、上にライム乗っけてくれよ」
「ふふっ、岩上さんの名前と同じね」
「ん? 何がだ?」
「オン・ザ・ロック」
「旨い事言いやがって。しかしまぁ、人生ってやつはロックじゃないねぇ」
「そんな事言ってないで、早く嫁探した方がいいわよ?」
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