手の届く距離
ボコボコに袋叩きにされ、あちこちの骨が折れた。
最後のあがきで何人かにネイルガンを打ち込んだ仕返しに、奪われたネイルガンで脇腹に何本も打ち返された。左脇腹がジワっと熱い。
確実に内臓も逝ってるよなコレ。まだ大量に血は吐いてないから大丈夫か?
オレは担がれて地下の部屋の奥で地面に放られた。
横たわった状態から上体を起こそうとしたが、片手しか動かないので少し藻掻いて諦めた。
痛みは酷いがまだ意識はある。目も腫れあがって血も流れ込んでくるが何とか見えている。
視線の先に革靴とスーツの裾のようなものが見えた。
「……おい、ボウズ。お前誰だ? 何モンだ?」
誰だコイツは? 地面に伏した状態で少し顔を横に向け上を見る。
浅葱色っぽいスーツとベスト、黒シャツに黄色ネクタイ、メタルフレームのスクウェア形メガネをした黒髪ロン毛がいた。チンピラか半グレか暴力団崩れの典型。
視線が気に入らなかったのか、靴底で頭をグリグリ踏みつけてくる。
見えなくても下種な笑みを浮かべてるくらい想像がつく。
アルはきっと警察を呼んでくれたはずだ、こうなったら警察が来るまで時間稼ぎしてやる。
「オレは……っ! ヒーローだっ!」
「は? マジかお前! ヒャハハハッ!」
「ブァッハッハッハ!」
「冗談キツ過ぎんだろ!」
そうだそれでいい、せいぜいオレを侮ってろ、今に吠え面かかせてやる。
「おいおい、あの2人、こんな奴にやられたのか!? 笑えるレベル通り越してんだろが! 身元割れねぇ様に後でちゃんと処理しとけ!」
「すんません! 分かりました!」
「はぁ……まぁいい。んで? そのヒーローは何しにここまで来たってんだ?」
「お前らっ……女性を誘拐、したっ……だろう!」
「ほぉー? 俺らが女性を誘拐したって? とんだ濡れ衣だなぁ、おい!」
また口角の上がった喋り方だ、反吐がでる。
「それってのは……この嬢ちゃんの事かなっ!」
オレは頭を蹴られて視界が変わる。
視線の先には、目隠しと猿ぐつわをされ椅子に縛られている女性がいた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁーっ! れいい゙ぃーっ!!」
名前を呼んだ事でオレって分かったのか、猿ぐつわ越しに
「ん゙っ!? んん゙ーっ!!」
と呻きながら体を揺する。
「うるせぇんだよ、大人しくしてろっ!」
後ろからガタイのいい男が彼女の顎下に手を回し、首を絞める。
「ヴェッ! ングッ!」
目に映るその光景と声に、急激に頭に血が上る。
地面に頭を擦り付け動かない体を額で持ち上げ、何とか無様な土下座の形を取る。
「ま゙っ、待っデ! オレが人質にっ……なるガらっ! 彼女を、解放してグださいっ!」
強烈なデジャブ、夢で言ったセリフ。たかがタチの悪い悪夢と思っていた。
だが、これは現実だ。夢が現実になってしまう。……やめろ、やめてくれ。
「おね、がい……しますっ! 彼女を……たすけデ、くだザい……」
懇願する。夢と同じように。……悔しい。
「ヒャッハッハッハ!! お前イイ、イイねぇ! 最高だよ、最高に笑える!」
目を細め、メガネをクイッと上げながら下種な笑みを浮かべ話を続ける。
椅子に縛られたままの麗はガタガタと震えている。
待ってろ、もう少ししたら必ず警察が到着する、もう少しの辛抱だ。
「元々、金を受け取った後はこの嬢ちゃんは海外に売り飛ばす予定だったんだ。別にボウズが代わりに人質になる必要はこれっぽっちもねぇよ。そもそも、はいそうですかって素直に家に帰してやるバカなんていねぇよなぁ」
「くっ、このっ……!」
「おいおい、勘違いすんじゃねぇぞボウズ? 素直に帰して消えるも、売られて消えるも、まして殺されて消えるも、大して変わりねぇだろ。俺らにとっちゃ同じ事だ。それに俺らの顔を見ちまったボウズにも消えてもらう必要があるって事は理解できんだろ?」
「顔を見たのはオレだけなんだろう! ならオレを殺せっ! 彼女を解放ジろっ!」
「ヒャッハ! イイねぇ! 往生際の悪い奴は嫌いじゃあない。ボウズは度胸も根性もあるようだし、何より見てて面白れぇ。どうだ? いっそ俺らの仲間になんねぇか?」
「なっ!? ……オレが仲間になっダら、彼女を解放してグれるのか」
「おおー、もちろん解放してやるさ。仲間のツレは大事にしねぇとなぁ?」
オレがこいつらの仲間になれば麗を解放するだと?
「……クククッ! 頭が悪いってのは本当に大変だなぁークズ共! オレはお前ら全員ぶっ殺して! 麗を助けて家に帰る! それ以外の選択肢なんかある訳ねーだろうがっ!」
「……ブッ! ブッヒャッヒャッヒャッヒャーッ! 最高だよお前! 今の状況を理解出来てねーのはボウズの方だろうが! どうやって俺ら全員殺すってぇ? おいっ!」
周りの奴らもオレに爆笑してる。いくらでも笑え、麗が助かる為ならなんだってやる!
「……状況を理解出来てないのはどっちだろうなぁ?」
「ヒャッヒャッヒャッ! 最高に笑える! んなハッタリ噛ましても何にも変わんねぇよ! んでお前はやっぱりバカだ! 俺はボウズが仲間になれば本当に助けてもいいと考えてたんだがなぁ? 残念だ。んで、やっぱり面倒になったからボウズと嬢ちゃんは殺ーす!」
この胸クソ悪い感じ。感情が沸騰する。今すぐズタズタにしてブチ殺したい!!
「いいか! これが世の中ってやつだ! 奪われる奴は一生奪われ続ける! 所詮、奪う奴が一番強ぇ! 今回の金も全部俺らのもんだ、1円だって上に渡すものかよ!」
「うるせぇ! 肥溜めのクソ共がっ!! オレが全員ぶっ殺してやるっ!!」
爆笑していた奴らの笑いが止まる。
「……ああん? 何だって? よく聞こえなかったなぁ?」
何度でも言ってやる! 頭に血が上り、怒りで眼球が飛び出そうになる。
「奪うのはオレの方だ! お前ら全員ブチ殺すっ!!」
「あん? やれるもんならやってみろや。……はぁ、興醒めだ。あーあ、シラケちまったな」
メガネスーツの奴が麗に近寄る。
「……ボウズをこっちに」
俺は地面を引きずられ、麗の前に置かれた。
「俺らは奪う側だ、そしてお前らは奪われる側だ。……それを分からせてやる」
麗の首を絞めていた男に向かって、メガネスーツの男は右手の親指を立て、自分の首の左から右へ一文字に引く動作をした。
「この嬢ちゃんが殺されるとこ、冥途の土産に見せてやるよ」
……待て! やめろ! やめてくれっ!
「やめろおおおぉぉぉーっ!!」
小刻みに震えるオレの手が、彼女に向って伸ばされる。
夢で見たのと同じ光景、同じシーン。悪夢は悪夢のまま。
彼女の首を絞めていた男の手にナイフが見える。
「嬢ちゃん、悪く思うなよ? 悪かったのはあんた自身の運のなさだ」
満足そうに、悪魔のような愉悦を浮かべる男。
麗の首筋にナイフの刃が触れる。
「ヒッ!」
椅子から床にボタボタと零れ落ちる大量の透明な液体。
地面を伝ってオレの頬を濡らし、ツンとしたアンモニア臭が鼻をついた。
「あぁ……あァァ……っ! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁーっ!!」
あと少し。あとほんの少しで手が届く距離。
切裂かれた喉元から激しい血飛沫が上がり、オレの目の前に倒れ込んだ麗。
喉と口からは、あり得ない音を発しながら赤い泡が吹き出した。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァーっ!!」
その血を全身に浴びながら、自分が絶叫していることも分からない。
彼女へと必死に伸ばした何も成すことの出来なかった手。
深紅に染まったこの手は、必死に……空を掴んだ。
……オレに! オレに力さえあればっ!!
「ゔあ゙あ゙あ゙あ゙ア゙゙ア゙゙ア゙゙あ゙ア゙゙ア゙あ゙ア゙あ゙ア゙゙ア゙あ゙ア゙あ゙ア゙゙ア゙あ゙ア゙ーッ!!」
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